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2011年7月

暗渠ハンター 谷戸前川リベンジ前編:周辺地形と暗渠ANGLE

ずっとまえ、まだカケダシのころに、
この東京Peeling!で谷戸前川を取り上げたことがあります。
これこれ

これらでは、上流は祐天.寺駅近くの
スーパーサンワ方面に行くものとしか思っていませんでしたが、
その後庵魚堂さんがご自身のブログの中で
もっと奥の、違った上流について何回か触れられており、
私が上流と思っていたこのサンワ方面のものはいわば
谷戸前川の支流、であることがうすうすわかりました。

いつかこの「本流であるところの上流」を辿ってみたいと思いつつ
ずいぶん時が経ってしまいましたが、このたびやっと行ってきた、と。
そのリベンジマッチが今回の記事、ということになるわけです。

今回は前編として、周辺地形と、
暗渠ANGLEでとらえた谷戸前川をご紹介します。
んで次回後編として、これらの状況を写真でご紹介していく
というスタイルで行きたいと思います。

ではまずは周辺地形図からいきましょう。
google earthさん、東京地形図さん、今回も引用させて頂きます。
毎度お世話になりまして、感謝申し上げます。

Photo

水色ラインが、はじめに私が思っていた谷戸前川です。
ところが、その南側の東西に延びる谷がしっかりあって、
それが学芸大学駅の方まで、
さらに東横線を越えて駒沢通りあたりまで延びているではありませんか。
まさにこここそ谷戸前川の本流と言えましょう。
それが緑色ライン。

また、この緑ラインの左端から程なくの地点、
「駒沢通り→学芸大学駅すぐ横」は品川用水の流路でもあることから、
もしかしたら品川用水からもいくらかの水が落とされて
この谷の田んぼを潤していたのかも、という可能性もありますね。
しかしいずれにしても、今の私の手元資料には
用水と接続する水路があったという証拠も、また
この上流付近に湧水があってそれが源流となったという証拠も
どちらもないのです。
ふがいないことに。

地形図で、こんどは下流のほうを見てみましょう。
濃い青色で短い線を書き込みましたが、
ちょうどここに短くて急な谷が刻まれています。
ここにも小さな支流がどうもあったっぽいと思っています。
そしてこの小さな支流が本流と交わるエリアは
川跡と思われる道が2本並行していて、
たぶん近辺の田んぼをこの二本+αで灌漑を行っていたのだと思います。
住所でいうと中目黒3-18付近です。

ではここで2種類の暗渠ANGLEを見てみましょう。
まずは上流から下流に向かうタイムラインANGLE。

Photo_3

後程改めてご紹介しますが、
紫のラインが今回追った谷戸前川「本流」。
そしてくすんだ方が以前ご紹介した「支流」です。
(「輻輳」という地点が、中目黒3-18近辺です。
またここでは見やすさを考慮し、それ以外の支流は書き込みません)

ラインが右に寄っていて、全体に加工度は高めです。
緑道となる中流以外はほとんどがいわゆる「暗渠路地」。
アプリケーションとしていくつかの「車止め」が
「支流」や合流後のわずかの区間に見られます。

全体に開渠やそれを感じさせる区間が全くない、
所謂「通好み」(笑)の渋い暗渠と言えるでしょう。

もうひとつの暗渠ANGLEは、
暗渠・川跡のスタティックなプロフィールを表すもの。
縦を自然河川か人口用水か、と縦軸に
大元の水源に品川用水が関わっていようがいまいが、
流域に刻まれる谷が示すとおりもともとこの川は
自然河川であったはず。
ですから概括すればこの川の基本ポジションは、
下図のとおりマトリクスの右上、第1象限となるでしょう。

Photo_4

ですがですが、先ほどの、輻輳エリア(中目黒3-18)では
並行した流れを作る(作られる)ことで、
おそらくこの川は用水として機能していました。
ですのであるエリアだけを抽出すると
一時的に右下の第2象限に動く、ということも言えます。

またこれらをひっくるめて
谷戸前川を下図のように表すこともできるでしょう。
(この辺りに、ANGLEを開発しておきながら
その活用法までしっかり確立できていない開発者の優柔不断さが
滲み出ますね;;;;)

