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暗渠ハンター 谷端川 南長崎支流(仮)を再検証。

「暗渠ハンター 神戸の鯉川こんな川」を連載中ですが、
早くもマンネリ臭がしてきたので(自分でも飽きてきたw)
最終回に行く前に1回だけ違うトピックを挟むことにしました。

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南長崎から谷端川に流れ込んでくる支流暗渠のことを書きました。

これについて、2014年6月に「南 長崎さま」とおっしゃる方
(記事中で「南長崎支流の水源」とした池の目の前で育たれた方です)から
貴重なコメントを頂きました。
要約すると、以下。

①「水源」の池は、周りの数件と合わせて公園となった時に人工で作られたものである。

②西武池袋線付近(南長崎3-42付近)は水はけの悪い(水が溜まる)ところだった。

③南長崎花咲公園の前にあるタバコ店の脇から西武池袋線の方角に向かって伸びている細い暗渠がある。これが南長崎支流(仮)に繋がっていたのではないか。

頂いたこの証言と、再度の現調の結果を踏まえ、
記事を検証していくのが今回の目的です。
なお投稿者である「南 長崎さま」のことは
この後出てくる「南長崎」という地名と混同しやすいので、
便宜上以下「南さま」と呼ばせていただきます。どうぞご了承ください。

さてまず①について。
私は元記事では
①-A 私の手元資料「<調査ノート>豊島区の湧き水をたずねて」横山恵美(豊島区郷土資料館研究紀要「生活と文化」第11号2001年12月)を見て南長崎公園付近に湧水と小川があった」という記述を見てここを「南長崎支流(仮)」の上流端と特定する。
①-B たまたま公園内に池があったので、そこではないかと想像する。
と書きました。

南さまの証言によると、①-Bは私のとんだ勘違いw
ということになりますね。取り消させていただきます!
失礼いたしました。

①-Aはちょっと詳しく整理しましょう。
前出の資料「<調査ノート>豊島区の湧き水をたずねて」横山恵美 を
引用させていただきますと(紀要P60)

「南長崎3-30、37(lotus注:37が南長崎公園です)間に湧き出た水は、南長崎2-24付近で西武池袋線にでて線路沿いに流れ、椎名町駅前のストア付近で谷端川に注いでいた(佐藤鈴代氏提供)。明治44(1911)年の武蔵野鉄道開通前の地図にこの小川が描かれている。また足立慶孝氏(1916年生)によれば、昭和10年代まで線路沿いに湿地(原っぱ)が続いていたという。」

と書かれています。
少なくとも明治末期までは南さまのご生家近くから水が湧き川が流れていたと書かれているわけですが、
南さまのお子様時代にはすでにこの川ごと水の気配がなくなっていたのかもしれませんね。
南さま、のちほどぜひお子様時代であったころの年代も教えていただけるとありがたいです。(こっそりで結構ですw)

それ以上の結論は、やんわりと先送りしましょう。

次は②。
先の引用の後半と全く一致しますね!
しかし
南さん仰るように3-42あたりまでも続いているとは
これまで私は全く想像できませんでした。
現地に行ってみると確かに一帯が低くなっていることがわかります。
なるほどなあ。ここまで広がっていたのかと感慨もひとしお。

そして③。
まずは現場検証です。

ここが南長崎花咲公園。
Img_2511
回れ右してそれらしいものを探ると…。
あった‼
Img_2512
これは細いぞ。
おそらくこの暗渠道を最初に自転車で通ったのは
私だと思います。
Img_2513_3
ちなみに左手のおうちではたくさんカエルを育ててらっしゃる
ようで、
ここ(@kaeruland)でいろいろご発言もされています。

自転車のハンドルも通らない難所を過ぎると
(というか過ぎても)こう。
Img_2514
紫陽花がきれいだったので余裕ぶっこいて
カラダを反転させながら写真撮ってみました。
Img_2516
まだ先は細く長く続くのであった。
Img_2518
かなりツラい状況ですがもうあとには引けません。
Img_2519
それでも余裕ぶっこいて振り返って&しゃがんで1枚。
平常心…。不動心…。
このあたりかなり好きな風情です。
Img_2522
やっと広い道キタよ。
Img_2523
この区画は新規造成されている模様。
まだ先が細くつづいています。
Img_2525
ここが出口。
振り返ってみましょう。
Img_2528
電柱のところが暗渠道の出口ですが、
左(東)に向かって道が拡張しています。
南さまは「ここで曲がって東に流れが向かったのでは」
と推測されていましたが、
まさにその通りだと思います。

