暗渠ハンター 谷端川沿い湧水ものがたり 大山の駅から谷端川へ
では今日は前回中丸川の、ほんのちょっと下流で谷端川に合流する支流のことを。
googleEarth さん東京地形図さん、いつもありがとうございます。
2 出端川(大山支流?)
じつはここをこっと前まで出端川でなく「大山支流」と名付けていまいた。
大山駅のすぐ近くが水源らしいので。
しかし前回記事に谷戸ラブさんからいただいたコメントをもとに、「いたばしの地名」を見てみるとこちらを「出端川」とよんでいました。
少々その「いたばしの地名」(板橋区教育委員会)から引用してみますね。
出端川…大山町37番地付近から大山駅の南側を通り東上線に沿って谷端川に落ちる小川です。谷端川に出る川、という川名でしょう。両岸は低地で田んぼの用水として用いられていました。農産物の洗い場が数か所ありました。一説に千川用水の洩水がせ(←原文のまま)水源とも言われています。
とのこと。
この資料を見ると、
・水源は大山37付近としている。
・東上線の南側に沿って流れるような雰囲気で書かれている。
と読めますこれらを「いたばし説」としましょう。
しかし、wikiの「谷端川」での支流の記述では
・水源は大山30付近。
・流路は東上線を越え北側でこれに沿う。
と書かれています。これを「wiki説」とします。
これら異なる説を検証しながら、この出端川を辿っていくことにします。
まずは水源。
「いたばし説」だと、千川上水を越えた向こう側、になってしまうんですよね。
「wiki説」では千川上水のすぐ手前。
千川上水は尾根を走っていたはずだし、地形図を見てもこの尾根が両説の間にしっかりあります。自然にこの尾根を越えるわけがないし、千川上水と立体交差という大仕掛けがあればきっとこの「いたばしの地名」に記載があるでしょう(なにしろ250ページ超で各時代古地図が5枚もついているという、地名だけにとどまらない立派な風土記みたいなものですし)。
ですからここは「wiki説」で。
大山30番は千川上水=大山ハッピーロードのすぐ横。
マンションの建設中ですね…。基礎作ってるところとか見たかったなあ。なにか手がかりが見つけられたかも。
ここに端を発してハッピーロードに並行するように、ちょっと低いところが続きます。
その先は、大山駅の東端につながる道。
地形的には、ここから線路の北に向かってやや低くなっています。
この、線路際というか駅際の自転車置き場(←暗渠サインだし)の端っこから駅の北側(写真右)につながっているのでは、と思います。だからここでも「wiki説」採用。
東に東に。
しかし流路は跡かたもなく、若干心配になります。
っつか、実際迷いましたw
間違った道を辿り一旦谷端川に着き、そこからまたここらへんまで辿ってやっと感触を得ました。
というわけで、その彷徨の際に撮った写真を再構成してお送りしますので、以下は上流向き・下流向きの写真が入り混じる、たいへん見ずらい構成となるかもしれません…。
はじめはこの道をまっすぐ東に行ってしまったのですが、
どうもこの先の公園のところからこの道を南側(詰まり東上線側)に逸れて行くようです。
そして「グリーンパークドルミ大山」というおおきなマンションの敷地を通って大山児童会館の横を掠めるようです。
その道がこれ。下流方向から上流を望んだ写真。
すなわち流路は前半「wiki説」で後半が「いたばし説」ですな。
流路横には東武の変電所。川跡にいかにもな施設が現れてちょっと安心。
変電所を沿うように路地があります、おそらくこれが流路か?
これも下流から上流を見たところ。
山手通りをトンネルで越えます。
出端川と、それに架かる橋の静かな橋裏。(下流→上流方向)
流路はこの橋を過ぎるとぴったり山手通りに沿って南下。(下流→上流方向)
この地点からまわれ右して下流を見ると階段。
しまった流路を見失うか、と思ったのですが、左の私有地とこの階段の間にまさに暗渠スペースがありました。
階段を途中まで登って覗いた暗渠スペース。お決まりの物置付です。
背後すぐに山手通りに出るのですが、山手通りが東上線を立体交差で越えるためにその手前(南)から段々高くなっています。その「高くなった山手通り」にこの道をつなぐために思いっきり盛り土して作った道がここ。
当然写真の奥の谷端川方面は下り坂です。
先ほどの階段下を流れていた出端川ですが、その先はこの盛り土道路の下をくぐって現れます。
下流→上流方向の写真です。右の道路がその「盛り土道路」。
そして、見えないけどその道路の右奥がさっき登ってきた階段。
かなりトリッキーな現れ方をしますね。
ですが今回の出端川では最も暗渠らしい味わいのあるスポットです。
これはきれいに水路護岸が残っていますね。
ここからはすぐに谷端川。そして出井川の痕跡もほぼ消えます。
この道を通って、
突きあたりが谷端川です。
より大きな地図で 杉並以北でまとめてみよう を表示
谷端川と出端川を結ぶ下流がわからなくてこのへんをうろうろしてるときに、違う暗渠路地で見つけた階段。
なんかブラフマーの塔みたいですね。
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コメント
度々お邪魔します(*^.^*)
拙い意見を反映していただき恐縮です(私もどっちがどっちだかよくわからないんですが)
今回の支流、ここは全体的に難問ですね・・・見えない補助線を引けと言われている図形問題みたいで。
マンション建設とかで土が露出していると、「期間限定!」って感じで際を凝視してしまいますよね。
あと、トンネルの写真がふと近未来的な印象で、巧い素敵な構成だと思いました。(o^-^o)
谷端川シリーズ凄く勉強になります。「わきみず通り」も地図で見掛けて何じゃこりゃと思いながらも確認できていなかったので。
投稿: 谷戸 | 2012年4月16日 (月) 17時18分
>谷戸さん (谷戸ラブさん、ですよねw?)