Photo_5

さて、ではいよいよ次回は
写真で各地点をご紹介していきます。

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暗渠ハンター 蛇崩川・下馬西支流のさらに支流をいく

ちょっと前に、「蛇崩川・下馬ふたつの支流たち①」
と題して下馬西支流(仮)を取り上げて記事にしたときに、
hikadaさんから
「下馬6-44の公園でもうひとつの水路が合流していますよ。上流は野沢3-21付近だと思いますが、もしかしたらさらに上流があるかもしれません…」
とのコメントを頂いていました。

おお、またまた私の「調査不足」露呈w
hikadaさんの情報ご提供に感謝しつつ、さっそく現地に行ってまいりました。

今回はそのお話を。

地図に記した薄緑色のジグザグがそれです。
このジグザグの左上で交わる紫色のラインが下馬西支流。
この交点には公園があるのですが、
ここから「支流の支流がありますよ」というのが
hikadaさんから頂いた情報でした。

より大きな地図で 蛇崩川を遡る を表示

現地に行って見てみると、
確かにここから別の谷が始まっているようです。
さっそく追跡開始。
Imgp1206

そういわれてみると、この片側歩道は確かに不自然だし
歩道上にマンホールも点在しています。

この緩い上り坂を行くと…
不意に右に路地が現れます。
Imgp1207

…これだ。
間違いなく暗渠道ですね。
Imgp1210

ここからさっきの地図に記したように
ジグザグに谷頭に伸びていきます。

護岸は申し分ないもっさり具合。
Imgp1211

ところどころでまた狸のようにどろん!と
歩道に紛れたりしながら
Imgp1212

Imgp1213

暗渠は続いていきます。

ここは下馬6-36あたり。
Imgp1216

もっさりもっさり続きます。
ちょうどここを訪れたのは梅雨のさなかでしたし。
Imgp1220

相変わらず周囲の家から背を向けられ、
もはや「だれからもかわいがられていない」ような
哀愁が漂います。
(いや、ほんとはいろいろかわいがってもらっているんだと思いますが…)

ところが、下馬6-36から6-35につながるあたりで、
あからさまな暗渠は姿を消してしまします。
Imgp1221

あとは土地の傾斜や不自然歩道などを追っていきながら
上流を探るしかない…。
というかもはや勘に頼るしかない的な厳しさですw

上流方向に、またもや公園。
Imgp1228

うん、ここも怪しそうですね。
このさらに上流方向には
こんな「やたら草木の育ちがいい」感じのワンブロックがあります。
家の足元もここいらへんだけちょっと道路より低いところが多く、
ここはみずみちであった最有力候補、なのではないかと
私は思いました。
Imgp1232

結局ここまでしかわからなかったんですが、
冒頭のhikadaさんコメントで示された住所には
ワンブロック届かず…。

んー、今後はアンテナ張って何か関連資料を探すことにしましょう。

さて、おさらいとして
ここまでの「支流の支流」と、これが合流する「下馬西支流」を
暗渠ANGLEであらわしてその上流から下流の
タイムラインに従った遷移をまとめておきます。
青が「支流の支流」、
紫が「下馬西支流」です。
Photo

あらためてANGLEで見てみると、
「下馬西支流」って加工のレベルが
非常にばらついているのがわかりますね。
それに比べると「支流の支流」はコンパクトなぶんだけ
加工度に統一感があります。
…んー。今回はあんまりANGLEから言えることはないかなw

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暗渠ハンター 不入斗新井宿村用水・平和島あたりで暗渠とボートレース場と昼ビール

前回に続いて平和島近辺を。
この辺りは縦横にたくさんの用水の水路跡を見ることができます。
中でもこのへんの代表格、と個人的に思うのがまずはここ。
京急平和島駅の南ガード下から西に抜けていく細長い暗渠。
ここは以前「こたたん山通信」のろっちさんに教えていただいたところ。

