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暗渠ハンター 十条あたりから緩く遡る北耕地川②環七から見える峡谷風景

さてとうとう北耕地川本流にやってきました。
游鯉園の坂から北耕地川の上流をめざします。
道の左側(川でいうと右岸)には渋いおうちが。
このうちの前の歩道が川跡ではないかな。
Imgp4375

このうちの裏側は、崖。
Imgp4376

さてここで、この大正5年の地図をごらんください。
(「文化財シリーズ第70集“まち博”ガイドブック 富士見・大谷口・常盤台・清水・桜川地区編」板橋区教育委員会より)
Imgp5188

地図の右の方に「付稲」とありますがこれが稲付ですねw
その下から左下ににょろにょろ線で描かれているのが北耕地川です。
これを辿っていくと川の下(南)に丸い高台があって「火」という字が。
凡例によるとこれは火薬庫。
たぶんさきのピンク色のおうちの裏の高台が、この地図でいう「火」のあたりなんじゃあないかなあ…。

ちなみに、もういちど地図に戻って、川を挟んで反対側には、大きな長方形に囲まれた「兵器庫」も見えますね。
そしてその上(北)にはさっきの火薬庫より何十倍もデカい「火薬庫」が。
十条駅の東側には今でも自衛隊十条駐屯地もありますし、この辺りは広範囲にわたって軍事上の重要エリアだったことが伺えます。

川筋に戻りましょう。
大きくカーブ。
Imgp4378

蛇行が続きます。
Imgp4383

谷が細くなり、突きだしたパイプも何本か見えてきて、見なれた暗渠の風景に。
Imgp4385

そして突きあたり。
Imgp4392

階段の上は環七。つまり環七の下を通ってさらに川は上流に続いているわけです。
そしてうれしいことに環七のこの地点は、陸橋で本線がさらに上を通っているのです。つまり北耕地川に架かる橋のように、環七本線が走っている、と。
するってえと何かい……?
そうです、北耕地川にかかる橋の裏側が眺められるポイントなんですよ!
Imgp4395

まあはっきり言って特筆するほどの美しさのない橋裏ですが(失礼w!)、これが北耕地川にかかる橋の裏側!と思うと感激も一入です。最近橋裏のことをあまり書いていなかったので、ちょっともやもやしていたんですがおかげで少々すっきりしました。

ちなみに写真左手奥に、北耕地川の上流は続きます。
そっちに近づいて川を追いましょう。
ほら、ここは北耕地川でもより川筋がはっきりわかるポイントです。
Imgp4396

金網フェンスが邪魔なので、カメラを突きだしてもう一枚。
Imgp4397

いいですね、ワイルド。
小さい頃、どこか山奥の観光地に行って○○○峡を見降ろしたときの絶景感(ってあんのか?)を思い出しました。

奥には道が交差している模様、こっと行ってみましょう。
わお。橋跡れす。
あまりに堂々としかも普通に橋になっているので、ちょっと動揺してしまったかんじが言葉遣いにも出てしまいました。
Imgp4398

橋と渓谷。
Imgp4399

奥に見えるのが環七です。それにしても環七からこんなワイルドな峡谷(風)の風景が拝めるとは驚きです!(以前高円寺発赤羽行きのバスに乗った時も、実はバスからこの渓谷を眺めることができました)

これより上流はまたすっかり道に同化してしまって、暗渠感が薄くなってしましますし、まさに貴重な絶景ポイント。

ちなみにこの橋がら上流を振り返ると、こんな車止めがあってついこの奥が川跡だと思って追って行ってしまいそうですが、
Imgp4400

正解はここでなく左側の道だそうです。

すみません、ちょっとここのところあまり時間が取れなくて、記事がたいへん短めになってしまっていますが今回はここまで。
次回はまた違った橋跡をお目にかけて、そんで最終回にしたいと思います。

補記:と、この記事を予約投稿にしていたのですが、この記事がアップされるまでの間に味噌maxさんが先日この北耕地川を訪れた時のことを記事にされていました。あわててリンクを張らせていただきますねw。こちらもあわせてごらんください。

それでは。

より大きな地図で 杉並以北でまとめてみよう を表示

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2056 ・・・石神井川水系」カテゴリの記事

コメント

うおお!橋と渓谷の写真!凄い茂ってます!
これいつの季節の写真でしょうか?

