« 暗渠ハンター 練馬の谷一気攻め②宿湿化味の谷 | トップページ | 暗渠ハンター 練馬の谷一気攻め③桜台支流の畑に消えるコンクリ蓋暗渠 »

暗渠ハンター 谷戸川、環8の陰の開渠

今回も、石神井川のシリーズを無視してw違うところを…。

以前、世田谷区の千歳船橋付近から砧を抜けて砧公園の中を流れていく谷戸川について何回かに分けて書いたことがありました。
その最後の方で、谷戸川が世田谷通りに達する手前、「日本品質保証機構」さんという一般財団法人の事務所のあたりで合流してくる支流について中途半端に書いているのですが、その記事のコメントでHoliveさんから
「google Mapでは、その先に開渠が描かれている」とご指摘いただいていました。
それを先日確かめに行ってきたので、そのご報告をしようかと。

この前は全く見落としていましたが、谷戸川から別れる(正確に言うと、谷戸川に注ぐ)支流の蓋暗渠の延長線上にはこんな金網がありました。砧1-18.
Imgp8039

まいったなあ。こんなあからさまな川の徴、なんで見逃してたんだろう私orz…。

金網を覗き込んでみると、しっかりはしご式開渠がありました。
Imgp8040

見事です。見事な景色です。
世田谷各所には、こんな「ふつうの道に唐突に金網、そののむこうに突然開渠!」という場所が多いですね。

さてこの先はコの字ウォークで何箇所か確認できます。
道の途中に鉄板蓋。というか鉄板橋?
Imgp8031

その両端にこの支流が流れているんですが、隣接住宅によるテンポラリーな蓋で塞がれています。
ほとんど住居っぽいので写真は控えましょう。

こちらは道にかかるコンクリ橋。
Imgp8034
この両端の支流は、開渠です。
Imgp8035

Imgp8036

すこし上ると開渠は住宅の間からかくかくと曲がって道に出てきます。
Imgp8043

この写真の、足元から左に曲がって側溝となります。
Imgp8044

このへんから高低差をしっかり感じるようになります。
つまり傾斜がちょっとだけ急な上り坂。
まっすぐ登ったところにY字路です。

Imgp8048
このどっちに行くかは確証がもてません。
左はこんな。
Imgp8050

そして右はこれ。
Imgp8049
どっちもあり得るな…。
ちなみにこの奥に写っている建物は、環8沿いのスエヒロ。
もうすぐそこが環8なんですね。
スエヒロ裏の坂を登ったところには小さな公園があります。
Imgp8055

まあ谷戸っぽいといえば谷戸っぽい。
確証が持てないまま、去ることにします。
スエヒロ横から環8へ出て少々南下。

と、歩いていて突然思い出しました。
20年くらい前に、環8沿いスエヒロの使くに鑑賞魚屋さんがあったことを。かなりデカかったはず…。今はもうなくなってしまったようですね。前を何回か通った記憶があります。
(あまりいい記憶でないのですがw)
今上州屋さんがありますが、たぶんこのあたりだったんではなかろうか…。
と思って上州屋付近をじろじろ見ていたら、建物横に変な道発見。
Imgp8061

横にはU字溝をさかさまにしてつないだ何かの路、のような。
Imgp8059

これを辿っていくと、もともと追っていた支流の、開渠から蓋つき側溝に変わったところにつながっていました。
Imgp8046

鑑賞魚やさん時代の排水路?
にしても、環8からは軽い鞍状に一回盛り上がって、そんで支流に向かって下っていくというよくわからない物件でした。

より大きな地図で 谷戸川 を表示

|

« 暗渠ハンター 練馬の谷一気攻め②宿湿化味の谷 | トップページ | 暗渠ハンター 練馬の谷一気攻め③桜台支流の畑に消えるコンクリ蓋暗渠 »

2051 ・・・多摩川水系」カテゴリの記事

コメント

はじめまして、偶然にも地元のことが書かれていたので、細評をお知らせします。

開渠から側溝に変わって進行方向左側の3件目の家と4件目の家の間に山側から小川が流れていました。その後、上州屋側から降りてくる道の北側廃屋(現在はアパートができて、水路の跡が外側からは見えなくなりました)と北側壁の間にも水路の後が残っています。それは上州屋北隣の吉田クリーニング店の奥に以前釣り堀がありそこに大池があってそこから流れた水が流れていた跡です。水路の跡は吉田クリーニング店とスエヒロの間の道を入るとすぐに左側に長い窪地として残っています。

Y字路ですが、川の本流は右へ向かっていました。左側は道路の左側を川が山側から流れて来ていて、合流点に幅1m長さ4mほどの池ができていてザリガニが生息しておりました。

川は公園前の民家と民家の間を環八に平行して流れていて、砧2丁目のエニオスの西側のリバーハイツの付近は大きなため池がありました。そこと川がつながっていました。その後川はダイハツ東京店やメモリードホールの西側に窪地地形になってます。源流は現在の東京スバル砧店の場所に池がありそこからわき出していました。

