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暗渠ハンター 姿川と宝木用水 郷里の川と暗渠の話

郷里のことを記事として書くのは初めて、かと思います。

関東平野のはしっこ、
栃木県のまんなかへんにある、人口2万人足らずのちいさな町。
数年前に他の町と合併して市となり、町としての名前も消えました。
ここに、生まれてから高校3年生まで住んでいたのです。
名産品と言えば干瓢くらい。町の中央部にはこんな施設もあります。
Imgp2266

ファーストフードなんてものは、
山田うどんくらいしかなく、それも最近日帰りで里帰りしたら撤退していました。
あ、そうそう町はずれの街道沿いにマクドナルドは一軒あったっけ。

その昔元旦に町中の家畜市場で行われる「馬市」、
というのは有名だったらしく、
子どもの頃は元旦のNHKニュースで取り上げられているを
何度かみたことがありました。

もともと大した商店街はありませんでしたが、
近隣のSCに圧されそれらもほぼ壊滅。
町興しのためか、
ドイツのある街と古くから姉妹都市関係を結んでいたことから自らを
「グリムの里」と名乗って柄にあわない背伸びをしたおかしな公共施設を
一時作っていましたが、
どちらかというとそのユルさ似合わなさに世間から失笑されたり。

それでもやっぱり私にはたくさんの思い出があり、
私を育んでくれた大事な大事な町なのです。
いまでは、私の周りにいてくれたすべての人たちに、
そして町そのものに感謝の気持ちが溢れるような思いでいます。

そんな町の川事情は、決して豊かではありません。
町はずれに姿川、というちょっとした川が流れているだけで、
街中にはまったく川がないのです。
もう川といえば姿川。それがこの町の川のすべてです。
記憶ではそのほかに、
駅をはさんで2本の細い細いドブ川があったかな、という程度。
何しろ殆ど起伏のない町なのです。

※因みに。平たい土地ですが、小さいころはよく「山」に
クワガタ(地元では鬼虫と呼んでいまいた)を獲りに行きました。
この町では雑木林のことを「山」と呼ぶのです。
この町の「山」には木があるだけで、起伏がありません。
ホンモノの山は、はるか茨城の筑波山や薄く曇って北にそびえる
男体山や那須連山、くらいしか見えません…。
だいたい風景はこんな感じなんです。

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もとい。まあそんな川事情ですから、
暗渠に興味を持ったあとも
「どうせあの町には暗渠も水路もないだろうな」と
積極的に見に行ったりはしませんでした。

ただ、そのドブの一本だけは流路まで明確に憶えていたので、
帰省ついでに駅から実家に向かう途中、
ちょっとだけ遠回りをして観に行ってみたのです。
友達のマチダくん家のすぐ横を流れていた、土の土手の、浅いドブ。
たまにいやな臭いもした憶えのあるドブ。
まだあるといいな、でももう宅地化も進んでいるから
蓋くらいは掛けられてしまっているかもな、なんて思いながら。

ところがかつてのドブは想像をはるかに超える加工度で、
「下谷田遊歩道」という名前の緑道になってしまっていました。
これには驚きました。
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しかも聞いたこともない「下谷田」という名前までついている…。
私の子どもの頃よりさらに前には、この辺りの小字が下谷田、
だったとは実家に帰って親から聞きました。
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それにしてもこの「自己紹介付の車止め」が、
なんか愚直な感じでいいw
Imgp2256

平らな町ですが、確かにこの辺はちょっとだけ窪んでいて、
水も集まる(集まった)よなあ、と微地形に納得。
Imgp2260

こうなると気になるのが、このドブは
どこからきて、どこへ行くのか…。
遊歩道自体は全長500mくらいだから、
すぐに端っこに行けます。
まずは北の端っこ。
Imgp2257
しかしこの先にはドブが続いていた記憶もないし、
実際流れは消えています。

そして南の端っこ。
Imgp2261
大通り(<この町にしては)に遮られて先の流路は見当たりませんが、
小さいころの記憶ではこの先は
平地が小さく抉られるような地形になっていて、
よく自転車で「命がけ」に下って遊んだ場所。
そこに流れんで行くんだろうなと想像します。

実家に帰ってからの両親への取材(母親はこの町生まれでこの町育ち)では、
・このドブは昔は農業用水。
・町のはずれを流れる姿川から町の北を通ってこの辺まで水を引いていた。
(ざっと見積もるとここまで3~4キロくらい)
(すなわちやはり北が上流、南が下流)
・この遊歩道の下流も、町の南を通ってまた姿川に繋がっていた。

とのこと。
冒頭でも触れた通り、この町の代表的な産業は
「かんぴょうの生産と加工」なのですが、
その他はやはり田んぼが多く、
また特徴的なところでは「桐畑」(桐を植えて育てる林)も多かったそうです。
なんと私の育った家も昔は桐畑だったそう。
そういえばある時期まで一本、庭に桐の木が残っていました。
しかし桐の「畑」ってなんかスケールでかいっつか
なんか概念として間違ってね?っつかw

