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2015年9月

暗渠ハンター 大袋駅を囲む大袋を見にいく。その3

*
たまたまこの大袋・せんげん台近辺のことを書いて予約投稿としていましたら、
9/9、9/10の台風18号による大雨があり、この近辺でもたいへんな災害に見舞われてしまいました。
そんな状況でこの記事を公開するのは不謹慎なとも思いましたが、
ここでの「日常」をお伝えし、かつ住民の皆様が一刻も早く普段通りの暮らしに戻れるよう
私なりのエールのつもりで、予定通り公開させていただくことにします。
住民の皆様には、心からお見舞い申し上げます。
*

「ふくろ」上流端はおそらくここ。
周囲より凹んだ溝を刻む道が
元荒川と交わる地点に、小さな水門がありました。
下流のポンプ場があった水門と比べるとすっごく地味です。
きっと須賀用水の取水口はもっと格段に規模がでかいことでしょう
(googleSVで確認する限り、取水口である永代橋はもう水門どころか堰ができとります)。
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これに繋がる道がこの写真の奥のカーブの先。
Img_0899

地形や道路を見る限りおそらく
「ふくろ」はこの先大袋小学校の東をかすめて北へと向かうのでしょうが、
私はこの後の予定もあるので大袋駅、
つまり「ふくろ」のまんなかへんへと向かうことにしました。

ところがこっちもかなり面白い。
「ふくろ」中央部でも、あちこちに暗渠が走っているのです。
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これ、いいカーブ。
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なんかこんな感じですね。
Snf

もう駅までの道がたのしくて仕方ありませんでした。
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なんかこの辺りは足立区の江北あたりに似てる感じがしました。

お、また出た。鉄板でつじつまを合わせる蓋暗渠カーブユニット。このあたりのお家芸なのかも。
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駅前まで続いてる。
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おそらくこれが線路を越えて、「その2」冒頭でご紹介した暗渠の交差点まで伸びているのかもしれません。

*
「ふくろ」現地リポートはここまで。

この日、この後の用事は大袋駅からさらに北、東武動物公園駅から少しあるいた公園「新しい村」で。
ここで、水没祭という激しくわたし好みの名前の催しがあり、
そこで演劇が上演されるのを観に行くのです。

ひょんなことからTwitter上で知り合った劇作家。高野竜さん@takanoryu のプロデュースする、屋外劇。
この日の演目は知る人ぞ知る(らしい)、唐十郎の「秘密の花園」。
舞台は水上です。
解放された舞台。もちろん観劇無料。

この公園にある池に、わずか3畳ほど。
丸太を繋いで筏のようにした狭い舞台。
ここを中心として、時には池に落ちたり飛び込んだりして話が進んでいくわけです。
装置からして、尋常な設定じゃない。

ストーリーは、普通に現実的なふうに話が進んでいくわけじゃなくて、
こう、荒馬に乗ったような展開で、
その不条理から垣間見る非日常の心象風景を見せつけられるような、
役者による演劇という祈祷によって日常の裂け目を作り出すような、
そんな劇。アングラ。
そうか!アングラ。「アンダーグラウンド」じゃん!
暗渠的な存在の演劇なのか。だから私は観に来たのか!?

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観終わった後でじーんとくるおもしろさ。
当日の様子はこちらでどうぞ。

…この高野さんとは「藤右衛門川」への興味で接点ができました。
暗渠が繋いでくれた縁。
最近藤右衛門川を舞台にした戯曲「一輪の書」を完成され、
(暗渠戯曲ですよ!)
来年5月には、府中の是政にある「豆茶房でこ」というカフェで上演されるとのこと。
暗渠好きはぜひ見に行かれたし。