東に曲がった先は、道に紛れて解らなくなってしまいます。
Img_2530
ですが、わずかな土地の傾きかおそらくすぐに北(西武池袋線方面)に曲がり、
ここ。②でご指摘の場所に集まってくるようですね。
Img_2536

私も南さまが仰った説に賛成です。
南さまお見事!

そうなるとの暗渠の水源は何だ、ということになるのですが、
それがわかりません。
ただ、暗渠の始まりのところは
東西に清戸道という交易上重要な古道が走っています。
殆ど尾根伝いに。
ある程度家や商店が集まっていたはず。
その生活排水を流す「どぶ」だったのではないかなあ、
というのが私の推測です。

より大きな地図で 杉並以北でまとめてみよう を表示




********************
さてここからは余談。
現場検証をしていて自分の過去記事を思い出しました。
それがこれ。
この記事のさいごに地図を掲載しており、
そこには「湧水」として
東長崎駅前のとしま昭和病院横から始まる暗渠を図示しています。
その始点から下流(南方向)を眺めに行きました。

ちなみにこれも先の資料
「<調査ノート>豊島区の湧き水をたずねて」横山恵美(豊島区郷土資料館研究紀要「生活と文化」第11号2001年12月)
を参考にしています。

Img_2563
ここも細い。
Img_2566
ずっと細い。
Img_2569
清戸道を通り越しても細く続きます。
Img_2571

ここで興味深いのは、
先ほどのの暗渠は清戸道から北に流れていて
あたかもこの古道が分水嶺になっていたかのように思えますが、
数百m離れただけのここでは清戸道が低くなっており
反対方向に水が流れていた、
ということです。
世が世ならどっちかが「逆川」とか言われててもいい感じの。
うーん、面白い!

今回の記事はすべて南さまのコメントがきっかけで
書かれたものです。
改めて、南 長崎さまに感謝申し上げます!


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2055 ・・・神田川水系」カテゴリの記事

コメント

I really like your writing style, excellent info, thank you for putting up cabkffeeaece

投稿: Johnd67 | 2014年9月15日 (月) 14時52分

こんにちは。
先日は「てくてく大学」に参加できず、残念です(野暮用があって抜け出せず)。

さて、ここで紹介されている「南長崎支流(仮)」ですが、このめちゃくちゃ細い筋の先は、ライオンズマンションの手前を北上します。ライオンズマンションの南側は、東に向かってやや上り坂のはずです。
このあたりを前回紹介いただいた時にメールした?と記憶していています。(略図もつけたかと、2012年10月頃)
必要であれば、再送します。

このめちゃくちゃ細い暗渠筋は、小生の子供の頃の遊び場でして....
拙blogでも紹介させていただいていました。
http://weekendoutdoors.blog97.fc2.com/blog-entry-1386.html

ご確認いただければ :-)

投稿: Weekend Outdoors | 2014年9月16日 (火) 19時30分

Weekend Outdoorさま
たいへん申し訳ありません。
愛心幼稚園支流(仮)では幼いころのお話を伺ったことを記憶してるのですが、
この暗渠とはまったく結びつきませんでした。
これは私の記憶力のなさと土地勘のなさが原因と思います。

申し訳ありません、お許しいただけるならもう一度ご教示いただけると有難いです。
ふがいなくて申し訳ありません。

投稿: lotus62 | 2014年9月16日 (火) 21時24分

Weekend Outdoorさま
申し訳ありません、今朝方メールの受信箱を開けるときの手違いで、(おそらく)Weekend Outdoorさまからいただいたメールを開封前に誤って消去してしまいました;;;。せっかくのお心遣いなのにも関わらず、不注意で申し訳ございません。
まことにお手数をおかけして恐縮ですが、もう一度お送りいただくことはできますでしょうか。申し訳ございませんでした。