Imgp0601

この道をずんずん行くと、
こんなすばる座状マンホールも見ることができます。
Imgp0606

さらには「真性おしくらマンホール」も。
Imgp0607

見事にお互いの外周を浸食しあってますね。

この先には、ろっちさんも触れてらっしゃいましたが、
こんなヤサグレ気味の支流も見ることができます。
Imgp0609

下の地図のとおり、この辺りは行くところ行くところ
暗渠道に出会うことができます。

より大きな地図で 内川と不入斗新井宿村用水など を表示

これら暗渠はほとんどが車止めがある舗装道となっていて、暗渠ANGLEで言えば
こんなポジションのエリアとなります。

Photo

そんなふうな、ある意味「同じような暗渠」wがあちこちにあるのですが、
平和島駅の北のほうではちょっとだけ変化のある暗渠を見ることができます。
駅の北の大森神社から、線路を挟んで西がわに。
大森北6丁目の、6、7、10のあたり。
金網で囲った侵入を拒絶する頑なな暗渠。
Imgp0592

このへんに見られる暗渠アプリケーションは、前述のとおり「車止め」
ばっかりなんですが、新たに「金網フェンス」も加わっている地点です。

それにここは金網ばかりか、
左右を塀にも囲まれだれも通らない道。
どこかもの哀しいかつての水の路。
Imgp0593

ところどころ、遺跡のように人の暮らしのあとが見られるけど。
Imgp0599

それが却って寂寥感を増幅してますね。

さて、ちょっと別な楽しいこともお話しましょう。
日を改めて、夏の暑い日曜日に平和島駅を訪れました。
海辺で潮風にあたりながら、美味い昼ビールをするためです。

そこで選んだのが平和島ボートレース場
ここは勝島南運河のはしっこを使って、ボートレース場が作られているところ。

「平和島駅から無料送迎バスが出てる」ことは聞いていたんですが、
バス停の場所までは事前に調べませんでした。
駅に降りてから、ちょっとバス停見つけるまで迷うかなあ…と心配でしたが、
駅前に「それっぽい」行列ができていたのですぐにバス停のありかがわかりましたw
Imgp1472

程なくバスが来て、いざボートレース場へと乗り込みます。

公営ギャンブル場に来たのは、
競輪競馬など含めて一切初めて。想像以上の綺麗さにびっくりです。
Imgp1476

ほぉー!
ほんのり潮の匂いがして、昼ビールには最高のロケーション。
さすが勝島南運河。

水面を覗くとボラみたいな小魚、ハゼ、カニなどが見えて
これまたおかし。
Imgp1477

そしてレース場を見渡すスタンドはこちら。
Imgp1478

昼頃に行ったのですが、まだ人も少ない感じです。
全部で12レースくらいあるのかな、今日は。
その3レースめくらいがこの状態。
この後、14時ころにはこの倍くらいになったかな…。
そんなに混んでなくてそれもまた快適。
それと、昼を過ぎると結構若い客層も目立ち始めます。
カップルとか、女子二人連れなんかもいますよ!

ざっと会場のようすを眺めて全体像を掴んだら、
早速昼ビの準備です。
場内にはこんな風な売店がたくさんあります。
こちらは煮込みが美味いと評判の「はまかぜ」。
Imgp1479

ここでもつ煮、串カツ、カレーライスとビール購入。
こういう風情の売店がたくさんあるだけでもう超楽しいんですけど。
Imgp1480

ぜーんぶ美味かった!!!

特筆すべきはもつ煮でしょう。
これは墨東地域における煮込みみたいな味わい深いもので、
所謂「東京3大もつ煮」とも堂々勝負できるほどの味です。
当然酒類にもばっちり会うのですが、
あまりのうまさにこのカレーライスのごはんを
少々もつ煮のお皿に移してもつ煮ゴハンを楽しみました。
それでもさらにビールに合う、という代物です。
これはほんとにうまい。
いろんな部位が入ってるのですがそれぞれにしっかり味が滲みていて、
というかそれぞれの部位のうまみがじゅわっと出されていて、
少々とろみがかったオツユはたいへん複雑な
うまみのカタマリとなっているわけです。
これだけでもここに来た価値があったかもしれない!

