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暗渠ハンター 江古田の3つの流れ②弁天分水と豊玉中川(仮)

前回の続き、残り2本行ってみましょう!

2 弁天分水
前回掲示の地形図の「2」の流れをご紹介します。
前記事の濯川を辿って江古田川(中新井川)への合流口まで行ったときに、近くにこんな別の合流口を見てしまったので(見えづらいけどかなり奥ーのほうのやつです)
Img_3634_2
ついついここも辿ってみたくなったというわけです。

最下流の合流口を載せたあとでなんですが、上流から巡っていくことにします。

最上流は、やはりこれ。千川上水からの分水で、この一連の流れは「千川上水 弁天分水」と呼ばれています。
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豊玉2小の敷地に入り、中新井公園の横に出てきたところでは、下水道工事中。
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普通の下水道ではなく、大雨に備えた大きな貯水管を作っているようです。
直径2m以上の管をここから江古田川付近(豊玉中1丁目交差点あたり)まで、環7を真ん中にしたS字型に貯水管を埋めて行く工事で、なかなかに大規模。

その後は普通の道となりますが、左右への蛇行が水路の歴史を物語ります。
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環7手前の団地にあった脇道。
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一見暗渠のようでうすが、たぶん違うだろうなあ。

そして環7を越えます。
水路跡から仰ぐ環7陸橋の橋裏。
造形がどこかガンダムっぽい。
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環7を越えると今度は豊玉2中の敷地を通り、目白通りを渡ります。
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その目白通りに架かる歩道橋の名は…。
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その歩道橋のたもとにこんな橋のような構造物が残っています。(画像右下のコンクリ)
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さて、何だろう…。これは地元の方のお話でも聞かない限りわかりませんね。

目白通りを越えてまもなく、左岸にこんもりとした林が。
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これが市杵島(いちきしま)神社。

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市杵島神社は仏教の弁天様と習合されたそうで、手元の昭和30年代以前の地図ではここに「市杵島」の文字はなくすべて「弁天祠」という表記になっています。
そしてそのすべての地図にあるのが、祠を囲むようにして水を湛える池。
千川上水に接続する前はその池を作る湧水からの流れでしたが、湧水が枯れた後千川上水からの補水で上流ができてこの「弁天分水」となったようです。
もちろん、この「弁天分水」の名前の由来もここから。

一説によればこの市杵島神社境内に橋の遺構も残っているそうですが、事前にその情報を得られなかった私は華麗にスルー。
この、鳥居の左側の「脚」の裏側にかすかに映る親柱てきなモノがそれか!? わかりません…。

その後も道路ではほとんど暗渠感が見られずに、
Img_3703

江古田川にゴール、冒頭の合流口にて合流となります。

3 豊玉中川(仮)
さてもう一本、一番西側からこの江古田川湾曲頂点部に合流するのが前回地形図中の「3」番です。
用水等から分水を受けていない単独の川。
あちこち資料を探しましたが川の名前が見当たらなかったので、豊玉中を袈裟がけに通過しているその流路からここでは「豊玉中川」と仮に呼ぶことにします。

合流点はここ。豊中橋のたもとです。
Img_3639

さっそく橋のむこうには車止め。
合流点のすぐそばからこんな暗渠然としているのは今回3本中ここだけですね。
しばらくまっすぐに続きます。
Img_3645

実はこのまっすぐな暗渠から上流は2筋。
そうちの一本は豊玉中一丁目交差点を北上していくもの。お、冒頭の貯水管が合流するところですね。今回は水源をほぼ特定できるこちらの流れを「本流」とし、もう一本を「支流」と便宜的にしました。

交差点をさら北上すると、こんな、歩道が不自然な動きをする場所があります。
Img_3653

右の歩道が途中でなくなっちゃってますね。
そう、もうご想像の通り、その歩道は暗渠で、その暗渠は道の左側に折れて行くのです。
じゃん。
Img_3655

なかなかの荒れっぷりで好感が持てます。
Img_3656

このあたりで確信したのですが、実は私の持ち歩き地図にはこの先、環7を越えた所に「湧水あり」の書き込みがしてあります。残念ながら出典は失念。
地図上でこの暗渠をすすっと延ばしていったらその湧水地点に見事ぶちあたります。
なるほど、この湧水が作った川だったのか…。