投稿: lotus62 | 2014年9月18日 (木) 09時07分

lotus62様

このコメント、気づかず....
先ほど再送しました。
ご確認ください :-)

投稿: Weekend Outdoors | 2014年9月20日 (土) 21時36分

そういえば!
というなんとも自分の記憶力に脱力するお話なのですが、
何度もコメントを頂戴しているWeekendOutdoorsさまから
この問題の水路跡について、
2年も前に直メールを頂いていたのでした。
しかも周辺の略図付きで!
さらにしかもこの略図にはしっかりとこの水路が描いてある…。
WeekendOutdoorsさま、大変失礼いたしました。

(WeekendOutdoorsさまは写真作品をアップするブログを書いてらっしゃいます。たまに暗渠も題材に、都市の日常の風景をやさしい目線で切り取る柔らかな作品ばかりです。おすすめ。http://weekendoutdoors.blog97.fc2.com/ )

この水路については昭和40年ころまで水路として存在していたとのことです。
またお近くの実家に住むご家族にも確認いただいたようで、
>> ドブ川と言っていたのは、実はれっきとした「川」だったそうで、
>> 農業用水であったのでは、とのこと。
>> 子供には奈落のそこのように思えた溝も、約60cmの段差だったようです。
>> 大雨が降るとよくあふれていたそうで....
>> 暗渠然としていないのは、昭和40年前半に大規模に改修工事がされたときに
>> ヒューム管が埋設されたそうで、マンホールがないからでしょうか。
との貴重なご意見も。

さらに、私はこの水路の水源を
・面している旧街道の排水を北東方面の谷端川に流しているのでは
と推測していましたが、
WeekendOutdoorsさまの図では
・旧街道をさらに南に越え、目白通りまで繋がっていた、かも?
とのこと。
…さらに謎が深まってきました。嬉しいことに…。

投稿: lotus62 | 2014年9月24日 (水) 09時54分

南です。しばらくご無沙汰しておりまして気づくのが遅くなりした。他愛もない私のコメントについて、これほどまでに丁寧に検証してくださったこと、まことに恐縮、そして感激しております。それにしても、あの細道をどうやって自転車で通り抜けたのでしょうか・・・?

これも暗渠ハンターのなせる業か!

我がふるさと椎名町五丁目(現南長崎3丁目)の街並みが!

写真には写っていませんが、あちらこちらに、この辺りを駆け回っていた子供の頃の自分の姿がよみがえります。

さて、南長崎公園の池こと。確かに現在の池は公園造成の時に作った人工池ではありますが、その昔、広大な旧足立家の敷地(公園の敷地の大半)内に水源があったのかもしれません。なにしろ私の実家はこの辺の宅地化が始まった昭和に入ってからですから。

現在の池のある一角(公園の敷地が東側に飛び出ている部分)には、昭和の終わりごろまで小さな旅館ありました。古い木造家屋と板塀。最後の頃はお客さんも稀で、宿の老夫婦がひっそりと暮らしていたことを覚えています。なんと、その屋号は「泉屋旅館」。まあ偶然でしょうが、なんだか縁を感じます。

あの頃の遊び・・・なかでも、このジャンルでの遊びと言えば、小学生の頃に通った下落合のおとめやま公園。池の南側の斜面を何人かでほじくり返すと、水が染み出してくるポイントがあって、夢中で“作業”に興じたこと。時々、管理人に叱られて埋め戻したりしましたが・・・。

そう、最近、暗渠ハンターさんのブログを読んで、自宅近くの長崎分流を歩いてみました。遠回りですが、いつもの椎名町駅に向かう道がちょっとした冒険になりました。(いい大人が・・不審者?)

それにしてもなんで暗渠なんでしょうかね?
私が思うに、「暗渠は日常と日常の間にある秘められた不思議な非日常世界」、「ふと気づくと、ひっこり口をあけて待っている非日常への入り口」、子供の頃の「自分しか知らない?細く薄暗い暗渠道を発見した満足感と、そこを抜けたら、ああ、ここに出るんだ・・・という秘密のトンネルをくぐるような感覚」ってことでしょうか。

そして、大人になった今、都市の中にかつての水の流れやその土地の原風景を想像する楽しみ・・。

さて、暗渠ハンターさんにとっての暗渠とは?