まわりの様子から、舟券の買い方も何となく理解できたので、
200円くらいずつちょこまか買って楽しみます。
いやいやでもレースよか酒がマジ楽しめますよ。
ってことでその後レモンサワーを数杯堪能w
Imgp1487

いやいや、いい昼ビでしたー。
で、舟券は当たったかって?
わはは。合計3000円ほど買って、
一回だけ当たって1000円ほど帰ってきましたw

ってどうも後半は何のレポートだかわかんなくなってきちゃいましたねw
平和島近辺で暗渠を楽しみつつ
運河を見ながら美味しいもの食べた、というお話でした。

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暗渠ハンター 不入斗に残る澤田橋の親柱

不入斗。
つい2年ほど前まではこれ、読めませんでした。
不入斗新井宿村用水、この存在を知って初めて、
「いりやまず」と知りました。
試しにPCで いりやまず で変換すると、
いとも簡単に出てきます。

大田区にあった旧地名がこの不入斗。
1889年以前には不入斗村という村があり、
その後入新井村不入斗、という大字が残り、
1932年の大森区の時にはすでに入新井1~6丁目と
改名されているようです。
そして現在の大森北1~6丁目と大森本町1丁目がその
不入斗。(参考web「wikipedia)

しかしこの字の意味は何なんでしょうね。
こんなサイトがありました。
歴史地名ジャーナル」さん。
いくつかの全国の「不入斗」地名とその由来が書かれています。
その他のwebをみてみても、
どうやら年貢が免ぜられてるところ、といったような意味が
あるようです。
だとしたらなんでここが?この大森近辺が?
という疑問は残るのですが、これはおいおい調べてみることにします。

駅でいえば京急線・大森海岸、平和島あたり。
大森海岸といえば、元の三業地。
最近読んだ「東京花街・粋な街」(上村敏彦)によると、
この花街は昭和初期にできた、
いわゆる伝統的な浅草や神田や新橋なんかとはちがった、
「新興」の花街です。
そのためか、終戦直後はRAA(特殊慰安施設協会)が置かれ、
哀しい歴史にも彩られてしまいました。

そんな土地に残るのが不入斗新井宿村用水です。
このあと断続的にその暗渠をご紹介しますが、
今回は環七に堂々と残る澤田橋の親柱を。
大森北6丁目と、大森西2丁目の境目。

ただし、東のほうからじゅわーっと網の目のように
こちらにやってくる六郷用水北堀と、不入斗新井宿村用水と
かなり境目のあたりに位置しているので
実際にかかっていた水路がどちらなのか、
は怪しいところです。(調査不足ですみません;;;)

環七を挟んであっちがわとこっち側に、合計4本が健在。
Imgp0631

Imgp0630

Imgp0629

沢田という交差点のすぐそば。

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暗渠ハンター 谷戸川のこと③かつて背中合わせに流れてた川

では今回は大蔵保育園の下流に合流する支流から追いかけてみましょう。
(しばらく暗渠の捉え方「ANGLE」についての話を書いていて、
間が開いてしまいました。今回はその話を書く前に予約投稿していたぶんです)

いったいどこまで続いているのかな。

しかしまあこの谷戸川は、訪れてみると
形態が変化に富んでいるし支流はたくさんあるしで、
とても楽しいところでした。

ですが実は昔ある時期に、
このそばに住んでいたことがあるんです。
その時期はほとんど楽しい思い出がなく、
どちらかというと初めて味わうつらいことばかりの毎日だったので、
その後この界隈は自然と近づかなくなっていました。

住んでいたのはこの谷を囲む丘のあたりで、
最寄駅との往復経路からこの谷は全く外れていた、
つまりちょっと文化圏というか商圏が違っていたので
この谷戸川にはほとんど馴染みがありませんでした。
近くにいたとはいえこの谷戸川とは背中合わせに
暮らしていたことになります。

すぐそばに、こんな楽しいところがあったんだなあ。
あのころはこんな楽しさを全く知らずに過ごしていたんだなあ。
今回谷戸川を訪れてみて、
ちょっとこの土地の認識がアップデートできました。

