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2012年10月

暗渠ハンター きたくほうろう。滝野川3丁目支流の護岸。

北区中央図書館に用事があったんです。
その前の時間、ちょっともてあましてたので、西ヶ原、滝野川あたりを歩いてみました。
地形図では結構谷があるし、地図上では結構くねった道もあるので、
きっとどこかに暗渠があるんじゃないか、そう思って今回は特定の流れをめざすわけではなく、行き当たりばったりの文字通り「暗渠ハンティング」に出かけたわけです。
こちら周辺地形図。GoogleEarthさん、東京地形図さんいつもありがとうございます。
3

狙いをつけたのは、
●あまり有名な流れもなさそうな
●でもしっかり谷が刻まれていて、
●何本かの道も適度に蛇行している、
この地形図の「フィールドA」と「フィールドB」です。

1 千川上水伝いにアプローチ
まあなんとなく出発は埼京線の板橋駅。
千川上水のあとから散策を開始します。
埼京線を渡ってくるのは意外と地味なロケーション。
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ここ、「どこが流路かなー」とうろうろしてたら
近所の不動産屋さんのご主人が親切に教えてくださいました。

千川上水専用マンホ。
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千川上水跡は、やっぱり盛り上がってます、地形的に。

みてこれ!正面建物の右側に向かって千川上水。その左右が低くなってますね!
ってよくわかんないか…。
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あ、大径マンホール跡もありました。
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久々のスニーカースケール発動です。

まっすぐ行って昭和通りにぶちたるところ。その交差点の名も
「掘割」!
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ここに小さな碑が残っており、千川上水はここで二手に分かれます。
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ひとつは、まっすぐ巣鴨商店街を通って六義園にいくルート。
そしてこっから左に曲がって王子の製紙工場に行くルート。

六義園方面に向かう岐路上にある小さな公園には、
「千川上水調節池跡」という案内板があり、
ここがもともと江戸市中に水を配する前にゴミを沈殿させておいた池の跡だということを教えてくれます。
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そして公園内には、明治期に作られた
六義園方面への水を調節するバルブも健在!
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ここからはフィールドAに向かおうと、王子方面に千川上水を下っていきます。
千川上水に架かる首都高速道の橋裏もどうぞ。
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途中にあった、井戸跡上の消火器。ここに置きたくなる気持ちはわかる。
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2 「フィールドA」に降りるも成果は…
千川上水が直角に曲がって北上を開始するところ・都電西ヶ原四丁目付近で一旦千川上水にサヨナラ。
ちょうど西ヶ原四丁目駅付近が谷頭になっており、このあたりからフィールドAに降りていきます。
しかし…ほとんどくまなく歩いてみましたが、成果はありませんでした。
地形としては面白いんですけどね。小さなどぶが何本かあったでしょうが、その痕跡はことごとく消えていました。
あとで北区中央図書館で調べたら、「滝野川」という郷土史研究誌の第7号に、ここだけは川としての地図記載があったところがここ。
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滝野川第三小横のぐにゃぐにゃ道です。小さい地図だったので水源は不明ですが、このフィールドAのどこかから流れてきて、石神井川に落ちていく流れです。痕跡がほとんど消えていうようで今回は見つけられませんでしたが、どこかに流れがあったという確証だけは得てきました。
※あとでnamaさんから「このへん逆川が流れてたところだよ」とあっさり指摘を受けましたw そっか、流れはちゃんとあったんですねww

3 「フィールドB」で見つけた美しい護岸暗渠
次はフィールドBに向かいます。西巣鴨駅のちょっと北、千川上水が中山道と交差して東に向きを変えるあたり、
前述した「首都高速の橋裏」のあたりには石神井川に向かう谷頭があります。
その谷頭にあった銭湯、滝野川浴場。
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なんか幸先いいかんじ。
周辺には、フィールドAでは全然見られなかった暗渠路地が何本か見られます。これが断続的にでも続いてくれれば、大まかな流れが把握できるのですが…。
これは滝野川3丁目15あたり。
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周辺にいくつか暗渠路地らしいものが見つかりますが、
その行く先の矢印が一定方向ではないため苦労します。
そのうち決定打が見つかりました。ここ、滝野川3丁目26。
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ここは段差のある窪地になっており、いままで見つけた暗渠路地はここに向かって水を集めてきているようです。
いくつかのパズルピースが頭の中で繋がる瞬間。
「暗渠があるのを事前に知っていて、そのフィールドワークに行く」ことが多いのですが、
今日は久々に「暗渠があるんじゃないかと思ってそれを発掘にいく」コースでした。
そんなときならではの愉しい瞬間です。

