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暗渠ハンター 妄想・烏山川 西谷支流はさらに北に繋がっていたのか?

前回ご紹介した烏山川・西谷支流。

自説の自信のなさを「ミッシング・リンク」と置き換えてごまかしているわけですが、
そのミッシング・リンクの向こう側をご紹介します。
中央自動車道を北に越えると、その暗渠はいきなり自己主張強く顕れてきます。
(この時私の脳内は「中央フリーウェイ」をヘビロテ中。音域広く歌い跳ねるベースラインがかっこよすぎてたまりません…)

それがここの奥。
Imgp3962

道を渡って近づいてみましょう。
Imgp3952

おお。あまりの堂々たる立派さに、今来たあたり(中央自動車道の南側)に続きはないもんかいな、ともう一度振り返ってみます。
Imgp3960

うーん、まっすぐ南下する道があり、もう殆ど道路と同化していますが…。
でも数十m進むと「ふふん♪これは?これそーでしょ♪え?そうでしょ?」
と余裕の表情を浮かべながら指で脇腹を突っつきたくなるような道になります。
Imgp3961

でもこの先の世田谷泉高校のあたりでわからなくなります。
いや半端にそれっぽいのがたくさんありすぎて…。

では気を取りなおして先ほどの中央自動車道北側に戻りまして、上流につながる暗渠を見ていきましょう。

金網まで近づくと、こうなります。
Imgp3954

深めの3面コンクリの水路で、その上にこのテキトーな、倉庫の屋根に使う素材みたいな波型の細長い蓋が掛けられています。

もう少しアップで。
Imgp3953

水の流れた跡はありますが今は枯れています。
おお、側面は…!
コンクリで固められていると思いましたが、普通にその辺の塀に使われるようなコンクリ横板が縦に重ねられている造りですね。これは意外。
水が横に漏れていかないのでしょうか…。
そこまでの水量がないよ、ということなのか、または多少のコンクリ隙間があっても、その奥の地盤がとても固くて
水にはあまり親和性がないからヘーキだよ、ということなのか…わかりません。

この先暗渠沿いは立ち入ることができないので、さらに上流でどこか近づけるところを探します。

川沿い(w?)のマンションの駐車場から見えるところがありました。
上流方向です。
Imgp3955

玉石を積み上げた護岸になってますね。
そして下流方向。
Imgp3956

奥を見ると、かくんと緩く曲がってここまで来ているんですね。
その曲がり角のところは、どうも段差ができているようです。
ちょっと望遠にして詳しく見てみましょう。
Imgp3957

段差は穴が開いているのかな…。
さらに限界まで望遠。光学式のズームはもはや利かないのでデジタル式でさらに数倍に。
Imgp3958

大きなゴミが入らないように芥除けがかかってますね。
それと、予想外だったのは溝渠の上面です。
単に波型の薄い板が被せてあるだけ、と思っていましたが、上部にもコンクリの構造物があるようです。
ずっと蓋のように覆っているのか、それともはしご式開渠のホネ部分なのかはここではわかりません。

この時私はこの流れの右岸にいるのですが、さらに上流に左岸からアプローチできるところがありました。

ガードレールの裏側にポリバケツが並んでいますがその向こう側、金網との間が続きの川跡になります。
Imgp3946

さあ、近づいて川跡をのぞきこんでみましょう。こちら下流方向。
Imgp3945

ずっとこんな感じで続いてきたんでしょうね。

そして上下流方向です。
Imgp3944

同じ「屋根みたいな」波型の蓋が掛けられ、その上にポリバケツが乗っかっていました。
上流の先の方は草に覆われていて、その先どうなっちゃうんだろうと想像力を掻き立てられます。

さらに上流が見られる右岸に移動。
先ほどの流れはこう続いています。
Imgp3948

もう波型の蓋さえなく、草に埋もれていますがまっすぐな川跡スペースだけは健在。

足元はこうなっていました。
Imgp3947

しかし、ここから上流は畑地の中に消えていきます。
ここが川跡を辿れる最上流部となります。
Imgp3951

この先は…。
延長線を作って追ってみると日本女子体育大学の敷地の東あたりです。
しかし痕跡を見つけることはできませんでした。

そして地図を見てまた気づくことは…。すぐ横をまたしても品川用水が走っているのです。
そうなるとついまた「困った時の『用水落ち水』」とばかりにここからの接続があった?
などと考えてしまいがちですが、そこはちょっと保留…。