以上、おおきな「ふくろ」と水没祭、埼玉は越谷あたりのお話でした。

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暗渠マニアック日記 マスコミからいただいた書評

ひさびさの「暗マニ日記」です。
9/20の朝日新聞朝刊にて、『暗渠マニアック!』の書評をいただきました。
ありがたいことです。

ここで、これまでマスコミから頂いた書評をちょっと整理しておきますね。
『暗渠マニアック!』を読んでみようかどうしようかと悩んでいらっしゃる方はぜひご参考に、
そしてすでに読んでいただいた方はご自分のご感想と比べてみてくださいませ。

●週刊朝日 8/7号「週刊図書館
実はこの書評には後日談がありまして。筆を振るってくださった重金敦之さんに、
担当編集者の山田さんを通じてお礼と感想をお送りさせて頂きました。そしたら。
ご自身のブログにこんな風に取り上げていただきました

●サンデー毎日 8/9号「SUNDAY LIBRARY
ここでは最高の褒め言葉をいただきましたっけw

●読売新聞 8/30「ライフ
そうそう、ここはリクエストがあって書影でなく本文中の写真を載せてもらったのでした。

●東京人 9月号
拙著の内容のうち、いくつかの初出が東京人さんでしたね。

●日本経済新聞夕刊 9/4「ホビー人国記
思いも寄らぬ記事でしたねー。出版社や著者に事前に全く知らされていなくて、嬉しい誤算でしたw

●毎日新聞 9/6 「今週の本棚
こちらも書影でない写真でしたが2枚も‼しかもキャプション付きで目立つ構成で掲載いただきました。

●朝日新聞 9/20
まさか三浦しおんさんに書いていただけるとは…。デジタル版はこちら

そして、主なネット媒体ではこちら、
ダビンチニュースでの成田全さんの書評
おかげさまで、こちらはものすごくバスりました。こうやってネットで情報は伝わっていくのか、と実感もできました。

さらに。
amazon
では現在2つの貴重な、そして著者としては大変うれしくなるご感想を頂いております。

【2015.9.24 追記】
●週刊新潮 10/1号「十行本棚
今朝編集さんから教えていただきました。これも追記しておきます。

みなさま、ほんとうにありがとうございます!
どの書評にも書いていただいている通り、
マニア以外にも新たな発見を味わっていただけると嬉しいです。

【2015.10.13 追記】
●「本の雑誌」11月号「新刊めったくたガイド」
嬉しい!ずっとずっと大好きだったこの本のこの書評に、
しかも目黒考二(北上次郎)さんに書いていただけるとは…。
目黒さん、椎名誠さん、沢野ひとしさん、木村晋介さんの4人は今でも私のアイドル。
不思議です。思春期以降ずっと「読む」だけだった方に、
こちらの書いたものを「読んで」頂きさらに公の場で評を頂くなんて…。
どうもありがとうございます。

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暗渠ハンター 大袋駅を囲む大袋を見にいく。その2

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たまたまこの大袋・せんげん台近辺のことを書いて予約投稿としていましたら、
9/9、9/10の台風18号による大雨があり、この近辺でもたいへんな災害に見舞われてしまいました。
そんな状況でこの記事を公開するのは不謹慎なとも思いましたが、
ここでの「日常」をお伝えし、かつ住民の皆様が一刻も早く普段通りの暮らしに戻れるよう
私なりのエールのつもりで、予定通り公開させていただくことにします。
住民の皆様には、心からお見舞い申し上げます。
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では、追いかけていた大きな「ふくろ」が王子コンテナー埼玉工場の敷地に入ってからを追いましょう。

工場敷地はもちろん低い所に設けられています。
写真の奥、左右に「ふくろ」が流れています。
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また、この「ふくろ」の外側(高い所)にも数本、
いわば同心円状に水路が作られているようです。
おそらく供給用と悪水抜き、という感じで。

「ふくろ」が工場の敷地から出てきてからは、しばらく住宅地を抜ける開渠となります。

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ずばっと省略して、国道4号線の高架をくぐった先は蓋暗渠。

