« 2011年11月 | トップページ | 2012年1月 »

2011年12月

暗渠ハンター 暗渠から覗く水面を見ながらの贅沢な年越しは如何?綾瀬駅前の暗渠工事現状レポ!

前回の記事で今年は終わり!と思いましたが、
除夜の鐘を待つ間にコネタをご提供させていただこうかとw
ライバルはゆく年くる年w

2011年のはじめに、マナイタ学会FWで古隅田川(の支流)に立ち寄った際、
なんとそれまであった幅広蓋暗渠を開けてなにやら大規模に工事をしておりました。
当時の記事はこちら
千代田線綾瀬駅の近く、です。

2011年の暮れ、たまたまその辺りに用事があったので、
どんなんなってるかとちらっと見に行ってきました。

しかしまあ駅前にこんな堂々と橋跡が残ってるなんて、
いい街だなあw

Imgp4574

駅前から続くこの自転車置き場は、古隅田川(の支流)の川の上に作られています。

Imgp4575

だから自転車置き場も美しく蛇行。

Imgp4576

駅から離れるに従って、屋根がなくなり…

Imgp4586

やがて自転車置き場さえなくなると…
工事区間になります。

おお、未だ工事中ですが、すっかり川が埋められています。

Imgp4579 

埋められてもマンホールが点在しています。
以前のコンクリ蓋だけの「安普請」から、
本格的なボックスカルバートの暗渠に付け替えをしている、
ということなんでしょうね。

工事区間の端っこの橋から、ちょっとだけこの新しい地面の下を覗けるところがありました。

Imgp4578

暗かったのでうまく撮れませんでしたが、
もとの川幅にたくさんの水が溜まっているのが見えます。
そして画面まんなかちょっと右にはボックスカルバート。
このようなカルバートが、さっきのできたての地面の下に続いているようですね。

さあ、そろそろ今年も終わります。
みなさま、来年もすこやかに。
カンパイ!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

暗渠ハンター 水無川北野支流にあらわれる秘密の花園開渠

烏山川上流付近のシリーズも、これで最終回となります。
とはいっても今回は烏山川でなく
その西を流れる水無川の支流のお話です。
水無川とは、玉川上水から分水される牟礼用水と、
付近の湧水を水源とした川。
牟礼用水はこの回でレポートいたしました
牟礼用水との接続点では中川、とも呼ばれていた模様。
シリーズ1回目でご紹介した「烏山川レポート」(北瀬正嗣氏)や現地の案内板によると、
一時はこの川を行政上「烏山川」と誤って呼んでいたこともあるようで、現場とお上との間で多少ややこしい問題もあったようです。

