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2014年6月

暗渠ハンター 宇田川湯のまわりで。

今回もちょっともろもろ準備のため、いつもより手を抜きます(笑)。

その準備のひとつはこれ。
さいきん暗渠に興味をもたれた方にはまさにドンピシャな2時間になることと思います。
また「水」をテーマに構成するその他の時間のご担当者も珠玉の人選かと。
どうぞよろしくお願いいたします。
では今回更新分をどうぞ

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Img_0273
 世田谷区羽根木にある宇田川湯。学生時代の4年間ずっと世話になった、
まるで特徴のないふつうの銭湯だ。

 目黒川の支流の北沢川、そのさらに支流の通称「だいだらぼっち川」は、
下北沢の街を南から西に回り込み守山小学校のあたりまでさかのぼることができる。
 ある日地形図をじろじろ眺めていたら、その守山小のすぐそばで分かれ
環七を西に越えて羽根木方面に抜ける浅い谷が目に入る。
さっそく、何か流れの痕跡でもあるのではと小さな期待を込めて現地を丹念に歩く。
が、川の痕跡はまるで無し。
暗渠のない谷を縦横に探り歩き、最後の谷頭に建っていたのが「宇田川湯」だった。

 …この銭湯に通っていた頃考えていた「未来」は、何も実現していない。
それは未来を思い描く力が私に足りなかったからだと思う。
それが証拠にいま私がいる「未来」は、当時思い描いていた未来より
はるかにしあわせ、だからです。

 宇田川湯に湧き上がってくる湧水が、浅い谷を下って環七を渡り
だいだらぼっち川に合流し、下北沢から池尻大橋中目黒、北品川をかすめて
東京湾へと流れていく。
そんな想像をしながら、すぐ近くにあるはずの当時のアパートを訪ねてみよう。

(これは2014.6.29に筆者facebookアカウントにてニュースフィードに掲載した記事と同じものです)

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暗渠ハンター どこから来たのか奥戸の欄干

今日もイベント準備のため手を抜きます…。

まずは告知その①
前回もご紹介しました、
NPO法人東京まち歩き倶楽部さんによる今回初めての催し
てくてく大学テーマは「水」。
恥ずかしながらここで暗渠に関する2コマの講義を担当させていただきます。
当ブログでは書きたいことをだらだらと吐き出すばかりですが、
よそからご依頼いただく原稿や講義などは、きちんとプロ意識を以て務めさせていただきますので
どうぞご安心くださいw
本気出しますw
まだ空きはある模様。
「送水口倶楽部」のAYAさん が講師をやられるコマがあったり、
「放課後」の夜の街歩きには「暗渠さんぽ」のnamaさん がガイドを務められます。

告知その②
東京スリバチ学会が主催する「スリバチナイト2」に出演します。
7/26の夜、お台場カルチャー・カルチャーにて。
私も聴きに行こうと思ってます!

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奥戸街道、中川と新中川の間を歩いていたら、
こんなものを見つけました。
どう見ても欄干…の一部。
Img_2832
このあたりは昔田を潤す用水路がたくさん走っていたところ。
水の益も害も多く、1963年には新中川を掘削して放水路としています。
(「川の地図辞典 江戸・東京23区編」菅原健二 之潮より)
しかしこの欄干の位置は、「東京時層地図」で確認してもどうも用水路から一本 ずれた道にあるのです。
それによく考えればこの欄干、道にかかっておらず
どうも家の一部、あるいは家の「ガードレール」となっていますよねえ(半端だけど)。
材質は古そうだし、
家と欄干のスキマとかをじろじろ見ても
やっぱり一体感とか皆無。
Img_2834
たぶんこれは
暗渠化時にその辺で打ち捨てられそうだった欄干を保護して(拾ってきてw)
ここに据え付けたんじゃないかと思うんですよ。
いつかこの家の方にお話を聞いてみたいなあ。

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暗渠ハンター 衆楽園の上と下。

まずは告知です。

NPO法人東京まち歩き倶楽部さんによって、
「東京てくてく」という、東京の街歩きイベントが毎週のごとく催されています。
真冬や真夏は寒すぎ・暑すぎのため春と秋に集中して行われているのですが、
まあ真夏で暑んだったら、インドアで座学みたいなことをやればいいんでない?
ということで今回初めててくてく大学という催し企画が立ちあがりました。

テーマは「水」。
丸一日、何人かの講師がいろんな角度から「水」に関わるお話をします。
僭越ながらこの「てくてく大学」の1時間目と2時間目、
私が暗渠のお話をさせていただくことになりました。
まあ暗渠初心者向けの内容となるかと思いますが、
もしご興味ありましたらぜひお誘いあわせの上、お申込みくださいませ。
ちなみに3時間目には「送水口」のお話を「送水口倶楽部」のAYAさんが講師を、
「放課後」の夜の街歩きには「暗渠さんぽ」のnamaさんがガイドを務められます。

