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2012年4月

暗渠ハンター エンガ堀横・旭丘支流のカルデサック蓋暗渠は別世界の美しさ!

今回は、なるべく早くアップしたくてうずうずしていたやつをピンポイントでご報告します。
エンガ堀の旭丘にあった蓋暗渠のこと。

「東京、銀座、資生堂」的に大きな視点から今回の場所を順を踏んでいきますと、まずはエンガ堀。
エンガ堀、江川堀が訛ってこの名で呼ばれてきたそうですが、板橋区の小茂根あたりで石神井川に合流する短い水路です。何本か支流がありますが、メインストリームは小茂根あたりから南に遡り、向丘あたりに鋭い谷を刻み、小竹向原あたりで二つの流れが合流しています。ひとつは東長崎近辺の千川上水を水源とするもの、そしてもう一つは江古田駅の北側を水源とするもののようです。
どうも文章全体に「あたり」が多いのは、私はこのエンガ堀のごく一部しか行ってないし、詳しく知らないからです。

☆以前猫またぎさんのブログでここを知って、最近はリバーサイドさんも周辺の記事を精力的にアップされていました。

そのなかでも、エンガ堀の東長崎・千川上水からくる流れの上流のあたりにここでは着目します。
下の地形図で上下を貫く青い線のところ。
(GoogleEarth さん、東京地形図さんどうもありがとうございます)

Photo

さらにその中でも今回ピンポイントでご報告するのは、矢印のあたり(<また「あたり」って使ってるしw)にあった見事な蓋暗渠です。

全然関係ありませんが、今書いた、「あたり」を多用する自分の文章を見て思い出しました。
つい先ごろ、シゴトで「40分ほどの同じ内容のプレゼンを、合計9か所でやる」ということをしてきました。
まあ回数こなすうちに少しでも上手になりたいなと思って、ボイスレコーダーで一回終わるごとに自分のプレゼンをチェックしておりました。
するとですね、どうも話の初めに何回も「えー」「えー」って言ってるんですよ、クセで。自分が想像していた以上に頻繁に。
これはいかんなあと思って、ある回では
「自分のプレゼンを聞きかえしてみたら『えー』がどうも多いので、この回では『えー』と言わないようにがんばってみます!」とプレゼンの冒頭に宣言して始めてみたのです!
よし、では40分がんばろう!と思って私の口から出た次のコトバは、
「えーでは本題に入りますが…」
さっそく「えー」を使っていたw まあおかげで図らずも笑いがとれてその場は温まりましたが…。

…えーでは本題に戻ります。
そもそもは、前回までの「谷端川湧水ものがたり」で多用させていただいた、
豊島区郷土資料館研究紀要の第11号の「<調査ノート>豊島区の湧き水をたずねて」
に載っていた湧水池探し。谷端川近辺だけでなく、このエンガ堀周辺のものも2つほど取り上げられていたのでその現地探索をしておりました。

ちなみに探した湧水の一つは豊島区長崎6-4周辺。
そこ区境で、隣は練馬区の旭丘2-1です。
この間にエンガ堀がっ通っています。
Imgp6965

すぐ横を西武池袋線が通ります。
前出リバーサイドさんの記事では、この線路を越えた南、千川上水から取水した水の流れがエンガ堀、とのことでした。
確かに線路の向こうから流れが続いているような地形です。

今回の資料によると、その流れの途中にも湧水があったというわけなんですね。
ちなみに、先の写真を撮ったすぐ後ろには井戸の跡。
Imgp6966

まあエンガ堀はこの線路際からぐぐっと下って辿ることができるんですが、それは今回の主旨ではありません。どうぞ冒頭でご紹介した猫またぎさん、リバーサイドさんのブログにとて解りやすく書かれていますので、そちらをご参照ください。

ここでは、エンガ堀を横切る「ついで」にたまたま見つけた、美しい暗渠のことをお話します。

湧水地点からどっちにエンガ堀が流れていくのかな、ちょっとだけ辿ってみようかなと一応川を下る途中、長崎6丁目の5あたりで、なんとなく「廻りをうろつき」たくなって、ちょっと流路を外れてみました。(もともと「エンガ堀は今回のターゲットでなく、ここがエンガ堀だというのもあとで知ったくらい」だったので、いい加減だったんですねw)
すると、隣町(隣区)の旭丘2丁目に、こんな、私を誘って止まない蓋暗渠が!
Imgp6980_2

なんでっすかーこれは!
すぐさま入っていきたいはやる心を押さえて、まずはここに至る上流を確認しましょう。
いままだ辿ってきたエンガ堀といっしょなのか、そうではない別の流れなのかが知りたいし。
というわけで、興奮をおさえつつまわれ右。
おう!なんと上流にも蓋暗渠です。
Imgp6983

まあほかで言う蓋暗渠に比べると普通の「U字溝のふた」くらいのもんなんですけど、継ぎ目孔を塞ぐ加工がしてあります。
Imgp6985

ずっと奥まで繋がっていますが、
こっからちょっとプライベート感満載なので遠慮しておきます。
Imgp6986

上流がわに廻ってみましょう。
おお、このブロック反対側まで続いてる!
Imgp6987_2

さらに上流は。
Imgp6988

もう蓋暗渠はありません。
地形をみて遡上していくと、こんな駐車場スペースで西武池袋線にぶつかります。

Imgp6990

ここまでは、エンガ堀とは明らかに違う流れが西側に並行しているたことになります。

冒頭に書いた「長崎6-4の湧水」というのは本当なのかなあ…。
資料の通水地点がほんの1ブロック間違っていたとしたら…
そしてこの蓋暗渠の最上流、この駐車場あたりが本当の湧水地点だとしたら。
その湧水はこのしばらくエンガ堀と並行して流れる蓋暗渠の水源で…なんて文字通り我田引水すぎる妄想もわきあがってきます。