ビバ谷戸川。ありがとう谷戸川。

さてさて支流を遡るんだった。
ここから始めるんだった。
Imgp0419_2

美しい蓋暗渠が続き、かくんと折れ曲がって
谷戸川と平行に進むことになります。
Imgp0420

ずばっとまっすぐ。これもいい眺めです。
Imgp0421

そして今回何度も登場する水道道路にぶち当たり、
なんとあろうことかその水道道路にしばらく伴走。
Imgp0425

かと思うと不意にかくんと水道道路を越え、
その先にはなんとはしご式開渠登場。

Imgp0426

すごいな、このあたりはしご式開渠が2本並行してるワケだなあ。
Imgp0427

この先は終えなくなるので、
またまたコの字ウォークで先回りしてみましょう。

これがそのはしご式開渠の反対側。
Imgp0428

橋跡のようなものが見えますが、
川跡は金網となんか遮蔽物によって遮られております。

で、この反対側が山野小学校。
Imgp0429

前回ご紹介したように、谷戸川本流はこの山野小学校の敷地の
西側を掠めていきます。
そして下流で合流することになるこの支流は、
山野小学校の真ん中から(たぶん)発してる。

面白いですね、山野小学校。
図書館なんかで「○○○学校創立△△年史」みたいのを閲覧すると、
その学校が昔の様子が記されていたり(それこそ湧水があったり!)
卒業生の思い出文の中に近くの川の様子が書かれていたりするので、
川や暗渠の昔を知るためによく探しては読んでみたりするのですが、
この山野小学校のがあればきっとなんかわかるかもしれませんね…。
探してみようっと。

本流に戻ろうかと思ったら、
すぐそばに一直線の暗渠道もありました。
これはとても人工的だし、
すぐ近くが高台になていて(前々回の①参照、区内最高地です)
そこに大蔵給水所が構えているので、
谷戸川というよりはそこに関係する暗渠なのかもしれません。
Imgp0430

本流に戻ります。
本流のはしご式開渠はこのあと砧橋、中の橋、
Imgp0436

塔の下橋と橋を越え、
世田谷通りに出る手前でもうひとつの支流をあわせます。
ここが合流地点。
Imgp0440

支流の合流口と、そこから始まる蓋暗渠が見えるのって、
なんか「断面図」みたいで楽しいなあ。

その「断面」から続くのはこんな蓋暗渠。
Imgp0442

続く続くー。
Imgp0443

蓋暗渠の道は車線もない住宅道路でしたが、
ちょっと先の2車線道路に出るともう
行方が分からなくなってしまいます。
でもたぶん地形と、この歩道のつくりから言ってこっちかな。
一般財団法人 日本品質保証機構という、ISOとかJISとかそういう関係
認証方面をを扱ってる団体さんの敷地の横を、東に走っている模様。

まあ行き掛かり上ここは「谷戸川 品質保証支流」とでも呼んでおきますか。

本流に戻ると、
もうすぐに世田谷通りを横切ります。
Imgp0448

あ、世田谷通りにlotusのディーラーがあったw
Imgp0449

ちなみに往年の名車ロータス・ヨーロッパは今でも好きです。
非力ながら足回りのいい、デリケートな車でしたねえ。
(と「サーキットの狼」にさんざっぱら描かれてた)

でね、谷戸川は世田谷通りを越えて少し下るとまた変態。
蓋暗渠になります。
しかもみたことがないくらい幅広の蓋暗渠に。
その変態地点がこれ。
Imgp0451

ほら、この幅広感、伝わりますでしょうか。
Imgp0453

蓋暗渠区間はそう長くはありません。
この橋跡(横根橋というプレートがありました)を越えると
かくっとカーブしてまた一部開渠、はしご式開渠となります。
Imgp0454