では、私もしっかり準備を開始いたします!
・・・ということもあって、今週はちょっと手を抜きますw

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広尾のはずれに昔からある釣堀、衆楽園
仙台坂下の真南の方角、
南麻布三丁目にぼこんと凹みをつくるのがこの釣堀の池。
ここからの流れは暗渠となって古川(渋谷川)に四の橋付近で合流します。
この暗渠についてはもう何人もの先達が書かれているので
ここでは詳しく取り上ませんが(記事末参照)、
その衆楽園の池のすぐ下に、小さく短い開渠が。
Img_0052

ちなみにこの水を持っていたリトマス試験紙でphを測ったところ、
おおむね「5」。私がこれまで測ってきた都心の湧水の傾向通り、
少しだけ酸性寄りですね。
その他COD等データも取りたかったところですが、
計測セットを持っていなかったことを激しく悔いました。

この場所、池のすぐ裏。
しかしこの水は池から流れ出ているのか、
違うところから滲み出しているのはわかりません。
ただ、この日までの数日間は雨は降っていないので、
雨水でないことは明らか。
さて真相は・・・如何に?(<手抜き)

また衆楽園の池も、地形的にはもうちょっと上流の流れがあったのかもしれません。
本村幼稚園のあたりまで遡れそう。
こんな道もあるし、
Img_0084

さて、こちらも真相は・・・如何に?(<手抜き)

より大きな地図で 広尾 を表示

ちなみにさらに詳しいご参考ブログとしては以下をお勧めいたします。

★2014.6.17追記。
この貧弱な記事を見て、暗渠界の星HONDAさんがこんなことを教えてくださいました。
オラクル来る。
HONDAさんの許可を頂いて以下転記します。
20140616_232621000_ios_2 
なるほど。上流は水が湧いていたというよりは
そして下流は以前からも健在、と。
池でなくここで湧いているんでしょうね。
それは嬉しいお話です。
そういえばずっと前衆楽園の方に「これは湧いてるのですか」と聞いたら、
もう枯れてしまって汲み上げているのです、と仰っていました。
HONDAさん、どうもありがとうございました!

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暗渠ハンター 彩の国 藤右衛門捕物帳⑩これで終いのふりけぇり、でい。

半年以上にわたって不定期連載してきました藤右衛門川。
合計11本の支流をご紹介してきました。

いちおうこのブログのタイトルは「東京Peeling!」なんだけど、
もう「東京」ですらないところに来て、
っさらに11本ってのはちょっと多かったわなあ…。
そうは言ってもせっかくなのでまあ最後に全体をまとめてみますか、
というのが今回の記事です。

各支流にはその場しのぎで支流に名前を付けてきましたが
まずはそれから振り返りましょう。
自分でも忘れてるのあるし…。

Photo

***以下全て仮称***
青の1…藤右衛門川 原山支流
青の2…(なし・藤右衛門川本流)
青の3…藤右衛門川 大東支流
青の4…藤右衛門川 神花レッズ支流

緑の1…天王川 463支流
緑の2…天王川 浦和球場支流
緑・番号ナシ…天王川 ルーテル湧水支流
緑の3…天王川 浦和高校支流
緑の4…天王川 元町緑道ドリブル支流
緑の5…(なし・天王川本流)

紫の1…日の出川 浦和駅前支流
紫の2…(なし・日の出川本流

なるほど。こうしてみると名付けのテンションがバラバラですなw。
ごめんなさい。
各記事にはリンクを張っておきました。

まあ全体を振り返ると、
何しろいろんな様態の暗渠が見られて面白かったなあと。
久しぶりに「暗渠ANGLE」を使って、11本を俯瞰してみましょう。
(「暗渠ANGLE」についてはこちらをご参照ください)

Angle

縦軸は上流(上)から下流(下)への進行度、
横軸は暗渠の加工度の高い(右)、低い(左)を表しています。
本数も多いので、各支流は非常にばっくりとプロットしてあります。
こうして見ると、
青は比較的加工度が低い左がわに振れており、
紫は加工度が高い右がわに振れているのがわかります。
つまり
青<緑<紫の順で「都市化が進行している」と言えそうです。
あたりまえの話ですが、それぞれの位置からすると概ね
「駅からの距離と『都市化』の進行は反比例する」
ということが伺えます。

では次に、特に各支流の
「ここだ!と特定できる水源の有無」と
「暗渠でない状態(つまり開渠)の有無」を整理してみましょう。
下表をご覧ください。

Photo_3 

「水源が特定できる」のは
・青の2…藤右衛門川本流のみ。
Img_0061
しかもかなり危うい状態で、
先達の過去ブログを参考にしながらやっと特定ができるレベルです。

