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2012年7月

暗渠ハンター<脱構築版> 池上の楼閣・歌舞伎町と弁天様

【前口上】
かつて取り上げた場所も、語り口やスタイル次第でリサイクルできるのでは? と思ったわけでもないですが、他所で「暗渠なんて殆ど興味ない人たちに向けて暗渠や川跡のことを書いてみたらどんな反応が来るか」という実験のために書いた文章を、暗渠ハンターの夏休み特別企画として、不連続で載せていくことにします。

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新宿の東口にあるのは、歌舞伎町を中心とする日本有数の繁華街。
水商売が多いのと関係があるかどうかは不明だが、
もともと水と縁の深い街であることには違いない。
大久保2丁目から北上し神田川に流れ込む「馬尿川」、
富久町あたりからたくさんの支流を集めて飯田橋へと向かう「紅葉川」、
新宿西口から湧いて歌舞伎町1丁目と2丁目の境を流れ早稲田から神田川に落ちる「蟹川」と、
この近辺にいくつかの川とそのはじまりがかたまっている。
そして歌舞伎町は、歓楽街となる前は一面の沼であった。
明治期、新宿西...口に「淀橋浄水場」が建設されたが、
その時に掘った大量の土砂によってこの大沼が埋められ、

学校などが建てられたという。
そこは戦後いったんは焼け野原になり、
その後鈴木喜兵衛という人(初代歌舞伎町町会長)が綿密な計画のもとに造ったのが、
「歌舞伎町」だ。
街に滞留と回遊を生み出すためT字路を多用し、
また将来大手資本によって容易に再開発されないように故意に土地割りを細かくする、
などの作戦を盛り込んで。
そのあとの繁栄ぶりはみなさんご存知の通り。

そんな歌舞伎町にも一ヵ所だけ、かつての沼を偲ばせる痕跡が残っている。
コマ劇場跡にもほど近い風俗店・カラオケ屋に囲まれた小さな公園。
ここに弁天様が祀られているのだ。
弁天(弁財天)様はインドでは河の神。
日本でも弁天様が祀られているところはほとんどが湖沼や湧水池など水絡みである。
一帯にあった大沼の唯一の「埋め残し」がここだったのだ。

公園の端っこには小さなフェイク池が造られているが、私が見る限りいつも水はない。
この日も、乾いた池の底を少しでも満たそうとするかのように、無造作に捨てられた空き缶からわずかに発泡酒の残りが滴っていた。

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元記事はこちら。 

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暗渠ハンター<脱構築版> 南千住にある乗客のいない駅と、行先を失った短い堀の話。

【前口上】
かつて取り上げた場所も、語り口やスタイル次第でリサイクルできるのでは? と思ったわけでもないですが、他所で「暗渠なんて殆ど興味ない人たちに向けて暗渠や川跡のことを書いてみたらどんな反応が来るか」という実験のために書いた文章を、暗渠ハンターの夏休み特別企画として、不連続で載せていくことにします。

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暗渠という言葉は以前から知ってはいたが、
今のように暗渠に夢中になったのは、
「自分の心の中にある暗渠」に気がついてからだった。
まあそんな戯れ言は横に置いておいても、
暗渠を探ることは都内に張り巡らされた「もうひとつのネットワーク」を見つけて歩くパズルのような面白さがある。
幹線道路のネットワークや都内の鉄道路線図などは誰もが十分に見慣れているネットワークであろう。
「千歳烏山と新宿が道路と線路でつながっている」という事は都...内の方なら誰もが知っていると思う。
しかしそんな常識的なネットワーク以外にも「千歳烏山と武蔵小山が品川用水という水路でつながっている」といった、
かつての川や用水のネットワークが未だ厳然と存在しており、
そしてそのルートの殆どは地下に埋められ、
自然流下式の下水道幹線として新たな用途を持って私たちの暮らしに直結している。
これは私にとって十分に刺激的な事実だった。