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この先が見どころです。
そう。暗渠の交差点。
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大袋駅前から繋がる蓋暗渠と見事に直行。
写真奥が駅ですね。
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ここ、陸上競技のハードル、または
なんか幾何学的な現代芸術みたいでかっこいいなあ。

すぐにまた開渠となって住宅街。
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はしご式の梁が突っ張り棒みたいなやつになってますね。
後から改修したみたい。
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北中学校のあたりで外周の水路と合流し、蓋暗渠に。
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このあたりの地名は「下間久里」といいます。

ああ。この先は好きな風景。
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そしてせんげん台駅付近でもう一度東武線を越えて
元荒川に近づいていきます。
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その先はまた整備された親水緑道。

とうぜんですが、水の流れは上流(これから向かうところ)→下流です。
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このあたりでも接続は複雑で
特に「ふくろ」の内部に繋がる支流がたくさん見られます。
「ふくろ」内側は田圃だらけだったんだろうなあ。
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さらに進むと衝撃的な事実を示す物証が。
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なんと。この「ふくろ」親水道路は、
間久里川、という名前がついていました。
名前があったこと自体に驚いてしまったのです。
間久里かあ。そう。先に下間久里という地名が出てきましたよね。
国道四号線(日光街道)とこの「ふくろ」が交わる点、
つまり最もひと目に触れられる地点での名前が冠されていました。

さらに間久里川の起点に注目。
元荒川の上流から取水する用水、須賀用水からの接続となっていますね。
これは地形でみた「ふくろ」とは違う人工的な軌跡を描いていることから、
後付けの水路でしょう。
「ふくろ」の起点よりずいぶんと上流から取水をしているようです。
とはいえ、この「ふくろ」の構造をレントゲンで見るようで大変興味深い看板でした。
情報量多し。

この先上流は、ここまでの道程とは違って
開発途上の土地が多かったです。
それだけに縦横にたくさんの水路がみられる豊穣な土地でした。

中でもベストショットはこれかな。
Img_0876
規格品のコンクリ蓋に、台形の鉄板蓋を合わせてカーブを切っています。

ここは大袋中学校のすぐそば地点です。
大袋中学校はもう元荒川まですぐそこ。
地形的には、すでに「ふくろ」の外周です。

次回は最後に、「ふくろ」の外周地点と、
大袋駅までの帰り道に出会った、
「ふくろの中の暗渠」をご紹介します。

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暗渠ハンター 大袋駅を囲む大袋を見にいく。その1

久々に「暗渠に行った話」を書こうと思います。
それもいきなり埼玉の、越谷とかそっちのお話です。

私の実家は栃木にあるのですが、
いつも行き来はJR宇都宮線を使っています。
ある日きまぐれに
JR久喜駅で東武線に乗り換えて帰京してみました。
まあ景色はJR線とそう変わりはないのですが、
ひとつ印象に残りすぎるくらい残ったものが…。
「大袋」という駅があったのです。
袋といえば「水に囲まれた土地」を意味する地名です。
それに「大」までついてるとは…。
ドキドキしてきます。
大袋駅を通過したときは単に平坦な土地にしか見えなかったのですが、
その場で「東京地形地図」を立ち上げてみたらまあびっくり!

1

わかります?
左下は元荒川という開渠の川。
そこから発する、
たんこぶみたいにびよーんってなってる隠された道が見えますね?

