« 暗渠ハンター なんで護岸は大谷石なんだろう。 | トップページ | 暗渠ハンター 三味線堀と「23区の区境と川 暗渠データ帖」ver.2 »

暗渠ハンター 谷沢川上流の暗渠めしや

ずっと以前、暗渠に覚醒してすぐのころに

宇山(世田谷区桜丘)あたりから用賀までの間の谷沢川のことを書きました。
最近ふらっとそのあたりを通ってきたので、特に宇山付近のことについて
ちょっと覚書代わりに記録しておこうかと。
一番最初に書いたこの辺りの記事は、あんまりにも稚拙なので恥ずかしいのですが、
あえて晒します
その数年後、HONDAさんのレポートで「暗渠蓋の工事中‼」
と聞きつけて現場に急行した時の記事はこちら
今から5年前ですね。
さて、これが今どうなっているかというと・・・。
Img_9371
はい、しっかりと蓋がされたまま変わりません。(なんだよ!っていわないでくださいねw)目地に小さな雑草が育っているくらいでしょうか、ちがいと言えば。
それにしてもこの蓋の下であの美しい流れと玉石積みの護岸がひっそりと隠されていると思うと、
それはそれでとても満足な気持ちになります。
あとはここですね。
前回記事2008年ではこうなっていた開渠の柵が
Uyama
こう修復されています。他人事ですがちょっと安心。
Img_9363_2
こう修復されています。他人事ですがちょっと安心。
さて今回私の最も大きな発見は、
というか前回気づかず見逃していた点はここなのです。
これ‼
Img_9337 
ここ、道路の外側、お店の前を蓋暗渠が通っているんです。
2015.5.11補記:
*******************************
2014年末に2回この場所に通った、とおっしゃる谷戸ラブさんから、
当時の写真をお借りしました。並べて掲載してみますね。
寿司やさんの横が工事中。鉄板のところが一時開いたりもしていて、
「はしご式」のはしごなんかもチラ見できたとのことです!
宇山は蓋の下が熱い…のか?
谷戸ラブさん、ご快諾ありがとうございました!!
Yatolove

*******************************
地図でいうとこう。
(以下2枚の地図は「mapion」より転記して加筆)
1 
川は左下(下流)から右上に遡上し、
左上から右下に横切る道でいったんクランクになりますが、
そのクランクのところ。
これまではテキトーに、「この道路に埋められちゃってるんだろ」としか思っていなかったのですが、
よくよく見ればこんな。
2 
きれいなクランクを描いてしかも対岸に流路を残していたんです。
しかもしかも蓋暗渠で。
地元の暗渠ファンにとては当然のことかもしれませんが、
私のフシアナ観察眼は見事に見逃していました・・・。
更地になっている土地の横には、寿司屋さん、?屋さん、イタメシ屋さんと並んでいますが、それらの間にもプリミティブな蓋が掛かってるではありませんか!
Img_9339_2
ほら!
Img_9340


その日の気分に合わせて日伊どちらの暗渠めしも選べるという
贅沢地帯であったのか…。
駅から若干遠いけど、帰りは暗渠に沿って歩けばいいもんね。
いつか行きますこのどちらかに。
最初に記事を書いたときの地図に、上書きしたものを貼っておきますね。
(しかし相変わらず扱いづらいな…)

|

« 暗渠ハンター なんで護岸は大谷石なんだろう。 | トップページ | 暗渠ハンター 三味線堀と「23区の区境と川 暗渠データ帖」ver.2 »

2051 ・・・多摩川水系」カテゴリの記事

コメント

ここ!お寿司屋さんの隣の更地、昨年末くらいに二回行っているのですが、ちょうどその時に蓋の工事をしていて、内部水路の梯子の梁を一瞬覗く事が出来たんです。
何とか写真を撮りたかったのですが、工事中だったので作業員さんがいて、
時間差で対応できないか何度か現場付近ををぐるぐるして戻ってきたり(不審)したのですが・・・。
その後どう施工されたのか気掛かりではあったのですが、こちらの記事の写真で蓋が綺麗に整えられている姿を見ることが出来て良かったです。
施工前の写真で良ければお見せしますねー。
あと、宇山の2008年の開渠の柵の画像、大騒動&事故っぽくて強烈でした。

投稿: 谷戸ラブ | 2015年5月10日 (日) 22時47分

ここ此処! 「年末に2回も行く」っていうところからツッコみたくなりますが、それはちょっと置いといてw
そうですか、工事中でしたか。しかもはしごが残っていたのですか!?すごいなあ、この辺ってそういう「以前の姿に手を付けずにそのまま蓋する」方式(宇山方式と呼びたい)が採用されてるんですねw
写真も、twitterで無事拝見いたしました。
施術前・施術後で見るとほんと面白いですねえ。

投稿: lotus62 | 2015年5月11日 (月) 10時05分

なーるほど、では、品川用水の方に流れ込んでいるんですね。

投稿: yokoyoko | 2015年7月 5日 (日) 15時04分

yokoyokoさま、コメントありがとうございます。
●「品川用水の方に流れ込んでいる」
→いえ、両者はの高低差を見ると、品川用水が尾根を通り、この川は低い谷を伝うので、もし水の行き来があったとすれば、逆の「品川用水から流れ込んでいる」となります。
→しかし、地図上はこの川と品川用水は間近ですが、ほんとうに流れ込んでいたかどうかはわかりません。むしろ、流れ込んではいなかったのではないかと私は思っています。
なぜなら、品川用水の利用権は大変厳しく管理されていた(それはそうです、昔の産業を支えたこの水は、まさに宝石のように貴重だったでしょう。このせいで村同士が大ゲンカをするくらいなのです)はずなのですが、「この場所から取水していた」という記録がないからです。(…私が寡聞にして知らないだけという可能性もありますが)
このへんの記録は「世田谷区の河川と用水について」三田義春氏 が詳しいです。
しかし、矛盾しますが、「あからさまに取水してなくても、砂礫層をつうじてじゅわーっと染み出してた可能性は大アリだよなあ…」という思いもあります。
まとめると、「公式にはつながってないことになっているが、実は影響はあったんじゃね?」というスタンスでおりますw

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

投稿: lotus62 | 2015年7月 6日 (月) 18時37分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/156279/59897588

この記事へのトラックバック一覧です: 暗渠ハンター 谷沢川上流の暗渠めしや:

« 暗渠ハンター なんで護岸は大谷石なんだろう。 | トップページ | 暗渠ハンター 三味線堀と「23区の区境と川 暗渠データ帖」ver.2 »