暗渠さがしを「パズル」に例えたが別な言い方をすればそれは、
東京という変化に富む街から誰にともなく発せられる呑気な「QUESTION AWARD」でもある。
たまたまひょんなことからやる気を抱いてしまった私は、
それに応えようと現地で手掛かり(地形や水の痕跡)を探し、
またそれぞれの地域図書館で歴史資料や土木資料を探しながら
その見えなくなってしまったネットワークをつなげ記憶に残そうとしている。

同じような「見えないネットワークを可視化する」感覚は、
一見でたらめに建てられたような高圧線鉄塔を中継地点としながら、
おそらく電力供給上都内の重要な拠点を結んでいる高圧線のルートを辿る時や、
我々の日常とは殆ど接点のないまま運行されているJR貨物線の路線図を地図上で見つけた時にも感じることができる。
特に湘南新宿ラインや京葉線が実は元の貨物線ルートを転用した旅客線だった、
と知った時は少なからずときめいたものだ。

さて、そんな「ふつうあまり接点がない」駅、隅田川貨物ターミナル駅という駅が南千住にある。
ここは通勤通学客とは無縁の駅で、当然「乗客」はいない。
しかしいまも都内と地方を結ぶコンテナ輸送ネットワークの拠点として機能し続けている。
とはいえ、京葉線のようにいくつかの貨物線が旅客線に転用されるほどであるから、
当然鉄道貨物の需要自体は長期的には減少傾向にある。
戦後の高度成長期までは国内の輸送需要はぐんぐん伸び、
これに対応するため本格的な貨物ネットワーク構築や貨物基地建設に多大な投資がなされた。
しかし皮肉なことにそのインフラが完成するころにはモータリゼーションの進展に追い抜かれ、
輸送需要の多くはクルマにかっさらわれてしまう…。

モータリゼーションの嵐が吹く以前には、
貨物ネットワークは水運、つまり水路とも深く結びついていた。
隅田川とこの貨物ターミナル駅は輸送船の出入りできる堀でつながっていたが、
現在その堀は荒川区立瑞光橋公園(写真)として一部の痕跡を留めているに過ぎない。

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暗渠ハンター 川の「交差点」と、暗池的なもの

前回の木村ぶどう園さんからは、丸子川沿いに下ることに。
ええと、ぶどう園前の暗渠から丸子川に合流するところはこの写真だっけな…。たぶん…。
きれいな水です。
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下流にはこんな感じで進んでいきます。
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さあこのへんから丸子川を下る、といえばもう暗渠界のみなさんは「つぎはあそこの話か」とご想像されることと思うのですが、はい、まさにその話です。まあタイトルにもなってるし。

丸子川と、等々力渓谷を越えてきた谷沢川が交差する地点がこの先です。
まあいろいろ調べていくと、ちょっとほんとうの「交差」とはいえないっぽいかんじ。
いや、実は「ぶつかったところでは、丸子川の水をポンプ式に汲みあげている」いろんなところでいろんな風に書いてあるんですが、どうにも私的には現物が想像できなかったので早く現物がみたくておりました。
見てわかったのが、まあ事実上ここでこんなことが起きていそうだということ。

① 等々力方面から、谷沢川がまっすぐ下って多摩川に流れる。

② そこに、丸子川が直角にぶつかってくる。
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(まっすぐ流れる谷沢川、そこに右から丸子川合流)
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(合流地点付近はこんな風にちょっとややこしいことになっている)

③ 丸子川は谷沢川に合流して①といっしょに多摩川に流れていく。
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(二つの川が合流して多摩川に向かうところ。さしずめ谷沢丸子川もしくは丸谷川など)

④ ③の合流点で水をポンプ設備で汲み上げ、②の延長線上のいわば「続・丸子川」に給水する。
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(下で合流する川から水をくみ上げ右奥に続く丸子川に水を供給)

⑤「続・丸子川」はたぶん谷沢川と丸子川の両方混ざった水を流して先に進んでいく。

なるほど。
ちなみに昔は、いったん両者合流した後基本的には谷沢川と軌を共にして多摩川に流れ、合流点から掛け樋を使って「続・丸子川」に水を流していたそうです。この後の下流でもたくさんお水供給しなきゃなんないですからね。もう大変なんすからもう。