2

そこで即座に、
・このたんこぶみたいなのは、元荒川の蛇行の跡である。
・それに囲まれているから、この土地の名は「大袋」。
と気が付きました。
東京地形地図さん、毎回どうもありがとうございます。

そしてこれは後日木土地理院のサイトで「地理院地図 電子国土web」で確認した画像。

Web

しっかり「川跡」(青のヨコシマ)として載っていたのです。
さあ、あとは現地調査だ!
ってことで、さっそく行ってみることにしました。

*
暑い夏の日。
だったのですが、隣の北越谷駅で降りて歩いてこの「ふくろ」に近づくことにしました。
さすが元荒川の沿岸部、たくさんの暗渠道がありました。
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ひーこら歩いて着いたのが、ここ。
「ふくろ」下流の、元荒川との合流点です。
元荒川の河原から陸(左岸)を見たところ。
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水門があり、その向こうは「外野合ポンプ場」がありました。
やはり先に地形図でみたとおり「ふくろ」はうっすら低いので、
いまだに暗渠となって水を流しているのでしょうか。

さーて川道がうまく見つかるかなー、一番低いのがここだし、この植え込みのある歩道が怪しいなー。
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なーんて十数メートル進んだら、いきなり開渠が現れたので拍子抜けです。
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再生水か何かでしょう。親水空間として整備されていました。

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このあとずっとこんなふうに開渠が続きます。
ここで合点がいかなかったことがひとつ。
流れが逆…」

先ほどのポンプ場は、元荒川の上流から別れた「ふくろ」が再び元荒川に合流するポイントです。
すなわち「ふくろ」の下流。
言うまでもなく水は上流から下流に流れるのが当たり前ですよね。
ですがここでは、下流から上流に向かって流れているのです…。
なぜだ?
再生水のフェイク開渠だから?
それにしてもなんでわざわざ逆に…地上と地下とで水を循環させている?

わかりません。暑さのせいもあってちょっと頭が混乱しそう…。
持って行った、「半分水を入れて昨夜から冷凍庫に寝かせておいたペットボトルに今朝泡盛を入れたもの」をひとくちごくりと飲んでも
口から出るのは「うまい」という自分に言い聞かせるような小声だけです。

冷たい泡盛とともにこの疑問を携えながら、先へと進むことにします。
無駄に文学風の言い回しをすることもやめることにします。

横から何本も支流が合流してきます。
やはり肥沃で田んぼもたくさんあったのでしょうね。
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親水空間は東武線に近づくにつれ消え、
こんなコンクリ蓋暗渠が登場します。
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いよいよ線路ぎわ。
線路手前では一瞬開渠に。
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じつはここ、あちこちから集まってくる何本もの暗渠の合流点となっていて、
線路際は、タコ足コンセントにコードが絡みつくような
蓋暗渠の混線状態となっています。ちょっと珍しい風景かも。
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線路を越えると「王子コンテナー埼玉工場」の横を幅広コンクリ蓋で続きます。
線路を越えた地点でもやはり他の暗渠と交錯してました。
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そしてこの幅広コンクリ蓋暗渠の「ふくろ」は
しばらく行くとくいっと左に曲がって工場内を突っ切ってしまうのです。
この塀の真ん中のところから敷地の中に。
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「ふくろ」の湾曲部分ですよね。
こちら塀から敷地内に入った「ふくろ」の姿。
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へえー。(ダジャレではありません)

しかし、曲がらずにまっすぐ続くコンクリ蓋もあるのです。

どこにつながっているのだろうとまずはこれを追いかけてみましょう。
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少し行けば、まるで桃園川みたいなレンガ敷きの暗渠に。
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そして間もなく他の川と合わさって開渠となります。
相変わらず流れる方向は同じ。
ここまできて地図を改めて見たときに、
先ほどからの「なんで逆流?」の答えがわかりました。

この川は、丘を越えて「ふくろ」の東となりの新方川の水系の用水路につながっています。
つまり、「ふくろ」の少なくともこの下流部分は、
農地整備または都市整備の一環としてある時期に
この新方川水系に水を逃がす(水を回す)水路として
本来とは逆の傾斜をつけられた水路として「変身」した、というわけでしょう。
その意味ではサイボーグ川。
「ふくろ」内側の低地に頻繁に起こったであろう洪水対策であったのかもしれません。

さて、謎が一つ解けたところで、
湾曲後の「ふくろ」を再び追いかけていきましょう。

続きは、次回。

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