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暗渠ハンター 板橋湧水跡めぐり 3

「いたばしの河川」(板橋区教育委員会)の「無名の川」で取り上げている川や湧水の断片を訪れるシリーズ。今回は…

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3 徳丸・西台あたり

3‐① 徳丸小付近のツルマイ池

「いたばしの河川」によると、
徳丸小学校辺りは以前窪地であったとのことです。
徳丸小近辺の今の陰影地図はこちら。(「東京時層地図」より)

3_2 

まんなかへんが徳丸小。のっぺりしています。
同じ地域を「東京時層地図」の「昭和戦前期(昭和3-11年)で見てみると…。

2

ほんとだ!
今はのっぺりしていますが、確かに谷戸がありました。
それも等高線の密度からいって結構急な谷ですね。
この谷、「高度成長期前夜(昭和30-35年」にはすっかり消えてしまっています。

1

ははあ…。
再び「いたばしの河川」の記述を見ると
都のゴミ捨て場となり埋没してその後は西徳第一公園となっている
と書かれています。

激変ですね。
この様子は、goo地図の航空写真でも確認することができます。
こちら昭和22年の航空写真。

S22

まん中、下から上に細い谷戸が延びているのがわかるかと思います。
これが昭和38年になるとこう。

S38

造成されたばかりなのでしょう。谷戸が消えてのっぺりになりました。

「郷土 板橋の坂道」(いたばし町博友の会 H10年)の中でもこの谷について触れたところがあり、
「この谷は昭和7年から同35年にかけて埋められてしまい、現在上は徳丸小学校の一部や西徳公園になっている」
と記されています。ちなみに同書ではこの谷の出口に残る坂を
「急坂」あるいは「登り坂」と呼んでおります。
(逆の意味で個性的な坂名ですねw)

さてサブタイトルにある「ツルマイ池」があった西徳第一公園がここです。
Img_0176

公園の中にはプールも。

Img_0178

かつてのツルマイ池とは全く関係がないでしょうが、
誰が意図したかこの土地の履歴を今に伝える徴のような気がします。

3‐② 京徳観音堂の下の谷
先程ツルマイ池の話では「西徳第一公園」が出てきましたが、
今度は「西徳第二公園」。この公園の北東側、京徳観音堂の丘との間に
深い谷筋が走っています。
こちらが、第二公園側のさらに高いところから谷を見下ろしたところ。
Img_0159

そしてこちらが京徳観音堂から谷を見下ろしたところ。
Img_0170

急峻!この角度と高さは、大田区洗足流れの下流にある子安八幡神社の階段にちょっと似ています。

そして下の写真は谷頭方面。
Img_0162

谷頭はこの奥、圓福寺の辺りとなりますが
「ではこの谷のどこに湧水があったのか」はイマイチわかりません…。

この谷もすぐに前谷津川の暗渠へと繋がっていきます。

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