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2013年12月

暗渠ハンター ふと見つけたアリバイ。滝野川3丁目支流

以前、滝野川3丁目で出会った川跡らしきものについてこんな記事を書きました。
(記事中の「3」の章です)

この記事では「ホントに暗渠なのかどうかちょっと自信がない」っぽいテイストで
書きましたが、
先日家にある資料を整理していたら決定的な「アリバイ」を見つけることができたので、
覚書代わりに記しておこうと思います。

北区で買ってきた小冊子、
「北区の歴史 はじめの一歩 滝野川西地区編」(北区中央図書館)。

Img_0067

これのP33に
「滝野川にあった陸軍の工場」(東京府北豊島郡滝野川村 1911年 逓信協会)
と題された地図が載っていました。
それが下。

Img_0068

青く丸で囲ったところ。水みちが描かれています。
これがまさにさきの記事で「石神井川 滝野川3丁目支流(仮)」としたところでした。

滝野川3丁目支流(仮)は、白塗りにされた陸軍工場に吸い込まれて
その先おそらく石神井川へと合わさっていきます。

はあ、なんかすっきりした。
でもこんな身近に証拠が埋もれていたという自分のフシアナ加減に
少々呆れてはおりますが…。

記事中の地図、再掲しておきます。

より大きな地図で 滝野川3丁目支流 を表示

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暗渠ハンター 彩の国 藤右衛門捕物帳①原山支流(仮)

以前ここで出会った暗渠。
そう、浦和競馬場の中を流れる川・藤右衛門川の暗渠。
どうも地形図を見てみたら上流は狂おしいほどに谷が入り組んでいました。

ホームグラウンドの東京から大きく外れますが、
一度は本気で挑まざるを得ないなと。

下調べをすると、この藤右衛門川上流は、
大きく3つの水系に分類できるようです。
下図をご覧ください。
GoogleEarthさま、東京地形地図さまいつもお世話になります。

Photo

すごいですね。
もうこれだけでこの回を締めてもいいかも知れないくらいのインパクト。
●青いのが藤右衛門川の水系。
浦和レッズの本拠地・駒場競技場を要に上流が分かれいます。

●緑色のは、天王川と呼ばれる川を中心とした水系。
駒場競技場の手前で藤右衛門川と分かれ、
たくさんの支流を従えつ遠く与野駅のあたりまで延びています。

●紫っぽいのは日の出川水系。
北浦和駅・浦和駅間の高台を走る宇都宮線の東から始まっています。

さーて、これを番号順にどどどどーんとご紹介していくのがこのシリーズです。
でもぶっ続けでこれをやると間違いなく年を越してしまうでしょうし、
「東京Peeling!」という本来のブログタイトルと噛みあいも悪いので
(まるで「東京ディズニーランド」状態)、
適当に東京ネタを挟みこんでいく所存です。

まず青色の「藤右衛門川」にスポットを当てて始めることにしましょう。
あ、今回のタイトルの「捕物帳」っていうのはアレね、
「藤右衛門」って名前が江戸時代っぽかたからね、
「ハンター」ってのもちょっと江戸風にしてみたのね、
たぶん説明しないとスルーされそうだったからね、
書いてみました。

んでは「青の1」からね。

******************************************

藤右衛門川は駒場競技場付近から4つの上流に枝分かれします。
ま、普通にいうと
4つの流れが駒場競技場付近で合流する、というわけです。
おそらくこの競技場付近は水の多い所だったのでしょうね。
競技場の駐車場スペースのはしっこに、
こんなものが絶滅を逃れて生き残っていました。
Img_0001_8

駒場湧水。
名前だけ聴くとついこっちを想像しちゃいますが。
元沼地、残る豊富な水脈。
残念ながらこの日はからっからに乾いていましたが、
水で満ちる日もあるのかしらん。

競技場の横を、幅広蓋暗渠で蛇行する藤右衛門川。
Img_0068

その後グラウンドを端をえぐるようなはしご式開渠が現れます。
Img_0072

水は、結構キレイ。
Img_0079

川沿いには金網に挟まれた細道がありますが、
Img_0081

残念ながらこれは間もなく行き止り。

開渠は続きますが、道祖土(さいど)小学校の手前で
上流は複数に分かれます。
前の会社での先輩に「道祖土さん」って方がいたので読めましたけど、
これはなかなか読めませんよね。道祖土。

で、さきほど
「駒場競技場を要として上流が分かれる」的な書き方をしましたが、
もっとミクロで見るとまさにこの道祖土小付近が
複数の分岐ポイントとなります。
では、いよいよここから「青の1」の捕物開始。
ってやんでい待ちやがれぃこんちくしょう!(裾を手繰りあげ十手を持ちながらややガニマタで走るイメージ)

青の1はこんな風に始まります。
Img_0003

もう見てすぐわかる暗渠、憂い奴。
その後は車止めのある細い路地になって
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こんなゲートをくぐると
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キタ!蓋暗渠出現。
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いいですねえ。まっすぐ延びる蓋暗渠。

またこんなになって、
Img_0007

蓋再開。
Img_0011_2

蓋暗渠はどんどん続きますが、
Img_0015

幹線道路にぶつかります。463号線。
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この幹線道路を貫かれてもまだ続いているので嬉しくなります。
こんなふうに、もともとの川の上を
太い道路や線路なんかが後から分断、あるいは征服または蹂躙されしてしまっても、
その前後左右に痕跡が残っていたりすると
なんかこう健気というかあはれというか…揺さぶられるものです。

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そしてその先。開渠。
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この奥で鍵の手に曲がって、下の写真地点で終了。この先は追えなくなります。
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このあたりに水源があるはずですが、もう追えない感じ。
このへんで水が湧いてたんだろうなあ。
下の写真の奥が尾根道になっています。
Img_0026

水源の痕跡はまったくわかりませんが
この「始点」にもどこからか暗渠で水が流れてきています。
Img_0025

どっから来てるんだこの水は…。
ここ、そして水源であろうこの近辺は原山、という町なので、
ここは原山支流(仮)と呼ぶことにします。

さてさて。
水質調査キットを持ってきていたので、
戯れにこの最上流の水をチェックしてみましょう。
ということで測定開始。

亜硝酸はおおむね0.1~0.2。
リン酸はほぼ0。
COD は8くらい。
Img_0030
このCOD値はけっこう高い数値です。
でも、都内の湧水と言われるところでも
このくらいの数値を示すところがありますから、
湧き水としては「アリ」。
しかし数値から言ってすでに家庭排水が混じっているかも、
しれません。

あとで、この辺りの昔がわかる文献をチェックしてみます。

さてそれでは、次の支流に行ってみますかね。先は長いですからw

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