うん。じぶんなりにようやくこの場所のことが理解できたと思います。ほっとしたので、多摩川べりに出てビールを飲むことにしましたw
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多摩川川原敷きに運動場がたくさんあります。そこにやってくる草野球帰りのおじさん向けと思しき「おでんとやきそばとビール」を売るお店も数件、多摩堤通りの外側にあります。
昔は巨人軍の練習グラウンドがあったはずですから、いまよりきっと多くの店があって賑わっていたんでしょうねえ。いまは静かに、川(の土手)を見ながら休憩することができます。

一息休んでお店の裏あたりを散策。
ほんとしかし、歩けばどこにでも暗渠を見ることができます。
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いつの間にか大田区田園調布5丁目。その暗渠は5丁目51のあたりで開渠となって住宅の間に消えて行ってしまいました。
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ところがこのあたりはまたたくさんほかにも開渠が残っている土地で。
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やこんなのも。
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ここは世田谷区玉堤1-2です。
区境、ということも開渠が残っている要因なのかもしれません。

あちこちでたらめに開渠を探していたら、
また丸子川の流れに戻ってきてしまいました。
うおーなんか立派な水門があるなあーなんて思ってその水門で別れゆく先を見てみたら。
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なんと、池!
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田園調布5-47のところ。
たしかに地図にも載ってますね。
いろいろ調べてみましたが、特に名前を見つけることはできませんでした。
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なんだか、誰からもありがたがられていない(景観も期待されていない)ような池で、そこが帰って「暗渠ごころ」をくすぐられます。かなりグッときました。

まわりを見てみると、池から開渠で多摩川方面に水が出ています。最初に見つけた開渠にこれが繋がっているようでした。

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そうだよなあ。いまこの周りに田んぼや畑はほとんど皆無。
なんのためにも使われていない、子どもが遊んでいる気配さえしない素朴な素朴な池。
付近の方には、もしかして「あるけど、あることにもなっていない」ような、透明な蓋が掛けられているような池でした。
暗渠ならぬ暗池。

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オマケ。
池のそばにあったもの。

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祠が塀の中に塗り固められてる…。暗祠?

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暗渠ハンター マンション脇の開渠と木村ぶどう園

さて、明神池から下流にむかって歩いていくと、
視界の隅で何やらアラートが鳴ったような感覚に…。
多摩川土手に近いマンションの間に、小型のはしご式開渠があるではありませんか!
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寄って奥まで見てみます。
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おお、奥が競り上がって滝みたいになっている!

さっそく奥が確認できる道に回り込んでみます。

先ほどの場所よりちょっとだけ高台の上流側は、こうなってました。
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下流を凝視すると、途中で見限れています。
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この先で、さっきの滝みたいながくんとした落差を落ちていくようです。
さすが多摩川と国分寺崖線の間のエリアはダイナミックです。

さてこの地点から上流はどうなってるかな…。
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こじんまりとした川跡が続いていました。

ちょうどこの地点で路上のお掃除をされていたご婦人から、この人何かしら的な視線を頂戴したので、
「実は昔の川やドブを探して歩いているんです」と軽く自己開示。
するとご婦人も安心されたようで、いろいろお話を聞かせてくださいました。
・この川筋は裏の川(丸子川)まで続いていた。
・丸子川の向こうのさらに高台の木村ぶどう園という果樹園では、水が湧いてるよ。今はもう枯れちゃったときいてるけど。
・このへん昔水路は縦横にたくさんあってこの道(水路に垂直に交わる道路)も水路があった。
とのこと。
その垂直に交わる足元の道がこれ。
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へえーここも!?