とにかく、このエンガ堀に並行する流れを、地名をとって
「エンガ堀 旭丘支流」(仮)と名付けておきます。

さーて、それではもう一度戻って、いよいよ最初の蓋暗渠発見地点から川を下ってみましょう。
Imgp6980_3

足を踏み入れると、もう、すぐにじめじめして苔だらけになってしまいます。
Imgp6994

ほとんど人が入ったことがないのでしょう。
新雪を踏んで進むような感覚で苔を越えていきます。
これですから。
Imgp6995

Imgp6996

美しい場所です。苔のせいもあるけど、なんだかとても「何かが確立された」不思議な世界です。
Imgp6997

ここまでくると片側がブロック塀からアルミの格子になったのでかなり解放感が出てきましたが、
Imgp6998
それでもこの狭さ・先行きの見えなさ・異次元感ですw
久々に「あれー、私はこのまま進んでしまっていいんだろうか」と不安な気持ちになりました。

さらに進むと、コレですからw
Imgp6999

「私はここにいていいのか」不安はさらに高まります。

両側の壁や植物の圧迫がなくなってちょっと気分的には楽になったのですが…。
Imgp7000

前方をよくご覧ください。
蓋暗渠上になにか架かっていますのがわかりますでしょうか?

そう、橋が架かっているんです。
Imgp7001

泣きそうになりました。

なぜなら、私ここまで自転車で進んできてるんですw
(7つほど前の写真では、愛車のタイヤも写りこんでおります)
ハンドルを切ったらハンドルがゼッタイ壁にぶつかるよな、という細暗渠を通り過ぎほっとしたのもつかの間…。
もうこうなったら車体持ち上げてこの橋を乗り越えるしかない。
まあそんなのは体力さえ使えば何とかなる。
しかし超裏路地で自転車を持ち上げている私を、たとえばこの橋を架けた隣家からだれかたまたま出てきて「あなた、ナニをやってるんですかこんなところで!?」なんて言われたら、頭が真っ白になってしまうことでしょう。

そんな不安と戦いながら、やっぱり私は自転車を持ち上げてこの橋をクリアしました。

クリア後振り返ります。風景としては大変美しい。
でも、自転車で入ってくるところではないです。

Imgp7001_2

しかし先はまだまだ。
Imgp7003

ほんと、今の橋越えで、自転車で入ってくるんじゃなかった感が自分の中で大きく膨らんでしまいました。そんな心理状態ですから、さっきよりも左右に余裕があるこの蓋暗渠道を見ても
「もしこのまま行き止まりだったら、道細すぎて自転車を反転させられないよなあ」。バックしていままでの道戻るのかなりつらいよなあ」
なんて不安がどんどんこみ上げてきます。

それでもやはりここの美しい苔蓋暗渠は見ていたい、どこまで続くのか見届けたい。
Imgp7004

造形的には杉並の蓋暗渠群に、トリッキーなインパクトでは川崎の蓋暗渠に負けますが、「全体的な調和感」ではこんな味わいのある完成された世界を作る蓋暗渠はみたことがありません。

などと、不安を克服してこの場所の美しさを堪能していると、唐突に終りがやってきます。
Imgp7005

この写真の奥が終点。旭丘支流のおわりでもあり、エンガ堀本流に合流する地点でもあります。

これが、わりと残酷な結果に。
ここ、扉があってしかもかぎが掛ってて出られません。
出口なし。袋小路(カルデサック)なんです…

Imgp7006

さいわい暗渠上1mくらいでは左右のスペースに余裕があったので、自転車を思いっきりバーベルみたいに持ち上げて方向転換。
よかった、軽い自転車で…。
アメリカあたりで「カルデサック」といえばちゃんと自動車が回天できるような丸っこいスペースがあるそうなんですけどね。ここは大変厳しい袋小路でした。入口ではあんな開放的に誘ってくれていたのに。

しゃあないまたさっきに橋を乗り越え、ハンドル曲げちゃいけない細道を抜けて出口に向かいました。

しかしここは独特の世界がある。
袋小路ならではなのかも知れません。明らかに異界。美しい異界でした。

ちなみに、エンガ堀本流からさっきの旭丘支流(仮)カルデサック蓋暗渠の合流点をみたのが
これ。

Imgp7017
本流より1mほど下を蓋暗渠が続き、さっきの私がそこにいたら、ここから見下ろすような高低差です。
よかった、さっき誰かに会って見下ろされなくて…。

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暗渠ハンター 谷端川沿い湧水ものがたり 大塚からの瓢箪池支流

谷端川の湧水支流シリーズ、さらに下流に移動し、上池袋1-3で湧き谷端川と合流するところで瓢箪池という池を作っていたらしい「瓢箪池支流(仮)」を。
地形図は前回記事をご参照ください。