公園側の反対側の側溝の場所は以前は山側からの川が流れてきて菖蒲がさいておりました。

昭和40年代から50年代に消滅しました。

投稿: 地元民 | 2017年5月14日 (日) 22時49分

追加です。

U字溝の物件ですが、水路とはなんの関係もありません。
単に上州屋と隣のマンションの土地の堺の関係だけで、マンション側が舗装したが、上州屋の土地の地主が舗装しなかっただけです。
マンション側は一緒に無料で舗装しようとしたんですが、地主が認めなかったようです。

投稿: 地元民 | 2017年5月14日 (日) 22時53分

地元民さま
おいでいただき、また大変貴重なコメントを頂きましたこと、心から感謝いたします。
5年前にこの記事を書いて以降、あまり掘り下げられずにおりましたが、
まさかおっしゃるような「水の豊かな場所」であったとは、思いもいたりませんでした。
確かに、『東京時層地図』などの過去の地図をみると、等高線はスバルのあたりまでうっすら谷が伸びていて、
昭和初期の地図ではその谷頭に小さな池が描かれています。(ただし水路の描写はなし)
そうだったのですか、大縮尺の地図には載らない、ほんとうに地元の方だけが知る水の景色があったのですね。
しかもこんな豊かに…。
いただいたコメントを読み返すたび、感動しています。
ぜひもう一度この地に行って、地元民さんのテキストをかみしめつつ検証しに行きたい、とそう思いました。

どうぞ今後とも、よろしくお付き合いのほど、お願い申し上げます。
どうもありがとうございました!

投稿: lotus62 | 2017年5月15日 (月) 11時09分

作者様、早速のお返事ありがとうございます。
こちらこそ、今後とも楽しく読ませていただきます。

この土地は以前から三尺掘れば水が出ると言われたほどの土地でして、廃業したスエヒロのオーナである北側の家(株)銀座スエヒロ管財の敷地(公園へ向かう道沿いにグーグル航空写真では分かりにくいのですが、
池がありまして、以前は天然に水がこんこんと湧いていました。今は環八のせいで地下水位と水脈が切れたのか枯れています。

小生子供の頃、自宅の庭に1.5mほどの穴を掘って井戸を作り怒られたこともあります。又、父がゴミ焼き穴を掘ったところ水が湧いてしばらくプールとして使っていたこともあります。

蛇足ですが、よくウェーブとかヤフー質問でスエヒロが廃業しても電気がついているとか、営業していると思って客がくて驚くとがありますが、原因はオーナーが偏屈な方で頑として残しているからなのです。
スエヒロ側も会社的にマイナスイメージなのでスエヒロの看板を消してと言ってましたが、無視であろう事か、(株)銀座スエヒロ管財なる会社までつくってしまうしまう始末。

この方は、ウエーブでも○○本家と門に書いてあって不思議がれています。
この方は古くからの地主の一人でかの方の持つ借地には放棄されたままの古屋が何軒もあるのです。環八沿いの廃墟です。
スエヒロの中に挟まれた家や道向こうの井上病院の隣の廃屋、スエヒロの西側の2件屋も廃墟です。

投稿: 地元民 | 2017年5月15日 (月) 13時29分

地元民さま、これは嬉しすぎる情報です。
胸が熱くなって思わず今朝読んですぐにツイートしてしまったくらいです。
そんな水のゆたかなところだったとは、そしてそんな体験をされていたとは・・・。
興奮してくらくらします。
井戸を掘って怒られたころ、って何年くらいなのでしょうか?環八ができる前、ということですよね?昭和40年代くらいのことでしょうか?

投稿: lotus62 | 2017年5月19日 (金) 12時03分

地元民さま、今日さっそく現地に確認に行ってきました。
解らなかったなぞが解けました。心から感謝します。
①すみれば公園からここに水が流れ込んでいると確証できました。
②スバルに続く谷地形を確認し、メモリードホール裏に流路の痕跡らしい開渠を見つけました。
③吉田クリーニング裏の窪みを確認しました。
④吉田さんにお話がきけました。
というわけで、ものすごい収穫でした。
ちょっと時間はかかりますが、後ほど記事でご紹介しますね。

ほんとうにありがとうございました。
感激です。

投稿: lotus62 | 2017年5月20日 (土) 22時59分

お疲れ様でした。

ちょうどその日は残業で夜遅く帰ってきたのですよ。早ければくりーんぐ屋さんで会えたかも知れませんね。
吉田さんは学校の先輩なのです。

井戸を掘ったり、プールが出来たのは昭和五十二年頃です。
どうも環八の地下を掘り返した際に地下水脈が切れたようです。
さらに都市化で水が浸透しなくなったのも原因でしょう。
数年前に世田谷区が各家庭に浸透枡を設置して地下水復活をしてました。

地下水の話が有るんですが、このページ最後の写真の道の真正面の家は地下駐車場を作ったのですが、
出来たとたんにコンクリートの隙間から漏水が始まり、わずかな時間で立派な池になってしまったのです。
その後、建設会社とトラブルに成り、防水加工して2年ほどかかって漏水が止まったらしいです。
近所の皆が、あそこ掘れば水が出るのに聞かないからといっておりました。


ところで、大蔵三丁目にある大蔵団地の内のわき水と、その直ぐ下流の仙川沿いのわき水ってレポートされてますか?