至る所水の豊富なエリアなんですね。まあそりゃそうか。
木村ぶどう園さんへの行き方を教えていただいたのでさっそく向かってみます。

おっと、行く途中にも魅力的なものが…。
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いやいやまずは木村ぶどう園に向かわねば。

すぐに現地到着。なんと、斜面にあるぶどう園の敷地の下にはずばっと暗渠が一直線に!
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蓋暗渠とコンクリ舗装暗渠を足して2で割ったような作りです。
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うーん、見事。美しい。

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そしてぶどう園入口。
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なんとぶどうだけでなくいちご狩りも!!(ちなみにこの取材日は4月下旬でした)
来春こようっと!

入口外には、たけのこについても案内があります!!
(しかも蓋暗渠脇!)
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ぶどう以外にも第一次産業方面でかなり多角化されてるようです。
HPはこちら
すごいな楽しそうだなここ。

肝心の湧水について手掛かりはありませんでしたが、ぶどう園の奥は谷戸になっています。
ぶどう園さんの横の坂道から敷地の奥が見渡せますが、ここだけ東京ではないみたいに「山奥」してます。
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うーん、なるほどこれでは水が湧くのもワカル。
いつかお客さんを装って中に中に入ってみよう!
いやなにも「装う」必要は無くって、ほんとにお客として入ってみますけどね。

ちなみに、木村ぶどう園さんの前に通っていた暗渠は、この谷戸を越えてさらにまっすぐまっすぐ続いていました。
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こちらは付近にあった開渠。
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水面を覗くと清冽な水が豊かに流れています。
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素晴らしい土地です。野毛。

その上流はこちら。
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白く飛んで見づらい画像ですが、もじゃもじゃの塀の下を鉄板蓋を纏って住宅の横から流れてきていました。
この「安全第一」のフェンスの向こうを覗いてみると。
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先は小高い谷戸地形。
あの奥から湧いてきた水なのかも知れません。

多摩川べりをつたうシリーズはもうちょっと続きます。


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暗渠ハンター 明神様と龍神様。明神池のこと。

前回の終わりに
>この先は元・池。竜神池という池があったエリア。
といけしゃあしゃあと書いてしまいましたが、
この先にあるのは「龍神様を祀った、明神池」という池です。
(前回記事修正済み)
ごめんなさい、ほんとに重みのかけらもない記事で…。

というわけで、この先に行くとその池跡が。
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暗渠道が続いたあとに、小さな祠が出現。
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その横にこの明神池と龍神様の由来が書かれています。
ちょっとあらましを抜き書きさせていただきますと…。
・その昔多摩川は大きく蛇行し氾濫も繰り返していた。
・そのエリアの中に今のここもあって、200m×80m、深さ4mほどの瓢箪型の池ができていた。
・ほとりに明神様が祀られていたので「明神池」と呼ばれていた。
・S36年ころから宅地化の波にのまれて明神池も祠も埋没。
・当時周辺で火災等の被害が相次いだのだが、ちょうどそのころ、ある老人が夢で(?)髪を垂らした女性の姿をして池の水面を渡る明神様から「小さな祠に祀ってほしい」とお告げを受ける。
・それをきいた地元の方々4名が祠の再建を発起、蛇の神である龍神様としてS50年に祭祀した。

とあります。
明神様、龍神様…。ここはよく違いを理解しないと冒頭の私のような間違いを繰り返すことになりそうですね。
ざっと私なりに整理するとと、
明神様…神格をもつ何かに対する呼び方の一つ。八百万の神、つまり森羅万象に宿る神が、何らかの姿をして明らかになっているの状態。
龍神様…神様のなかのひとつ。水を司る神で龍や蛇の姿をとる。
名前は似てるけど全然ちがいますな。
この池では、もともとの明神様という広い神概念からリスタートを機にさらに具体的に水にフォーカスして龍神様をお祀りした、という解釈でよいのかしらん。

この由来解説板には、ご寄贈主さんのお名前と、かつての池の地図が描かれています。S4年ごろとあります。
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へえー。現在地と、これから続いていく暗渠道と、それにかつての池の範囲が図示されていて分かり易し。
ところどころ解説も入っています。
記事冒頭の車止めのあたりは土橋が掛っていたようです。
「道路より水面まで約三米の崖でした」 これは、池の東側の端のことでしょう。
「建設業者ブルでこのあたりを埋める」と池の南のほうに書かれていますね。開発に対する地元の方々の考え方がほのかにここで顕れているようです。この記述が一番心に残りました。

