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2014年5月

暗渠ハンター 赤坂新町五丁目下水と種徳寺のスリバチ。

霞が関から六本木まで歩くという機会がありました。
さてどんな経路で行こうか。面白い経路はないかなと
「東京時層地図」をじろじろ見ていると、マークしてなかった水路発見。
大刀洗川のちょっと南のところです。

こんなところにあったんだ、さっそく辿ってみないと!!
以前近くを散歩したことはあったんですが…。

赤坂をちょっと奥に進むとこんな建物も。
なんか私の赤坂イメージとずいぶんかけ離れた地方都市っぽい物件だなあ。
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そんな赤坂のはずれで、崖下にまっすぐ続く道がここ。
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左の高台は氷川公園です。

谷底というわけではなくて、
右にはさらに低く抉れています。
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人工の水路でわざとここに付けたのか、それとも右は造成の都合で掘ったのか。不明。

左右を鹿島建設のビルに挟まれています。
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いっそ鹿島暗渠とでも呼んでしまいたくなるような。
ん…¡?鹿島建設!?

さあこの先いよいよ、という感じの細道。
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赤坂にこんな暗渠道があったとは。
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出口にはしっかり車止め。
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素敵です。
反対側からも見てみましょう。
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ここを抜けると痕跡は消えます。
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この道、10年前に通っていた得意先に行く途中の道でした。
ここを思い出しては「あの道なんかヘンだったよなあ」と考えていたものです。
だってすぐ横に立派なと通りがあってなんだか「無駄」なような気がしてたし、
その道とはこんな車止めのある細道でつながっていたり。
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突き当り。
ここを右手に曲がっていくらしい。
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以前夜の散歩では左の奥のほうに暗渠路地らしきものを見つけことがありました。
まあつながっていると考えてもよさそうですね。

さてその先。ここをこうまっすぐ抜けていきます。
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手元の「東京時層地図」で確認できるのはこの交差点まで。
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しかしその先、ここにつながるはっきりした谷頭があります。

下図、赤いところがここまでの暗渠道、そしてその先のオレンジ色の円が谷頭です。
(GoogleEarthさま・東京地形地図さま毎度のご協力に感謝申し上げます)

1
谷頭にあるのは種徳寺というお寺。
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この境内にお邪魔する前に、裏に回り込む道があったのでそちらから行ってみましょう。
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上の写真の奥は行き止まり。崖です。
近寄ってみると・・・。
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空いたスペースにハナダイコンが咲き乱れ、
秘密の花園状態です。
谷頭最奥部となりますが、特にここで水が湧いているというわけでもなさそうです。

種徳寺の正門にまわり、お寺にお断りして中に入れていただきました。
敷地の奥に池があるわけでもないのですね…。
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そのあと、西側の崖上までが敷地(墓地)なので崖上に上がらせていただきます。
めくるめくスリバチビュー。
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さっきの最奥部秘密の花園も見下ろせます。
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お、ご近所のだれかがフキを摘んでいるようです。
同行した相方は
「その辺に生えているフキも食えるのか!?食っていいのか!」
と激しく興奮していました。

暗渠とはまったく関係がありませんが、この崖上の墓地というのもちょっと変わった雰囲気。
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なんだかちょっと荒れ気味でした。
もう古くてお墓を訪れる方もないのかな…?

さて今回の暗渠。
どこを見ても文献が見当たらず
さてどうしたものかと思っていたのです。
唯一のヒントは、最奥部の花園をライブでツイートしたときに授かったオラクル・リプ。

Tweet_3   

HONDAさんからのメンションでした。
さすがHONDAさん。しれっと「赤坂新町下水」と固有名詞を出してます…w
ですが、あとでこの名前で調べても何もヒットしません・・・。
港区図書館に行って資料を漁ってもそれ以上の手掛かりは得られず。
後日お会いする機会があったのでどこで調べたのかと伺ってみると、
ご親切にその出典をご教示いただけました。
後ほど私もその資料を当たって、補記したいと思います。

※2014.61追記:資料で裏が取れました。港区で出している「港区史」の「下水道」の項に、
この水路が文政年間の下水として「新町五丁目下水」名で載っています。
「水源は青山掃除町より流出、赤坂田町五丁目大下水へ落つ」との解説。
青山掃除町とは種徳寺のスリバチの上にあった町のことです。