窪地からは確かな一本の流れとなって石神井川方面に向かっていきます。
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堂々とこの道に玄関を造るおうちはすべて暗渠後に建てられたものなのでしょう。昭和30年代のゼンリン住宅地図を見てもこの流れは記載されていません。相当昔に暗渠化されてしまったようです。

この暗渠は滝野川3丁目30あたりで一気に熱くなります。
…護岸が…護岸が残っているんです!!!
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この護岸が見えるエリアが結構長くて、軽くめまいがしそうです。
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素晴らしい眺めです。まるでだだっ広い芝生の公園を歩いてたらなぜかマツタケが生えているのを見つけてしまったような気分。ってそんなところに生えているのは毒キノコでしょうが…。
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ほんとうに美しい景色です。
3丁目50のマンション敷地にぶち当たるまでこの護岸は断続的に続きます。
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その後もマンション敷地のブロック、紅葉小学校のブロックを越えさらに大きな道を横断し、滝野川北保育園のブロックを通って紅葉橋ちょっと下流のここで、石神井川に合流するようです。
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フィールドAでは成果は少なかったけど、フィールドBでの成果はなかなかです。
このフィールドBで見つけた暗渠(もうすでに見つけられている方も多いかと思うのですが…ちょっとおこがましい言い方で申しわけありません;;;)は、
「石神井川 滝野川3丁目支流(仮称)」と呼ぶことにします。

4 おまけ
最後に合流点周辺の付帯情報。
滝野川3丁目支流の流路の横に、バスターミナルがありました。
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流路をはさんで反対側には、四本木(よもとぎ)稲荷神社。
ここは以前古墳だったそうです。そのなかに、おそらく弁天様を祀っていると思われる(枯れてるけど池と橋があったから)社がありました。
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では今回のフィールドワークの地図をどうぞ。

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暗渠ハンター 小平J-walk ③小川のような用水と蓋暗渠

3 小平を縦横に流れる用水

前回、小平霊園の端っこまで来ましたが、その南東端の風景がこれ。
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写真右側が小平霊園、真ん中は用水路がありました。
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実は、これ、小川用水。
玉川上水は小平市と立川市の境界あたりから分水し、その後まっすぐ東に延びてくる用水路です。
開削は1656年というからずいぶん古い。

小平市では青梅街道の南北両方にまたがって流れ、西武国分寺線のその名も小川駅と鷹の台駅の間を抜け、さらに西武多摩湖線の青梅街道駅の南北を通り、小平市天神町の手前で南側の小川用水は南下して野中新田用水となり、
北側は北上して小平駅の北でほうぼうに「展開」していきます。
このあたりは「小川新田」と呼ばれていました。
展開後は、「小平排水溝」と呼ばれてさらに北の楊柳川へとつながっていきます。
その、小川新田を通ってくる小川用水のいわば「熟年期」がここというわけ。美園町3丁目。

ここからは、しばらくその小川用水の熟年期を少々遡ってみることにしてみましょう。

この場所だけは水面も整備されています。
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住宅の周りからすこし遡ると、農地の中に。
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農地と住宅の境を縫います。
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やがて住宅の中を進むんですが、
そこまでの一部はこんな感じ。この半端加減は結構萌える暗渠モノもいるのでは…。
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その先は、かなり様相が変わってきます。
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百日紅の小径、と表札がありました。
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その後ちょっとぐにゃっと曲がったりして。都道227号線を東に行きます。
この通りではこんなコンクリ舗装暗渠に。
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美しいです。カタツムリの歩いたあとみたい。
美園町2-16あたりでは、南につながる水路も見えました。
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市立7小入口、という交差点では
水路はさらに東西に続くのですが、ここでも南につながる水路が。
帰りは小平駅にいけねばならないので、
この南北の水路を辿ることにします。
こんなコンクリ蓋暗渠で魅力的だし。
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ちょっと南に下ると、すぐに西にカーブ。
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90度カーブです。杉並のカーブの美しさにはかないませんが、
この荒っぽさは川崎の蓋暗渠に通じる趣があります。
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この後はしばらくまっすぐまっすぐ。
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一部穴があいていてなんだか顔に見えますね。
懐かしのビックリハウス「フェイスハンティング」(だったっけな?)を
思い出しました。
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当然無理にでもカメラを突っ込んで写真を撮ってみるわけです。
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ちょっとだけ水が流れていました。

