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2012年2月

暗渠ハンター 貉窪をこえて洗足で「弁天橋」をみた。

以前、洗足池に流れ込む何本かの上流を探しに行ったんですが,、そのひとつとして大井町線北千束駅そばを掠めて環七に延びる「貉窪」を散策しました。

で。しばらくたってから、ドブ川研究家(?)の俊六さんのブログにレィルウェイライフさんという方が、
「洗足駅のそばに池と橋があって、その谷筋は洗足池につながってるかもしれない…」というコメントをされているのを見て、これはいつか行かねば!確かめねば!と思っていました。
今回は、その貉窪と洗足駅そばの池とそれに繋がる川筋について、レポートします。

まずは前回の貉窪の谷頭を探しましょう。
環七に西から東にぶつかるのはここ。
Imgp5366

環七は盛土されたような高台を通っていますが、この流れはその下にぶつかり低いまま。
高台・環七から貉窪の低い支流を見下ろします。

この低い流れが、環七の内側のどこにつながっているのかどうか・・・。
古地図をみると、貉窪の続きの谷頭がちょっとだけ環七内側に張り出しています。
それを探してみました。
地形から言って、ここのようです。
Imgp5370

昭和大学歯科病院の横。ここ。

ではここで、地形を確認しましょう。
いつものように、google earthさんと東京地形図さんに感謝しつつ。
Photo_4

先の写真の環七内側のところは、上の図貉窪楕円形の右上の端っこです。

で、レィルウェイライフさんが指摘されていたのは地形図中の「厳島神社」近辺のこと。
どうもここは、環七内側から新たに始まる谷の途中にあり、
そのまま立会川方面に流れていくようですね。
つまり地形図で谷を辿っていくと、さっきの貉窪とはちょっと別の谷筋のようです。
おそらく環七の尾根(厳密には現環七と微妙に左右にズレがありますが)がもともと分水嶺になっていたのか…。

さてそれでは、この新たな東に流れる谷の谷頭を探してみよう!

環七から内側をじろじろ見ながらあるくと、一目瞭然で「ヤバい」感じの路地が見えます。
Imgp5367

ここを入っていきましょう。路地の出口はこんな。
Imgp5369

うーん、ワケありげです。たぶんここからドブのような流れが始まっていたのでは。
その先は、住宅ブロックを無視してわずかな高低差をおうことになります。
じつはここはそんなふうに住宅ブロックの真ん中を目黒区と品川区の区界が走るちょっとかわったところなのでした。
この写真。
Imgp5375

敷地の両側に、左は目黒区洗足二丁目27、右は品川区小山七丁目16の住居表示が見えますね。
水路があったとすれば、さっきの路地からこの区境を走って厳島神社横まで続いているのでは、と思います。

この区間の資料はほとんど持っていないのですが、
一部先日発売されたばかりの
凹凸を楽しむ 東京「スリバチ」地形散歩」にちょうど載っていたので参考にさせていただきました。

住宅の合間を抜けてきた区界(おそらく川跡)は、洗足駅そばの五叉路に出ます。
下写真の、左の幅広の建物の右端、そこが区境。
Imgp5377

この五叉路を下っていくと、
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この先で目黒線の洗足と西小山の間にでるのですが、その直前に目をぱちくりするような光景に出あいます。
この道に右から交わってくる道があるのですが、そっちを何気に見てみると。
Imgp5379

橋跡!
これかー。
親柱には「べんてんばし」の名が。昭和39年1月竣工とも刻まれています。
Imgp5382_3

道路上も、あきらかに橋の名残を物語っています。
これは決してフェイク橋ではないでしょう。

Imgp5381

もちろんこの橋の隣に、件の厳島神社の弁天池があるわけなんです。
Imgp5384

これ入口。

鳥居をくぐればすぐに池。
こんな住宅地のまんなかでは意外なほど大きな面積。
Imgp5386

立派な橋もあります。
Imgp5385

さっきの公道上の橋はこの奥です。
Imgp5389

古地図を見ると、この池のと隣あうもう一つの池が、この橋の向こうにあったようです。
おそらくその池どうしは小さな水路で繋がっていて、その水路を跨いでいた橋なんですね。
ちなみに橋の向こうは駐車場と小規模なアパート。残念ながら池など見る影もなし・・・

