« 暗渠ハンター およぎ場、遊泉園の光と影。 | トップページ | 暗渠ハンター ヘリクツ編 「暗渠」と「川跡」 »

暗渠ハンター 遊泉園跡とそのまわりのことなど

前回は遊泉園にまつわるお話でしたが、
今回は現地の様子を。

より大きな地図で 杉並以北でまとめてみよう を表示

1 遊泉園跡

またまたはじめから横道にそれますが、
私はこの日、北耕地川を上流に辿って現地にアプローチ。
その途中でまた日曜寺の橋跡をチェック。

Img_7759

そうそう、先日図書館で見た板橋区教育委員会による「文化財シリーズ第56集 写真は語る」に、
昭和初期の日曜寺の写真が載っていました。
ちょっと著作権上問題があるかと思われますので写真の転載は控えますが、
当時のこのお寺の周りは一面田圃。
そこにぽつんと日曜寺があり、
正面にはこれとほぼ同じかたちの橋がかかっていました。
お見せできないのが残念。

本筋にもどります。
石神井川がかくんと直角に流れを変えるその突端内側に、
遊泉園はありました。この向こう側です。
Img_7764

しかし。乗りこんでいってさんざん歩きまわりましたが、
痕跡をみつけることあたわず。
跡地はこんなふうになってます。
Img_7765

Img_7766

Img_7767

ようやく一基の車止めを見ることができましたが、
これが暗渠かというと、うーん…。
Img_7768

遊泉園の跡地には、
福泉寺というお寺が昭和17(1942)年に移転してきます。(前出「いたばしの地名」より)
それが今でもありますね。この写真の右側のところ。
Img_7769

移転・造成にあたっては結構な量の盛り土をしたのかも知れません。

さーてほんとに跡かたもなかったので、
いくつか周辺の見どころもご紹介することにしましょう。

2 中板橋駅前5連式直列マンホール

落胆しながら中板橋駅方面に歩を進めていると、
中板橋25-5、駅前至近距離にこんな路地を発見。
Img_7771

すっかり「道は細いほうに行け」という暗渠者の生態が染み付いてしまっているので
吸い込まれるように入っていきます。

おおー、マンホール多発地帯ですね。
Img_7773

惜しい!おしくらマンホールもどきがありました。
Img_7774
なかなか真性おしくらには出会えないんだよねーなかなか。

などと思いながら突き当たりの角を曲がって進んでいくと…。
うえっっっ!! ナンダコレ…。
Img_7776
5つのマンホールが、すばる座状というより
ほとんど直列に並んでいます。

しかもその中のひと組は「真性おしくらマンホール」ではないですか!
Img_7777
これはすごいものを見た!!
(私のデジカメ、写した順に4ケタの数字が自動的に割り振られるのですが、
帰宅して整理してたらこの写真がなんと
「7777」番!さらにすげえ!!←はい、完全に私サイドの話ですみません;;;)

これは中板橋の住民の方々は大いに誇っていい物件だと思います。

3 左岸のあげ堀

最後は、違う日に撮った写真だけど近いからここにまぜちゃおう的なところ。

この近辺の右岸には、あげ堀がありました。
上流は桜台の安養院というお寺のあたりです。
安養院の中にはこのあげ堀跡が今でも残されています。

さてあげ堀というからには
石神井川の水を田圃の用水に使うために分水しているわけですが、
その分水地点から安養院の間で田柄川と交差しています。
この交差がどんな具合だったのか(立体交差?事実上合流?)は、
また回を改めて考察したいと思いますので今回はさくっとスルー。

地図によってはこのあげ堀のことを堂々と「田柄川」と書かれていたりもするし、
「文化財シリーズ第52集板橋区河川調査報告書 いたばしの河川」(板橋区教育委員会 S61 年)には両者きちんと区分されて書かれていたりします。
まあそんなふうに、このあげ堀は田柄川である・とも
田柄川とは別物である・とも言える
アンビバレンツな水路なわけです。

その「田柄川と呼ばれることもあるあげ堀」はこんな姿で最後を迎えます。
Img_1293

このあと一旦石神井川に合流。川の壁面に合流口がありました。
Img_1294

さらにこのあとあげ堀は下流へと続きます。
現在は雨水をまめに吐きだすために上の写真のように石神井川との合流口が設けられていますが、
昔はここでは敢えて石神井川には接続させなかったのだろうと思います。
なぜなら、あげ堀とは
【一時的に本流を堰き止め、そこで得られた圧力で本流より標高の高い土地に水を流していく】
というある種の加圧装置ですから。

このあとあげ堀は川越街道を横切り、
Img_1286

環七沿いを北上し一旦環七の西側に出て、
直角に進路を変えて石神井川合流地点へと向かいます。
Img_1267

ここは過去の地図ではこんなふうになっています。
(「東京時層地図」より転記)
Img_1268_2

環七を東に抜けた後はようやく暗渠らしい佇まいになって
Img_1271

この先で合流。
Img_1274

合流地点の対岸が、遊泉園跡地となります。
おお、話のはじめに無事に戻ってきたw

最後に久々にnamaさん的にこの日たべたゴハンのことなど。
この日は東武東上線のときわ台駅に初めて降り立ちました。
食事ができる大衆食堂を探して南口に。
そこにあったのがとんかつと定食の「三笠」です。
飛び込みですが、思い切って入ってみましょう!
Img_1263

日替わり定食である「コロッケととんかつ定食」750円を注文。
ラードの香りのするコロッケや、
極めてふつうの(←褒め言葉)とんかつがビールに合う良店でした。
Img_1262

|

« 暗渠ハンター およぎ場、遊泉園の光と影。 | トップページ | 暗渠ハンター ヘリクツ編 「暗渠」と「川跡」 »

2056 ・・・石神井川水系」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 暗渠ハンター 遊泉園跡とそのまわりのことなど:

« 暗渠ハンター およぎ場、遊泉園の光と影。 | トップページ | 暗渠ハンター ヘリクツ編 「暗渠」と「川跡」 »