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暗渠ハンター 田中山いまむかし

初めて行く取引先のビル。
田中山ビルという名前を頼りに神谷町から辿り着きました。
そのビルのエントランスに、こんなものがあったんです。

Img_0007

「田中山の由来」と書いてある。

近寄ってみると、
地図の下にこんな文言がありました。
以下転記。
****************
当ビルの周辺および裏側の崖の上の大地を含む一帯の土地は、
大正8年(1919)に、田中平八(1866~1946)が住居と定めた処で、
終戦に至るまで、
広い敷地に山あり川あり池ありの大きな庭園があって、
「田中山」と呼ばれていました。
ここに掲げた昭和23年(1948)の実測図が

その様子を表しています。
時は移り、街の佇まいも、町名も変わりましたが、
昔の呼び名をこの建物に留めました。
1993.6.30

******************

もうこれだけで泣きそうです。
仕事そっちのけで、
これから商談するこのビルの入居社の方と田中山についてぜひ熱く語りたい。
そんな思いを胸に秘め、
このまえの休日にひっそりと再訪してみました。

まずは冒頭の「田中山ビルの由来」の
地図部分をアップで。
まずは上半部の現状図。
(といっても今は昔という現状図ですが…)

Img_0008

そして1948年の地図。(に加筆したもの)

Img_00091
この水色部分が「川あり」の部分で、
緑色部分が「池あり」なのかと思われますね。
一般の地図とは南北逆転しているのでご注意
池的なものは、崖の下のほう(写真下部・北)と
上のほう(写真上部・南)と2エリアあった模様です。

さらに東京時層地図から参考データを。
(以下「東京時層地図」から転記)

Photo

上は「文明開化期」。
地図のまんなかへん「大木邸」とある辺り。この時点でも崖下に池が写ってますね。
もともと田中さんの手に渡る前に、
崖下にははっきりした池があったようです。

そしてビルにあった地図に時代が近いところで
「昭和戦前期」が下図。

Photo_2

わかりずらい?
はいはい、南北さかさまであることを考慮して加筆すると、
だいたいこんな。水色が「川あり」で緑色が「池あり」の部分。

Photo_3

でも、この辺には最近別な用事で何度か来ているので、
ほぼこの「田中山」は壊滅状態かと想像がつくのですが…。
ではではこれからあたりの現状を探ってみましょう。

**********************************

こにあたり、以前の町名は「葺手(ふきで)町」。
それを関した建造物は田中山ビルの近辺にも結構ありました。
Img_0005_2

田中山の敷地をぐるっと回ってみます。

北のほうには江戸見坂。
Img_0027

すごい落差っすね、先が見えませんよ。
坂にある案内柱によれば、開けた江戸の町がここから一望できたとか。

江戸見坂を下りながら田中邸の周囲をぐるっと回り込み、
ほぼ坂下にきた辺りで見えるのがこれ。
Img_0032
かつて鞆絵小学校とういう学校があった場所です。
廃墟的な。
鞆絵小学校は1991年、御成門小学校として近隣の学校と統合され
なくなってしまいました。
ってえともう23年もこのように行方定まらず存在しているのか…。

小学校跡をさらに回り込んで進みます。
横断歩道あたりが小学校の正門らしきところ。
少し凹んでいるのがわかります。
田中山から排水があったとしたらここしかないでしょう。
Img_0036

ここは後で触れることにして、とにかく田中山探検。

小学校跡地を覗き込みます。
写真には写り込んでいませんが、左端にはプール跡もありました。
Img_0039

正面、平らな学校敷地の向こうに崖があるのがわかります。

手元の時層地図で見ると…(青い点が現在地)。
Img_0040
まさにあの崖下に池があったことになります。
やや興奮。

学校の南側から「田中山」中腹まで登ることができま した。
Img_0041
どうやら中腹はだだっ広い駐車場になっているようで、そこへのアプローチ登り坂。
どうやらどうやらこの先の駐車場の広い敷地が
虎ノ門パストラル」の跡地(2009年営業終了)のようです。

そういや東京に出てきたころから
「虎ノ門パストラル」って名前だけは良く聞きました。
なんか響きがおもしろいし、パストラミみたいで美味そうだし。
しかし結局私の人生とは一度も接点がないまま無くなってしまったのですね。
パストラル。
ところでほんとはパストラルって何なんでしょう?
ググってみたら、牧歌的とか田園とかそういう意味だと初めて知りました。
なんでまた神谷町のど真ん中に田園…と思いましたが
虎ノ門パストラスは1968年の創業時「東京農林年金会館」と名乗っていたんですって!なるほど。
そんで、1984年に虎ノ門パストラルに改名したと。
なるほどなるほど。いまごろになって感も甚だしい「なるほど」ですが。