その後は目黒線を越え、目黒線の北側を並行して西小山まで。
ここも目黒区と品川区の区境ですね。
Imgp5396

西小山駅付近になると、道というより住宅の裏を掠めて立会川まで向かったようです。
Imgp5405

この裏側すぐが、立会川。
この立会川緑道についてはつい最近リバーサイドさんが書かれていました。

さーけっこう今日は頑張ったからおひる休憩。
西小山の駅前商店街にあるからあげチェーン店「縁」にてごはん。
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いや、ほかに昼間から飲める店なかったんでw
ビールやトリスハイボールを少々、ナンコツのピリ辛揚げ少々、鶏肉からあげ少々をいただいたんですが、結構盛りがあるんでナンコツは食べきれず、お持ち帰りをさせていただく羽目に。
でも美味かったっす!

店を出たら、「あ、いた!」みたいな、飼い猫を隣の商店街で見つけたような変な感覚で蓋暗渠発見。
Imgp5408 

追っていくと、一度かくんと曲がったものの銭湯「平和湯」に行きつきました。

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なるほど、排水溝でしたか。

ということで、くだんの池と谷筋は、貉窪から洗足池に流れる川筋とは別物、
立会川に注ぐ支流でした。
まあ便宜上これは「立会川 厳島支流」と名付けておくことにしますね。

より大きな地図で 洗足池・小池 を表示

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廃線ハンター 真夏のある日、ブラジルに行ってきた。日帰りで。のお話。

去年の夏の話を今更するのも何なんですが…。
ブラジルに行ってきた話をちょっとだけ書こうと思います。
電車、東武伊勢崎線を使って行ってきたんです。
ええ、群馬県の大泉町っていうところが、事実上ブラジルタウンになっていて、そこに行ってきたよという話なんですけどね。

そこまでは、都心から2時間くらい。
東武伊勢崎線で館林まで行って、そんで東武小泉線っていうローカル線に乗り換え終点の西小泉というところで降りる。
そこがもうブラジルなわけです。
ブラジルと言えばかねてからの私の「一度は行ってみたい国」ナンバーワン外国。大好きなジョアン・ジルベルトの国ですし、ミーハーですがイパネマでビール飲みつつサンバやショーロなど聴いてみたかったわけです。
そこで。群馬のブラジルとはいえ、ブラジルっぽさをより味わうため、よりによって真夏の、最高気温を記録した猛暑の日に行ってきました。

さて、この西小泉という駅は大泉町というところにあります。
暗渠好きとしては、その名前も気になりますよね。
大泉に小泉。もしかしたらでかいの小さいのの泉だらけの町だったりして!?
しかしそういうわけでもありませんでした。
大泉という町名は、その昔(1957年)小泉町と大川村が合併してつけられた名前だとのこと。まあ小さい泉ならあるのかなw?

この町は、人口4万人くらい、2009年時点での町内外国人比率が15.7%で全国一位です。(wikiより転記)
戦前はここに中島飛行機(!)の工場があって、そこが戦後は三洋電気や富士重工の工場となり、1990年に入国管理法が改正されたのを機に人手不足解消のためブラジル、ペルーなどの日系人を積極的に町が誘致した結果だそうです。
ブラジルサンパウロ州のグアラチンゲター、というところと姉妹都市関係も結んでいる、本格ストロングタイプのブラジルタウンでもあります。

街中はクルマ社会ですね、一時間に1本か2本しか電車がないので、
ちょっと現地に行くにも難儀します。ほんとのブラジルほどじゃないけど。
これが西小泉に掲出されてる時刻表。
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でも朝の5時台に3本あるって凄いw

