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暗渠ハンター 下谷田川(仮)、岸辺の丘に桜散る。

私的「春の暗渠まつり」も今日ですべて片付いたことだし、
私がリアルでお世話になっている方々や、
古くからお付き合いくださっている方にもこのブログを読んで頂いているので、
ここでご報告します。
数年前「雀宮」という町のことをちらと書いた頃から病に伏していた郷里の母が、
先日他界しました。
ずいぶん長い間臥せっていたので、
ここまでよくがんばりました、おつかれさま。といった気持ちで送ってきました。
体に入っていたチューブからも解放されて、ようやくせいせいとした思いでいることでしょう。
近親者だけでの弔いでしたので、
生前お世話になりながらもお知らせできなかった皆さまには、
お詫びするとともに、
これまでの御恩に心から御礼申しあげます。
どうもありがとうございました。
*
さて、『暗渠マニアック!』でも触れた下野市(旧石橋町)の暗渠のことは、
母に取材しながら書いたこの記事がベースになっています。
因果なもので、亡くなる時に母が入院していたのは
この暗渠・下谷田川(仮)を見下ろす岸辺の病院でした。
(写真は2015年秋の下谷田遊歩道)
Img_3276
病院の門には大きな桜がたくさん植えられており、
その日はちょうど満開を過ぎた桜が散り始めていた頃だったのです。
もう数日だろうから来れるときには来たほうがいいよ、と実家から連絡を受け、
休みになった土曜日に東京から駆けつけました。
しかし、病室に着いた時には、呼吸するのをやめた直後だったようです。
ほんの数分前。
それはたぶん、私が速足で病院の門をくぐろうとした頃でしょう。
そのとき、わずかな風が吹いて
下谷田川(仮)に向かってたくさんの花びらが舞い散るさまを
きれいだなあ、なんてぼんやり考えていました。
もしかしたらそれは、旅立ちを知らせる徴だったのかもしれません。
*
おかげさまでこの春、3月~4月にかけてはほぼ毎週のように
暗渠関連のお話をあちこちでさせていただきました。
ですが、ちょうど母の具合もこのころ悪化してきたので、
さすがにどこかのイベントでは穴を開けてしまうかもな…と、
宇宙戦艦ヤマトの真田さん(「こんなこともあろうかと」のヒト)になったつもりで
共著吉村にあらかじめバックアップを準備してもらったり、
「あとはenterキーを押すだけ」のスライドを作っておいたりと
万が一の時に備えていました。
しかし。
奇跡的に1つも穴を開けずにこの「春の暗渠まつり」を乗り切ることができました。
また絶妙なタイミングで息を引き取ってくれたものです。憎いほど。
きっと
「多くの方との約束の上に成立しているこの仕事は、
おまえでなければできないのだから、
誰にもご迷惑をかけることなくしっかり勤め上げて来い」
というメッセージだったのではないかと思っています。
おかげで、他界した翌日に東京であった昼・夜2つのイベントも、
そして翌週のイベントも、一連の葬儀の合間を縫って
しっかりお役目を果たさせていただきました。
もちろん実家を守る兄夫婦はじめ周りの方々の理解と協力があってのことですが。
ご心配いただいた皆様には、この場を借りまして改めて御礼申し上げます。
ありがとうございました。
暗渠に理解のある母、を持ってよかったと思っています。

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