田中山中腹にある駐車場ゲートまで登ると、
鞆絵小学校跡地が一望できる崖上に出ることができます。
この眺め。
Img_0043

正面の緑色に塗装されたあたりが北側の池の跡地です。
また、冒頭の田中山ビルに掲げられた地図で言えば、
その池跡からぐるっと私がいる手前まで
崖下を縫うように大小の池が連なっていたはずです。
連なりの端っこに目をやると、プール跡の横に
雨のせいか崖下の湧水のせいか、水溜りができていました。
湧水のせいではないでしょうね…。
Img_0044

それにしても、思わぬところで出会った「都心の廃校」。
Img_0049
なんだかせつないようなわくわくするような、
あるいは手を合わせて何かに祈りたくなるような
不思議な気持ちになりました。

一服して、中腹の虎ノ門パストラル跡地に向かいます。
駐車場、広い!
Img_0051

視線を左に振ると出発点であった「田中山ビル」方面が見えます。
Img_0050

駐車場のさらに左側は、
期間限定店舗などに使われていたスペースが拡がっています。現在は閉鎖。
ここは一段低くなっていますが、むしろこの駐車場になっているところが
パストラル建設時に造成され盛土されたのではないかと思います。
過去の地図の等高線からして。
Img_0052

つまり、「上のほう」の池は上の写真の奥辺りにあったと推測できます。

そこでこのツイートをご覧ください。
田中山でライブ風景を小出しにツイートしていたら、
暗渠・河川仲間のリバーサイドさんからリプいただきました。

Photo_4

リアルで田中山の中に入って遊んでる!

そのあと何度か再リプいただきました。
どうやらリバーサイドさんが幼いころ遊んだのは、
ここにあった池なのではないでしょうか。

田中山。
しばらくゆっくりと想像してみます。

さて気になるのはそのあとはその水の行方。
昭和の時代には暗渠らしい暗渠はなかった、
というリバーサイドさんの証言。

Photo_5

でも水源あるからには排水もあるはず。

もう一度小学校の正門あたりで見た窪みに近づいてみましょう。
窪みはまっすぐ東に進んでいるようです。
Img_0068

その沿道に唐突にあった看板建築。古い町並みがあったのでしょうか。

Img_0037

そのまま国道1号線を通り越して窪みはまっすぐ続きます。
Img_0070

地形的にいうとそのまま興照院というお寺さんにぶち当たり、
Img_0074

北(左)に曲がるようです。

その先には赤坂川があるはず。
(赤坂川とは鮫河の下流)
田中山からの水はおそらく、
開渠ではないにしろ
自然流下式の下水道ででも
赤坂川に繋がっていたのではないかと思います。

リバーサイドさん、貴重な証言をどうもありがとうございました。

**************

田中山のことを知らなければこんなところを探索しなかったなあ。
そして「田中山ビル」にあるお客様と仕事のつながりがなければ
田中山なんて知らないままだったなあ。
人生は思ってもみなかった出会いに満ちているものです。

より大きな地図で 神谷町 を表示

2014.3.17追記:記事公開後、リバーサイドさんから
「小学校の先の道、川ではないよ。だって桜田通りに出たところの左側、僕のおうちがあったところだもん。」
とのツイートをいただきました。
貴重な証言をどうもありがとうございます。


「(時代をお察しするに)昭和の半ばすぎには「川面」は無かった」
ということですね。
…しかし確かに現地では微妙な傾斜がありました。
と、こういう時は「下水道台帳」を参照しましょう。

1

確かにこの通りから自然流下式の下水が通っていますね(青矢印)。
比高が高いところに池があるからには必ず「排水」があるはずです。
私が池の存在を確認しているのは明治のはじめです。
(それ以前は松平右近のお屋敷だったようですが池の有無は未確認です)
手元にある地図にも、「川」としての記載はありません。

そう考えると、
田中山の池の流末については
①明治の初めにはすでに下水道管によって自然流下式で排水されていた。
②もともと側溝のような小さな排水路があったが、ある時期に下水として暗渠化された。
という二つの可能性が残ります。

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