もう駅前からしてすでにブラジルです。
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この看板、当日写メ付きで「ブラジル着いた」ってツイートしたら、騙されてくださった方も数名。(ごめんなさい、その節はご迷惑をおかけしましたw)

でももうほんと駅前からかなりのブラジル。
駅前の宮城商店。
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ここの自販機だってもうブラジル仕様です。
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この夏最高気温を記録した街中をへふへふ言いながら歩き、こんな商業施設に着きました。
ブラジリアンプラザ。
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実はここの2階にフードコートがあって、ここをめざしてきたわけなんです。
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バイキング形式で、ブラジルの日常食がたーんと食べられます。
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ちょっと盛り過ぎw?でもおかわりしてきましたww
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当然冷たいビールとともに。
ビールもブラジルめしもめくるめくような美味さでした。
たしか1000円。お得すぎます。

このフロアにはブラジルな雑貨屋さんも入ってるんですが
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なぜかフロアぜんたいは閑散とした不思議な雰囲気。
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実はここ改装中で、なんか夜営業するダンスフロアになるみたいですね。
満腹したあとは再び灼熱のブラジルの街に出ます。
ちょっと距離は離れているんですが、大泉にはこんなブラジルショップが何軒もあるのでハシゴ。
なんか全然いつもの暗渠っぽくならないんで、無理やり途中で出会った「橋跡(?)」など載せておきましょう。
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なんかビル跡地みたいなとこに生えてる雑草がとても芸術的だったのでつい撮った一枚。
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街中の看板も日本&ブラジル。
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こんな日本の田舎っぽい風景さえどっか異国風に見えてきます。
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こちらは、TAKARAという店とキオスケ・ジブラジルという店が隣り合った「商業集積地」。
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どちらもブラジルのスーパーみたいで楽しいです。
外国のスーパーって楽しいですもんね。
フードコートもありますよ!TAKARAではブラジリアンプラザと同じようなバイキングプレートあり!
こんどはこっちでも食べてみたい!
店の裏側は、たぶん従業員食堂になってます。屋外だけど。
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ブラジルも堪能しましたが、やっぱり暗渠や側溝も気になります。
道路を横切るまっすぐな側溝。
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なんか不思議に蛇行(ちがうだろ)する側溝。
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しっかし、おなかいっぱいなのと、何より暑いというより熱いのとでもうへとへとでしたw
マジ暑かった。
家に帰って食べようとテイクアウトしたコシーニャ(ブラジル風コロッケ)も、
歩いているうちに傷んじゃうくらい。

お、ここは川跡っぽい!しかも緑道になってる!
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いずみ緑道、というこの緑道。駅からまっすぐ続いています。
これ、駅方面。
Imgp1597

幅広の道がまっすぐ続いています。
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なんか水っぽい設備もあるし。
Imgp1632
暑くて干からびてるけどw

川跡かもと思いましたが、これは実は西小泉駅から付近の工場に続く引き込み線の跡でした。
廃線です。
Wikiによると、昭和初期にこの一帯の工業製品を輸送するための軍需鉄道、だったそうです。
そうかー。川跡ではなかったですが、これはこれで萌えます。
廃線・貨物線も普段見えないレイヤーのひとつですからね。

というわけで今日は、暗渠含有率が少ないブラジルのお話でした。

より大きな地図で 館林の水路 を表示

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暗渠ハンター 暗渠のアプリケーションとしての暗渠サイン

以前、暗渠フィールドワークを自分なりに体系化してみようと
暗渠「ANGLE」というフレームワークを書きました。

そこでは暗渠や川跡そのものついて分類していますが、
・暗渠でよくみられるもの
・ここは暗渠かも!?と疑うきっかけになるもの

など、所謂「暗渠サイン」のものたちは
暗渠に付帯する「アプリケーション」と位置付けました。

さて今回はその「アプリケーション」、どんなものがあるかなあとちょっと整理をしてみようかと。

というわけで「とりあえず」さくっと原稿作ってアップしたのですが、多くの方々からいろいろなアイデアをいただき、当初の仮説の仮説が日々更新中。
以下はまさに「みんなで作ったチャート」となりました。
ご協力いただいたみなさんに、心から感謝します。