2 瓢箪池支流(仮

豊島区郷土資料館研究紀要の第11号「<調査ノート>豊島区の湧き水をたずねて」を元にして、今回も水源をたずねます。

水源とされる上池袋1-3はこんなところ。
Imgp6516

右の金網は山手線の窪みです。

こっからそれっぽい道があるんで下っていきます。
Imgp6519

おお、これは暗渠っぽいわ。
Imgp6519_2

でもほんとにここかなあ…。
Imgp6521

多少不安。

でもここまで来たときに
Imgp6526

ちょうどここに立っていたおじいちゃんにお話を聞いてみました。
すると確かにここは小川というかドブというか、水の流れがあったとおっしゃっていました。
大正生まれとおじいちゃんはおっしゃっていましたが、
山手線ができるまではこの谷(水路)は山手線の内側から続いていた、というお話も。
いずれにしても、安心です。ここは流路には違いない。
この先はこんな道が続きます。
Imgp6528

いいかんじの裏道暗渠。
Imgp6530

護岸のようなところに美しい苔。
Imgp6531

この背中を向かれた感じがたまりません。
Imgp6536

ああー素敵な大谷石。
Imgp6538

美しい苔です。
Imgp6539

洪水対策のため?高く設定された家の土台。
Imgp6540_2

道がちょっとカーブして、北から東へと向きを変えます。
Imgp6543

それでもいい雰囲気は変わりません。
Imgp6545

上池袋1-27。ここは、前出の文献によると洗い場があり、流れが急で「滝」と呼ばれていたそうです。
Imgp6553

さらに下流のここ。
Imgp6558

右にカーブしこの瓢箪池支流は続きますが、正面の団地あたりが瓢箪池の跡となるわけです。
前出の文献によると、このブロックに瓢箪型の池がありました。
雉、鷺、兎なんかが近辺に巣を作っていたほど自然がいっぱいだったみたいです。

で、すぐ先で谷端川合流。

奥は谷端川上流で、いま辿ってきたのは左側の道です。
Imgp6560

この一角にかつて旭湯という銭湯もあったそうです。
たぶん旭湯の跡地でしょう、このコインランドリー旭。
Imgp6565

短い暗渠でしたが、水源近くでお話を伺ったおじいちゃんのおかげで、
想像力たくましく辿ることができました。
感謝です!

谷端川湧水シリーズも今回でいったんおしまいにしようと思います。

あとは、いつかオマケとして大塚駅北側にあるいくつかの湧水をご紹介し、
大塚三業地を通って一気に播磨坂の極楽水あたりで〆ようかと。

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暗渠ハンター 谷端川沿い湧水ものがたり 下り谷を流れる支流

谷端川の湧水支流シリーズ、こんどはまた少し下流に移動し、山手線池袋から大塚までの間に湧いていたという二つの支流をご紹介します。

まずはこちらを。
googleEarth さん東京地形図さん、いつもありがとうございます。

Photo

※2012.4.20修正:猫またぎさんのご指摘により、「上板橋」の駅名を「下板橋」に修正しました。

ひとつめは上池袋2-2から湧いていたもの。この支流の流域は「下り谷」と呼ばれていたのでここでは「下り谷支流(仮)」と呼ぶことにします。
そしてたぶんご紹介は次回となりますが、上池袋1-3で湧いていた支流で、谷端川と合流するところで瓢箪池という池を作っていたらしいので「瓢箪池支流(仮)」と呼んでお話を進めていくことにします。

1 下り谷支流(仮)

まずは、
豊島区郷土資料館研究紀要の第11号「<調査ノート>豊島区の湧き水をたずねて」横山恵美
の湧水リストを見ながら水源を探します。

途中、山手線・埼京線・東上線に加えて首都高池袋線が交差するものすごい入り組んだところがあるんですが、ここすげえな。
Imgp6512

たぶん鉄の世界では有名な場所なのかも知れません。
私的にはこの首都高高架の橋裏が萌えですが。
Imgp6514

その首都高下あたりは、こんなふうにひときわ窪んだ場所があり、上池袋2-2というのもこのあたり。

Imgp6568

ここだ、と特定はできませんがこのブロックから北へと暗渠が始まります。

ここですね。
Imgp6570

見事に家々から背を向けられた細いみち。
Imgp6572

一度団地にぶつかって途切れてしまいますが、
Imgp6575

そこにはゆラックス(旧鳩の湯)という銭湯も。
Imgp6576

二つも暗渠サインがあれば安泰です。
団地の裏側に回ると流路に再会できました。
Imgp6584

これがこう続いていきます。
Imgp6586

そして一旦埼京線・東上線にぶつかって途切れます。
Imgp6587

裏側に回りましょう。
この続きとして怪しいところが二か所。ここと、
Imgp6597

そのすぐ近くのここ。
Imgp6599

その先も、流路らしきものは2本現れます。
結構迷いましたが、さきほどの豊島区郷土資料館研究紀要の第11号「<調査ノート>豊島区の湧き水をたずねて」にはこう書かれています。

上池袋2-2付近から湧き出た清水は小川となり、北上してJRと東武東上線を抜け、谷端川の一の橋(板橋区板橋1-2)近くに流れ込んだ。明治44(1911)年の巣鴨村全図にこの小川が描かれている。このあたりには幾筋もの小川があって谷端川に注いでいた。