この水無川が、中央自動車道を横切るほんの少し上流に、
こんな水門のような設備があります。
写真奥を左右に水無川が流れています。左が上流。
Imgp4085

ちなみにここは水無川(中川)暗渠の緑道区間。
ここから下流を望むとこんな景色です。
Imgp4086

この水門的設備から西に向かって支流が流れています。
これこれ。
Imgp4087

今回はこの支流をメインにご紹介。
三鷹市の北野というところをざくっと流れているので、
便宜上これを「水無川 北野支流」と呼ぶことにします。

この水無川との合流地点までは車一台が楽に通れそうなアスファルト道ですが、出口には車止めが置かれています。
Imgp4089

そしてまっすぐ奥に北野支流は続きます。
この道路の歩道部分が水路跡。
Imgp4090

ほれほれ、ちらほら見えるのは橋跡です。
Imgp4091

この道もここで突き当り。
流路の延長線上には民家が立ちはだかります。
Imgp4092

しかし。
民家の裏に回ると梅林があり、
北野支流はおそらく民家脇を流れこの梅林の端っこにつながっていました!
しかもはしご式開渠で!!
Imgp4093

この荒れっぷりに注目ください。
Imgp4096

水も今は流れていません。
このずっと先、上流は田畑がたくさんあるので
もしかしたら農繁期だけは水があるのかもしれませんね。
Imgp4097

初春の頃はきっとこの梅もきれいに咲くでしょう。
そんな横をこの水路がひっそりと形而上の水を湛えて流れていくさまは、まるで秘密の花園。

はい、トタン蓋もありますよー。
Imgp4094

この梅林の途中でいつのまにかはしご式開渠は土に埋もれ、
暗渠となって姿を消してしまいます。
これも「まぼろし」っぽくってイイ。
Imgp4098

ここ一帯がなんだか周りに霞がかかったサンクチュアリみたいな印象で
(もちろん現実にはそんなこと全然ないんですが)
じわんとくる良さがある区間です。

さてさてこの先は直接追えなくなるので、
コの字ウォークで上流を探ります。

さらに裏を探ると、畑。
おそらくこの幅広の畝みたいになってるところかな…。
Imgp4099

しかし千歳烏山からそんなに遠くないのに、
自然がたっぷりでなんだかみずみずしい風景ですね。
Imgp4101

この畑の向こうには、明確な上流の流路が現れます。
Imgp4102
近寄ってみると、はしご式開渠アゲイン。
Imgp4104

いよいよこの先は追えなくなります。上流は見つけられませんでしたorz

ですが、ちょとうろついてみるといくつかの手掛かりが点として浮かび上がります。
こんな「途中で切れちゃう広めの歩道」とか。
Imgp4106

この先を進むと住所が三鷹市「新川」になるとことか。

そしてそこには三鷹新川浄水所があることとか。
Imgp4108

その前の道をまっすぐ北上すると、品川用水にぶち当たることとか。
Imgp4109

あとで資料を当たってみることにします。
といったってもう現地調査からすでに1か月以上経ってますけどw

こんなもやもや感を残したまま、たぶん2011年はこの記事で〆、になると思います。いえ流れ的には全然〆ってませんけどねw

今年初めて訪れてくださった方も、その前からご覧いただいている方も、みなさまには本年はたいへんお世話になりました。みなさまには数多のお知恵をいただきました。心から感謝いたします。
来年も、どうぞよろしくお付き合いのほど、お願い申し上げます。
みなさま、どうぞよいお年をお迎えください。

より大きな地図で 烏山川・高源院あたり を表示

| | コメント (7) | トラックバック (0)

暗渠ハンター 南烏山4丁目、蓋暗渠の先、水が集まるところ。

ここのところ続けている烏山川の上流のシリーズ。
残るはあと2回(くらい)です。

前回の西谷支流をたどって、烏山川上流についてはけっこう
おなかいっぱいになりました。
しかし実際のおなかはお昼もとうに過ぎてとてもすいたので
千歳烏山駅近辺のどこかのお店でヒルメシでも、
ということで駅に向かって南下をしているときでした。
ふと視界に入ってしまった脇道の車止め。
Imgp4027

うーん、おなか減りましたがこれは
見に行かないわけにはいきません…。
ちょっと寄り道。

奥の黄色い車止めまで来たところでいまの道を振り返ってみます、
Imgp4028
うん。
車止めの下が水路だったようですね。
そう見当をつけるとこの手前の家の角に立っている四角い石柱は、
橋の親柱だったのでは?と思えてきます。
石柱のさらに手前に積み上げられている平たい石は
もしかしたらここに掛けられていた石橋の床面、
それを撤去後にここに適当に積み重ねて置いたまま、
なのではないでしょうか。

このあたりは南烏山4丁目の15番あたり。
南烏山4丁目…。この時点では何とも思いませんでしたが、
このあとこの辺りを徘徊してからは、
もう忘れられない地名となってしまいます。
実際こあとはもうかなりテンション上がって、
ツイッターで阿鼻叫喚のつぶやきをしてしまいました。
流行の「ソーシャル視聴」ならぬソーシャル暗渠。

さてこの暗渠、
退きで眺めてみるとこうなっています。
Imgp4029

そう、続きはどうやら写真右側の歩道を通っているようです。

振り返って歩道の先を眺めます。
Imgp4031

奥はすぐに突き当たりですが、左に曲がって進んでいきます。
この左側は「南烏山4丁目アパート」という団地のようで、
その敷地のまわりを縫うような感じで続いています。

さらに突き当り?
Imgp4032

直進すると南烏山4丁目アパートの敷地内に入っていってしまします。
敷地入口まで行って見ると、よくわかりました。
ちゅくしんせずに右に曲がって続いています。
で、その曲がったところが、曲がったところが、
なんと短く続くコンクリ蓋暗渠なんです!!
Imgp4033