さてこの谷。もっとも低いところにはこんな暗渠っぽい道がありました。
たぶん種徳寺で湧いた水はここを通って赤坂新町下水に続いていったのかと思います。
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駐車場にぬけて行きますが、
その手前に中華料理屋さんですね。
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暗渠飲み屋ということになるか…。
ヒルメシも食わずに歩いていたので
どこかで休憩を。と思っていたところ。開いていれば絶対入ったのになー。
いつか夜にきてみましょう。

ここから歩いて乃木坂に向かい、
外苑東通りでヒルメシ問題を解決しました。
「1830」とうイタメシやさんに飛び込んだんだけど、もう数週間で閉店だそうです。
煤煙問題が原因とのこと。

端的にいうと、ピザ焼いてる煙がけむいよ、臭いよ、なんとかしろよ
という苦情にあらがえなかったんでしょうね。

臭いからと蓋をされた川みたいに。

いろいろありますな。住民の方々もお店も、大変なやり取りをしてきたんでしょうね。

初めて入った店ですが、
このお店と、住民の皆様と、双方にそれぞれの敬意を表しつつビールと、ペンネ。
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より大きな地図で 赤坂・港区あたり を表示

前回からのアンケート、まだご回答いただけます
まだの方はぜひお気軽にどうぞ!

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暗渠アンケート作ってみました!ご協力お願いいたします。

ネットを使って素早く大量の人々にマーケティング・リサーチをする
「ネットリサーチ」サービス。
ネットリサーチ黎明期には、「ネットリサーチ」が
「ネットリ・サーチ」と聞こえてしまって、そのたび
「たくさんの納豆が手のひらについてしまってキーやマウスを触るたびに糸を引いている状態」
を一人想像しにやりとしていたものですが、
そんな想像もしてなれないくらいに今では一般化しました。
すでに「定量的なマーケティングリサーチ」といえばそれは
デフォでネットリサーチのことをさすくらいになってるかも知れませんね。

その「ネットリサーチ」サービスのさきがけ的存在が「マクロミル」という会社です。
割と広告も出してたりするのできっとお名前くらいは聞いたことがあるのでは…?

先日そのマクロミルから、
だれでもタダでネットリサーチが実施できるサービスがリリースされました。
クエスタント」。
職業的な興味からさっそくこれを使ってみようと思うんですが、
せっかくだからこのブログに来ていただいた方に、
暗渠一般のことやらこのブログのことやらをお答えいただく
短いアンケートをご用意してみました。

もちろん結果は一定数の回答が集まった段階で
この記事としてみなさまにフィードバックいたします。
(個人情報はもちろん伺いませんし、設計上回答者の特定などもできないようになっていますのでどうぞご安心ください)

どうぞお時間の許す限りご協力を賜りますよう、お願い申し上げます。

「暗渠一般やこのサイトに関するアンケート」はこちらからどうぞ

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暗渠ハンター 彩の国 藤右衛門捕物帳⑧御用だ!天王川。

藤右衛門川の支流天王川もこれで大詰め。

Photo

今日は「緑の5」でいよいよ最上流に迫ります。
前回の支流を越えてワンブロック行くと、
もう緑道は浦和色の「赤道」に変わります。
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なんか車止め含めてこう、チカチカ系の色合いで。
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上流をたどる途中さらにいくつか支流はあるのですが、
短いので割愛。
しかしまあここは触れないわけにはいかないかな。
突然の癒し感。
地元の方の創意工夫に敬意を表します。
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手前の長椅子の裏に支流が合流しています。
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なんかこう、わからないけど突然
どこかの観光地に来たような気分になりました。
近くにご当地ものの素材(ワサビとかヨモギとか)を混ぜたソフトクリームとか
売ってるんじゃないだろうか。

でも裏側からみると地味なものです。
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さらに上流は赤蓋‼
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同じような形状で緑蓋は大泉にあったっけ。
HONDAさんに案内していただいてひばりが丘あたりを
廻った時に見たやつ。
おなじメーカーで色違い、とかなのでしょうか…。
とすれば型番も下1桁くらいしか違わないんでしょうね。
などというのは無駄に細かい妄想です。

