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暗渠ハンター 笄川でみつけたもの。2

「歩く渋谷川入門」の著者・梶山公子様らと
渋谷川の支流である笄川を半日歩いた時の再発見物件ネタを、
前回に引き続きご紹介します。

今回は根津美術館からの流れを。
根津美術館といえば、「燕子花(かきつばた)」で有名ですね。
尾形光琳の、あの金色の屏風に描かれているカキツバタの群生の絵。
たしか万国博覧会のときの記念切手の絵柄に採用されていたような記憶があります。

訪れたときはちょうど庭園にもカキツバタが咲き始めた時期でした。
Img_0084

1941年に開館したこの美術館。
広い敷地には谷頭と大きな池を抱える都心のパワースポット(←これわざと言ってるんですからね、この言葉を揶揄してるんですからね、念のためw)の一つでもあります。
Img_0081

池を見ると、いつも「どこから湧いて、どこに落ちていくのか」
を探ってみたくなります。
この池は広いので、数か所から水が入り込んできているようでしたし、
あきらかに「お!ここでじくじくと湧いている!」というポイントもありました(嬉)。
Img_0088

さて今回の再発見ネタは二つあるのですが、
そのひとつはこの根津美術館の池のさらに上流にあった池跡を見てきたことです。
根津美術館の入り口は、
前回の青山橋から骨董通りを結ぶ道(そう、Blue Note東京がある道)が通っていますが、
その道と根津美術館の池を結ぶあたりが「がり」っと道路ふちから絶壁になっているんですね。こんな。
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崖下に降りて「東京時層地図・関東地震直前(大正5-10年)」を立ち上げてみます。
Img_0053

画面の青いピンが現在地。
右上にある細長い池が根津美術館の池。
その同じ谷沿いを伝ってちょっと左に行ったところにあるのが、
すでに消滅してしまった池。
同じく「東京時層地図」の「昭和戦前期(昭和3-11年)」ではすでに
この池は地図から消えていますので、
大正の終わりから昭和の初めに無くなったと。
もしかしたら関東大震災のガレキで埋められたという可能性もないではないですね。

現地はすでに何事なかったように普通に住宅。
下の写真、道路の右側一帯が元・池です。
Img_0058

…え?「再発見!」というには地味すぎますかw?
気にせず行きましょう。次は見た目も派手ですし…。

次の再発見ネタは、根津美術館の池の出口にありました。
池から水が出ていくのは、ここです。
美術館敷地の東の端。門のあたりです。
Img_0101
ここから、こんな道を通って笄川に向かうものだとずっと思っていました。
Img_0103

しかし。この道の左横はぐぐっと抉られて小さな崖が続いています。
こんな。
Img_0102

崖はしばらく道沿いに続きます。
Img_0107

…不覚だったなー。以前カケダシの頃にここ通っているんですが、
気が付きませんでした…。
おそらくこの崖の下を流れていたんでしょうねえ…。

どうです、派手でしょう?
なんでこんなん気が付かなかったんだと、
私のマヌケさを「再発見」する結果になりました…。

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