これは驚きましたー。
このシリーズでたくさん開渠や変形蓋暗渠は見ましたが、
本日初めてのコンクリ蓋暗渠。
Imgp4034

いつもは結構蓋暗渠を追っていて、その先が一瞬開渠になったりすると
めちゃめちゃ興奮するものですが、
今回は逆でした。
小躍りしながら何枚も写真を撮ってしまいました。
Imgp4035

わずか5m程度、ほんのちょっとの区間だけっていうのも
萌えポイントなんだと思います。
この先、ちょっと大きな(クルマがすれ違えるくらいの)
通りに出る手前でコンクリ蓋暗渠は終わってしまいます。
通りから見たコンクリ蓋暗渠はこちら。
Imgp4038

ちょっとこの先を見逃しかけましたが、この水路は大きな通りに阻まれても続きます。

南烏山4-18の裏手に、こんなふうに細い暗渠路地が始まっていました。
Imgp4043

もう感動的な細さです。
分け入って進んでいきます。
Imgp4044

かくんと途中でカーブ。
Imgp4045

さらに続きます。
Imgp4046

突き当りで広い道路に出ました。

Imgp4047

でも、通りの向こう側に続いていますね。
そう、「金網」&「ごみ収集場所」というよくある黄金の定位置へ。

この大きな通りは、松葉通りというそうです。
どうりで周辺に「松葉ナントカ」という店が多いわけだ。
…松葉、「まつば」かあ。
どうも最近まつばに縁があると思ったら、
この時寄った中華やさんが「松葉」だったし
あとその数日前に歩いた妙正寺川近くにあった美容院が「マッバ」だったし
(この件に関しては記事化していませんが、味噌maxさんが以前記事にされていました
なんてことを考えていたらさらに突然思い出しました。

そういや烏山川本流は、松葉通り住宅、という橋跡だらけの団地を抜けて行くんだった、
南北に通るこの松葉通りは、北上したところであの団地に繋がってるんだ、と。

さてその松葉通りを横切ってさらに続く先を金網越しに覗いてみましょう。
Imgp4048

おお、コンクリ蓋暗渠です。金網に守られてひっそりと奥に続いています。

では反対側は…
コの字ウォークで追跡しようにも、
住宅の裏で続いているのでなかなか水路に近づけません。
ようやく近づけたのは、この水路も終わるかなというあたり。
Imgp4050

こっちはグリーンの据付方金網ではなく、
トラ模様・バリケード風の可動式金網ですね。
この違いはなんでなんだろう…。
ここも金網越しに覗いてみます。
Imgp4051

表通りのことなんかまるで関知しないもんね、
オレはオレだからね、誰も通らなくったってそんなの関係ないもんね、
といった、「みち」としての純粋な主張が感じられる風景です。
実用性とは関係のない、記号としてだけの「みち」。
(あもちろん地下の暗渠のついての実用性はあると思うんですけどね)
どこか気高さを感じます。

ここからはどこに続くんだろうと振り返って辺りを見回してみると、
驚いたことにここはおそらく5本の水路が一点に交わる水路の5叉路。になっているようです!
どこか見覚えもあるよなあとあとから思い出してみると、
やはり前回の烏山川の記事を書いた時に通っていたところ…。
すなわち5本のうちの2本は烏山川の上流と下流、だったのでした。

ちなみにこれが烏山川の上流方向。
Imgp4055_2

まっすぐ行くと、あの松葉通り住宅と甲州街道の間に残る橋の欄干があります。
Imgp4066

そしてこれが烏山川下流方向。
Imgp4068

ここもまっすぐ下れば、千歳ホテル横のお地蔵様のところに。
Imgp4069

この「5叉路」地点は今でもなかなかに複雑で、
叉路のまんなかには
こんな「よくわからないスペース」なんかもあったりします。
Imgp4054

そして。烏山川上流水路と、さっきまで辿ってきたコンクリ蓋暗渠水路の間には
こんな水路跡がありました。
(下の写真の右奥に伸びる道、歩道部分がおそらく水路)
Imgp4056

ここはこれまでもそして今日もノーマークです。
よし!とここを遡ってみることにしました。
いったいどこにつながっているんだろう。
ちなみにここを遡る時点では、
5本の水路のうちの2本が烏山川の上流下流だということには
全く気付いておりませんでした。
土地勘もないし縮尺の小さな荒っぽい地図しか持っていなかったので何しろ軽く迷子状態w
そんな心理状態を勘案して読み進め下さいませ。

