暗渠ハンター 谷端川沿い湧水ものがたり 椎名町の北から南
3 南長崎支流(仮)
2回目の今回は椎名町のあたりにある湧水からの流れを追います。
今回も、湧水の場所および以前の様子などは
豊島区郷土資料館研究紀要の第11号「<調査ノート>豊島区の湧き水をたずねて」横山恵美
から引用させていただきます。感謝。
そしてGoogle Earthさんと東京地形図さんにも感謝です。
さてタイトルの南長崎支流(仮)に行く前に…。
前回の長崎支流の合流点から谷端川を下ると、もうひとつ近所に湧水ポイントが。
長崎2-15、第六天の祠があったところ。
今は駐車場になっているところにその祠がいまでもあり、かつて10畳ほどの沼があった、とのことです。
ですが住所を頼りに現地にいってもその祠が見当たりません。
駐車場ってたぶんこれかな。
でも祠はないなあ…。
おわ、同じ駐車場で、このアングルで祠が写っている…!
そっか、つい最近なくなってしまったんですねえ…。
本編の南長崎支流の探索は、困難を極めました。ほとんど流路が残っていません。
椎名町の駅付近で谷端川に合流するのですが、はじめはこの合流地点から追ってみようと思ったけど見事に失敗しました。
さんざ徘徊した末に、なんとか最上流の湧水地点を確認。
それがここです。南長崎公園。
(前回の長崎支流は長崎公園が水源、そしてこっちは南長崎公園が水源…この点はわかりやすいw)
ただしここから先はほとんど地形だけを頼りに推論してかざるをえません。
まずはこの井戸から下流方向にやや窪んだところを延長すると、広野湯という銭湯の裏手に。
そしてさらに微地形を頼りに延長していくと、この保育園の崖にあたります。この崖下がおそらく流路。
その後ほどなく南長崎5‐24あたりで西武池袋線の線路と並行するのではないかと思うのです。
ちなみにこの線路沿い一帯は、昭和10年代まで湿地が続いていたそうです。
そして、椎名町の駅のすぐ横で谷端川と合流。
合流後谷端川はこの駅のすぐ南の車止めの道を進んで、「U」字型の流れの底の部分を描きだす、と。
★2014.9.8追記:
この支流に関しては、「南 長崎さま」からいただいたコメントをきっかけにして
検証・修正記事を書きました。こちら合わせてご参照ください。
4 愛心幼稚園支流(仮)
つぎは、こちら。まさに「U」の字の底のところに南から合流してくる支流です。水源付近に愛心幼稚園というランドマークがあったので、この支流は愛心幼稚園支流と仮に呼ばせていただきます。
まず水源。目白5丁目、下の写真の奥のほう、山手通りのすぐ内側に軽くえぐられたような窪地があり、このへんから水が湧いていたようです。
ここが愛心幼稚園脇の暗渠。確認できるもっとも上流の路地です。
うん、きっとこのあたりだったのかも知れません。
細いけどまわりに建物がない分明るい暗渠路地です。
雰囲気は個人的にはイマイチですが、幼稚園そばとあってはこのくらい視認性が高いほうが安心でしょうね。
大人の猫というよりはこれは中学生くらいか?
区立施設に突き当たり、道はありませんが流れはこの敷地を抜けています。
出口の暗渠がここ。
ない。
そのあとは西池袋中横の、なんでもない普通の道になって谷端川に合流していきます。
んでは次回に続きます!
次回は、2か所ほど寄り道をして、「わきみず通り」の支流へ。
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コメント
谷端川に夢中ですか?
以前、(旧)ふろっぐねすとさんのサイトに谷端川の支流暗渠がいっぱい書いてありましたが、その中に「愛心幼稚園支流(仮)」(上サイトでどう読んでいたか覚えていませんが)もあり、自分も行ってみたのを思い出します。
その記事では、山手通りの西側にも続きらしき良い感じの細道暗渠があり、何ブロックかたどれましたよ。
今となってはサイトの内容を確認する術はないのですが。
いいらさん、何とか復活していただけないですかねえ。
投稿: 猫またぎ | 2012年4月 5日 (木) 21時22分
はい、夢中w
それでなんとなんと愛心幼稚園から山手通りを越えて西へ?!
そこから南下した不動谷でも山手通りを越えて(というか後から強引に山手通りが乗っかってきて)東西に繋がっていましたからねー。大いにあり得る話ですね。
っつかまた行ってみなくっちゃ、という楽しみが増えました!
きちゅおな情報どうもありがとうございます!