ありがとうございます。前回いただいた「いたばし…」説を採用させていただきました。どうもありがとうございました。
そうなんです、幾何の問題みたいに面白かったですね!
個人的な感想なんですが、「わきみず」ってひらがなで書くとどうにもすんなり湧水って思えず、何だか馴染まないんですよねー。
「湧みず」。あこれだと比較的すんなりです。なるほどようするに「湧」と「わき」の間に違和感があるんだなあと自分でわかりました。どうも「わき」というとすぐに「脇」を想像するクセがあるみたいですね自分は…。
投稿: lotus62 | 2012年4月17日 (火) 14時27分
「流路はこの橋を過ぎるとぴったり山手通りに沿って南下。」とありますが、そのまま谷端川まで直進していました。
投稿: 匿名 | 2012年12月22日 (土) 00時36分
匿名さま
情報ありがとうございました。そうですか、いったん山手通りに沿わず(椿工業所のほうには行かず)に流れ込んでいた、ということですね。
私はあの椿工業所の窪みとそれに続く暗渠歩道のようなものを見て、てっきりここを迂回するものだと思っておりました。
どうもありがとうございます!
ぜひ今後ともコメント頂ければと思いますー。
投稿: lotus62 | 2012年12月22日 (土) 13時18分
いつも楽しく(twitterとinstagramも)拝見させて頂いております。
板橋区立第六小学校(私の出身校です) 創立80周年記念誌「板六小のあゆみ」(2003年)には、
"大正のころの大山"と題された大山駅周辺の絵地図が掲載されており、
そこには千川上水とその支流である出端川(名前はなし)が描かれております。
"大正のころ"とありますが、東武東上線が既に開通しているので、
1914年以降1926年以前ということになります。
Googleマップの"杉並以北でまとめてみよう"では、千川上水の流域の近くの湧水が
出端川の水源のように描かれておりますが、上記の絵地図では明らかに千川上水から
分岐されているように描かれております。
谷端川も幼少の頃から探索し、
板橋区教育委員会 "いたばしの河川"(1986年)で、
出端川の存在を知ったのですが、大山駅の東側のよく知っている道が、
出端川のなれの果てとは実感できずにいました。
因みに私は"プレゼン会"というノンジャンルのプレゼンテーション発表会を企画しており、
前日は谷端川ネタを話しました。
投稿: LopLop | 2016年11月10日 (木) 01時02分
LopLopさま、まずはお詫び申し上げます。
この数か月は公私ともにドタバタ続きで、コメントを頂いたことに気付かずにおりました、せっかく貴重な情報を教えていただいたのに、大変失礼なことをしてしまいました。ほんとうに申し訳ありませんでした。ごめんなさい。
ほんとに貴重すぎる情報です。その「板六小のあゆみ」の絵地図によると、出端川が千川上水に接続されている、ということですね?板橋区に行ったらぜひ図書館で調べてみようと思います。
あー、当時の様子が見てみたい・・・。
「プレゼン会」というのも気になりますねw どんな発表をされたのか、ぜひ教えてください!
((twitterとinstagramでもお世話になっているのですね…あれ、ハンドル名はなんとおっしゃるのですか??)
投稿: lotus62 | 2016年12月10日 (土) 14時11分
いえいえ、相当ご多忙なご様子でしたから。
かくいう私も11-12月は多忙で、2泊した出張先のJR茨木駅近くも淀川支流の流域ということもあり、
暗渠物件見っけと出張中もちょっと探索していました。
かの絵地図は多分小学校の同級生のおじいさんが描いたものだと思いますが、
見つけたときはびっくりしました。絵地図が載ったかの記念誌は、
少なくともときわ台駅近くの板橋区中央図書館にはありました。
プレゼン会での発表題目は"生活圏のミクロな地史と私"というもので、
私が22年半住んでいた板橋区大山の地史と、今住んでいる練馬の地史をまとめたというものです。
twitterとInstagramのハンドルネームは "fatagaga1969"です。
よろしければダイレクトメールか、PCメールをお送り下されば。
今後ともよろしくお願い致します♪
投稿: LopLop | 2016年12月21日 (水) 00時08分