Photo

(2012.3.6修正)   

縦に軸を一本立てて、上に行けばいくほど
「ここゼッタイ暗渠!」な暗渠(の存在を示唆する)指数の高いもの。
下のほうは暗渠指数が低く、
「まあけっこう暗渠のそばにあったり(なかったり)するよね」なもの。

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上のほうからいくと、

■橋跡
まあこれ関係はテッパンですよね、なにせ川がなきゃ橋がありませんから。
より直接的な暗渠アプリケーションなので、われわれはこれを道端で発見するととたんにテンションが沸点に達します。
…しかしまれに「どっかで撤去された親柱がたまたま置いてある」こんな場所もあるので、気をつけたいものです。
それに、特に親柱が残ってると「何年に橋を作った」と刻印されているケースが多いので、
川跡の歴史にも触れることができます。

■水門・水車跡
水門も稀に遺構として残っていますね。これもテッパン。
さすがにほとんど水車は残って無いけど、史跡碑なんかで確認ができるところがあります。また稀に付近にこんな形で名前だけ残っている場合も。

■護岸
護岸そのものや護岸の跡なんかもより直接的ですよね。
家の土台として造られている大谷石の「護岸みたいに見えるもの」もよく見ることができますが、それは後述の「付近の家並み」にまとめたいところです。ここでは「護岸以外に目的がなさそうな」物件に限りましょう。

■車止め
お待ちかねのメジャーアプリケーションですね。
車止めは、水路保護以外の目的で設置されていることもありますが、
まあ結構な確率で暗渠の存在を示してくれるんじゃないかなあと。

書き出してみて気がつきましたが、
暗渠指数が高いものほど、やっぱし発見した時のテンションって自分的に高くなるかも。

■付近の家並み
宅地化されたのちに暗渠化された川跡だと、その痕跡は家並みに残りますよね。
ぐっと低くなる川に降りる階段含めた段差、そして
川に背を向けた家々をここにカテゴライズしました。
護岸のように見える家の基礎部分もここに分類したいです。
まあこの下になると、
「暗渠にもみられるけど、そうでない場所でも見られる」ことが多くなってきますので
若干「暗渠指数」が低くなります。

■下水設備
そしてマンホール列とかの、特徴的な下水関連のもの。
Holiveさんからいただいたコメントをもとに、突き出した排水パイプをまとめてここに入れさせていただきました。

そして各種の特徴的な施設。
いろいろありますが、ここでは大きく3つに分類してみました。

■施設(水場関連・排水排電関連)
ひとつは、「排水が必要な施設」。銭湯とか、プールとか。
それと、コメント欄に書かせていただいた理由で、
ガソリンスタンドは排水ではなく「排電」のために水気のある土地を好む場合がある、
ことがうっすらわかってきました。
さらにラムネ工場とか氷室とか釣り掘りとか、排水もあるでしょうが水が豊富な土地で地下水を利用している産業もここに入れ、
水の取り込みであれ水に排出であれ、水場であることを利用して成り立っていた施設(またはその跡)として括ります。

■施設(スペース要因)
そして2つめは「ひろい土地が必要な施設」。低湿地などでこれまで「積極的に手を付けられていなかった土地を利用して」できた施設。
バスターミナルとか団地とか。えいはちさんが提唱されるファミレスも、この分類としました。
川俣晶さんからコメント頂いた、変電所や送電線関連はここに入れさせていただきました。
ろっちさんからも「自動車教習所」のご指摘を。そういえば都内の教習所はかなり当てはまりますね。やっぱりスペース要因でしょうね。これはいつかぜんぶ都内のをマッピングしてみたいです。
花街ももしかしたらここでもいいのかもしれませんが、なんかもうちょっと感覚的な要因があるような気がしますので今のところ別分類とします。