実は5叉路から眺めた時はここが水路であるという確証は正直言って20%くらいでした。
しかしちょっと進むと歩道はみるみる「元水路」っぽくなり、
確証が上がると同時に興奮度も上がってきます。
Imgp4057

さらにその先には車止め。もう100%!
Imgp4058_2

この先、どうなるかな…わくわくします。とても。
Imgp4059

元水路の歩道は、殆ど近隣住民みなさまの荷物に覆われています。
Imgp4060

まあそうですよね、だいたい入口に車止めがあるんだから、
ここは言ってみれば全体が歩道です。
そこを改めて区切って「歩道」とするのも大変に不自然なことで。
南烏山4-25あたりで、またまた松葉通りに出ます。
ここを越えてさらに行くと、区立烏山中学校の北側に出ます。
Imgp4062

さらに向こうの方には、大きな通りとその向こうにガソリンスタンドがあるようですが…
Imgp4064

!ここでばしっと頭の中でつながりました!!!
これは、前に取り上げた「出井天然水」と「西谷支流」の続きだ!
あれと繋がってたんだ、と。
二つの支流が合流するところが、
「出井天然水」の記事最後の写真のガソリンスタンド付近でした。

Imgp4065

それが甲州街道を渡ってここに、そしてさっきの5叉路で烏山川につながっていたんだ…。
感動。うれしい。
咄嗟に星飛雄馬の「父ちゃん。オレは今猛烈に感動している…」
というセリフと彼の泣き顔を思い出しましたが、
同時に「進め!パイレーツ」恥可苦馬の同セリフも思い出したのでここで涙を流さずに済みました。

これだから暗渠歩きはやめられません。

5叉路に戻って、最後の一本を辿ります。
こちらは千歳烏山駅の方向に向かっているようでした。
と、ここまで書いておきながら実はこの道が水路だったという確証は
得ていないのです。
それはここから始まります。
Imgp4071

その先はこう。

Imgp4072

真ん中に溝が作ってあり、マンホールも夥しく。
そして5叉路への接続のされかたも十分疑わしいです。
たぶんそうだと思うんだけどなー。
Imgp4073

まあ他の水路のように、川、用水路とまで「ソリッド」な状態でなかったにしても、排水路(ドブ)くらいではあったのではないかと思うのです。

この水路(<候補w)は、松葉通り(下写真)まで行き着いたところで
その後は消息不明となってしまいます。

Imgp4075

お昼の時間が大幅に遅れてしまいもう空腹に耐えられなくなったので、
今度こそ千歳烏山駅前に向かって昼ごはんを…。

おまけとして、どの店に入ろうか迷ってる時に写した
千歳烏山駅ホーム下の、水無川の橋跡をどうぞ。
Imgp4077

より大きな地図で 烏山川・高源院あたり を表示

| | コメント (3) | トラックバック (0)

暗渠ハンター 妄想・烏山川 西谷支流はさらに北に繋がっていたのか?

前回ご紹介した烏山川・西谷支流。

自説の自信のなさを「ミッシング・リンク」と置き換えてごまかしているわけですが、
そのミッシング・リンクの向こう側をご紹介します。
中央自動車道を北に越えると、その暗渠はいきなり自己主張強く顕れてきます。
(この時私の脳内は「中央フリーウェイ」をヘビロテ中。音域広く歌い跳ねるベースラインがかっこよすぎてたまりません…)

それがここの奥。
Imgp3962

道を渡って近づいてみましょう。
Imgp3952

おお。あまりの堂々たる立派さに、今来たあたり(中央自動車道の南側)に続きはないもんかいな、ともう一度振り返ってみます。
Imgp3960

うーん、まっすぐ南下する道があり、もう殆ど道路と同化していますが…。
でも数十m進むと「ふふん♪これは?これそーでしょ♪え?そうでしょ?」
と余裕の表情を浮かべながら指で脇腹を突っつきたくなるような道になります。
Imgp3961