東西の流れからまたほぼ直角に曲がり、南へ。
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この先は行き止り表示。
ちょうど西武新宿線にぶち当たります。
線路の先の延長線上には「あじさい公園」という池のある公園。
おそらくここにつながっていて、ここは元湿地かなんかだったんでしょう。
さきの流れの延長線上に整備小川。
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その先に、このあじさい公園があります。
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ちなみにこのあじさい公園に接続する直前には、
多摩湖(村山貯水池)から境浄水場に通じる水道道路上に作ったサイクリングロードを跨いで(潜って、が正確ですね)通じています。

まあ今回は無目的に行き当たりばったりで歩いたので、
なんだか取り留めもないレポートになってしまいました…。
しかしほぼ初めて歩いた小平近辺の暗渠と開渠。
今後もっと調べてから、少しは体系的な記事が書けるようがんばります…。

4 おまけ。多摩湖にいくはずじゃなかった

さらに取り留めのないことに、この後小平駅から電車で西武球場にむかうことになります。いや、西武球場でビールのんでみたくって。
時間があったので、多摩湖に寄ってみました。
いやあ結構美しいところです。
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そして西武遊園地もすぐ隣。
でも休園日だったので、そこはかとなくさびしい雰囲気を思いもかけず堪能できました。
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ここでユーミンの「ようこそ輝く時間へ」(パールピアスに収録)を思いだして口ずさむ私…。
大人になったら宿題は、なくなるもんだと思ってた。

たぶんその影響でしょう、多摩湖畔のこんないい雰囲気の店もお休み。開いてたら絶対入ってた。
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多摩湖(村山貯水池)がダム湖としてできたのは、上流の湖が大正13(1924)年、下流の湖が昭和2(1929)年。
それまでこの湖底を流れていた川、北川はいまこうしてダムの上から始まって、ジェットコースターのように急な流れを下って進みます。
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ずいぶんここでゆっくりした後、西武球場に。
通称猫屋敷、と呼ぶらしいですね。
この日は西武対ソフトバンク。
ゆっくりビールが飲めるよう、「外野席、空いてるほうください」とチケットを買って、右翼側でおいしいビールを飲みました。
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あとで調べたらこの西武球場、すぐ入り口のところが所沢を流れる柳瀬川の支流の長峰川の源流だったらしいです。
…みはぐりました…。
今度はよーく見てこよう。
ということで、小平近辺突発的無目的Jウォークはここで終了するのでした。

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暗渠ハンター 小平J-walk②霊園から生まれ出る川

2 黒目川の水源は…

前回は新青梅街道沿いで出水川の開渠部分が見られましたが、
この通りを少々南下すると
出水川がやがて合流することになる黒目川の水源に。
黒目川は目黒川とよく似てますが、全然違う川です。
出水川などこのあたりのいくつかの川を支流に持ち、
自らもやがて新河岸川に合流、やがて荒川といっしょになり東京湾へと注いでいきます。
川の地図辞典 多摩東部編」(菅原健二 之潮)では黒目川が
東久留米の「くるめ」の語源になったんでは、という記述がありました。

その黒目川の源流が、「さいかち窪」。
さいかちは、「皀莢」と書きます。これ、植物の名前ですね。
こちらご参考
マメのさやは、なんか見覚えがあるかんじ。よく大きな公園とかに落ちてません?