成城のわき水は昨日見てきたんですけど、大分落ち葉とかで池が汚れていました。

それでは、ご活躍をお祈りいたします。
竹藪も痩せていたし、あれは竹を生やしているのにタケノコ盗む地元民がいてどうしようもない状態に。


投稿: 地元民 | 2017年5月28日 (日) 00時03分

地元民さま
そうでしたか、ニアミスでしたね。
ご主人の吉田さんにお声がけして「このへんに釣り堀がなかったでしょうか」とお尋ねすると、
「それウチだよ」って。
実は私も、90年から4年間くらい祖師谷大蔵に住んでいたことがあり、
当時このへんで釣り堀っだったか養魚場だったか、錦鯉みたいな絵が描かれているおおきな看板があった記憶があるんです。
(それがたぶん今の上州屋あたり?)
ほんとうに水が豊かなところだったんですね。

大蔵団地内や付近の湧水は、書いたような気がしていましたが記事にはしていないようですね…。
http://lotus62.cocolog-nifty.com/blog/25/index.html
でも何度か足を運びました。
残念ですが、少々荒れてきているのですね…。

投稿: lotus62 | 2017年5月28日 (日) 09時37分

こんばんは、ここへ来て、父から新しい話を聞きましたのでお伝えします。

吉田クリーングの釣り堀に池ですが、現在の水路の横にある吉田クリーングの駐車場の位置にあったそうです。
その池は、吉田さんのおじいさんと私のおじいさん達が共同で掘ったそうです。
その際に、排水路として水路を掘ったという事です。

その他の話ですが、谷戸川 大蔵マロン支流は子供の頃は完全な開渠でした。その当時から川沿いの家は川に出口を作ってあって、門を開ければ川でドボンという感じで不思議に思ったものです。
あれは、何れ蓋をすると言うことがきまっていたのでしょうかね。

上流の栗林の水路は結構長く開渠のままで、蓋をしたのは栗林の北側に家が出来た時だったはず。更にあの場所は以前は芝畑で芝の切り出しをしていました。

本流の保育園と山野橋の間の公園は以前は川が確りと開渠で、土埋めして公園をつくったんですよね。以前は保育園のフェンスから川が覗けたのです。

谷戸川のこと③かつて背中合わせに流れてた川ですが、昭和45年頃は公園側には曲がらずに真っ直ぐ谷戸川に平行しながら下流川へ流れて4丁目15番地手前近辺で谷戸川に合流していたようです。
以前持っていた昭和45年の世田谷区が作った区画整理地図にそのような記載があったことを覚えています。

上州屋のあたりは自分は何故か記憶に無くて、父曰く、事務所があったとか。


大蔵団地のから始まる湧水ですが、山野小学校の連中は西側から大蔵三丁目公園の湧水が第一清水川、大蔵運動公園アスレチックコーナーしたの湧水が第二清水川、今は無き、東名高速道路東側のグランエクレール岡本のある山から沸きだし、世田谷岡本サンハイツにかけての原野に縦横無尽に流れていた湧水を第三清水川と名付けていました。

東名高速と仙川の間にも水路があってザリガニが住んでいて、金網登って取ってました。その場所は道路公団の敷地で、白バイや公団の車が上り線から下り線へ移動する業務用通路なんですが、白バイの兄ちゃんは上は危険だから行くなよと笑いながら黙認してくれていました。古き良き時代です。

投稿: 地元民 | 2017年6月 1日 (木) 23時41分

おおー!地元民さん、今回も大ネタどうもありがとうございます。
おじいさまも釣堀掘削に参画してらしたとは!!
大蔵マロン支流(仮)も開渠時代をご存知とはすごい…。
こんど国会図書館に出向いたら、可能な限り古い時代の住宅地図を見つけてこれらの風景を妄想しようとおもいます!!!

投稿: lotus62 | 2017年6月 2日 (金) 13時08分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/156279/45344703

この記事へのトラックバック一覧です: 暗渠ハンター 谷戸川、環8の陰の開渠:

« 暗渠ハンター 練馬の谷一気攻め②宿湿化味の谷 | トップページ | 暗渠ハンター 練馬の谷一気攻め③桜台支流の畑に消えるコンクリ蓋暗渠 »