でもこの先の世田谷泉高校のあたりでわからなくなります。
いや半端にそれっぽいのがたくさんありすぎて…。

では気を取りなおして先ほどの中央自動車道北側に戻りまして、上流につながる暗渠を見ていきましょう。

金網まで近づくと、こうなります。
Imgp3954

深めの3面コンクリの水路で、その上にこのテキトーな、倉庫の屋根に使う素材みたいな波型の細長い蓋が掛けられています。

もう少しアップで。
Imgp3953

水の流れた跡はありますが今は枯れています。
おお、側面は…!
コンクリで固められていると思いましたが、普通にその辺の塀に使われるようなコンクリ横板が縦に重ねられている造りですね。これは意外。
水が横に漏れていかないのでしょうか…。
そこまでの水量がないよ、ということなのか、または多少のコンクリ隙間があっても、その奥の地盤がとても固くて
水にはあまり親和性がないからヘーキだよ、ということなのか…わかりません。

この先暗渠沿いは立ち入ることができないので、さらに上流でどこか近づけるところを探します。

川沿い(w?)のマンションの駐車場から見えるところがありました。
上流方向です。
Imgp3955

玉石を積み上げた護岸になってますね。
そして下流方向。
Imgp3956

奥を見ると、かくんと緩く曲がってここまで来ているんですね。
その曲がり角のところは、どうも段差ができているようです。
ちょっと望遠にして詳しく見てみましょう。
Imgp3957

段差は穴が開いているのかな…。
さらに限界まで望遠。光学式のズームはもはや利かないのでデジタル式でさらに数倍に。
Imgp3958

大きなゴミが入らないように芥除けがかかってますね。
それと、予想外だったのは溝渠の上面です。
単に波型の薄い板が被せてあるだけ、と思っていましたが、上部にもコンクリの構造物があるようです。
ずっと蓋のように覆っているのか、それともはしご式開渠のホネ部分なのかはここではわかりません。

この時私はこの流れの右岸にいるのですが、さらに上流に左岸からアプローチできるところがありました。

ガードレールの裏側にポリバケツが並んでいますがその向こう側、金網との間が続きの川跡になります。
Imgp3946

さあ、近づいて川跡をのぞきこんでみましょう。こちら下流方向。
Imgp3945

ずっとこんな感じで続いてきたんでしょうね。

そして上下流方向です。
Imgp3944

同じ「屋根みたいな」波型の蓋が掛けられ、その上にポリバケツが乗っかっていました。
上流の先の方は草に覆われていて、その先どうなっちゃうんだろうと想像力を掻き立てられます。

さらに上流が見られる右岸に移動。
先ほどの流れはこう続いています。
Imgp3948

もう波型の蓋さえなく、草に埋もれていますがまっすぐな川跡スペースだけは健在。

足元はこうなっていました。
Imgp3947

しかし、ここから上流は畑地の中に消えていきます。
ここが川跡を辿れる最上流部となります。
Imgp3951

この先は…。
延長線を作って追ってみると日本女子体育大学の敷地の東あたりです。
しかし痕跡を見つけることはできませんでした。

そして地図を見てまた気づくことは…。すぐ横をまたしても品川用水が走っているのです。
そうなるとついまた「困った時の『用水落ち水』」とばかりにここからの接続があった?
などと考えてしまいがちですが、そこはちょっと保留…。

そもそも品川用水と、この川跡と、どちらが先にできていたのかも今はわからないし…。

それにしてもなあ…私は品川用水の歴史や開削当時から昭和に至るまでの運用の仕方などについて知らなさすぎるな、と改めて思いました。
もっと勉強せなー。

また、品川用水という存在があればこそ、こんなにも私たちの想像力や好奇心を掻き立ててくれるんだよなあなんてヘンに感心したり感謝の意を抱いたり。
複雑で、難しいものほど面白い。
暗渠趣味の醍醐味を味わえる、ストロングタイプのエリアだともいえますw

より大きな地図で 烏山川・高源院あたり を表示

| | コメント (7) | トラックバック (0)

暗渠ハンター 烏山川・西谷に延びる支流とその先のミッシングリンク

さてこんどは、前回の出井天然水の一本西の支流をご紹介します。

この支流、何と呼ぼうかなと現地で考えたのですが、
支流の中程で「西之谷保育園」のすぐ横を掠めているので
西之谷支流、とでも呼んでおくかと思っておりました。
ですが帰ってググってみたら
やっぱりこれまた庵魚堂さんが「西谷(にしのたにや)支流」として
紹介されていたのでここでもその呼び名を使わせていただこうと思いますw。