今回は話が横にそれがちですが、ドブの話に戻ります。
つまりこのドブはかつて
「姿川に発し姿川に還る」農業用水、だったわけですが、
姿川についてもう少々お話します。

この町を通っている姿川は典型的な「中流」の川で、
川幅5mくらいの広くて浅い状態です。
上流のようにでかい岩もないし下流のように広い広い砂州もありません。
特徴も少ない川ですが、まあ小さいころは恰好の遊び場でした。
皆で自転車で出かけて行っては
どじょうやザリガニを獲ったり
パン屋で昼ごはんのパンを買って食べながら
釣りの真似事をしたり(<でも一回も釣れたことなかった)。

中学の頃は部活のランニングで土手を走ったっけな。

この姿川についても、今回初めてググったりして調べてみたわけなんです。
上流を辿るとかの有名な大谷石採石場のすぐそばを通っていることは、
うすうす知っていました。
大谷採石場のことは以前namaさんが書かれてましたね
で、さらにその上流の宇都宮のはずれか今市か日光あたりの山が水源になってて、
つつーっと流れてくるんだろうな程度の認識だったのですが、
いやいやこれが結構面白そうなんです。

まずは水源。
宇都宮と日光の境にある鞍掛山という山が水源だそうです。
これ、さすが関東平野だけあって標高は492.4m。低い!
ここにある鞍掛神社の滝が源流部があるらしいんですが、
これもしかしたらハイキング感覚で登れちゃって
水源まで見られちゃうんじゃないかな、と。
幼いころから慣れ親しんだ川の水源。
なんか見てみたい気になってるんですけど!

それと先の大谷採石場に絡む話なんですが、
随分昔から、ここから切り出した大谷石は姿川を使って舟運で運ばれていた模様。
姿川流域の古墳の石室の多くには大谷石が使われている、という事実から
そう推測できるそうです。なんかすごいですね。
古墳の材料のネットワークに使われていたんだ、姿川!
なんか見直したぞw

それともう一つの興味ポイントは、「宝木用水」。
同じような場所を水源として、宇都宮市街へと流れていく田川、
という川があるのですが、ここから取水し
後は姿川に合流する用水路がありました。
つまり田川と姿川に挟まれた土地の農業を一手にバックアップしていた用水路。
こちらの「宝木用水を歩いてみよう」というサイトがまずはわかりやすいので
リンクさせていただきます。
掘削にあたってはなんと二宮尊徳が手掛けたんだって。
二宮さんって本を読みながら歩き大人になってからは、
農業復興政策を指導してらしたんですね
これもちょっと巡ってみたいですねー。
特に取水口と姿川への合流口とか見てみたくなりました。

ちなみに県内トップクラスの女子進学校に宇都宮女子高、
というのがあるんですが、ここの入口に架かる橋がその名も「操橋」。
(詳しい情報はこのリンク先「栃木県の土木遺産」をどうぞ)
これは宇都宮周辺の高校生男子の間では結構有名な話。
なんとその操橋が架けられているのが、この宝木用水だったことが
今回判明!え?だからどうだ?はい。それだけです。

今日は単なる前フリみたいになっちゃいましたが、
いずれまた姿川のお話を書いてみたいと思います。

より大きな地図で 石橋町の暗渠 を表示

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コメント

なんと!lotusさんはグリムの町出身だったのですか!
自分、1昨年暮れまでとなりの新4号が走ってる街に5年半ほど住んでおりまして。
石橋駅は自分の出発駅でございました。
姿川も自転車でよく走ったし、この暗渠も記憶があります。
宝木用水ってのは知りませんでした。住んでる時に知っていたら宇都宮を自転車で走り回ってたことでしょう(笑)
山田うどんの撤退も知りませんでした。まぁこれはいいんだけど。
懐かしくなって思わずコメントしてしまいました!

そう言えば…ついでに栃木県つながりで…
宇都宮市中心部を流れる釜川。
こちらは日本初の二重構造河川らしいですね。
昔説明板撮った写真が残ってたので貼っておきます。
http://8.pro.tok2.com/~kumax/photo/DSCF0711.JPG

投稿: ろっち | 2011年9月10日 (土) 23時33分

ろっちさん
なんとあの3文字のカンタンな漢字だけど読みが難しい町に!
おおーあの駅もご利用でしたかー!!
超ローカル話題にきっと誰も反応できまい、とあきらめ気分wだったので、
すごくうれしいです!!!すごくびっくりしましたw
釜川。オリオン通りを横切る川ですよね。
日本初の二重構造河川、って知りませんでした。暗渠先進地域だったのか宇都宮w!?

投稿: lotus62 | 2011年9月12日 (月) 12時39分

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