そもそも品川用水と、この川跡と、どちらが先にできていたのかも今はわからないし…。

それにしてもなあ…私は品川用水の歴史や開削当時から昭和に至るまでの運用の仕方などについて知らなさすぎるな、と改めて思いました。
もっと勉強せなー。

また、品川用水という存在があればこそ、こんなにも私たちの想像力や好奇心を掻き立ててくれるんだよなあなんてヘンに感心したり感謝の意を抱いたり。
複雑で、難しいものほど面白い。
暗渠趣味の醍醐味を味わえる、ストロングタイプのエリアだともいえますw

より大きな地図で 烏山川・高源院あたり を表示

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2021 ・・・目黒川水系」カテゴリの記事

コメント

この蓋暗渠の下流は、地形にしたがって素直に考えるとわかりますよ。
品川用水は築堤や掛樋で谷を跨いでいくところも確かに多いのですが、
でも大部分の区間は用水路は尾根筋・分水嶺を通すという原則にあてはまります。

投稿: HONDA | 2011年12月14日 (水) 23時46分

すみません、本業の方が少し忙しくて、コメントをかけずにいるのですが(^^;;;。

スリバチ学会のyookudさんに教えてもらったのですが、国交省の国土変遷アーカイブ空中写真閲覧システムというのがあります。そのなかの、米軍が1948年に高度1500m(同じ年でもちがう高度のものもあるみたいです)で撮影した航空写真を200dpiでみると、当時の水路がかなりはっきりわかります。
ご存じなければ一見の価値はあるかと。

http://archive.gsi.go.jp/airphoto/ViewPhotoServlet?workname=USA&courseno=M818&photono=85

です。

投稿: sumizome_sakura | 2011年12月15日 (木) 00時36分

>HONDAさん
お!ヒントありがとうございます。
でもダメだ、もう地形や高低差が思い出せません(泣)。
これを念頭にやっぱもう一度行かねば自分なりに踏ん切りがつかんな、と思いましたw

>sumizome_sakuraさん
いえいえ、本業でお忙しいのは何よりではないですか!
タイヘンかも知れませんが、どうぞ乗り切ってくださいね。
ところでこの写真のアーカイブ、恥ずかしながら知りませんでした!
これは興奮しますね、まるでヌイメみたいな・ファスナーみないなのになってるのが水路、ですよね!うおこれはでかくプリントアウトして地図と比べてみたいっす! 
どうもありがとうございます!

投稿: lotus62 | 2011年12月15日 (木) 13時42分

>これは興奮しますね

はい、私もしばらくぼーっと見入っておりました。
今回の水路についていえば、特に興味深かったのは、lotusさんが現在の地表で確認された水路の部分が、ちょうど、48年の航空写真でも明瞭に写っていることでした。おそらく下流にもつながっているはずですが、48年の写真でも下流の水路はあまり明瞭には写っていません。

ですので、具体的な姿はいろいろかわっているでしょうが、48年時点の水路の状況は、実は、現在、地表の状態に何らかの形で引き継がれている、と考えることもできそうです。
ここだけが例外的にそうだという可能性も十分ありますが、例えば、そういう視点でこの地域の航空写真と現状を見比べるのも楽しそうだな、と思いました。

投稿: sumizome_sakura | 2011年12月15日 (木) 14時22分

ありがとうございます。
週末にプリントアウトして「至福の時間」を過ごさせていただきますーw

投稿: lotus62 | 2011年12月16日 (金) 11時55分

中央フリーウェイ。空耳で「中央ブリーフ連盟♪」ってなってた曲ですかね・・・

それにしてもこの蓋は、撮りに行って蓋コレクションに入れないといけない・・・

投稿: nama | 2011年12月20日 (火) 11時29分

>namaさん
ソラミミっすかww あとでどんな映像だったか教えてくださいw

素材としても面白い蓋ですが、この波型の蓋がまっすぐずうっと続くさまもまるで中央フリーウェイですよ。
この蓋はー、まるで滑走路、水源につづーくー♪

投稿: lotus62 | 2011年12月20日 (火) 18時16分

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