そして惜しいのが
・緑の1…天王川 463支流
Img_0093
地形的にもこの辺りに間違いなさそうと推測できるので△としました。

一方「開渠」が見られたのは
・青の1…藤右衛門川 原山支流
・青の2…藤右衛門川本流

・緑の1…天王川 463支流
・緑の5…天王川本流

のみ。
青の2…藤右衛門川本流」は上流端でかなり長い区間開渠状態だったので
◎としました。
また、幾つかの支流が合わさる駒場運動場裏の開渠は
各支流の個性を表すものではないと考えここでは対象外としました。

水源および開渠を表すこれらのブルーのセルはつまり、
「都市化に抗っているしるし」
とも言い換えることができるでしょう。
まあここでもざっくり
「駅からの距離と『都市化』の進行は反比例する」
といえないこともないですが、多少ムラもありそうです。
「駅からの距離」以外で都市化のばらつきを生む要因としては、
・行政管轄の違い
・開発時期の違い
・元来の土地条件(湿気や地盤等)の違い
・鉄道以外の交通インフラの違い
などが挙げられると思いますが、
ここではそこまで調べ上げて究明はしておりません。

ところで
今回の11本のなかでやっぱり一番の逆ハイライト(←大いなる落胆、の意)は、
「青の2…藤右衛門川本流」の上流でしたねー。
水源がすっかり整備され、近くにあった釣堀もまさに目の前で埋められて…
この衝撃がなければ藤右衛門川シリーズは
もっと手短に済ませていたのではないかと思います。

諸行無常。川も移り変わりは止められません。
せめて、何年後かに藤右衛門川の昔の姿に興味を持たれた方に、
2013年(撮影当時)のその姿を見てもらえる機会があるならば
私はとても幸せです。

みなさま。長期間にわたって藤右衛門川におつきあい頂きまして、
どうもありがとうございました。

※数個前の記事に書きました「暗渠一般やこのサイトについてのアンケート 」、
もうちょっと回収可能サンプル数に余裕がありますので、もうしばらくご回答を受付いたします。未回答の方、よろしければご協力くださいませ。
・・・というわけですので集計・結果のお知らせは気長にお待ちいただければと思いますw

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暗渠ハンター 彩の国 藤右衛門捕物帳⑨最後の「御用」は日の出川。

さて不定期連載の藤右衛門川シリーズ。
青の支流(藤右衛門川本流)、緑の支流(天王川)ときて
ようやく最後の紫の支流「日の出川」までたどり着きました。

Photo_3

紫の「1」「2」とありますが、「1」については
あらかたこちらで書いているので、今回は「2」を中心に書いていくことにします。
なお、2本のうちこっちが長いのでこちらを「日の出川本流」としましょう。

宇都宮線が乗っかっているところが尾根というか崖上というか、
高地になっているのですが、そこまで「紫の2」は遡ることができます。
ただし、の段丘がもともとのものなのか、
宇都宮線(もっと前は東北本線)を敷設したときに盛土したものなのかはわかりません。

その宇都宮線の崖下に唐突に出現しているのがこちら。
本太3-13のあたり。
Img_0276
まだまだこの先(写真を撮ってる私の背後のことです。切り立った崖なんですけどね)がありそうな風情ですよねえ。
正面の崖からの滲み出しなのか、
あるいは崖をつたって北上するのか、
はたまた崖を貫いて線路の反対側からつながるのか…。

この暗渠は住宅のスキマをL字に曲がって同ブロックから顔を出します。
Img_0279

「見るからに暗渠」な区間はここまで。
あとはアスファルト道路に埋没して進んでいきます。
Img_0281
この先はさらに道路との同化がすすみます。
まるで自我を激しく主張するギザギザなハートの若者が、
歳を重ねるごとに周りに感謝し周りを思いやる心が芽生え、
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いつしか自我意識も希薄になり周りのために生きるようになった、
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みたいなかんじではないですか。
悟りへの道。悟りまで45分。

仲本小学校の敷地に入って終了。
Img_0286
ここは日の出川のもう一本の支流「紫の1」との合流地点です。
きっとじゅくじゅくした土地だったんだろうなあ。

「紫の1」の水源も非常に特定に難儀します。
「紫の2」のようにスパッとした崖下がなく、
宇都宮線から東に緩い傾斜を描く土地。
この傾斜のどこかであろうとは思いますが、
痕跡は見る限りどこにもありません。
地形を頼りに予想するなら、この辺り。

Img_0292
東仲町9と10の間くらいかなー。
こちらは浦和駅前から流れ出しているようなので、「日の出川 浦和駅前支流(仮)」と呼ぶことにします。

なんか緩い終わり方になってしまいました。
この日は実は殆どの自転車で回りました。
武蔵浦和駅前の「さいチャリ」を借りて。
Img_0296
重宝しましたよ。借りたポイントから現場まで結構遠かったけどw

より大きな地図で 浦和 を表示

さて次回または次々回で、この連載の振り返りをして
藤右衛門川のまとめとしたいと思います。

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