さてそのさいかち窪。出井川から新青梅街道を上っていくと、ひときわ低くなっているところがあります。
それが、小平霊園内のさいかち窪から発する黒目川の跡。

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霊園の中に入っていくと、整理の進んだ墓地区画の中に草地という表記のカオス地帯があります。
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ここがさいかち窪です。
まさに、「取り残された」武蔵野の林。
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しかしここはもう水が湧いてはいないんでしょう、たくさん雨が降ったときだけ、このあたりに水が湛えれるそうです。

残念ながら取材時はほとんど雨の降らなかった夏の終わりのある日。
「草地」に水はなかったものの、窪んでいるところだけは遠巻きに(すごい雑草の奥にあって入っていけませんでした。この日は、半ズボンはいて国分寺崖線のたくさんの湧水地を見た後で、もう両足がすっかり蚊に刺されまくって血が薄くなっていましたので…)確認することができました。
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新青梅街道の「低いところ」は確かにこのさいかち窪から黒目川に続くところ。
暗渠で新青梅街道を渡った黒目川は、街道を横切ると開渠となって流れを作っていきます。
しかしさいかち窪がほとんど枯れていましたから、この最上流の黒目川もほとんどカラカラでした。
新青梅街道から見ると、ほとんど見逃してしまうでしょうね、この川は。ってかこの写真のどこが川だかもわかんないと思います…。
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左がわの茂みを覗きこんでみると。

枯れ川。ところどころ水たまり。
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このように地味な川ですので(<褒め言葉)、川を愛でつつ川沿いを散歩、なんてふうな道路は基本的には整備されていません。
次に川が見える地点では黒目川はこんな風景。
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荒れているというかなんというか…(笑)。
これこそ、「誰にも存在を振り返られない」孤高の川、です。

ところが。もう一区画下っていくと様相が一変します。
突然観光に目覚めちゃったみたいですね。いいことかも知れません。
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こんな風に、唐突にきれいな橋が復元され、川に沿って遊歩道が作られています。
でも、川には水が流れていません;;;。

黒目川はさいかち窪を流れ出た後、柳窪という低地を通って進んでいきます。
そこにあるのが、柳窪天神((どうも黒目川天神とも呼ばれているようです)。
どうもここからも水が湧いて黒目川に注ぐようなんですが…。
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「東京の名湧水」に指定されていながらも、ここも枯れ川。
季節や天候にもよるんでしょうね。
折しもこの数日後には、渇水のため東京に「取水制限」が出されてころでしたし。
しかしながら、なんともさびしい風景ですね。
もう枯山水の庭園のようです。
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ここにいたっては、もうそれ以上の抽象的解釈を迫られる禅問答のようですね…。
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このあとは、小平霊園に戻って霊園東端に沿いながら南下してみました。
霊園南端で出くわしたのが、小川用水。(写真真ん中)
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小平よりもずっと西で玉川上水から分水し、玉川上水にほぼ沿いながらその北側の地域の農耕地を潤してきた用水です。
この用水は小平近辺に入ってからいくつかの筋に別れて北上し、やがて結果的には先ほどの黒目川に合流していきます。
その北上中の小川用水と出会うことができました。
今も水面がよく見える開渠。
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驚いたのは、この流れが小平霊園にも続いていたことです。
霊園の周囲内側を、はしご式開渠が流れているのです。
柵から精一杯手を伸ばして撮影してみました。
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どうも霊園の周囲をすいぶん遠くまで続いているような感じ。
どっちが上流なのか、つまり
①この小川用水からの分流を受けて霊園周囲に水を流している
のか、
②さきのさいかち窪からの湧水がこちらにも流れてきて、小川用水に合流している 
のかは、残念ながら今の私の持つ情報からはわかりませんが…。
しかし立派なはしご式開渠でした。

さて次回はこの小川用水、そして小平駅周辺の暗渠(コンクリ蓋ですよ!)についてご報告します。

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暗渠ハンター 小平J-walk①萩山に出水川水源を探る

小平を含む多摩方面に出向く用事があり、
ちょっとまとまった空き時間があったので小平の(勝手な)名所をいくつか回ってまいりました。
一本の川にスポットを当てるという形式ではありませんがその断片報告を。

