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暗渠ハンター 住んでた履歴が薄れてく。羽根木支流丘のうえした。

大学生時代の4年間は、ずっと京王井の頭線・新代田の駅の近くの

田中荘というアパートで暮らしておりました。

今だからわかるけど、ここは北沢川羽根木支流を眼下に望む丘の上です。

となりに田中さんという老夫婦がおおきな一軒家を構えて住んでおり、

それが大家さん。

お子さんのいないご夫婦で、

毎月家賃を持っていくと、ご夫婦に両腕をつかまれて茶の間に連れ込まれ(これは比喩です)、

お茶とお菓子、時にはパンなど口にぎゅうぎゅう詰め込まれながら(比喩です)、

1、2時間たっぷりと茶飲み話を聞いてきたものです。

この時間は、おいしいお菓子が食べられるから、嫌いじゃなかったんですよ。

毎回長時間を覚悟して、誘われるままおうちに上り込んでおりました。

おっとりした旦那さんと、年の割におきゃんなしゃべり方をする奥さん。

お二人ともずっとこのあたりで育ったようで、

よく「渋谷はほんとに谷の底でねえ」

「人は谷底に集まる習性があるんだねえ」

なんていいながら、戦前戦後の渋谷の話をしてくれました。

大学を出て引っ越してからも、

近くに寄る用事ができれば、やっぱり気になって、

特に田中さんにご挨拶するでもなく(2時間の拘束が待ってるような警戒心もあって)、

ちらとアパートの存在だけ確かめてはすこしほっとして帰ったものでした。

なんなんでしょうね、この安心感は。

昔の自分が確かにそこにいた証拠を確認、みたいなものかな。

大学卒業後の数年後に通りかかっって覗いてみたら、

躯体はそのままに外壁リフォームしてたときがあったなあ。

たぶん風呂付に改装したのでしょう。湯沸器が外付けされていました。

そのとき、「田中荘」から「メゾン田中」かなんかに呼び名が変わってたんだよなあ。

なんだかくすっと笑ってしまった覚えがあります。無理すんなよー、みたいな。

そして。この2月の末のこと。2年ぶりくらいにまた近所に行く用事があったので、

いつものようにメゾン田中に足を向けてみました。

何度か道を左右に曲がり、最後の細い路地を折れてメゾン田中方面を見てみると…。

更地。

えー・・・・・・・・。

建物は跡形もなくなってて、その代り更地の駐車場がひろがっていたのです。

田中さんちの場所も、見慣れた建物が新しくかわいらしい家に建て替えられていて、

表札には違う苗字が書かれていました。

Img_0520

行き場を失った私は、しばらく更地の上の自分の部屋があったところに佇んだ後、

ふらふらとすぐ西の崖を降り、

谷底に流れる北沢川羽根木支流の入口へ。

Img_0523

そしてこの暗渠の闇に紛れ込む。

Img_0525

Img_0532

もう私がここ(メゾン田中)に来る理由がなくなっちゃったんだなあ。

Img_0533

喪失感を暗渠に癒してもらおうと、いつもよりゆっくりゆっくり歩きました。

怪しまれない程度に。

Img_0535

出口の「おしくらマンホール」は健在だったのでちょっと安心。

その後暗渠からは外れましたが、田中さんのことを考えながら家まで長い道のりを歩いて帰りました。

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