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暗渠ハンター  「絶対孤独」としての弥勒と暗渠。

もう10日近く経っちゃいましたが、
先日無事に「てくてく大学」での講義を終えることができました。
つたない講義におつきあいくださいましたみなさま、
そしてこのような機会を作ってくださいました事務局の方、
午後の講義&フィールドワークで新しい知識と気づきを与えてくださった演者のみなさま、
改めてお礼申し上げます。
どうもありがとうございました。
よろしければ当ブログにもご意見やご質問、今後のご希望など
ご遠慮なくお寄せいただけると、たいへん私も嬉しいです。
どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。

おかげさまで今年の夏は結構本業仕事も詰まってまして、
週イチペースのこの駄ブログ更新も滞りがち、手抜きがち。
そんな詰まった日々の中先日京都に出張に行って来たんですが
今日はかるーく涼しげなトピックとして、
そのことをちらっと書かせていただこうかなと。

京都の広隆寺
ここの弥勒菩薩半跏思惟像が大好きなんです。
昔から。

修学旅行含めて昔から、
京都に行くたび広隆寺の弥勒さんを見に行ったものです。
今回含め修学旅行以外はぜんぶ仕事の出張でしたが、
そのたびなんとか時間を作って彼を見に行きました。
もう見に行くというより「会いに行く」と言ったほうが近いかも。

釈迦入滅後56億7000万年後に人々を救いにくるという使命を持った弥勒さん。
その頃はもう地球も地球ではないのでは?
もちろん人類も今の形で存続してはいないでしょう。
もしかしたら、救いに来たものの何も無い・誰もいない状況であるかも知れません。

その気の遠くなるようなミッションを遂行するため
半跏思惟で熟慮を続けるという存在も大好きですが
造形的にもたいへん素晴らしい。
ちなみに初めて弥勒という存在を知ったのは
諸星大二郎「暗黒神話」でした。

今回の出張でも、時間を見つけて広隆寺へ。
寄れる時間は限られているのでいそいそと。

しかし!あろうことか行く途中に、
美しい暗渠を見つけてしまいました。

嵐電の帷子ノ辻駅からちょっと太秦広隆寺駅寄りの横道。
Img_3459

蓋暗渠ではないですが、
まるっと溝渠の上を舗装したタイプですね。
前の晩の深夜は下京区の細道を歩いたりしてたのですが、
こんなタイプにはついぞお目に掛かれなかったので
ちょっと感激。
帷子ノ辻から別れる嵐電北野線に沿って上っていきます。
Img_3462

ひとつめの踏切では、踏切の向こうから別な支流が合流してきたり。
Img_3465

また違う下流に分流していったり(右へ分流)。
Img_3468

ああ、時間さえあればこいつらをずっと追いかけていたい…。

山陰本線のガードをくぐる地点では、
暴れ川となって道路の真ん中を流れます。
Img_3472
いったん暴れは落ち着きますが
Img_3473

今度は道路反対側にスイッチ!
Img_3474

これはたいへん面白い。
そしてまた右側から一本合流。
Img_3475

やばいやばい、もうこれ以上奥に入るとほんとに時間なくなるから、
この右から合流するほうを追うことにします。
(そのほうが広隆寺から離れないで済むので)

道路の真ん中を通った後
Img_3477

でた!これこそ魅せ場ですね。
杉並のカーブ蓋暗渠にも対抗できるような美しいカーブを描きます。
もうカーブ東西対抗戦ですな。見たか、杉並!的な。
Img_3478

感動的な暗渠なんですが、
ほんとに時間が無くなってきました。
やむなく諦めて広隆寺方面に向かわねば。

太秦の撮影所と広隆寺の間の未舗装の道を通って正面山門へと急ぎます。
おっと、うれしいことにここにも暗渠がありました。
Img_3484
なんか広隆寺から出てくる流れを受け止めているような…?
あとでわかりましたが、
広隆寺の中にある小さな池からの排水なのかも知れません。

こちら広隆寺の敷地。
Img_3493

受付の横にはこんな小さな池がありました。
Img_3502
奥の祠は弁財天。そうか、弁天様ってお寺にもあるのか…。

これまで辿ってきた暗渠がこの池に繋がっているかもしれない、
と気づいたのは帰って地図を見てからです…。
この池の奥にはこんな橋。
Img_3495

水が見えなかったのでてっきりフェイクだと思いましたが、
記事末の地図ではしっかりこのあたりに水みちが描かれているのでした…。
なんということでしょう。
弥勒さんも川と暗渠にご縁があったとは…(強引な仮説)。

さていよいよ奥の霊宝殿にて弥勒さんにご対面となります。
彼は相変わらず独特の神秘的オーラをお持ちでした。
神秘的で平和。
でもそのうらおもてに漂う「絶対孤独」な感じ。
その絶対孤独な哀しさを抱え受け入れながらなお
だれかのためにものを考える姿勢が素敵です。
ちょっと暗渠と似てると思うのは、その「絶対孤独」感。
うれしいとかかなしいとかでなく、
人はみな「絶対孤独」をどこかに抱えていて、
それと折り合いをつけながらでしか生きられないのではないかと
私は思っています。
暗渠にも、弥勒さんにもこの絶対孤独をひし…と感じてしまうんですよね。

久々の弥勒さんでした。
いろんな方向から何分でも見ていられそうですが、
20年ぶりにここに来たのにちなみ
「20分まで」と心に決めて拝観します。
私は決して特定の宗教に篤いほうではないのですが
じろじろと眺めながら自然と弥勒さんに
自分の20年間を報告するような気持ちになりました。
いろいろありました。けっこう頑張って乗り越えてきました。
見守っていただいてありがとうございます。
(私は寺社仏閣で「感謝」はしますが「お願い」はしないのです)

20分じろじろした帰りしなには
館内でちょっとした出来事があって、
次回までの宿題もいただきました。
次に会いに来る時まで、
この宿題にしっかり向き合ってみることにします。

より大きな地図で 広隆寺のまわり を表示

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