まっすぐまっすぐ進んでいた天王川も
与野駅の近くにくるととうとう屈曲。
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急に思い出しましたが、与野に中学校のころに来たことがあったなあ。
私、栃木県の中学校で剣道部にいたんですが、
当時関東近県の名だたる中学校によく遠征に連れて行ってもらいました。
そうそう、常盤中学校だ。当時強かったんですよ、常盤中の剣道部が。
それで、みんなで練習試合と合同稽古にお邪魔したことがありました。
遠征って、決して楽しくはないのです。
平日は朝も夜も稽古ばっかりでくたびれてるなかで
せっかくの休みの日まで稽古尽くしなわけだし、
たいてい遠征先の強豪校には近隣の先生含め名物の怖い先生がいて、
そこに掛稽古にいくと「遠くからよく来た!」とばかりに
散々しごかれるし(有難いことなんですがw)。

稽古が始まってしまえばあとはやるだけだから
なんてことはないんですが、
その先生に稽古をお願いしに駆け寄る時が恐怖心MAXだったかな。
当時は不肖ながら剣道部のキャプテンをしていたので、
相手校の一番の先生には自分が率先して稽古をつけてもらわねばならない。
どんな先生かわからないから、なおさら怖いんですよ。
でもそんな「訓練」はずいぶん歳月が経った今でも役に立ってます。
「怖い物事ほど、まず立ち向かうこと」。身につきました。

さて常盤中のある与野駅ですが、
これは京浜東北線の駅。
普段東京(上野)との行き来には宇都宮線(当時は東北本線)を使うので、
京浜東北線は当然全く視野の外で、
大宮で京浜東北線に乗り換えて与野で降りるなんて
初めてでした。

駅の回りの都会っぷりがすごかった。
常盤中まで歩いていく間に、
10階建てくらいの「高層団地」がすっごくたくさんあって
圧倒されたのをよく覚えています。
これから始まるであろう稽古への恐怖心とセットで。
それは1980年くらいのこと。
そのころこの天王川はどんな姿をしていたのでしょうか。

クランクに曲がったあと、針ヶ谷3-19でとうとう
「赤道」も姿を消してしまいます。
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ちょっと寂しい気持ち。
写真の左側の歩道が暗渠のようです。
それにしても最上流端が「針ヶ谷」というのは
どうにもそそられます。
針のようにとんがった谷戸があったんでしょうね。

少し上流にいくと歩道は消えてしまい、
住宅の間に潜り込みます。
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しかしその先もかろうじて流路は残っています。
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まだまだ。途中の駐車場スペースから見ることができます。
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こっちが上流方向。
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その先が、県道120号線に出たところ。
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そしてその先。
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残念ながら追えるのはここまででした。
裏側に回り込んでも痕跡はなし。
地形的にももう十分すぎるくらいな谷頭です。
そしてさらに先は北側の川との分水嶺。

ずいぶん長いこと追ってきたので少々名残惜しいような。
そんな思いを込めてここのアップを最後のショットにします。
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この天王川本流は現在「天王川1号雨水幹線」という雨水管に転用されています。
しかし上流付近はこの流れとは別に付け替えられているようで
あまり参考にならないのが残念。

より大きな地図で 浦和 を表示

では次回はいよいよ最後の支流「日の出川」(赤の支流
に行ってましょう。

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暗渠ハンター 原宿にある、もうひとつの清水川。

もう3ヵ月も前のことになりますが、
渋谷駅前の渋谷川の「蓋が開いてる」っていうんで観に行ってきました。
これは見ておかないと。
かなりtwetterをはじめとして世間の耳目を集めた事件だったので、
ここではあえて詳しく触れませんが
記念に一枚だけ載っけておきます。
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ちょっと覗き込みづらかったですが、いい景色でした。
あんまりいい景色なんで、「沿岸」にあった「築地銀だこハイボール酒場」で
昼間っからたこ焼きにハイボールで乾杯。
渋谷川を眺めながらの特等席でした。
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それでも飽き足りず、
今度はヒカリエの上のほうに上って眺め愛でてみました。
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さてせっかく渋谷に行ったので、
前から断片的にたどっていた渋谷川の短い支流にも寄ってみるか、
ということで今日の本題に。

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ここは4年前にもHONDAさんが「神宮前三丁目・渋谷川謎の支流」として
とりあげてらっしゃるところです。