※上記「(にしのたにや)」という表記に関しては、今回庵魚堂さんからいただいたコメントをご参照ください(照笑)。

前回の甲州街道沿いのガソリンスタンドあたりから、
西に向かってこんな怪しい造りの歩道が延びています。
Imgp4023

二重のガードレール。
たぶん歩道の右側に水路があったんでしょうねぇ。

その先をちょっと進むとこんな暗渠の入口が現れます。
Imgp4021

金網で塞がっていて通れないので、上流に向かって回り込みます。

あったあった。ちょっと遡ったこの地点に出ます。
Imgp4010

出口は金網で塞がれているけど、
その横から暗渠スペースに入っていく事ができます。
Imgp4011

たまたまこの横にお住まいの方が外にいらしたので、ちょっとお話を聞きました。
昔確かに水路だったけど、いつごろ暗渠になったかは憶えてないねえ…。
とのこと。
その後のいくつかのお話から察するに、
どうも東京オリンピックあたりかもしくは昭和40年代あたりまでは開渠だった模様。
じっくり覗き込んでみましょう。

Imgp4012_2
ここも深い味わいの暗渠ですね。
出入り口を塞がれて、基本的に人が通らない暗渠。
苔に一面覆われていて独特の美しさがあって、
もはや「川の跡としての暗渠」や
「路地としての暗渠」なんかを通りこして
まるで「純粋に、暗渠としてだけ存在する純粋なスペース」のようです。

ではさらに上流に向かいましょう。
ここから数枚は、
「上流に進んでは、振り返って下流方向を撮る」方式で。

暗渠端には七輪的な何かが。
蓋がしてありますが、火鉢のように何かを燃やす用途で
活用されている模様。
Imgp4008

途中は公園や西之谷保育園と同化するように
きちんと整備された緑道になります。
Imgp4005

この道の突き当りで、
流れはもう一本別な支流に別れて下っていくようです。
こんな水路ですが、
これはすぐに南下して甲州街道にぶつかってしまうので
写真は一枚だけ。
Imgp3988

さっきの流れに戻って上流を追いかけましょう。
上流から振り返って下流を眺む。人工的に、まっすぐ延びる。
Imgp4002

この先、何か所かくかくと直角旋回して上流に進んでいくことになります。
曲がり終わったあとでやはりここも下流方向を見て写真を撮りました。
Imgp4001

この前後も直角曲がりかどは続きますが、
どうやらこの上の写真の曲がり角では
左から来た別の流れが合流しているようです。

あとでご紹介しますが、
この曲がり角の左側、裏にまわってこの暗渠を眺めると、
こうなります。
便宜上この地点を(A地点)としておきましょう。
Imgp4015

ではさっきの元々の流れに戻って辿ります。
その他の直角旋回。
曲がり終えてから下流方向を撮りました。
Imgp3999

何度かこのあたりを往復したので、
実はどの角の写真が上流だったのかよくわからなくなってしまいましたww

何度かカクっとしながら住宅の間を縫う暗渠路地は
昭和大烏山病院の裏手に出て終わりとなります。
Imgp3996

これまた下流方向を見ているので、
右手の敷地が烏山病院。

そしてこの暗渠路地の終点がここです。
Imgp3995

さて、今回はこの先が難しい、というか歯切れがいつにもまして悪くなる・・・w

まずは、さっきの(A地点)の写真をもういちど。
Imgp4015

ここにつながる上流をさぐってみましょう。
(A地点)からどんどん後ずさりするとこんなふうになってます。
奥が(A地点)ですね。
Imgp4013

この先は、と上流を見ると…
Imgp4014

低木が植えられているひとつの住宅ブロックに、
なんとなくの川筋?

その向こうに回り込むと、もうこのような行きどまりの路地しか
それらしいところが確認できません。
(これも下流をみたところ)
Imgp4016

ここで上流を見失いました。
ちなみにここから上流方向を見るとこうなってます。
Imgp4020

うーん。もはやこれまで。

で、関連が全く分かりませんでしたが
この路地の横にはたぶん私設の?お稲荷さん。
Imgp4019

ちょっと富士塚ちっく。きれいに、大切に祀られているようです。

さーてまた烏山病院の裏まで戻ります。
ここも写真をもういちど。
Imgp3995

本来ならここでも「もう上流を見失いました…」という
情けないコメントで〆るところですが…。

次回でご紹介しますが、
このもちょっと北のほうにも実に見事な暗渠があるのです。
そこと、ここ(病院裏暗渠)は繋がってるんじゃないか?
そんな妄想を抱いてしまってるのです。
どうも今回の私の烏山シリーズは妄想だらけですw