■施設(川関連産業)
3つめは、排水都合以外での河川に関連した産業施設。
運搬インフラとして川を使っていた名残としての材木屋さん、そして俊六さんが以前指摘されたテント屋さん。
そしていただいたコメントを基にここに、水車で精米していた名残でしょう米屋さんを追加しました。
これらをまとめて、川を使った・川に関連した産業の名残施設としてグルーピングをしました。
テント屋さんについては実はなぜだか分らなかったんですが、あるテント屋さんのことを調べていたら、
「創業は琵琶湖のほとりで、船に使う帆布を作ってました」という記述を発見。
ああ、これか!
まあもちろんすべてのテント屋さんがそうであるわけはないですが、そういう出自のテント屋さんがほかにもあるんでしょうね。

■井戸
井戸もその土地の地層(と地下水脈)の様子によって一概に暗渠沿いに多いとは言えませんが、遭遇率は高いですね。

■行政境界
これまたコメントでいただいた「区境・町境」はここに。
ただし、始終目に見えるものではないので、ここでも「点線枠で色薄め」の扱いとさせていただきましたw

■寺社。
昔は、付近の集落からの求心力を高めるため湧水や池・沼などの「水」利権を押さえた寺社もあると聞きます。
また、きっと純粋に湧水などへの畏敬の念からそこを聖地にしたケースもあるでしょう。
逆に、仏教の流布とブレイクを目論んで「難しいこと言わないで、なんか自然信仰と結び付けてわかりやすく信仰の対象にしてもらおうよ」と湧水と結び付けて建立したケースもあると聞きます。
寺社があるところすべてそうではもちろんありませんので暗渠指数は低めにしましたが、結構暗渠散策では出会う物件の一つです。

まあざっと分類して並べてみましたが、ほかに「コレも!」というアプリケーションがあればぜひ教えてくださいませ。

あ、「」も入れとくべきだったな…。

コメントでご協力いただいたみなさま、どうもありがとうございます!

花街」と「高射砲台跡」は、ちょっと位置づけかたが難しかった…。

まあ高射砲台はきっとスペース確保の問題なんでしょうねえ。
「花街」は、アレかなあ、まずは飲食店とか多いから排水とかそういう…
と考えて暫定で入れましたが、なんかこう、川や水や谷がもつ何か人を引き付ける側面、
ファムファタール的な…そういうのがある気がしますね。だから今のところ色つきで。
そういえば学生時代の大家さんがよく「昔の渋谷」のことお話してくれてて、
「ハチ公のところは谷底。谷底ってなんだか人が集まるんでしょうねえ、
戦後はあそこに人がよーく集まってたのよ」と話してくれていたのをたった今思い出しましたw

※当記事の作成、修正にあたっては namaさん、えいはちさん、俊六さん、Holiveさん、川俣晶さん、猫またぎさん、味噌maxさん、hikadaさん、ろっちさんに多大なご協力をいただきました。改めて御礼申し上げます。
ありがとうございました。

※2014.10.3追記 「暗渠サイン」の各要素の位置づけは、若干修正しています。
こちらの記事をご参照ください。

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暗渠ハンター 十条あたりから緩く遡る北耕地川③なぜか藍染の話と橋跡

環七を越えた北耕地川は稲荷台を抜けていきます。
このあたりはかなり不自然な地形。
それというのも、この付近はかなりな丘になっていて上流→下流に向かって丘になっているんです。あり得ませんよねえ…。しかし古地図を見ても確かにここを通っています。
可能性は二つ。
①北耕地川は人工の用水路なので、もともと高台の丘を切り通してあり今はその谷が埋められている。
②もともと自然に川が流下するような低地だったがあとで全体に川もろとも盛土された。

うーん、そんじゃ①でw
というのも、こんも稲荷台の丘の頂上付近にはこんな場所が残っていたので。
Imgp4404

ある程度稲荷台を上流方向に進んだところにあった、水路跡のような細長い用途不明の土地。(写真は上流から下流方向を振り返ったところ)←ほんとは流路を間違えてしばらく進んで、ようやく本来の流路っぽいところを発見しあわてて撮った一枚w

