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2016年2月

暗渠ハンター 3月20日は暗渠三昧。

今日は、イベントの告知です。

3月20日は、荻窪と西荻窪のまんなかへんにある桃井原っぱ公園で
西荻ラバーズフェス」っていうイベントが催されます。
メインステージでは、私の好きな青葉市子さんとかも出演されますね。
そのほか、ゆかりのイラストレーターの作品展示とか、
ひろいはらっぱじゅうを使ってたくさんのお店が出るみたいです。
(お洒落な店ばっかし‼)
そんな素敵なイベントの末席に、私たち『暗渠マニアック!』著者コンビも、
として、暗渠トークをすることになりました。
開演時間などはまだ不明。
(じつは何分時間をいただけるかもまだこれからw 公園から始まる用水路暗渠を巡るツアーもやると思います。)
詳しいことがわかり次第twitterアカウントでお知らせいたします。
ま、盛りだくさんのイベントなので、もう昼間から夕方までのんびり楽しんでいっていただければ。

*
さてその日の夜は、こちら。
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隣駅の阿佐ヶ谷で、こんなマニアックなトークショーをいたします。
主催は杉並区。ほんと杉並区役所さんは懐が深いなあw
秋の「高円寺フェス」では、モデルのはなさんをお招きして
暗渠・古道・マンホール・境界テーマでトークショーを行いましたが、
あの第2弾、という位置づけです。
今回は、暗渠の迷宮であり飲み屋の迷宮である阿佐ヶ谷を再発見するトーク。
私たち『暗渠マニアック!』コンビの頼りなさを補ってくださる3名の『街の専門家』さんと共に。
社会学者の松原隆一郎先生は、「入りにくい飲み屋」の研究でも有名な方。
何度かご一緒させていただいているのですが、とにかく話題をたくさんお持ちで、
お話も上手‼私自身も愉しみです。
秋の「高円寺フェス」では、私は拙い進行役を仰せつかりましたが、
今回は少しだけスライドで持ちネタを出す機会もいただきました!
秋よりは小さめの会場なので、ご注意くださいね。
というわけで、3月20日は暗渠の話題でもちきり!なわけです。
暗渠まみれになりながら、いっしょに春待ちの一日を過ごしませんか。
『暗渠マニアック!』著者コンビは、
その後4月、5月とまた別の場所で新機軸ネタご披露の機会を準備中です。
詳細決まりましたら改めて、お知らせいたしますね。

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スリバチ本が出ます

3月10日にこんな本が出版されます。
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お買い求め安い値段ですので、よろしかったらぜひ。
20編以上の「スリバチ地形にまつわるエピソード」で構成される、
地形エッセイみたいな感じになると思います。
このうち、東京スリバチ学会の皆川会長が半分を書いてらして、
残りの半分を特別寄稿、という形でたくさんの人たちが記事を寄せる、という構成。
美術の浦島茂世さんとか、
社会学の佐藤俊樹さんとか
デイリーPZでおなじみの三土たつおさんとか。
階段の松本泰生さんとか。
街と不動産の中川寛子さんとか。
そんな方々に交じって、『暗渠マニアック!』の吉村と高山もそれぞれ記事を寄せています。
もう3年前に書いた記事なんですが、
当時からしっかり「縦軸・横軸」で攻めてる様子がみてとれますねw
カジュアルで、とてもいい本になるんでないかと思っております。
よろしかったらぜひ。

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暗渠ハンター 代官堀のテント屋さん。

ずっと以前、猫またぎさんが「江東区では唯一の蓋暗渠かも」と書いていたここ

私も今更ながら行ってまいりました。
始まりが衝撃的でしたね。
砂町銀座商店街のすぐそばからこんなふうに始まります。
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よくみるとこれ、
はしご式開渠がそのまま埋められたようで、
梁がばりばり残ってます。
ここは「川の地図辞典 江戸・東京/23区編 」(之潮)によると、『代官堀』。
少し引用します。
『境入船川とも呼ばれた。小名木川から久右衛門新田と治兵衛新田の間で分かれ南へ通じていた』
とのこと。
続きを追って北上すると…。
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こう続いて、その先はお待ちかねの…
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蓋暗渠キタ‼
この先を辿ろうとしてふと横を見ると、
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テント屋さん発見。
しかもなんかもう少しで再開発が始まっちゃう雰囲気だったので、
思い切って戸を叩き、ご主人さまにお話を伺ってきました。
(ご主人さま、ご協力ありがとうございました)
川との関係をメインに聴きましたが、残念ながら川とは関係なしw‼
昭和のはじめに、もともと近所の丸八通りで先代が開業し、
それで店名も「丸八テント」。
戦後にこの地、明治通りにうつって来たそうです。
(ちなみに、丸八通り沿いは当時結構ため池が多かったので、
水との関係はもしかしたらあったかも、と往生際悪く考えています)
水を使いそうな帆布作りからビジネスを始めた、とかでは全然なくって、
突如としてテント屋さんを始めたとのこと。
ご主人はもう70を越えるお歳だし、跡継ぎもいないので、
この6月に取り壊して再開発されるのを機会に廃業されるとのことでした。
長い間、お疲れさまでした。
代官堀のことも伺ったのですが、
残念ながら水があったころのことはご記憶なし。
戦後にはすでに埋められていたと思う、とのこと。
確かに、「東京時層地図」でも昭和のはじめには代官堀が消えています。
でもこちらから問いかける前にご主人は
「代官堀」という名前を使ってらっしゃいました。
ちゃんと川の遺伝子が残っているんだなあ、地域の方に。
「暗渠サイン」のひとつである「テント屋さん」、
今回のケースでは「シロ」でしたが、
ここのところ集計しているデータでは、
「クロ」と言わざるを得ない結果となっています。
近い将来、どこかでそれを公表いたしますね。
 

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