1 出水川の水源は…
まずは出水川。
東村山市の端っこから流れ出し、小平霊園(小平霊園とはいえこの霊園の中を東村山と小平の市境が通っています)の北の隅・新青梅街道を越えたところで開渠となり、そのまま北東に流れ黒目川に合流する短い川です。
川の地図辞典 多摩東部編」によると、源流はさらにその正反対南西方面に延びて西武新宿線を越えた辺りにある的な記述があったので、まずはそこから歩いてみることにしました。

西武多摩湖線・萩山駅からてくてくと北上し、萩山小学校の裏手の辺りまでくると、うっすらと谷が東西にわたっている様子が確認できます。
この写真の前方に、その横たわる谷。
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谷に下りてからは左に、つまり西の谷頭に向かって歩くことにしました。
まっすぐ突き当たるのは萩山町3-7。このあたりでうっすら谷頭も高低差がなくなります。しかしその横の3-5のこの辺が水源容疑が最もかけられて然るべき場所のような気がします。
公共の空き地然とした場所。おまけに隣にはクリーニング店がありました。
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しかーし。この「萩山町立坑」という表札?に注目してください。
この時は全くスルーしていましたが、帰ってから調べてみると
「立坑」とは文字通り縦に通した坑道のこと。
そしてこの辺りの地下には武蔵野線が通っております。すなわちこれは、武蔵野線に通じる縦穴が通されているところなんですって!

まあそんなとこ水源でなないわな…。
しかしこれはこれでかなり萌える物件ではあります。
この下、鉄道の暗渠(<そんな風に言わねーよw単なるトンネルなんだから)ですからねー。

どうも谷が続いていたからというだけでここを水源として特定するのは無理がありますね。
そこで帰宅してこの事情を理解したあと、水源特定のエビデンスとして急浮上したのがこれです。
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これは、この東西の浅い谷の途中で南から接続する車止めのある緩い坂道。
萩山町4-15辺りです。
この坂を上ると、萩山小学校の裏手に突き当たります。
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上の写真が萩山小学校。
学校の敷地にちょっとわくわくするような段差があります。
この学校敷地の隅っこが水源だった、という可能性も出てきました。
あとで「萩山小学校○○年史」的な資料を漁らねばなりません。
ちょっとこの段階では保留とします。

改めて先の車止めの道を下ると、
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出水川となる西武新宿線の下のトンネルにスムーズに出くわすことができます。これがその、西武新宿線を潜る道。
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くぐったところでは左右に、出水川の本流を護衛するかのような車止め。
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ここからは非常にわかりやすく緩い蛇行道が続き、
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新青梅街道を越えたところではいきなり!という体で開渠の出水川と出会うことができます。
この金網の向こう…。
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こうなります。殆ど水が流れてませんね。でも川底はじゅうぶんな湿り気があります。
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反対から今来た道の方を見るとこうなっています。
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上流に向かって暗渠が続いているのがわかります。

まあせっかくなので、この開渠の出水川をちょっとだけ、
ほんのちょっとだけ下ってみることにしました。

川筋は、護岸工事がされているものの川面と護岸に適度な距離があり、しかもわりとほったらかしっぽくされているのでかなりワイルドです。
草葉に囲まれたところに五右衛門風呂のような「飛び出しすぎるマンホール」(byろっちさん)が見えていたりします。

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しかし、草に覆われているせいかどうも水面が見えません…。
少し下流の橋から見ても、もうこれはいつの間にか枯れ川ですね。からっから。
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伏流水として地下に滲みてしまったのか、それともある程度の水量はバイパスとなって暗渠化されているのかも知れません。
ここでまた「川の地図辞典 多摩東部編」登場。
帰宅してからこれでおさらいしてみると、確かに開渠となった出水川はわずかに下った地点でバイパス暗渠となっているように表記されていました。なるほど。

次の目的地に向かうためある程度のところで引き返し、来た道の対岸・左岸を見ながら戻ります。
こちら側は川沿いに歩くことができませんでしたが、一ヵ所だけ川沿いの小さな公園から川面を覗くことができました。
しかもちょうど市の職員さんらが「川面の草刈り」をしている現場!
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トリミング後のイヌみたいにすっかり雑草を刈られた出水川は、やはり水がありませんでした。

さて次行ってみましょう。
新青梅街道沿いで出水川の開渠部分が見られましたが、
この通りを少々南下すればこの出水川がやがて合流することになる黒目川の水源近くをさぐることができます。
ではこの続きは次回で!