古地図にもこのあたり下り谷一帯は田んぼの記号が。
おそらく代々木川など田を流れる川によく見られるように複数の流路を作って広く田を潤していたのでしょう。

というわけで、一本にあえて特定せずいきます。
北池袋駅に近いこの道と、
Imgp6608

その一本西を並行するこの道。
Imgp6598

しかし暗渠的に見どころはこの2本そのものではなく、実はこれらを横につなぐ路地。
悪水路との役割分担の名残でしょうか、2本の間に段差が残っているところには階段。
Imgp6603

そして細くて長い暗渠路地。
Imgp6613
暗渠路地沿いの古い家。
Imgp6625_2

至る所孔。
Imgp6629

これらすべてが、かつての田んぼの上にある。

二本の道沿いのそれぞれに、学校のプールや銭湯など暗渠サインも見ることができます。

東上線を踏切で越えて、大規模なマンションの横を抜けると行く手にちょっと盛りあがった地点が見えてきて、
Imgp6638 

到着、谷端川の一の橋です。
Imgp6639

谷端川は緑道公園のように整理され、この先埼京線板橋駅へと続いていきます。
Imgp6640

谷端川が板橋駅をくぐるところがここ。
Imgp6644

これはオマケ。ついでにその先まで谷端川を追っていくと、流路にソース工場がありましたー。
Imgp6649

では次回は瓢箪池支流(仮)を。

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暗渠ハンター 谷端川沿い湧水ものがたり 大山の駅から谷端川へ

では今日は前回中丸川の、ほんのちょっと下流で谷端川に合流する支流のことを。

googleEarth さん東京地形図さん、いつもありがとうございます。

Photo_3

2 出端川(大山支流?)

じつはここをこっと前まで出端川でなく「大山支流」と名付けていまいた。
大山駅のすぐ近くが水源らしいので。
しかし前回記事に谷戸ラブさんからいただいたコメントをもとに、「いたばしの地名」を見てみるとこちらを「出端川」とよんでいました。
少々その「いたばしの地名」(板橋区教育委員会)から引用してみますね。

出端川…大山町37番地付近から大山駅の南側を通り東上線に沿って谷端川に落ちる小川です。谷端川に出る川、という川名でしょう。両岸は低地で田んぼの用水として用いられていました。農産物の洗い場が数か所ありました。一説に千川用水の洩水がせ(←原文のまま)水源とも言われています。

とのこと。

この資料を見ると、
・水源は大山37付近としている。
・東上線の南側に沿って流れるような雰囲気で書かれている。

と読めますこれらを「いたばし説」としましょう。

しかし、wikiの「谷端川」での支流の記述では
・水源は大山30付近。
・流路は東上線を越え北側でこれに沿う。

と書かれています。これを「wiki説」とします。

これら異なる説を検証しながら、この出端川を辿っていくことにします。

まずは水源。
「いたばし説」だと、千川上水を越えた向こう側、になってしまうんですよね。
「wiki説」では千川上水のすぐ手前。
千川上水は尾根を走っていたはずだし、地形図を見てもこの尾根が両説の間にしっかりあります。自然にこの尾根を越えるわけがないし、千川上水と立体交差という大仕掛けがあればきっとこの「いたばしの地名」に記載があるでしょう(なにしろ250ページ超で各時代古地図が5枚もついているという、地名だけにとどまらない立派な風土記みたいなものですし)。
ですからここは「wiki説」で。

大山30番は千川上水=大山ハッピーロードのすぐ横。
マンションの建設中ですね…。基礎作ってるところとか見たかったなあ。なにか手がかりが見つけられたかも。
Imgp6842

ここに端を発してハッピーロードに並行するように、ちょっと低いところが続きます。
その先は、大山駅の東端につながる道。
Imgp6849_2

地形的には、ここから線路の北に向かってやや低くなっています。

この、線路際というか駅際の自転車置き場(←暗渠サインだし)の端っこから駅の北側(写真右)につながっているのでは、と思います。だからここでも「wiki説」採用。
Imgp6851

そして線路の北側の道を東にむかって流れます。
Imgp6853

東に東に。
しかし流路は跡かたもなく、若干心配になります。
Imgp6855

っつか、実際迷いましたw
間違った道を辿り一旦谷端川に着き、そこからまたここらへんまで辿ってやっと感触を得ました。
というわけで、その彷徨の際に撮った写真を再構成してお送りしますので、以下は上流向き・下流向きの写真が入り混じる、たいへん見ずらい構成となるかもしれません…。

はじめはこの道をまっすぐ東に行ってしまったのですが、
どうもこの先の公園のところからこの道を南側(詰まり東上線側)に逸れて行くようです。
Imgp6909

そして「グリーンパークドルミ大山」というおおきなマンションの敷地を通って大山児童会館の横を掠めるようです。
その道がこれ。下流方向から上流を望んだ写真。
Imgp6905

その先で、東上線の北側から南側に渡るようです。
Imgp6901

すなわち流路は前半「wiki説」で後半が「いたばし説」ですな。

流路横には東武の変電所。川跡にいかにもな施設が現れてちょっと安心。
Imgp6902

変電所を沿うように路地があります、おそらくこれが流路か?
これも下流から上流を見たところ。
Imgp6900

山手通りをトンネルで越えます。
出端川と、それに架かる橋の静かな橋裏。(下流→上流方向)
Imgp6895

流路はこの橋を過ぎるとぴったり山手通りに沿って南下。(下流→上流方向)
Imgp6894

この地点からまわれ右して下流を見ると階段。
Imgp6892_3 
しまった流路を見失うか、と思ったのですが、左の私有地とこの階段の間にまさに暗渠スペースがありました。