ではかつての池のエリアを歩いていくことにしましょう。

「池の中」から東の岸・丸子川方面を眺めます。
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おお、向こうで盛り上がってるのがわかります。埋められたとはいえ(ところによってはブルで。他は何で埋められたんでしょうw)まだ窪みは健在。
そして逆サイド、多摩川方面。
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奥に注目!見事な段差が残っています。

「池の中」の空き地も蕗や草がびっしり。
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まだ土には湿り気が記憶として残っているかのようです。

明神池を過ぎてもまだ暗渠は続きます。呑気なことに、ここまで来て確信しましたが、これも六郷用水の「かけら」なんだと思います。
国分寺崖線直下を流れる丸子川とそれに並行する多摩川の間を、
まるで「川の字」の真ん中を書き入れるように。
もっとも丸子川と多摩川の間には六郷用水を中心として縦横に水路があったんだと思いますが。
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この道をまっすぐ進んで見えてくるのは、第三京浜。
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環八から、溝の口~横浜港北ニュータウンあたり~保土ヶ谷を通って横浜に通じる自動車道です。昔港北区に住んでいたことがありますが、そこから都心に向かうのにこれを使うとめっぽう早くて感動したことあり。
信号がない道ってほんと早いんですよねえ。

橋をくぐるとなれば、当然このショット。
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六郷用水に架かる橋の橋裏です。
黒ずんだ豪傑が仁王のように二人並んでいるかんじの。<よくわからんて。

橋の下には、小さな雨水路。
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暗渠道はさらに続きます。
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このあとかくかくっと曲がったところの道端に、はしご式開渠がありました。
次回はそこの話と、木村ぶどう園さんあたりの暗渠のことを。

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暗渠ハンター 隧道のそば、大井町線をくぐる暗渠

もう一か月以上前のことになってしまうんですが、
ぶらっと玉川台から田園調布あたりまで散歩してきたことがありました。
この辺りは国分寺崖線が続き、またその下を六郷用水が交錯するいわば水の名所でもありますが、特に下調べもせずふらっと行ってしまったので、あまり体系的な記事にはなりません;;;。ですが、見てきた断片を数回にわたってご紹介して行きたいと思います。
五島美術館の湧水や田園調布雙葉付近の川などなど「名所中の名所」はあとでみっちり行こうと思ってあえて外して歩き回ったので、割と地味な報告が続くかと思います(笑)。

瀬田のあたりから、環八を外れて多摩川がわに分け入っていきます。
瀬田中の前の5叉路にて、南東に延びる暗渠歩道が現れました。
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ずーっとまっすぐ辿っていくと、
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この写真の奥で駒沢通りにぶつかります。
今まで知ってた駒沢通りは「ひたすら(だいたい)まっすぐ」なイメージでしたが、
環8の「多摩美大前」交差点を過ぎると国分寺崖線を下りながら大きくカーブを描きます。いわば駒沢通りのはしっこ。
そんな駒沢通りのはしっこは意外にも立派な暗渠道になっていて、今辿ってきた暗渠はここに合流して多摩川方面に下っていきます。
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がっしりした蓋暗渠。蓋部分が上にでっぱって、「車道より一段高い歩道」になっています。
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いまはこうして蓋暗渠兼歩道となっていますが、開渠時代はここを歩けなかったでしょうからね、車道も狭いし歩行者としてはけっこうな危険にさらされていたんじゃないかと思います。

しかしすごい崖…。
なんかどっかの山奥の温泉地にでも来ているような気分です。
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と、不意に「瀬田隧道」出口(入口?)が現れました。
おお!駒沢通り沿いにあったんだ!
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よっしゃ、反対側にまわって入口(出口?)を見てみましょう。