いまはまだそのミッシングリンクを埋められていないのですが、
まわりを歩きまわるときっと、このへんなんじゃないかなあ。
土地の起伏はほとんどなく、
またもちろん明確な川跡もないんですが、
この「不必要な感じで広い道・歩道がとってつけられたように付けられてある道」
というだけの理由ですが・・・w
Imgp3993

おそろしく人工的な道ですが、水路だとすれば、
・自然河川ではなく「用水路」であったろうこと、
・宅地化されるときにさらに区画に合わせて付け替えられたであろうこと
を考えるとあり得なくはないかと…。

実はこの道は
元品川用水の水路と直角にぶち当たります。

では、ここで「ミッシングリンク」と勝手に呼んでいる水路たちと
品川用水の関係はどうなる…?

次回取り上げるすぐ北の方の水路との関係を妄想する前に、
まず歴史的なところを整理しておきます。
(参考文献:「品川用水『溜池から用水へ』」品川区教育委員会 / 「烏山川レポート」北瀬正嗣)

① 1659年 烏山用水できる
(つまりこのエリアで水田耕作がより盛んになる)
(品川用水の原型である戸越用水もこの頃できる・・・と巷ではよくこう書かれていますが、上記の参考文献「品川用水…」はこの存在自体に否定的です)

10年後、
② 1669年 品川用水できる。
(つまり今回水路と次回上流水路の間が分断される)

その280年後、
③ 1948年 品川用水の利権が三鷹市に移る。
(つまりやっと品川用水の水がこの流域で使えるようになる)

そして、
④ 近年 品川用水廃止、用水路が埋められる。

これを踏まえると、
可能性として以下のようなストーリーが考えられます。

A説:
そもそも①で盛んに水路が張り巡らされる以前から、
つまり烏山一帯の水田耕作黎明期から
このミッシングリンクがつながっていて付近を潤していた。
その後①の戸越用水や②によって水路は分断されたが、
それぞれの周囲に張り巡らされたたくさんの水路と接続していたため、
分断されたとはいえ両水路はしっかり残った。
時を経て③のあとは、分断されていた上流下流の水路とも品川用水と接続され、
相互に豊かな水を湛えて④まで残った。

A’説:
・・・基本的にAといっしょだが、
「その後①の戸越用水や②によって水路は分断された」
ではなく、分断されずに掛け樋などで交差され、
この水路と品川用水は常に「共存」していた。

B説:
①以前にも②の時代にもミッシングリンクなどなく
品川用水を隔てて流れる別々の水路だった。
③になって初めて、「近くにせっかく品川用水があるんだから」と
それぞれに品川用水に接続し水を得た。
その時たまたま接続点が近かったので、双方がつながっているように
見えるだけ。
(もしくはそもそも接続点は近くにないよ、という可能性もありかw)

大筋この二つでしょうか。
いずれにしても、史料から察すると②から③の間の時代は
相当盗水には厳しかったようで、
以前コメントでsumizome_sakuraさんからご教示いただいた
「絞り水」(!)というテクニックを故意に用いても
この時代での品川用水からの利水はかなり難しかったのではないかと思うのです。

とは言いつつも…。
一時的な悪水吐口、としてなら②の時代でも「繋がっていた」と可能性もありますよね…。
実はでも、私自身この悪水吐口というもののイメージがあまり具体的に湧かないのです、
情けないことに…。いったいそれは、どんな大きさと形をしていて、
どんなふうにどのくらいの水を吐いていたんだろう…。  わからないから引き続き宿題にします。
だから今回は「悪水吐口」からの流れは無視して書いています。

A、Bいずれの説であっても、
もし次回取り上げる水路が今回の水路に(または品川用水に)
繋がっているとすれば、それは、
この道の突き当りにある国際石油開発技術研究所の
大きな敷地の中を通って、
さらに西の世田谷泉高校のあたりを掠めて流れていたのではないか、
と妄想しているわけなのです。

(妄想へのダメ出し、歓迎いたしますw!)