そしてこのあとはしばらく近づけなくなって、
Imgp0458

砧公園の中へと吸い込まれていきます。
Imgp0461

さらに砧公園をおそらく自然の川っぽく流れ、
公園から出た谷戸川は岡本静嘉堂まで下り、
丸子川と合流することになります。

ってことで、今回の谷戸川のシリーズはここでおしまい。

より大きな地図で 谷戸川 を表示

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暗渠ハンター理論編Ⅳ 暗渠の遷移を記述する

前回までは、「1 暗渠・川跡の分類」という章で、
で横軸に加工度を設定し
で縦軸にもともとの状態を設定、
でこれらを合わせで暗渠・川跡のある地点を切り取って分類する
という方法をご紹介しました。

しかし、これらはあくまで「ある地点のスタティックな見え方・あり方」を記述するだけでした。
今回は新たな章立てをしたうえで、
違った縦軸を設定し
「一つの川の変化のようす」を記述してみようと思います。

2 暗渠・川跡の全体把握
新たなマトリクスとして、
横軸の加工度はそのままに、縦軸を今度は「上流」と「下流」に設定します。

Photo_10 

つまり、縦軸はタイムラインともいうべき意味であり、
上から端を発した川が流れが進むにしたがってどんな見え方の変化をしていくのか、
これを一目瞭然化するためのマトリクス、
ということになります。

この縦軸へのプロット方法は、
必要によって二つを使い分けます。
一つは「絶対距離法。
縦軸の目盛を30㎞なら30㎞と具体的な長さで刻んでプロットしていくやりかた。
これは同じくらいの規模の川二つ以上を並べて比較するのに適しています。

しかし、都内には呑川や神田川のように大静脈をなす川もあれば、
小沢川や松庵川のように
ある川の支流のひとつでありとても短い(けど変化に富んでいる)川も山ほどあります。
そういうときには上のような絶対スケールだと比較しづらい、
または短い川のほうがスペースが小さくて記述しきれない、
といった問題が出てきます。

そこで二つめは「相対距離法」です。
まあ一つの川のプロフィールを作るだけならどっちでもいいんですが、
二つ以上の川を見るときは上記の問題を避けるため、
最上流と最下流をまず上下それぞれのはしっこに位置づけておき、
全体からの比率で適切に上下の間に振り分けておく
「相対距離」によるプロットをします。
通常はこちらをお勧めします。
それに正確な距離って計りづらいでしょうw?
「だいたい何分目でこんな状態だった」くらいの記述で十分だろうと
今のところ私は考えています。

では、「相対距離法」を採用しながら、
さっそくこのマトリクスを実際の川にあてはめてみましょう。

まずは、
事例1:谷戸川です。
この川はつい最近このブログで上流から、
砧公園に入るまでの経路を追ってレポート
しています(未完)。

これを、砧公園に入る前をゴール(最下流)としてそこまでの
状態を追っていきましょう。
Photo_11

まずスタートは最上部。
諸説あるものの現在は環八の西側・成城警察署あたりが水源、と言われています。
しかしこの近辺はまったく道路と同化してしまって
水路は見る影もありません。よってレベル3の横位置となります。
谷戸川は環八を東に渡ると未舗装の水路あとが現れます。
ですのでいきなり加工度は左にググッと寄って、レベル0へ。
(まあ一部は細い舗装道路になりますが、ここでは大まかな傾向を例示するため思い切って割愛w)
再び環八を越えると笠森公園を通るところで
再び道路と同化します。つまりまた右へと振れます。
笠森公園を抜けると小田急線を南に越えるまでが蓋暗渠区間。
レベル2。
※この途中で北からの支流蓋暗渠が合流しますが、このあとも含めて支流の記述は今回は省略します。

そして山野小学校の横から長い区間はしご式開渠が続きます。
ここでレベル1。

この開渠は世田谷通りを越えるまで続き、世田谷通りの先は幅広の蓋暗渠に。
谷戸川は大きくカーブを切った後、横根橋を越えたところで再びはしご式開渠に。
ここから下流はこのマトリクスでは扱いませんが、砧公園に入ったあとは自然豊かな(?)開渠となって岡本静嘉堂での丸子川との合流地点に達します。
これら加工度に合わせてプロットしていくと上図のようなものが描けます。