赤羽の武器庫とか、そのへんも色々関係する地形っぽいですね。
歴史を感じる暗渠です。

投稿: 味噌max | 2012年2月 6日 (月) 21時30分

あ、でもこれ確か12月10日ころの写真です。そういえば冬にしては茂ってますね;;;w じゅうぶん寒かったんですが…。
そうそう、軍事関係も多いし赤羽にも近いし、気がつきゃ出井川の水源も近いですしねー。もっとこの辺に詳しくなりたいです。

投稿: lotus62 | 2012年2月 7日 (火) 09時51分

軍都赤羽と言われてたらしいですね。
桐ヶ丘が火薬庫で、加賀あたりが火薬工場、王子が兵器工場でしたっけ。
加賀と王子を結ぶ軍用鉄道(電化)もあったようで、現在も埼京線を跨ぐ橋の跡(橋台)が残ってます。あとは「ちんちん山」?w
20年以上前ですが、北区中央公園あたりに残っていた線路を見て、幼ながらに「ココはいつ電車が通るんだろう」と思ったのを、おぼろげに記憶してます。

我が母校、金沢小学校は火薬製造工場の跡地だったそうです。さらには加賀前田藩の下屋敷跡だったりもして。
周辺は学校だらけ。交差点四つ角のうち三つ角が学校だとか。
「終戦に伴って、大きく空いた土地に目を付けたのが学校だった」ということなんでしょうか?

ウチはギリギリその範囲外にあるので、すぐ近くで「陸軍用地」の石柱と古いコンクリ塀が見られます。


>>大きくカーブ
左カーブのところでは、支流が合わさっていたみたいです。
梅の木小をはさんだ先に、カクカク・ジグザグの暗渠が200mくらい続いてます。

>>するってえと何かい……?
しかしまぁ、あの陸橋を「北耕地川に架かる橋」と捉えてしまうlotusさんの思考回路がなんとも素敵w

>>以前高円寺発赤羽行きのバス
まさにソレ、赤31(の赤い方)で通k

>>次回はまた違った橋跡
(ニヤニヤしながら)楽しみに待ってます!

投稿: Holive | 2012年2月12日 (日) 22時27分


Holiveさん、「埼京線を跨ぐ橋の跡(橋台)」これすごいですね、ぜひ行ってみたくなりました。それ以外にも名所がテンコ盛りなんですねえ…。
桐ヶ丘・赤羽・王子エリアは、もとちゃんと全貌を掴みたいとかねがね思ってはいたんですが…あさからまるます屋に行ってしまったりするのでそのあとの行程がへろへろに…w
>北区中央公園あたりに残っていた線路
旅客線だけでなく引き込み線・軍用線・路面電車軌道跡など、そういう痕跡がたくさんありそうなところもすごくそそられます。一皮むき甲斐ありまくりですね。

金沢小の位置確認のため改めて地図を見ましたが、ほんとですね確かに学校だらけ…。
>「陸軍用地」の石柱と古いコンクリ塀
これもみてみたいなあ…。

>梅の木小をはさんだ先に
なんと!梅の木小の北側もしくは西側あたり、ということですか!!
これまた惜しいものを見逃している…さっそくマイ地図にメモります。

>赤31(の赤い方)で通k
わは、赤31っていうんですねww

ご近所の話題を、どうもありがとうございます。
次回橋跡の話などは今夜20:55前後にアップ予定です。
どうも真贋が怪しいw橋跡なんですが、もしまつわるお話をご存知でしたらご指摘ください。「それ、フェイクだよ」とか言われてもショック受けないように準備しておきますからw

投稿: lotus62 | 2012年2月13日 (月) 11時35分

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