投稿: lotus62 | 2012年4月 6日 (金) 09時19分
>>lotusさん、猫またぎさん
お久しぶりです。
確かに。猫またぎさんのおっしゃる通りで、私もそこで見てから、環七の西側まで見に行きました。
どちらかと言うと遡る方が好きなので、最初、合流点から福祉センターにぶつかるまでは自信なく不安だったのを記憶してますw
そういえば、鉄でもある私に見逃せない話題で、フラワー公園の12号線試作車はまだ置いてありましたか?
アレが今の大江戸線の車両の始祖だったりするんですけど。。。。
あと、個人的谷端川のハイライトは、境井田支流と出端川(とその支流)ですかね。下板橋の緩やかなS字カーブも素敵。
ちなみに、板橋駅の上流側は、割と最近様変わりしました。
投稿: Holive | 2012年4月 6日 (金) 21時44分
冒頭の地形図、毎回とても分かりやすいなーと思って見ていて不思議に思ったんですが、谷端川は常にU字型の谷の東側に偏心して流れているように見えます。これはどういうわけなんでしょうね。なんて思いつつ私も谷端川に夢中になっています。
投稿: 大石俊六 | 2012年4月 7日 (土) 22時38分
Holiveさん
どもです。ははーやっぱり西側まで…。何か痕跡はありましたか?
フラワー公園、なんのことだろうと思ってググってやっとわかりました、ってぐらいのスルーっぷりです、ごめんなさいw
境井田支流、最近のnamaさんのにありましたね、http://kaeru.moe-nifty.com/ankyo/2012/03/post-f26c.html たしかにこの暗渠は面白かった!
出端川も行ってきました!(支流は攻めませんでしたが)あそこは途中流路がわからなくなって苦労しました…。
俊六さん
どうもありがとうございます。確かに東に偏ってますね、ご指摘で初めて気がつきました。なんでなんだろ。
東京の川で「北側の岸がより勾配がきつい」のは関東平野におこった地殻変動のせいだ、という説がありますが(「東京の自然史」貝塚爽平)、それとすこし関係があるかも。
まだまだ谷端川のお話、続けさせていただきますよーw
投稿: lotus62 | 2012年4月 7日 (土) 23時03分
とても興味深いブログです。楽しく読ませて頂いております。さて、私は南長崎支流の水源とされた池の目の前で生まれ育った者です。あの場所はかつて小さな旅館がありました。隣接地の民家(足立家)の敷地とあわせて公園となり、その時に人工的に池をこしらえたものです。よって水源ではないと思います。ことのことは近所のお年寄りや区役所あたりに聞いていただければわかると思います。私の推測ですが、父(79歳)の西武線の線路がある辺りは湿地のように水はけが悪かった聞いております。確かに、かつて近所にあった線路際にあった砂利敷の駐車場は、雨が降ると湿地の様に水浸しになっていました。椎名町駅と東長崎駅との間にある唯一対面通行の踏切(長崎健康相談所前の区道)を過ぎると線路南側の路地がはっきりとわかる上り坂になります。その踏切の南側の線路わきには、大きな縫製工場がありました。その辺りが怪しいような気がしています。今はプラウド椎名町というマンションになっています。
投稿: 南 長崎 | 2014年6月 2日 (月) 16時57分
南 長崎さま
なんとあの池のほとりにいらしたとは…!大変貴重なコメントをありがとうございます。
そうですか、公園の池は人工でしたかー。ご指摘感謝申し上げます。等高線では谷頭に近かったこと、谷の途中に銭湯(広の湯)があったことからの推測だったのですが、大ハズレでしたw
線路付近の水はけの悪さも大変貴重な証言です。
ご推測の縫製工場跡地、ちょっと気にして調べてみることにします。
どうぞその他ご近所の記憶など思い起こされたら、ぜひまた教えてくださいませ!!
投稿: lotus62 | 2014年6月 2日 (月) 17時27分
読み返すと、先ほどは誤字脱字のコメントでお恥ずかしい限りです。 あくまで私の推測ですが、今でも椎名町駅と東長崎駅との中間にある対面通行の踏切(長崎健康相談所前の区道)の付近の線路脇は湿地の雰囲気が漂っています。線路わきに所々ある空地は今でも雨が降るとビオトープ風になります・・・。
さて、別件ですが、南長崎3丁目には私の子供のころから気になっていた暗渠があります。それは南長崎花咲公園(木村材木店跡、トキワ荘のヒーローたちの記念碑がある公園)の前にあるタバコ店の脇から、西武池袋線の方角に向かって伸びている細い細い水路跡です。もしかしたら、それが南長崎支流につながっていたのではないか・・・などと想像するとワクワクします!