階段を途中まで登って覗いた暗渠スペース。お決まりの物置付です。
Imgp6893

この階段を登りきって、きた道を振り返ってみます。
Imgp6887

そしてこのあたりから、谷端川方向をみたのがこちら。
Imgp6885

背後すぐに山手通りに出るのですが、山手通りが東上線を立体交差で越えるためにその手前(南)から段々高くなっています。その「高くなった山手通り」にこの道をつなぐために思いっきり盛り土して作った道がここ。
当然写真の奥の谷端川方面は下り坂です。

先ほどの階段下を流れていた出端川ですが、その先はこの盛り土道路の下をくぐって現れます。
Imgp6888

下流→上流方向の写真です。右の道路がその「盛り土道路」。
そして、見えないけどその道路の右奥がさっき登ってきた階段。
かなりトリッキーな現れ方をしますね。
ですが今回の出端川では最も暗渠らしい味わいのあるスポットです。

さらにここからまわれ右。
Imgp6889_2

これはきれいに水路護岸が残っていますね。

ここからはすぐに谷端川。そして出井川の痕跡もほぼ消えます。
この道を通って、
Imgp6890

突きあたりが谷端川です。

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あ、オマケでこれも。
Imgp6881

谷端川と出端川を結ぶ下流がわからなくてこのへんをうろうろしてるときに、違う暗渠路地で見つけた階段。
なんかブラフマーの塔みたいですね。

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暗渠ハンター 谷端川沿い湧水ものがたり まだまだ続くぞつぎは中丸川

2012.4.14訂正:コメント欄にて谷戸ラブさんからご指摘いただき、川の名前を訂正し記事を修正しました。
この記事が初出時には以下「1」の川を「出端川」としていましたが、板橋区教育委員会「いたばしの地名」ではそれは「中丸川と呼ばれていた」としています。よって、初出時の「出端川」を中丸川として書き換えることにしました。
一方、次回取り上げようと思っていた大山駅近辺を流れる谷端川の支流を「大山支流」と呼ぼうと思っておりましたが、「いたばしの地名」ではこちらを「出端川」としていますのでここでもそれにならうことにします。

谷端川の「U」の字を越え、つぎは「ひ」という形の右翼のほうに流れるわけですが、
まさにこの近辺で重要?wな支流の二つをご紹介していきます。

それらの地形図はこちら。googleさま、東京地形図さま、どうもありがとうございます。

Photo_2

1 (出端川を訂正して)中丸川

谷端川の支流で、中丸地域を通っている中丸川。
冒頭で書かせていただいたように、wiki「谷端川」内でここは「出端川」として紹介されています。
初めはこの呼称を採用していましたが、谷戸ラブさんのコメントで板橋区教育委員会「いたばしの地名」での呼称を教えていただき、実際にその資料をみると確かにここは「中丸川」。こちらの呼称を採用させていただきます!

さてほんとうは先にもっと文京区寄りの支流をアタックしていたのですが、
これはそれより先に記事にしないとなあ、ということで行ってまいりました。

前回の「わきみず通り」支流と今回の出端川の間には、東からくる「境井田支流」というのがありますが、これは最近namaさんが書かれた記事をご参照いただければと思いますw

スタートは合流地点、谷端川の西前橋付近。
Imgp6754

ここからちょっと上流方向にで合流する、西に続く支流があります。
これこれ。
Imgp6755

なかなかいい感じの行く末を予感させる暗渠路地です。
Imgp6756

苔の緑が映えるなあ。
Imgp6760_2

この川の上に橋が架かっています。首都高速中央環状線の橋裏。
素敵。
Imgp6761

このちょっと南のあたりが、猫またぎさんからコメントいただいていた「金井窪」と呼ばれるところです。

これを越えてもまだ暗渠路地が続きます。

Imgp6762

一瞬開けて、ちょっとしらけた雰囲気になってしまいますが…。
Imgp6764

まだ大丈夫。こんな道が続きます。
Imgp6766

しかし、喜びもつかの間。その後は突きあたり。
Imgp6768

ここから川越街道を渡るまでは、もう地形を頼りに想像するしかありません。
さんざあっちいったりこっち行ったりしましたが、途中でご近所の御婆様にお話を聞くことができて、途中からやっと流れを特定。
板橋区幸町21の横のこの道。
Imgp6790

特に川に名前はついていなかったものの、ここはまぎれもなく川だった、ということです。
上流は千川上水につながっていて、昔はそれはそれはきれいな川で、土手にたくさんの草花が咲いていたとのこと。
昭和50年代には暗渠となったそうですが、それ以前は御子さんが学校帰りにナズナをとって遊んだりしていたそうです。また洪水にも弱くしょっちゅう川があふれ、そのためこの川端のおうちは川から何段か階段をつけて高いところに家を作ったそうです。