その後、この「謎の支流」については渋谷川研究の第一人者
渋谷区郷土資料館の学芸員でらっしゃる田原光泰さんが
『「春の小川」はなぜ消えたか』(之潮)
のP54であっさりと「清水川」と書いてらっしゃいました。
この表記「清水川」を引用をさせていただきます。

清水川といえば、
namaさんがつい最近ご自身のブログで、
高田馬場にある神田川の支流」を紹介していましたが、
そんなわけで以下こちらは「もうひとつの清水川」のお話を。

さて前出『「春の小川」はなぜ消えたか』P54では、
<宅地造成によって、本来の水源よりも上に水路が延びていく現象>
を取り扱っており、
その例としてこの清水川がとりあげられています。

これを私は
【水路の上流拡張現象】
と呼ばせて頂きいくつかの暗渠の解釈に利用させて頂いております。

例1/暗渠ハンター もっと知りたい妙正寺川。蓮華寺支流と大和3丁目支流
例2/暗渠ハンター 立会川・清水池のさらに上流があった!?①
例3/暗渠ハンター 愛心幼稚園の西に続く、その先暗渠
結構この【水路の上流拡張現象】で解釈できる水路は
都内には多いな、というのが私の実感です。

今回レポのはじまり(合流点)はここから。
渋谷川の「原宿橋」。神宮前3丁目29のブロックです。
Img_0039
ここに立つとどうしたってこの原宿橋の遺構、親柱に目が行ってしまいます。
そこに、写真奥からやってくる支流暗渠が一本。
近寄り分け入ってみましょう。

奥に入ると濃密な暗渠感。
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車止めにも相当年季が入ってます。
ってか相当ほったらかしな感じが。
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閉ざされ具合がいいですね。
初めて来たときは夜だったのですが、夜はさらに雰囲気いいです。
まだわずかな距離ですが、来た道を振り返ってみます。
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賑やかな渋谷川本川の通りとは隔絶された世界ですね。

この先は行き止まり。
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一般宅の住宅のような何かに遮られます。
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さーてこっから先が勝負ですね。回り込んでみましょう。
次のブロックから川筋をみます。
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道路の先に窪みあり。あそこだ。

ここが窪み地点。下流方向です。
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その反対側、上流方向。
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さらに上流ブロックにコの字ウォークを続けてアプローチ。
ここですね。
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んで回れ右すると
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…消えた。

次に流路を覗けるのは妙円寺の境内です。
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スリバチ学会で言うところの「スリボチ」。

妙円寺境内の窪みが谷頭。本来の水源はここであるはず。
ではここで先程の
『「春の小川」はなぜ消えたか』(之潮)
を参照させていただきましょう。
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(『「春の小川」はなぜ消えたか』(之潮)より)
この図では、水路は妙円寺境内をジグザグに抜けています。
そしてこの谷頭を抜けて下(上流・方角としては南東)に
水路が続いています。
田原さんは、これが
<宅地造成によって、本来の水源よりも上に水路が延びていく現象>
の事例であるとこの本で紹介されています。

では、その水路は今…

ありました。
谷頭の延長線上に住宅区画をぐさりと不自然に切り入る暗渠。
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この暗渠の入り口手前には
「塗りつぶされたマンホール跡」。
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中に入ります。
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かくんと曲がります。
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右側(左岸)は駐車場になっていて視界良好。
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この暗渠がふつうの地面からがくんと下がっているのが一目瞭然。

ここで突き当り直角に右に曲がります。
その突き当りに大谷石の護岸のようなものが見えますね。
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アップ。
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この駐車場を出た後一度左に曲がって、
この路地を直進。
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なるほど、それっぽいですね。

ここいら一帯は
・「明治42(1909)年地図ではすでに住宅区画が整備され」
・「昭和3(1928)年に部分的に付け替えられた」
と前述『「春の小川」はなぜ消えたか』に書かれています。

かわったマンホールの多い道です。
コウボ菌の出芽みたいなのも。
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格子状のも。
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暗渠道はその先のT字路で終了。
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さらに上流に暗渠らしさは残ってないかと探してみましたが、
決定打あらず。
こんないい味の家ならありましたが。
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それでは、次回はまたまた「藤右衛門川」にお付き合いください。

より大きな地図で 渋谷付近の渋谷川支流 を表示

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