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暗渠ハンター 競馬場が蓋となる暗渠もしくは競馬場を貫く川のこと ①

地図をじろじろ眺めてたら、気になって仕方がない場所がありました。
浦和競馬場。
浦和または南浦和の東にあるその競馬場は、
なんと川に串刺しにされているのです。

より大きな地図で 浦和 を表示

なんだこれ!
しかも川の横には細長い沼!?
かつての目黒競馬場にも谷(羅漢寺川の支流)があったようですが、
いったいコースをどう作っていたのか気になっていました。
それを想像するいい手掛かりにもなるしな、
これは一回見ておかなきゃな、としばらく温めていたのですが、
つい先日やっと行ってまいりました。
まだ記事にしようと思って手をつけていない「順番待ち」の暗渠があるのですが、
今回はそれらを一気に追い越して緊急記事化!
(さして急ぐ理由もないのですけどね…)

この日はWINSの場外馬券場が開いているので送迎バスもあるようですが、
アプローチは徒歩で。
競馬場の上(北)のほうにきっと上流をなす暗渠があるはずですから。

…しかし競馬場の体系ってよく知らないんですが、
・WINSで馬券を売る中央競馬会という全国組織があるらしい。
・それとは別に地方だけもしくは地方同士のネットワークでやってる組織があるらしい。
のは知っています。
wikiによると浦和競馬場は1947年に地方自治体主催では最初に開催された地方競馬であるとのこと。
だけどWINSも併設されているそうです。これって珍しいんではないだろうか(あくまで想像)

まあとにかく浦和駅からてくてくと歩き始めたわけです。
駅から東に少し歩くと、こんな激しい高低差。
Img_0028

いやーこのへんって関東平野だし、ほとんど平らなんかと思ってましたわー。
これはわくわくしてしまいます。
誤解してすまぬすまぬと心でつぶやいてこの谷底へ。
手元地図の道路の流れからいって、
この谷が競馬場まで繋がっていると思われます。

谷底には、果たして川跡のような歩道が待っておりました。
Img_0030

そうそう時間もなかったし、早く競馬場に行きたかったので
今回は上流方面は追いません。
早く競馬場に行きたいから、か…。
ふっ。気がつけばこんな大人になっちまったぜ…。

暗渠風の歩道はここでぷつっと終わります。
どうやら学校の敷地に入るのでしょう。
埼玉時層地図もいつか発売希望。

Img_0034

学校の周囲は高地に取り囲まれているようです。
すなわち学校のあるところがぽこんと低い。
Img_0036

学校はもともと湿地のようなところに造られたのではないでしょうか。
ここ、さいたま市立仲本小学校の○○周年史とかあればぜひ読んでみたいですね。
Img_0035

学校から下流は、高低差を頼りに歩いていきます。
まわりから比べるとこの道が低いんだけどなあ。
大丈夫かいな。
Img_0038

と思っていたら道の横にいきなりこんな石碑が。
Img_0040

ああ、神の啓示だ、オラクルだ。
暗渠サインなんてレベルではないですねこれは。
この石碑(裏面)によると、この川の名は「日の出川」。
明治時代からこの上流の本太、前地という地域を潤す農業用水であったが、
宅地化による洪水被害に悩まされ昭和33年に改修促進会が発足、
やっとの思いで暗渠が完成したのは昭和55年だったとのこと。
たくさんの方々が苦労されたそうです。

この日の出川にはいくつかの支流も合流してきます。
こんなのとか。
Img_0047

こんなのとか。
Img_0049

ほどなく典型的な緑道タイプの暗渠道となります。
このあたりは、その名も「太田窪」!
Img_0052

これは立派な川だったんだろうなと思っていたら、
またまた石碑登場。
Img_0055

川は「藤右衛門川」と名前がかわります。
というか、この藤右衛門川にさっきの日の出川という支流が合流した、
というのが正しいようです。

石碑には、
通称谷田川とも言われたこと、
この水系には天王川という川もあること、
この川はやがて芝川という川に灌ぐこと、
やはり日の出川と同時期に改修機運が高まり、暗渠化されたこと