よくこんな御話を聞くときは「くさいドブだった」というパターンが多いのですが、ここはよっぽど美しい清らかな流れ、だったんでしょう。

さてこっからは千川上水までほぼ一直線。
Imgp6791

ちなみに、ここに来るまではこんな路地をくぐり抜けてきたようです。(ここから逆算した下流方向)
Imgp6827

上流はどんどん続いきます。
Imgp6795

まだまだ。
Imgp6798

マンホール多いなあ、やっぱし。
なんて思いながら辿っていたら、ついに「おしくらマンホール」発見。
Imgp6800

うれしす。

左右にゆるい谷地形を刻みながら、その真ん中を流れていきます。
Imgp6802

Imgp6805

横にはタクシーの営業所。
暗渠サインですね。
Imgp6808

この壁いいなあ。
Imgp6810_2

一直線にまだまだ続きます。
Imgp6813

が、直線はこれで終わり。
Imgp6815

この先千川上水まであとわずかなのですが、このあたりはちょっと流路がわからなくなります。おそらく板橋区と豊島区の区境が複雑な線を描いている、その上なのではないかと想像します。

まずは千川上水との分岐点に行ってみましょう。
この正面がそれ。
Imgp6822

なんだか不思議な空間。
Imgp6823

この右側がおそらく中丸川の先端です。
たどっていくとこんな。

この、千川上水との接続点の下流に湧水があって、そこが洗い場になっていたそうです。
どこかは特定できませんでしたが。

Imgp6824

途中はとらえるのが簡単でしたが、
最後と川越街道前後では難しい川でした。
でも途中で御話を伺った御夫人のおかげで、なんだたとても彩のある川に思えてきます。
中丸川にはこのほかに、ちょっと北に続く支流もあるとのことですが、それはまたいつか。

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暗渠ハンター 谷端川沿い湧水ものがたり  わきみず通りにわきみずはあるか。

 では今回は、もうちょっと下流に進んで、

5 わきみず通り

をご紹介していきましょう。
あそのまえに、谷端川鑑賞ポイントをひとつだけ。
北上する谷端川、有楽町線を北に渡ったあたりで祥雲寺というお寺の下にあるのがここ。
Imgp6249

湧水が溜まる洗い場で、昔の写真を見てもほぼこれに似た形で洗い場があったようです。 

(出典は同じく豊島区郷土資料館研究紀要の第11号「<調査ノート>豊島区の湧き水をたずねて」横山恵美

さていよいよ本命の「わきみず通り」(と呼ばれている通りがあります)。

谷端川にこんなふうに注いでいます。
Imgp6255

上流をめざしてみましょう。
板橋区南町を掠めて西に流れます。

この勢いで山手通りを越えていきます。
Imgp6258

おお、繋がってる繋がってる。
Imgp6259

ここで振りかえると、このわきみず通りの上にかぶさる橋裏も。

Imgp6261

かっこいいっす。
しかし山手通りを越えると結構普通の道になってしまいます。
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ですが高松2-22をこえるあたりではまた細い暗渠道に。
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いいですね、街に根付いた暗渠がここにあるな、つかんじ。
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わきみず通り、という名がいまであ残っているのが不思議なくらい、水の匂いがしない道です。

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奥にいくとちょっと道幅が広がります。
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この、高松小の横で湧いていたらしいです。
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西の方にもうちょっと上流が辿れそう。
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谷の形から言うと、この薬局の裏側あたりが怪しそう。
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うらに廻って谷を探します。
ありました。ここじゃないかな、始まりは。

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冒頭の資料によると、
…高松小学校の西側に湧水が出て、ほぼ東に流れて谷端川に注いでいた。小川には農家ごとの洗い場があり、野菜や農具を洗った。川幅は0.5~1mくらいで、戦前まで使われていたという。足のあるウナギの伝承(ウナギを獲ったり食べたりすると死ぬという)がある。現在は暗渠となり「わきみず通り」と呼ばれている。

とのこと。
すごい。農家ごとに洗い場。ほんとうに谷端川の周囲は水の豊かなところだったんだなあ…。

わきみず通りのお話はここまでですが、そばを徘徊してたら見つけたへんなもの。
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共同井戸のあと?
道路のまんなかにぽつんと。
何なんでしょう。近所の方もふつうによけて歩いてました。
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いちおうこのシリーズはこれで終わりますが、
もうちょっと下流の支流の資料を見つけたので、まだまだ谷端川続けます!

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暗渠ハンター 谷端川沿い湧水ものがたり 椎名町の北から南

3 南長崎支流(仮)

2回目の今回は椎名町のあたりにある湧水からの流れを追います。
今回も、湧水の場所および以前の様子などは
豊島区郷土資料館研究紀要の第11号「<調査ノート>豊島区の湧き水をたずねて」横山恵美
から引用させていただきます。感謝。

Photo_5
そしてGoogle Earthさんと東京地形図さんにも感謝です。

さてタイトルの南長崎支流(仮)に行く前に…。
前回の長崎支流の合流点から谷端川を下ると、もうひとつ近所に湧水ポイントが。
長崎2-15、第六天の祠があったところ。
今は駐車場になっているところにその祠がいまでもあり、かつて10畳ほどの沼があった、とのことです。
ですが住所を頼りに現地にいってもその祠が見当たりません。
駐車場ってたぶんこれかな。
でも祠はないなあ…。

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祠はどこじゃあと家に帰ってGooglSVを操ってみたら。
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おわ、同じ駐車場で、このアングルで祠が写っている…!
そっか、つい最近なくなってしまったんですねえ…。