坂を降りて隧道の先に回り込むと、すぐに六郷用水に出くわします。
東急大井町線の下をくぐって橋の裏側を鑑賞しつつ(のっぺりした裏面にトラスの一部だけむき出しになってる、って橋裏はあまり見たことないかも。この中途半端さがいい!)、
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そのちょっと先にもう片方の隧道出入り口。
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しっかりとフェンスで閉ざされて中にはもちろん入れませんが、なんかフェンスの意匠がどこか水っぽいですね。
門の右側のは水車モチーフ?
門の奥に目を凝らすとほんとの出入り口がちょとだけ見えます。
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へえーと明確な意味もなく感心してみたあとは、さっき頭上を越えていった大井町線に近づいてみます。
盛り土され、とても高いところを通って二子玉川に向かう大井町線。そういや大井町線二子玉の手前って眺めがよかったもんなあ。
で、その大井町線の下はなんと縁石付の蓋暗渠でした!
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しばらく大井町線と伴走するように続く蓋暗渠。
ああ、この事実を知ると、こんど大井町線のこの区間乗ったらゼッタイ楽しそう。

美しい素材でできた蓋暗渠です。
(ところでこのバイクはナンバープレートが付いていないので所謂不法投棄物なんですな…)

おなじような蓋素材は、玉川台での谷沢川の瀬田支流でもありましたし、
並べ方は違うけどたぶんおんなじものが九品仏・尾山台間の暗渠にも使われていた!? と思って確認しましたが、この九品仏・尾山台間のはもっと進んだ新製品ぽいですね。表面がざたっと加工してあるっぽいし、縁石は蓋と一体型でなくセパレートのようです。うわー、結構ちがうもんだなw

川崎一帯で見られるものとも微妙にちがいますね。
ここでディテールを徹底的に比較するのも面白そうなんですが、先に進みます。

じつはこの線路下暗渠は、さっき写真を撮ったところで線路の土手にもぐっちゃうんです。
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うはは。ここも「隧道様式」ですかw。
もぐり口はしっかりゴミ置き場になってますし。

ではでは、今度はここの反対側の出口(入口?)を探りに行きましょう!

あ、これですね。
この正面の、花に埋もれてるところ。
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近寄って見ても構造がよくわからないけど、間違いなさそうです。
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そしてここからまっすぐに、マンションの敷地の横をコンクリ蓋暗渠が伸びているではありませんか。この日は4月下旬、八重桜の花びらがコンクリ蓋に舞い落ちていて風情がありますね。

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ちなみに線路をくぐって蓋暗渠になるところでは、線路下の雨水管が横から接続されていました。
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さてこの暗渠はマンション敷地のブロックを出るところでまっすぐと右側とどうも二手に別れるようですが、今回はまっすぐ行ってみます。
ここね。
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まっすぐ進むと一度突き当たりになりますが、
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右、左とクランク状に進んでいきます。

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上の写真ではね、「どこが暗渠やねん」なんて突っ込み入れたくなるくらいよそよそしい感じですが、これを進んでいくと
すっきりさらっとしていた歩道に、まるでむだ毛をすっかり剃ってつるっとした顔に剃り残された眉毛の端っこのように、不自然で過剰な植え込みスペースが現れてきます。
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これですね。かなり強い主張が聞こえてくるようです。
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またクランク状に進み、日本菓子専門学校の前の道。
歩道に注目。
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ガードレールの内側に、網状のガードレール。怪しいですね。
しかも内側の網状ガードレールは、世田谷目黒あたりではよく水路廻りに使われているものですね。この、ガードレールに挟まれたところが水路?

先に進むと、こんな場所に行きつきます。
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なんと、水路はガードレールの間ではなく網状ガードレールの向こう側でした!
草が生い茂って、水面(地面?)の確認もできませんね…。
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その先の交差点近く。
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おお、ここでは蓋が掛っている様子が確認できます。

付近にはこんなところも。水路はもう消えちゃってるけど、この「護衛体制」が面白いw
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この先はこう続きます。
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この先は元・池。竜神池(<2012.7.7訂正。「明神池」です)という池があったエリア。
次回でレポートします。

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