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暗渠ハンター 江古田の3つの流れ①羽沢支流の上流端と濯川のこと

今回から数回に分けてこのエリアのお話を。
ということで早速地形図登場です。
google earthさん・東京地形地図さん、いつもありがとうございます。

Photo

江古田川が環7の内側でもわんと北に湾曲するあたり。
ここの頂点部分に流れ込む江古田川の支流を3つご紹介ていきます。
これらについては、
「オバQの頭のてっぺんにある3本の毛のような」という比喩で押し通そうと一瞬思ったのですが無理があるのでボツとしました。

今日はその一回目。

0 石神井川・羽沢支流のはしっこ

本来ならまずは上の地形図の「1」ってところから話が始まるのが筋でしょうが、
あえてちょっと違う話から入らせてください。
「1」の濯川から千川上水を挟んだ反対(北)側のことです。
地形図上では緑色の矢印。
この、北に流れて石神井川に合流する支流については以前記事にしたことがあります
その後、この記事で支流のスタートに挙げた地点からもさらに上流があり、千川上水と接続されている水路があることを知って現場に赴き、じつはそのついでで今回の3つの支流を見てきた、というのがほんとうのいきさつだったもので…。
というわけで本題に入る前にこの話。
上の記事で羽沢支流の起点としていたのはここです。写真奥の路面に練馬区「水路敷」のブルー表示が見えますね。
Img_3589

この反対側を向くと、こう。確かに谷頭はこっちに浅く伸びています。
Img_3590

その先は千川通りと西武新宿線に架かる環7の陸橋にぶつかります。
陸橋の東側に所にこんな場所を見つけました。
Img_3597
このクルマの奥は西武新宿線が横切っています。おそらくここが、千川 上水と羽沢支流を結ぶ水路だったのでは(正確な資料がないのであくまで想像)。

線路をまたいだ反対側はこうなっていて、
Img_3602

すぐに千川通りにぶつかります。

さてさてでは本編に入りましょう。

1 濯川

まずは、読み方から。洗濯の濯ってふつう訓読みで使われているときはひらがなになってるからあまりなじみがありませんね。
濯は「すすぐ」と読みます。すなわちこの川、「すすぎがわ」。
洗濯するということは、洗って・すすぐことなんですよねえ。

この流れはもともとは千川上水からの分水として
江古田川までの間の田畑を潤していた流れでしたが、
その上流部分が
大正22年にこの地に開かれた武蔵学園(旧武蔵高等学校)の敷地内に取り込まれ、
大正25年には大掛かりな改修工事を行って現在のような形になり、
そのときに「濯川」という名前がつけられたそうです。

武蔵学園記念室のページには、学園(大学)と濯川の関わりについてとても丁寧に写真を交えながら書かれていますので、ぜひこちらをご覧ください。
途中からの湧水もあったようで、80年代の資料には「図書館下からの湧水も水源とした」という記述(建築文化496号・1988年2月号 「武蔵学園濯川蘇生計画」~思想とデザイン 東京大学名誉教授 内田祥哉)も見られますが、現在はわかりません。

さて学内の濯川の現状はこんな感じです。
目で見える最上流部はこんなものが。
Img_3607

八角井戸という古来の作り方をした井戸の枠(木製)が埋められているそうです。
そしてその井戸枠の外側に「濯川と命名したひみつ」が書かれているとのこと。
その内容は…。先の武蔵学園記念室のページをご参照ください…。
そこからさながら緑地公園にでも来たかというような風情の水路が続きます。
Img_3605

北大のサクシュコトニ川なんかはともかくとして、
都内で学内を堂々と川(開渠)が通っている、って他にどこがありますかね…。
短いですが東大駒場キャンパス、くらいしか思いつきません。

しかし程なく下流ではちょっと工業的な外観になります。ミニミニカミソリ堤防!?
Img_3609

突き当りに水門がありその先は暗渠に。
そしてこの写真のどこかを通って大学敷地の南東側に出ることになります。
出たところには北新井公園。公園全体が窪地になっています。
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この公園を抜けたころからはっきりした暗渠が見られます。
Img_3618

さあ進んでいきましょうほぼまっすぐに。
Img_3620

途中目白通りを越えてもなお続きます。公園から下流はこのように断続的に車止めが見られます。
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お。途中橋跡のようなものが!
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江古田川に近づいてきました。おそらく氾濫原であったろう近辺には団地が並びます。
Img_3628

突き当りが江古田川ですね、
Img_3632

北江古田橋のところで合流となりますが、合流地点には雨水吐の穴が。
Img_3633

あれ、ちょっとだけ上流にも似たような穴が・・・ってことで隣にも流れがありそうなので辿ってみて、あとで調べたらそれが「弁天分水」と呼ばれる千川上水の分水だったとわかりました。
ということで「2」に続きます。

この近辺ではダイナミックに川跡の景観が変わらないので
以降今回シリーズではつけませんが、この濯川だけは
「ANGLE」を作成してみました。

1

より大きな地図で 石神井川周辺 を表示

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2055 ・・・神田川水系」カテゴリの記事

コメント

こんにちは。

この流れ(すすぎがわ)、千川上水まで続いていたのですね。
ちょっと前、実家のある練馬から江古田川を下っていったときに気づきました。
ちゃんとした流れだったのですね。
http://weekendoutdoors.blog97.fc2.com/blog-entry-478.html

勉強になります :-)

投稿: Weekend Outdoors | 2012年9月19日 (水) 23時47分

濯川、復元とは思えないほど緑が深くってとけ込んでますよね。
私は桜の季節に行ってきました。
丁度その頃日経の「私の履歴書」で佐久間良子さん(桜台出身)が連載されていて、濯川の畔で
よく遊んでらしたとの回想がありました(資産家のお嬢様だったようです)

流れ下って目白通りの辺りは塗料の工場があるのか、シンナーの懐かしいような香りが立ち込めていたのが強く印象に残っています。

&オバQ、凄く伝わります~触角みたいだなと。

投稿: 谷戸ラブ  | 2012年9月20日 (木) 08時55分

Weekend Outdoorsさん
リンク拝見しました、Weekend Outdoorsさんの写真はいつも美しいですね。
最初の数枚はヨーロッパの景色のようです。こんなに綺麗に撮ってもらえたらさぞ暗渠も幸せだろうと思います!
お気づきになられた合流口はまさに濯川ですよね。あのあたりにもう一つの合流口を見つけ、次回はそちらを記事にしようと思っておりました。
そうそう、Weekend Outdoorsさんの一連の江古田川の記事に垢離取不動尊のことも書かれてましたね。
数回後にさらに「西のほうから南蔵院付近を通って学田公園辺りに合流する支流」も書こうと思っているのですが、そこにも別の垢離取不動尊があったのを思い出しました。全然詳しくないので記事でもスルーしちゃおうかと思ったんですが、ちょっとだけ調べてみようかなと思っています。

谷戸ラブさん
桜の季節もいいでしょうねー。
佐久間良子さんも遊んだ川!私の中で何らかの付加価値が急上昇しましたw 都会の真ん中であの環境はやはり貴重ですよね、近くの子供だったら通いつめると思います。 
シンナー的な香りには気づきませんでした…。暗渠歩きの時は音や匂いも大切な情報ですよねー。
オバQご賛同もありがとうございます。


どうでもいいことなんですが、私の通った大学の学食には「オバQの母」(何となく雰囲気がオバQ似だったから)と渾名されたおばさんが働いていました。貧乏学生にゴハンを大盛りしてくれたりと、優しいおばさんでした。

投稿: lotus62 | 2012年9月20日 (木) 09時45分

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