本編の南長崎支流の探索は、困難を極めました。ほとんど流路が残っていません。
椎名町の駅付近で谷端川に合流するのですが、はじめはこの合流地点から追ってみようと思ったけど見事に失敗しました。
さんざ徘徊した末に、なんとか最上流の湧水地点を確認。
それがここです。南長崎公園。
(前回の長崎支流は長崎公園が水源、そしてこっちは南長崎公園が水源…この点はわかりやすいw)
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公園の隅っこには、ご丁寧に井戸まであるじゃないですか!
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ただしここから先はほとんど地形だけを頼りに推論してかざるをえません。
まずはこの井戸から下流方向にやや窪んだところを延長すると、広野湯という銭湯の裏手に。
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そしてさらに微地形を頼りに延長していくと、この保育園の崖にあたります。この崖下がおそらく流路。
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その裏側にあるこの駐車場に続いているんじゃあないかあ。
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その後ほどなく南長崎5‐24あたりで西武池袋線の線路と並行するのではないかと思うのです。
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ちなみにこの線路沿い一帯は、昭和10年代まで湿地が続いていたそうです。

そして、椎名町の駅のすぐ横で谷端川と合流。
合流後谷端川はこの駅のすぐ南の車止めの道を進んで、「U」字型の流れの底の部分を描きだす、と。
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★2014.9.8追記:
この支流に関しては、「南 長崎さま」からいただいたコメントをきっかけにして
検証・修正記事を書きました。こちら合わせてご参照ください。

4 愛心幼稚園支流(仮)
つぎは、こちら。まさに「U」の字の底のところに南から合流してくる支流です。水源付近に愛心幼稚園というランドマークがあったので、この支流は愛心幼稚園支流と仮に呼ばせていただきます。

まず水源。目白5丁目、下の写真の奥のほう、山手通りのすぐ内側に軽くえぐられたような窪地があり、このへんから水が湧いていたようです。
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ここが愛心幼稚園脇の暗渠。確認できるもっとも上流の路地です。
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この反対側(つまり山手通り側)はこんな小さな崖地。
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うん、きっとこのあたりだったのかも知れません。

では幼稚園横の暗渠からスタート。
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細いけどまわりに建物がない分明るい暗渠路地です。
雰囲気は個人的にはイマイチですが、幼稚園そばとあってはこのくらい視認性が高いほうが安心でしょうね。

すぐ広い道にでて、北に曲がります。
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道端にすりすり猫さんがいたのでしばし休憩。
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大人の猫というよりはこれは中学生くらいか?

その先はまたちょっと狭くなります。
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区立施設に突き当たり、道はありませんが流れはこの敷地を抜けています。
出口の暗渠がここ。
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奥になんかないかなあと一応入ってみる。
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ない。

そのあとは西池袋中横の、なんでもない普通の道になって谷端川に合流していきます。
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これが谷端川。
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んでは次回に続きます!
次回は、2か所ほど寄り道をして、「わきみず通り」の支流へ。

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暗渠ハンター 谷端川沿い湧水ものがたり 長崎支流(仮)からはじめます

前回は、新宿区・豊島区に横並びする崖線をずらっとシリーズにしましたが、その時に資料漁ってたら、豊島区の湧水が充実した冊子を見つけました。
豊島区郷土資料館研究紀要の第11号に収録されている、
「<調査ノート>豊島区の湧き水をたずねて」横山恵美 です。
今回からのシリーズでは、この文献を元に特に谷端川に注ぐ湧水をいくつか追いかけていきます。

というわけで最近、「U」という字が谷端川上流の流れに見えてしまうくらい、谷端川のことばっかり考えていますw
上記の資料には今回大変お世話になりました。関係者の方々に厚く御礼申し上げます。

このシリーズで扱うのはこんなかんじ。今回は図中の1と2あたりを。

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1 谷端川の最上流・長崎分水

谷端川の上流から、いってみます。
もともとの上流端は粟島神社の湧水、とされていますが、千川上水ができて(1696年)、さらに農業用水への利用が認められ(1707年)て以降、なのでしょうね、神社のちょっと上流の千川上水長崎分水の取水口から流れが始まっています。
大きな分水だったので、この谷端川のことを千川と呼ぶ人も多く、下流小石川のあたりでは谷端川の川跡は「千川通り」になっています。
と、この辺りのことを調べていたら、暗渠仲間のあきらさんブログに行きつきましたw

さてさてその分水があった場所はこのへん。要町三丁目の交差点です。
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千川上水緑道が一旦途切れ、上水跡は金網に囲まれた魅惑の空間になってますね。
分水はここからほぼ垂直に分かれていきます。
千川駅への降り口を掠め、下写真の右手の道へと流れます。
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程なくいけばこの道沿いに粟島神社。ここが本来の水源です。
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いまも弁天池が残っていますね。
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でも昔この池はこんなだったそうです。

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豊島区郷土資料館研究紀要の第11号「<調査ノート>豊島区の湧き水をたずねて」横山恵美より抜粋。

谷端川はこの先、ほぼまっすぐに南下し椎名町駅を越えた辺りで全く方向を変え今度は北上してきます。まさに「U」の字を描くように。

古い地図を見ると、実はこのUの字の上の方を左右に横切る水路も確認できるんですよね。
その場所を探そうと思っていたら、まんまと間違えて通り過ぎてしまいました。
巻末の地図にはそれを入れておきますが、これはいつかリベンジしないと…。

2 谷端川 長崎支流(仮)