これがこんな風に丘の上に続いています。
Imgp4407

こんどは下流から上流方向を撮りました。右側が用途不明の土地。←まだあわててるので写真と撮る方向がめちゃくちゃw

ここに、深い谷を切り通して川を流していたんじゃあないかと思うんです。

さらに上流に歩き、帝京高校のグラウンド横を抜けていきます。
支流の合流?と思われるところもいくつか見ることができます。
Imgp4412

西に進み、中山道を越えるあたりがちょっと流路が難しくなります。
普通に道になってるのは中山道まで。越えたところは道になってない…。
ほら、中山道の向こう、写真奥です。
Imgp4420

中山道を渡るとこんな車止めがあり、すぐに突き当たり。
Imgp4421

突き当たりの先はマンションの駐輪場ですね。
Imgp4422

この先はコの字ウォーク。
いくつかの私有地をこえていくと、智清寺というお寺を囲む道路に。ここでやっと北耕地川と再会できます。
Imgp4424

裏路地感が漂ってます。
Imgp4427

そこを抜けると、こんどは日曜寺というお寺の前に。
なんて楽しそうなお寺の名前でしょう。サンデーテンプル。
いやや、正式には光明山愛染院日曜寺。
Imgp4428

御本尊が愛染明王で、愛染が藍染に通ずるところから江戸時代から藍染業者の信仰を集めていたんですって。
なんと、藍染めと言えば川の傍の暗渠サイン!
偶然でしょうがなんか繋がってるみたいでうれしい!

ところで愛染明王は遊女や水商売の方々からの信仰も篤かったそうです…。
昔活躍した愛染恭子さんという女優さんもここから芸名とったのかな…。
さらに話は逸れて愛染恭子さんに絡む思い出がひとつ。
まだ私が純真な高校生の頃です。
なぜか母親と二人で、休日の昼下がりかなんかに茶の間でテレビを見ていたときがあったんですが、突然愛染恭子さんがテレビに映りまして…。そのとき母が私に言った言葉が
「ああーこの人知ってる?ホンバン女優の!」
それになんと私が答えたかは憶えてませんが、赤面してあたふたしたことだけは憶えています。母からそんな言葉がでるとは、
っつかそんな話題オフクロから思春期のもつもつした田舎の高校生に振るなよ、と。
まあきっと母親も試しに、と精一杯頑張って大人の話題振ってみたんだろうなあ、いまから思えば。

話を戻しましょう。日曜寺。
この入口に、立派な橋跡が残っているんです。さっきの写真にも小さく写っているんですが、これ。
Imgp4429

…あんまり立派すぎるし、ちょっとこんな川幅狭かったん?と多少の疑問が残りますが、でもここしっかり流路上なんですよねえ。
暗渠仲間の味噌maxさんもここで取り上げてらしゃいました。

さてこのあと石神井川の分流点まで行きたいところですが、
ここまでで本日は終了。
ちょっと用事があったので、残念だけど十条駅まで引き返すことにしました。

以下はその帰り道に見たオマケ。
途中まで石神井川を通って行ったのですが、
中山道手前で右岸からじゃばじゃばと水が勢いよく合流しているではありませんか。
Imgp4431

なんだなんだ、と思ってその先を見てみると。
池!ツリボリ池です。
Imgp4434

氷川つり掘公園というところで、看板によると
「都営三田線のトンネル内に湧き出した地下水を利用した池で、池を通った水は石神井川に放流してるよん」
とのこと。おおー、地下水かあ。

オマケもういっちょ。
石神井川近くにあった井戸。
なんか洗い場の形とか色とか、背景の青いトタンとか絶妙。
Imgp4435

より大きな地図で 杉並以北でまとめてみよう を表示

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暗渠ハンター 十条あたりから緩く遡る北耕地川②環七から見える峡谷風景