などが書かれていました。

地図からすると、この緑道がまっすぐ浦和競馬場に突っ込んでいく感じ。
よし、王手。

競馬場に着くまでの間も、支流開渠が集まってきます。
Img_0066

さて、競馬場では驚愕の風景が待っているのですが、
今回はここまで。

ところで、地図を見る以外
ここへはなんの下調べもせず気持ちの赴くまま来てしまったのですが、
あとで地形を見ると大変なことになっていました。
こんな。
Photo_2
Google earthさん・東京地形地図さん毎度ありがとうございます。

矢印が浦和競馬場です。
そして黄色の丸が最初に紹介した日の出川。
それが左上からナナメに下る藤右衛門川に合流してるわけですが、
日の出川の周囲や藤右衛門川の上流、
さらに藤右衛門川の東側含めてこのへん
「谷・だ・ら・け」
ではないですか!
すげえー浦和。
冒頭でも申し上げましたが、
誤解してすまぬすまぬと改めて懺悔します。
けっこういいかも。

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2070 ・・・その他水系」カテゴリの記事

コメント

うーんやはりこの「どうだどうだ」的治水記念碑は、実にさいたま的風景と言えますね。
さいたま市内を歩いていると治水と利水にかける気合がワンランク違うのを感じます。暗渠と車道を分ける柵が水色なとことか、実質本位だし。

競馬場の立地というものについて私は深く考えたことはなかったですが、この地図見ると面白いなあと思います。日本で最初にできた横浜の根岸の競馬場は山手の丘の上に作られたのに、なんで現代の競馬場は川沿いに作られているのであるか、としずかに思うのです。

投稿: 大石俊六 | 2013年10月23日 (水) 22時38分

俊六さん
なるほど、実はさいたま暗渠は殆ど素人なのですが、そういう治水アピールが盛んな土地なのですねw
さいたま治水はワンランク上。「さああなたも、ワンランク上のラグジュアリーな治水を。さ・い・た・ま・で」みたいなわけのわからないAMのラジオコマーシャルを、国道4号線を走るクルマの中で聴いているような気持ちになってきましたw
やっぱりさいたまおもしろいかも。今後ハマりそうですw


東京時層地図でたまに昔の競馬場を見つけると「おっ!」とおもしろがりはしていましたが、
競馬場の立地を体系的に考えたことはありませんでした。
板橋、池上、目黒、それから大久保あたり…?
競馬場建設にあたっては、どんな風に土地を選んだのでしょうね。
こちらも気になってきました…。

投稿: lotus62 | 2013年10月24日 (木) 11時51分

浦和競馬場から程近いところに住んでいますが、興味深く拝見しました。浦和レッズの駒場スタジアム付近も暗渠と一部残る貴重な開渠がたくさんあります。辿れば与野駅のほうまで行けます。その他、南浦和周辺にも暗渠多数です。ちなみに浦和競馬場行きのバス乗り場裏は30年くらい前に暗渠になりました。

投稿: レッズ赤岸 | 2013年10月27日 (日) 12時35分


浦和の地形、ゼブラ柄!!しゅてき!!

投稿: nama | 2013年10月27日 (日) 20時25分

レッズ赤岸さま、コメントどうもありがとうございます。地元の方からのコメントは殊の外嬉しく存じます。
実は上流が気になって、先日早速駒場スタジアムで合流する二つの支流を辿ってまいりました。地図だけでみると解りませんでしたが木崎の辺りが南北の分水嶺になっているんですね。今度は教えていただいた与野方面の支流も味わってこようかと思いますw
南浦和も暗渠が多いとは知りませんでした!
しかもあのバス乗り場の裏にも!!
当日は歩き疲れてこのバスでは居眠り、発着場からJRまでは寝ぼけながらよたよた歩いて行ったので、ぜんぜん気がつきませんでしたw
どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。

namaさん、「ゼブラ柄」とはナイスな表現!
なるほど!!
ではこの宇都宮線の東の縞状谷地帯は
「さいたまゼブラ谷(仮)」と呼ばせて頂くことにします!

投稿: lotus62 | 2013年10月28日 (月) 10時05分

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