では次回はこのミッシングリンクを越えたところにある上流の暗渠を。

より大きな地図で 烏山川・高源院あたり を表示

| | コメント (4) | トラックバック (0)

暗渠ハンター 小さい秋と小さい暗渠見つけた。出井天然水の寂寥暗渠

こんどは、高源院と同じ寺町にある
乗満寺というお寺あたりから始まっていると思しき支流を。

まあ現地では、わかりやすくそのまんま「烏山川・乗満寺支流」
とでも呼ぼうかと思っていたんですが、家に帰って調べてみると
庵魚堂さんはこれを「出井天然水」と呼んで過去の記事にされていました
(世田谷区民俗調査団による報告書「烏山~甲州街道間の宿の民俗」(昭和56)を参考にされてこう呼ばれたそうです)
というわけで、これにならってここを出井天然水、と呼ぶことにします。
庵魚堂さんも
「天然、とわざわざことわるところが興味深い」
とおっしゃっていましたが、
天然であることがこの界隈ではよっぽど珍しかったのでしょう。
それにしても「天然水」ってどうなんでしょうw

ちょうどこの日は寺町の銀杏がきれいに色づいていました。
Imgp3942

(暗渠以外でデカい写真使うの久しぶり)

暫し銀杏を眺め、寺町の南の端っこに向かいます。

中央高速道路の下にある「寺町通り高速下」交差点から
ワンブロック西に行ったところで北に延びる道を見ると、
奥ーのほうに水路が見えます。
(奥の、突き当りの右端!)
Imgp3963

近づいてみると…。
Imgp3965

金網の向こうが上流。さらに覗き込んでみましょう。
Imgp3964

残念ながらこの先は、乗満寺の墓地区画に入ってしまい追えません…。
乗満寺を調べても、
井戸はありますが湧水や池は見つけることができませんでした。
仕方ない、これを起点に下ってみます。

下流なら、中央高速を越えて追うことができます。
ここがその続き。
Imgp3967

高圧線の敷地を掠めて下っていきます。
いい感じの荒れっぷりです。
Imgp3968

この荒涼感が、胸に滲みる…。
気温も下がってきたからか、草の枯れ具合が絶妙。
どこからかすきま風が吹いてくるような気さえしてきます。

この奥をコの字ウォークで回り込んで上流方向を見てみましょう。
Imgp3969

ぴゅう…。

さて、この続きは…と。
住宅のはざまを暗渠路地が通っています。
Imgp3970

ここまでしか入れないかな…。
ロープ張ってあるし。
Imgp3971
秋がらみのタイトルつけておいてナニですけど、
この奥の苔があまりに美しかったんですよ。
天鵞絨のようです。ここだけ梅雨か夏のようですw
手入れでもしてるのかも知れません。

というわけでまたコの字ウォークで先回り。
出口はこうなっていました。
Imgp3973

覗き込んでみます。
もう完全に私物化されていますねw
Imgp3974
それに、ちょっと秋っぽくなってきて安心…。

ここから先が、ちょっと難しいです。
細くくねった道も横からきてここに交差しているので迷いますが、
この太い道を下っているようです。
Imgp3975

これだけの太道で交通の便もよさげなのに、
わきに並んでいる家々は示し合わせたように
背を向けています。この寂寥感もたまりません。
Imgp3977

もしかしたら秋は暗渠の旬なのかも知れません。
意外と俳句の季語に「暗渠」ってあったりして。
いや、絶対ないと思うので深く調べることはしませんでした。

北烏山6-19あたりで、
この道の先はこんなに細くなってしまします(下の写真右奥)。
だいたいこの交差点のありようもかなり怪しいですね。
Imgp3978

奥に進んでいくと、車止め、
やっぱしこの道でよかったんだとちょっとホッとします。
Imgp3980

典型的な暗渠道、再び現る。
Imgp3981

さらに荒れた感じになります。
Imgp3982

なぜかこの暗渠はスタートから
妙にいいワビサビの波状攻撃をしてくれています。
ちょっとワビサビ・寂寥感&荒涼感に酔っぱらったようになりつつ
まっすぐ進んでいくと、
このガソリンスタンドの脇から甲州街道に出ます。
Imgp3985

この先イッキに下流に向かい、南烏山4丁目の
阿鼻叫喚暗渠交錯地帯をご紹介したいところですが、
実はこの場所でもう一本西から支流が合流しているようで、
次回はそこを取り上げることにしますね。

地図は前回のものをご参照くださいませ。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

« 2011年11月 | トップページ | 2012年1月 »