暗渠ハンター 練馬の谷一気攻め⑥貫井川の断片、そして暗渠ANGLEの野望
今回の石神井川シリーズも、残すところあとは8.910番の貫井川のみとなりました。
8 貫井川
貫井川はけっこうな円弧を描いて遠く上井草駅の方まで延びていて(図中8が本流)、かつ支流(9や10)もいくつかあってとたいへん辿り甲斐のある川です。
が、ここも先達がけっこうレポートされてるので今回の私のはいくつかの断片だけさらっとご紹介してこのシリーズのピリオドを打ってしまおうかと。
貫井川の名の由来や歴史的な背景等々は、HONDAさんが「東京の水2009 fragments」で大変解りやすく書かれており、私もこの川の理解の参考にさせて頂きました。
8-1 貫井池の祠
まずは貫井1丁目あたり、貫井中から南に抜けていく支流。図中の10番ですね。
その先には、この川の名前のもとにもなった貫井池、があったそうです。そこは谷戸ラブさんからご紹介いただいたこの資料の地図にも、かつての湧水池のマークが描かれておりました。
どうもすでに廃寺(廃社?)のようになっていて、抜け殻感が高いです。
施錠されて閉ざされているし…。
かといって中の庭(?)は一定程度の間隔で手入れがされているようでもあります。
池の近くだから弁天様でも祀っていたのでしょうか。
それともただの私有地?にしてはこの意匠はなあに?
なんだか「?」の多い文節になってしまいました。
いろいろとググっても結局ここがなんだったのか、わからずじまいでした。
8-2 貫井川の水源付近
さて次は、もうぐいぐいと途中端折って図中の9番も省略して8番、本流の水源付近を見てみましょう。
石神井東小あたりから貫井川上流は南西に向かい、そのまま環八を突っ切り、南が丘中あたりでちょっと蛇行して、また南西にほぼまっすぐに向かって、新青梅街道を一瞬南に渡った後また北側に引き返して水源に至る、というコースを取っています。
より大きな地図で 杉並以北でまとめてみよう を表示
いっぽう古地図で流路を辿ってみると、そこには下久保、田中上久保、向三谷(むげざんや)、下石神井上久保といった「凹み地名」が冠された字名がたくさん記されています。
また改めて現在の流路を見れば、この貫井川もたくさんの学校を掠めて流れているのがよくわかります。先ほどの、祠に向かう支流が別れていたのは ①貫井中。その後西武池袋線を越えて南に行ったところで ②石神井東小。環八を越える手前でワンブロック横ですが ③南が丘小、環八を越えた途端に ④南が丘中。最後は新青梅街道に出る前に ⑤下石神井小と、5つの小中学校を掠めています。ビンゴゲームならリーチ通り越して景品ゲットしてるところです。
まあ川跡沿いには学校が多いのが定番とはいえ、これほどとは。
さて最上流部ですが。HONDAさんのブログでは、
>1960年代の空中写真や1970年代半ばの住宅地図をみると、
>ここまで水路があったことがわかる
としてその場所(駐車場横)の写真を載せられています。2010年の11月の記事。
また同じページで、さらに古い戦前の地図では井草通りの西まで延びているのが確認できる、とされています。
そしてi.sakurai様という方が作られている「東京西北部の中小河川」ページ(いつも大変参考にさせて頂いている、とても詳細なHPです。またまたなんと最近気がついたんですが送電線ルートも姉妹サイトとして作られています!改めてここで敬意を表させていただきます。ご本人様からリンクのご承諾を頂き次第ここでリンクを張らせていただこうと思います)でも、井草通りのあたりの窪みに注目されて書かれています。
話はちょっと戻って、先ほどのHONDAさんの記事にあった写真と同じ場所の写真を、
リバーサイドさんもアップされていました。こちらはその1年後、2011年10月の記事。
まずはここがこの後どうなっているかというと。
(といってもこれは先々月の2012年5月の様子…)
はい、ほとんど変わってませんw
ここから上流・水源は西に向かってというのが定説のようです。
実際地形図を詳細に見てみても、図のような流路が予想できるでしょう。
(googleさん、東京地形図さん、どうもありがとうございます)
さてこの駐車場横付近をうろうろして感じたのは、
他に比べてたときの北からの斜面のきつさです。
このあたりでは、比較的(やや、いや少し。いやいやわずかに)急な上り坂。
そしてその上り坂の先には、「こまどり遊園地」という広い緑地スペースがありました。
これがね、「かつてはここからも水が湧いていた」なんて
思いたくなるようなところなんですよ。
でも帰宅後いろいろ調べてみましたがそんな文献は一つもなく、
単なる妄想に終わっているんですがw
しかしこの北側の斜面からも結構な雨水が
この駐車場横の水路に集まっていたということだけはいえそうですね。
というわけで断続的なこの石神井川支流シリーズ、今回でおしまいです。
それと、シリーズの最後くらいANGLE作ってみようかということで以下です。
貫井川の支流を除く本流のみ。
暗渠アプリケーション(暗渠サイン)は特に学校についてプロットしました。
練馬区独特の暗渠アプリケーションとしてブルーの「水路敷」表示がありますが、
これは一般道と交差するときに車止めと共に頻出します。
あまりに多いのでここではざっくり横に注釈程度に示します。
ご紹介できませんでしたが、この他の暗渠アプリケーションでは
下石神井小の下流に栄湯という銭湯や、さらにその下流に喜楽沼という釣堀跡、
ぐっと下流、目白通りを越えた辺りには御嶽神社や貫井弁財天などが確認できます。
…最近ANGLEについて考えるのは、これ自体がソフトとして「情報の入れ物」にならないかなあ、ということ。
(自分でプログラミングとかできたら作るんだけどなあ…)
たとえばこんな仕様のソフト。
・川筋を表す点線のどこかをクリックすると、そこで撮った写真と簡単なキャプションがポップアップする。もちろん川筋だけでなく暗渠アプリケーション(暗渠サイン)も。
・マトリクスの上にタグがついていて、タグには支流のANGLEが納められている。支流を重ねて表示することもできる。
・そんなふうにあたかもひとつの川のANGLE(つまり川と周辺の情報)が「一枚のカード」みたいに収納できて、任意にまとめたり、並べて比較したりできる。「カード」を串刺しにして検索なんかもできる(エクセルのワークシートみたいなイメージ)。
・縦軸は伸縮が自在で、他の川と比べ易くなっている。
とかとか。
そうすると、もうブログという器ではなくて「川跡の標本」ソフト、といったカタチになりますね。やろうと思えば多くの人で協同作業もできるようになるでしょう。
あーこれ実現させたいなあ。誰か作る技術をお持ちではあるまいか…。
10年がかりくらいで自分でイチから勉強してみようか…。
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