道のまんなかにも車止め。
Img_3657

この形の車止めがたくさん見られます。
Img_3661_2

そしてここで環7にぶつかります。数段の階段。
Img_3663

私の地図では環7を越えた所すぐに湧水マークがあります。
ですが、マークを付けた場所は民家が立ち並びどうも湧水があった場所には見えません。
Img_3668

うーん。
同ブロック内をうろつくと、数10m離れた環7沿いの公園、「環七とよきた緑地」。
Img_3665

たぶんここなのではないか。湧水地は。

たいして広い公園ではありません。それにこの環7のすぐ横に作るのも、あまり意味が見出せません。たぶんもともと湿地で、湧水が枯れた後もこのように「遊んでる土地」として緑地にでもしておくか、という経緯を辿ってきたのではないかと思います。
…以前からここを通るたび、位置付けがあいまいな公園だなあと思ってきたものでした。
この不自然さはきっと何かあると思います。
(書いてて思いましたが、「不自然な」ところに湧水という元来の「自然」が押し込められてる、っていうことになりますね。ちょっと興味深し)
Img_3664

そう思うと、未だ残る土の湿気でなんだか草木も育ちがいいように見えてきますw

途中で別れたもう一本の川、豊玉中川の支流ですが、
こちらは途中までしか追えませんでした。
しかし私のミッシングポイントを延長するとこの公園に突きあたります。
もしかしたらこの湧水は二手に流れを分けてこの豊玉中のたんぼを潤していたのかも、知れませんね。
だとするとかなり水量のある立派な湧水だった、のかも知れません…。
引き続き調べてみましょう。

より大きな地図で 石神井川周辺 を表示

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2055 ・・・神田川水系」カテゴリの記事

コメント

最近地図でそのあたりの水路を調べてみたのですが、
「東京都市計画図練馬区」によると環七を越えた1区画目の角まで水路があったのは確かなようですよ。
(Img_3668のマンションの写真のところが水路だったのではないかと。)
過去の地図や航空写真から見るに、緑地は北側の大きな家の土地(庭)を提供したものじゃかいかなと思います。
明治の頃からそこは宅地っぽいです(時層地図もそんな感じ)。
また西側の谷に水路があったとすれば、等高線から考えるともう少し西の流路となり、
環七の武蔵野歩道橋のすぐ北あたりに行き着いたのではないかと思います。
区民館・都営アパートの横の通路がちょうど谷底っぽいのであやしいかなと思うんですけどね。

投稿: しかすけ | 2012年9月26日 (水) 23時16分

なるほど。しかすけさん心強いアドバイスありがとうございます。
大きな土地の一角を寄贈、という経緯は十分にあり得ますね。これまでこういう解釈の幅は自分にはありませんでした。感謝。
西側の谷もそうかそうか、前回の記事で提示させていただいた地形図でも、川筋はもっと西側という可能性は大アリですね。都営アパートと区民会館、という文字面だけでもヤバい感じですw
さらに現調を重ねてみます!

投稿: lotus62 | 2012年9月27日 (木) 09時56分

 暗渠ハンター様

とても楽しく拝見させて頂きました。 私は70歳チョイ手前の豊玉育ちの爺です。
確かに豊玉北3-17-16の白井佳尚様の北側に遊水地が在りました。
img3668の写真の宮本様南側です。70坪~100坪程度で蛇と蛭が沢山居ましたので、子供の遊び場にはなりませんでした。
img3664の公園の写真は現在地下に防災用の地下タンクが設置された緑地公園で、以前は白井佳尚様の庭先でした。
出光スタンド裏の暗渠ですが、河川の有無は不明ですが、本流は豊玉中1丁目の田圃に利用されたそうですが、大正12年の関東大震災の
ガレキを埋めてしまったそうです。

投稿: 練馬大根 | 2013年3月27日 (水) 12時08分

練馬大根さま
コメントどうもありがとうございます。
豊玉育ちの方から証言いただけるとは、たいへん嬉しゅうございます!!
遊水はこの3-17-16のブロックの北側、かつコーポ宮本さんの南側、ということですね。すごい、ピンポイントで特定できてとても興奮しています。
それにしてもとても大きな池だったのですね。しかも蛇や蛭とは…!
そして出光スタンド裏の暗渠。豊玉中1丁目というとまさに江古田川に合流するまでに通過するエリアですね。
震災のガレキにより消滅ですか…。実はもっと後、高度成長期以降の宅地化によって消えたものかと思っておりましたが、ずっと以前になくなっていたのですね。それだけここでも震災の被害が大きかったということなのでしょうね。いまさらながらですが、この土地に対して心からお見舞い申し上げたい気持ちです。
大変貴重な情報をありがとうございます。
どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。

投稿: lotus62 | 2013年3月27日 (水) 17時19分

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