南長崎公園の人工池の西側50mくらいを南北に通る長崎保健所前の区道は、南長崎公園よりも標高が低くなっています。つまり、南長崎支流の谷のひとつが南側に折れているところは、この区道ではないかと思います。そうであれば、南長崎3丁目の謎の水路跡が、南長崎支流につながっていたのでは・・・・・。
もし、機会があればお出かけ頂き、そのレポートをお願いします! 是非とも!
投稿: 南 長崎 | 2014年6月 2日 (月) 17時36分
南 長崎さま
南長崎花咲公園から始まる路地、早速googleSVで確認しました。
これは…!!間違いありませんね。
ここに暗渠があるなんて想像だにしていませんでした。とても興奮しています。
ほんとうに貴重な情報をありがとうございます。
今日が金曜日であったなら明日にでも現場調査に行きたいところですw
必ず行って調べてまいりますね!
投稿: lotus62 | 2014年6月 2日 (月) 17時53分
南さま
行ってみました!
https://twitter.com/lotus62ankyo/status/474012949913141248
後ほど考察を加え記事にさせていただきますね!
貴重な情報ありがとうございました!
投稿: lotus62 | 2014年6月 4日 (水) 14時38分
我が故郷、南長崎三丁目の暗渠のレポート 期待しています!
タバコ屋脇から始まる細い細い川筋跡が、北側で東西方向に延びる区道にぶつかり途切れている地点。その区道をよく見ると、ぶつかった地点から東側の道路幅が広がっています。これは、南から北に流れていた水路が、ここを境に東方向に曲がっていた名残ではないかと想像しています・・・・。そして、その先は、再度、方向を北側に変え、南長崎支流につながっていたのではないかと・・・。想像が膨らみすぎてしまいました・・・。でも、これが暗渠探検の楽しみですよね。
話題はかわって・・・。loutus62さんは既にご存知かもしれませんが、我が故郷、南長崎の南側に、新宿区中落合3丁目に窪地があります。(新宿消防署落合出張所の西側あたり)これは古い地図(国土計画が目白文化村住宅地を開発した頃の地図)を見ると、小さな池だったところ。池の底であったところに向かって、東西南北から路地が階段になって下って行きます。閑静な住宅街のど真ん中にあって、とても不思議な光景です。
池跡の畔には小さな厳島神社があります。厳島神社は弁財天と縁があり。その場所が水辺であったことを連想させます。
池から東側に向かって流れでた川は、環6山手通りの東側の崖から一気に流れ落ち、下落合駅の西側あたりで妙正寺川に合流していたのだと思われます。
山手通り東側のマンション(グランイースト中落合)の裏手から、新目白通りにかけて、わずかながら水路の跡と思われる路地を確認することができます。
崖の下からマンションを見上げ、流れ落ちる滝・・・を想像してみる・・・・・これもまた暗渠探検の楽しみ。
投稿: 南 長崎 | 2014年6月 6日 (金) 14時02分
南 長崎さま
これも貴重な情報を頂けたおかげです。感謝申し上げます。
タバコ屋さんが面する道はずいぶん昔からあるようですね。
尾根道のようですし、この街道から水を「下」に向かわせる排水路が数本あったその名残なのかな、と思っています。
ちょっと西、としま昭和病院横にもこれに並行する暗渠道がありましたし…。
あ、それと後半でおっしゃるのは、「不動谷」ですね!!
数年前に行ってみました!面白い地形ですよね。
同じ妙正寺川の支流で、ここと似た窪みがまたちょっと東に行ったところにもあるんですよね(林泉園)。それもまた不思議…。
http://lotus62.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-92fb.html
投稿: lotus62 | 2014年6月 6日 (金) 14時24分
さすが暗渠ハンター! 既にご存じでしたね。 子どもの頃から、“不思議”を感じていたあの地形。「不動谷」というんですね。勉強になりました。林泉園のこともご存じとは・・・恐れ入りました。
投稿: 南 長崎 | 2014年6月 6日 (金) 14時33分
南 長崎さま、いえいえ、たまたま知っていただけです;;;; 妙正寺川の右岸には面白い地形と支流が多かったので、以前集中的に回ってみたことがあり…。
まだまだ知らないことが山ほどあります。どうぞ今後ともいろいろをお教えください!
投稿: lotus62 | 2014年6月 9日 (月) 11時51分