Uの字を下っていく途中でひとつの支流が合わさります。
西からまっすぐ長崎2-28あたりに流れ込むやつ。この支流を追ってみましょう。
この道を通っているはず。
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ただし、暗渠化される前に区画整理があったのか、もはや自然の流れとは違ってかくかくと直角に曲がりながら上流へと続いていきます。
ここで直角カーブ。
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お、曲がったブロックの中を貫通する暗渠道が現れました!
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まってましたとばかりに進み入ります。
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いいです。狭くて暗くて荒れてて湿っぽくてw

路面もいい。かなりいい。
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残念ながら途中で舗装が新しくなってしまいました。
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いったん広い道になり、
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またかくっと曲がるとさっきと同じような、ブロック貫通型の細い暗渠が現れます。
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これがまた。苔が輝くように美しい暗渠路地です。
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ビジュアル的にかなり素敵なので、数枚連続でどうぞ。
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この路地の出口にあるおうちにお住まいの方に、ちょっとだけお話を伺いました。
確かに開渠として小川が流れていた時代があったそうです。
30年ほど前になくなったとのことなので、なんと1980年くらいまでは流れを目にすることができたんですね。
ちなみに、このへんは井戸が多いところで、水も豊かなところだったそうです。

この小川が行きつくのはその先の長崎公園。
たまたまこの日は防災訓練をやっていて、テントが立ち並んでいました。

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この公園は道路を隔てて上流方向・下流方向と二つに分かれています。
下流に位置する公園から上流位置の公園に向かってはこんな暗渠路地が続きます。
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そしてこれがその出口。
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ここから道を隔ててこちらの公園に。
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公園内には小高い石積みの親水設備が。
ここが湧水地点だったものと思われます。
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長崎公園を水源に長崎を流れて谷端川に合流するので、まあ「谷端川 長崎支流(仮)」と名付けておきましょう。

続きは次回に!

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暗渠ハンター さよなら川の資料館

ストックの記事をお休みして、今日はちょっと速報的なものを。

カケダシのころから御世話になった目黒区川の資料館が、3月末を以って閉館しました。
中目黒駅から徒歩5分、目黒川調整池の上にあるそこに、最終日にお礼方々行ってまいりました。

いや、ものすごい雨風だったんですけどね、この日を逃すともう閉館ですからちょっと頑張りました。

資料館に行く前にちょっとだけ反対方向に寄り道。
結構通った道でしたが、知らなかった暗渠も発見。(短いけど)
目黒川、山手通りの西側は小高い丘なので、そこから目黒川に注ぐ流れが数本あるんですが、そのうちの一つ。
山手通りの一本西の小道からがくんと下がるところにあるこのスペース。

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反対(さらに西)側はこんな不自然な道が続いています。
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山手通りに廻ってみましょう。
東山1-6あたりのマンションの敷地の横に続いていました。
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その奥はこんなふうに、さっきのスペースに続いています。
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いやー気がつかなかった。見なれたところほど、もっと注意して見てみないとなあ。

中目黒駅に向かって歩いて行くと、山手通り沿いにいつも素通りしていた見なれた喫茶店。「ニューペア」。
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ショーケースにたくさんメニューが並んでて、セットメニューが多くって楽しいんですが、こんなのも。
いやいや見なれてつい見過ごしていましたが、ここのメニューって超意表を突いてないかい?
とうふとナポリタン盛り合わせ。

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…絶句。盛り合わせないでしょ、フツーww
かなり興味をひかれましたが、もうヒルメシ食っちゃったんでまたこんど。
しかしなぜ豆腐…。
実例二つから「見なれているものほど見過ごしがちである」という学びを体験し、川の資料館へ向かいます。

あまりの風雨に通常駅から5分のところ30分くらいかけて歩き、
川の資料館に到着。
資料館というと、関連図書がずらっとある印象もありますが、
ここは図書よりも展示物がメインです。
それに、学芸員さんがせっせと集めてきた川関連の資料のファイルや手作りの展示資料がたくさん。
それが小中学校の教室ひとクラスぶん強くらいのスペースにぎゅっとつまっています。
学芸員さんとの距離もすごく近い(近いというより、学芸員さんの研究室に遊びに行く、という感覚ですね)ので、あれこれ質問もしやすいんですね。
私も孤独に暗渠ブログを始めたころは、何か疑問があるとここで学芸員さんに尋ね、適切な資料を教えていただいたりしたものです。
ほんと、学芸員のA津さん、どうもありがとうございました。

閉館後これらの資料はどうなってしまうのかとお尋ねすると、
図書類は実は学芸員さんの私物wだとのことなのでおうちに持って帰られるそうです。その他展示してある資料は、ほとんどが近くにある目黒区花とみどりの学習館に持っていかれるとのこと。
こんも資料館なきあとも、団体で予約すればこれらの資料を使って学芸員さんが説明をしてくださるそうです。
なるほど。

ちょうどこの最終日には、ご近所にお住まいの暗渠仲間の御一人も偶然きてらっしゃたので、その場でごあいさつ。

資料を読んでいるとあっという間に閉館の16時半。残念ですが、とうとうこれでお別れです。
帰る前にもう一回振り返って、礼。
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ほんとうに御世話になりました。

資料館から出ると、目黒川はいつもよりちょっときつい匂い。
今日の大雨で汚水が川に流れ出しているのでしょう。
そういえば、
「合流式の下水は、大雨になると汚水が雨水管を通って川に流れだす」という びっくりな事実も、最初はここで教えていただいたんだっけ。

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