投稿: 南 長崎 | 2014年10月27日 (月) 21時12分

私もてっきりライオンズマンションの南側を通って、長崎保健所へと通じる道を北に・・・と思っていました。

WeekendOutdoorsさま の 南長崎支流(仮)の流路に関するコメントは、豊島区洪水ハザードマップの内容と一致するように思います。 すなわち、ライオンズマンションの南西角に達した流れは、方向を北向きに変え、南長崎3-27と3-25の間の区道(平間医院の前の道)を西武線方向に向かって流れているのではないか・・・・と。
https://www.city.toshima.lg.jp/dbps_data/_material_/localhost/020somu/050bosai/bosaijoho/hazardmap.pdf

それにしても、Zeiss Ikon で撮った銀塩のモノクロ、いつもの風景が味わい深く見えますね。

投稿: | 2014年10月27日 (月) 22時12分

南です。 先ほどのコメントに 自分の名前を書き忘れました。 

(再掲)

私もてっきりライオンズマンションの南側を通って、長崎保健所へと通じる道を北に・・・と思っていました。

WeekendOutdoorsさま の 南長崎支流(仮)の流路に関するコメントは、豊島区洪水ハザードマップの内容と一致するように思います。 すなわち、ライオンズマンションの南西角に達した流れは、方向を北向きに変え、南長崎3-27と3-25の間の区道(平間医院の前の道)を西武線方向に向かって流れているのではないか・・・・と。
https://www.city.toshima.lg.jp/dbps_data/_material_/localhost/020somu/050bosai/bosaijoho/hazardmap.pdf

それにしても、Zeiss Ikon で撮った銀塩のモノクロ、いつもの風景が味わい深く見えますね。

投稿: 南 長崎 | 2014年10月27日 (月) 22時14分

先ほどのコメントに誤りがあり訂正させていただきます。

誤  南長崎3-27と3-25の間の区道(平間医院の前の道)を・・・

正  南長崎3-28(ライオンズマンション)と3-25の間の区道(平間医院の前の道)を・・・

投稿: 南 長崎 | 2014年10月27日 (月) 22時21分

あっ もう一つ忘れていました。

私、生まれも育ちも椎名町五丁目。昭和40年生まれでございます。

投稿: 南 長崎 | 2014年10月27日 (月) 22時45分

あっ・・・・おとめ山公園は、「池の南側の斜面を掘ると・・・」ではなく、正しくは「池の北側の斜面を掘ると・・・」でした。  トホホ・・・・。

投稿: 南 長崎 | 2014年10月28日 (火) 00時24分

南さま
たくさんコメントありがとうございます!
この記事はまさに南さまのコメントが発端でできた記事です、改めて感謝申し上げます。
さらなる情報をいただきまして、感謝いたします。
もしかしたら、Weekend outdoorsさんとお知り合い化もしれませんねw

さて南さまも暗渠の愉しみについて改めて考えられたようですが、
まさにそんなふうに「暗渠っておもしろいかも」「自分の身近に暗渠があるかも」
と思っていただけることが私は一番うれしいのです。

まあ理性的に暗渠の愉しみを整理するとこんな風になるのですが
http://mizbering.jp/archives/10477
私の基本的な情動は
「自分の心の中にも暗渠があった」ということを知ったことです。
まあ、このへんはぜひ飲みながらお話しましょうw
ちなみに私もほぼ同年代ですしw

投稿: lotus62 | 2014年10月28日 (火) 22時37分

なんか呼ばれたような気が....(笑)

南長崎さんとかなり近い! 小生の方が、ちょっとだけ年上ですね(フフフ)。

投稿: Weekend Outdoors | 2014年10月30日 (木) 21時32分

そうそう、なんとか南さんと Weekend Outdoorsさんをお引き合わせしたいと思っていたのですよw!

投稿: lotus62 | 2014年10月31日 (金) 09時12分

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