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暗渠ハンター 愛心幼稚園の西に続く、その先暗渠

以前、豊島区立西池袋中学校のところで谷端川に注ぐ支流を「愛心幼稚園支流(仮)」と呼んで記事にしたことがありました。
私はこの支流の上流端を山手通りの東側と考えていましたが、
猫またぎさん、Holiveさんからのコメントで「山手通りを越えてさらに西に続くんだ」と教えていただきました。

以来うずうずしておりましたんですが、
先日満を持してこの地に行ってまいりましたのでそのご報告を。
Photo
google earthさん東京地形地図さんいつもありがとうございます。

当日は、午前中から大江戸線中井駅からてくてくと山手通りを北上し、
この支流を確認した後は椎名町で美味いヒルメシでも食おうか、という計画で臨みました。

支流も間近、という目白通りのすぐ南で、予定外の一本の暗渠道を発見。あ、すみません上の地形図にはギリで入ってません;;;
中落合3-2-16で、山手通りから西に延びる短い路地です。
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あまり人通りもないようで、素敵に地味な苔道となっています。
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こういう苔道では、なぜかしゃがんで低い視線で眺めるのが好きです。
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暗渠道でしゃがんでいる人がいたら私かも知れません。
お気軽にお声掛けください。

残念ながらこの暗渠道はわずか2ブロックほどでなくなってしまいます。
地形図から推測すると、この暗渠は山手通りこっとだけ北上し、これからいく愛心幼稚園支流に合流していたんではないかと思います。
水源がなかったとしても、ここでふれたような、
「宅地化に伴って水路が上流にどんどん延びていく」現象の仕業かもしれませんね。
<いつか載せた参考図>
Photo_2

さて今回のメインディッシュいきますか。
目白通りを越え、東のほうを見ながら「あーそうそう、あの赤い建物の向こう側ががくっと崖になってて愛心幼稚園の前から暗渠が始まるんだよなー」なんて回想したくなるような地点があるんですが、
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まさにそこから西に向かって暗渠路地が始まっています。
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横の「たばこジュー」の建物も突っ込みどころ満載ですが、スルー。
おしいですね、もうすこしで「真性おしくら」。

お。おつぎは苔に囲まれたワッフル型。
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またしゃがんでしまいました。

いいです。このワイルドさ・放っとかれ具合がとてもいいです。
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いったん横の道と同化して幅広になりますが、その先はまだ細い暗渠路地。
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ここですね。入っていきましょう。
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またまた惜しいマンホールの並び方です。
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全体に夥しい数のマンホール。
ここなんてかなりの壮観です。
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路地脇にコインランドリーを確認しながら、痕跡最後のブロックへ。
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この奥はこうなっています。
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電柱の位置とか歩道の広さとかその他の入り組み方とか、なにか事情がありそうな、尋常じゃない景色ですね。
この金網の向こうを覗きこんでみると…。
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ここも相当に放っとかれてます。
この先を回り込んでみましょう。ここが末端。
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この横は駐車場なんですが、その入口にはこんな凝った表札?がありましたんで、本編とは関係ありませんがご紹介しておきます。
鉄筋素材の「か・ね・ま・つ」。
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この末端、「かねまつ」の前には公園がありました。
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この素朴さ。水源はここかと疑いたくなるような公園です。
豊島区・谷端川の支流沿いには「水源=公園」という箇所もいくつかありますしね

それと、このあたりをウロウロしていて気がついたんですが、
なんか建設業、しかも大規模ではなく中小規模の建設業の社屋(というか殆どは「1階が資材置き場で2階が事務所、3階は住居ね」的な建物)がとても多い気がしました。
あるいは建材やさんとか。
城下町で言う「大工町」みたいななにか歴史があるのでしょうか…。
それとも単に気のせいか…。

さて本日はここで終了。
椎名町に向かってヒルメシとします。
ちなみにヒルメシに選んだのは椎名町駅前の「正ちゃん」。
朝8時から飲めるという貴重な店です。
しかも、元魚屋さんだそうで魚メニューがめっぽう美味い!!! 
たいへん満足しました。写真も撮り忘れるくらい。

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