さてとうとう北耕地川本流にやってきました。
游鯉園の坂から北耕地川の上流をめざします。
道の左側(川でいうと右岸)には渋いおうちが。
このうちの前の歩道が川跡ではないかな。
Imgp4375

このうちの裏側は、崖。
Imgp4376

さてここで、この大正5年の地図をごらんください。
(「文化財シリーズ第70集“まち博”ガイドブック 富士見・大谷口・常盤台・清水・桜川地区編」板橋区教育委員会より)
Imgp5188

地図の右の方に「付稲」とありますがこれが稲付ですねw
その下から左下ににょろにょろ線で描かれているのが北耕地川です。
これを辿っていくと川の下(南)に丸い高台があって「火」という字が。
凡例によるとこれは火薬庫。
たぶんさきのピンク色のおうちの裏の高台が、この地図でいう「火」のあたりなんじゃあないかなあ…。

ちなみに、もういちど地図に戻って、川を挟んで反対側には、大きな長方形に囲まれた「兵器庫」も見えますね。
そしてその上(北)にはさっきの火薬庫より何十倍もデカい「火薬庫」が。
十条駅の東側には今でも自衛隊十条駐屯地もありますし、この辺りは広範囲にわたって軍事上の重要エリアだったことが伺えます。

川筋に戻りましょう。
大きくカーブ。
Imgp4378

蛇行が続きます。
Imgp4383

谷が細くなり、突きだしたパイプも何本か見えてきて、見なれた暗渠の風景に。
Imgp4385

そして突きあたり。
Imgp4392

階段の上は環七。つまり環七の下を通ってさらに川は上流に続いているわけです。
そしてうれしいことに環七のこの地点は、陸橋で本線がさらに上を通っているのです。つまり北耕地川に架かる橋のように、環七本線が走っている、と。
するってえと何かい……?
そうです、北耕地川にかかる橋の裏側が眺められるポイントなんですよ!
Imgp4395

まあはっきり言って特筆するほどの美しさのない橋裏ですが(失礼w!)、これが北耕地川にかかる橋の裏側!と思うと感激も一入です。最近橋裏のことをあまり書いていなかったので、ちょっともやもやしていたんですがおかげで少々すっきりしました。

ちなみに写真左手奥に、北耕地川の上流は続きます。
そっちに近づいて川を追いましょう。
ほら、ここは北耕地川でもより川筋がはっきりわかるポイントです。
Imgp4396

金網フェンスが邪魔なので、カメラを突きだしてもう一枚。
Imgp4397

いいですね、ワイルド。
小さい頃、どこか山奥の観光地に行って○○○峡を見降ろしたときの絶景感(ってあんのか?)を思い出しました。

奥には道が交差している模様、こっと行ってみましょう。
わお。橋跡れす。
あまりに堂々としかも普通に橋になっているので、ちょっと動揺してしまったかんじが言葉遣いにも出てしまいました。
Imgp4398

橋と渓谷。
Imgp4399

奥に見えるのが環七です。それにしても環七からこんなワイルドな峡谷(風)の風景が拝めるとは驚きです!(以前高円寺発赤羽行きのバスに乗った時も、実はバスからこの渓谷を眺めることができました)

これより上流はまたすっかり道に同化してしまって、暗渠感が薄くなってしましますし、まさに貴重な絶景ポイント。

ちなみにこの橋がら上流を振り返ると、こんな車止めがあってついこの奥が川跡だと思って追って行ってしまいそうですが、
Imgp4400

正解はここでなく左側の道だそうです。

すみません、ちょっとここのところあまり時間が取れなくて、記事がたいへん短めになってしまっていますが今回はここまで。
次回はまた違った橋跡をお目にかけて、そんで最終回にしたいと思います。

補記:と、この記事を予約投稿にしていたのですが、この記事がアップされるまでの間に味噌maxさんが先日この北耕地川を訪れた時のことを記事にされていました。あわててリンクを張らせていただきますねw。こちらもあわせてごらんください。

それでは。

より大きな地図で 杉並以北でまとめてみよう を表示

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