ずいぶん加工度の遷移が激しく、この左右にぶれるタイムラインを見ても
谷戸川が「ダイナミックな変化にとんだ川」であることがわかります。

事例2:目黒川
次は、目黒川をプロットしてみましょう。
今回は上流となる北沢川、烏山川は置いといて、
「目黒川」という名前になる両社の合流点、池尻付近をスタートにします。
※前の事例同様、単純化するため支流もあえてプロットしません。

Photo_12

合流点から246と越えるまでは、世田谷区のお家芸、
「過剰なまでに作りこんだ緑道」が続きます。
しかも落合処理場から導水する「フェイクせせらぎ」まで設置してあるという
ご丁寧さなので、これはもう横軸は完全に右に振り切っています。
246を越えると切り立った護岸とともに水面があらわになり、開渠となります。
従って左に移動しレベル1。
但し、このような都市の大河川は大概その地下や横に大きな下水道幹線が
別に作られており、この目黒川の水面もレベル0で見られる
「ほんとうの水面」ではありません。
※7/7訂正:大型開渠の地下には下水道幹線はほとんどありません。「横」にはあります。三土さん、ご指摘どうもありがとうございました!
よって、このような場所をレベル0とするか、
「本当の水面を隠している、相当作りこんだ川」だと捉えレベル4に位置づけるかは
判断の分かれ目です。
厳密に言えばレベル4と呼ぶほうがいいのでしょうが、ここまで流れが立派になり、
また大雨の時は自然流下で
たくさんの雨水がこの谷底の川に集まってくることを考えると、
これは「手を加えられているが新たな川としての人生(?)が始まっている」
と言っていいのではないか、実際見てくれはもうほとんど川だし。
という理由でレベル0とここでは位置づけます。
あ、ちょっと情緒的すぎますかねw
そのあと目黒川は東京湾に流れ込むまでずうっとこのよう状態が続いていきます。
タイムラインを見てみると、事例1に比べて非常に安定的です。
東京の「大河川」の特に下流では、
おそらくほとんどがこのような安定的なタイムラインを示すものと思います。
もうこれらは単なる河川ではなく、
「安定した機能を求められる災害対策システム」の一部にされているからです。

事例3:呑川
呑川も、下流の構造や役割は事例2の目黒川に似ています。
が、ここでは「支流も一緒に書き込むとどうなるか」
という事例としてこの川を挙げてみたいと思います。
支流はたくさんあるのですが、
とりあえず上流をなす&距離が長くてはっきりしている
「深沢支流」(緑色)、
「柿の木坂支流」(柿色)、
「駒沢支流」(桃色)
そして「九品仏川」(水色)
をプロットしてみましょう。

Photo_13
はじめの3つは水源そのものはほとんど道と同化していて
横軸はレベル3からの出発になります。
3つはそれぞれすぐに緑道となり、呑川に合流。
いっぽう九品仏川は、
目黒通りの北、ドンキホーテあたりのはしご式開渠が
最上流として確認できたあとは一端道路に紛れ、
猫じゃらし公園で自然に近い流れを見せた後
細い緑道となったり自由が丘マリクレール通りとなったりして
呑川に合流していきます。
(詳細に地点地点を見ればもっと詳細に遷移していると思いますが)
しかしこれらが合流したあとの呑川本体は、目黒川と似たカーブを描いていきます。

この事例で問題にしたかったのは、このように
・その気になれば支流をたくさんプロットできる
・しかしやりすぎるとよくわからなくなるリスクもある

ということですw

なので、今後このタイムラインのマトリクスを使うときには
支流は支流で一本に的を絞ってプロットしたほうが、
「その川の状態遷移がわかりやすくなる」のかもしれません。
まあ目的によりけり、ではありますが。

今回のマトリクスのいいところのひとつは、
「他の川の遷移と比べられる」ことです。(いちばん下の図のように)
このときにあまりに支流をコミコミで書き込んでしまうと
ワケがわからなくなってしまいますね。
それと、一つの川の遷移も詳細に追いすぎると、これまたよくわからなくなります。
なので、このような比較に使う場合はある程度割り切っておおざっぱに
(必要ない支流はバッサリ切る&細かい状態遷移もバッサリ切る)
捉えることが必要になるでしょう。
…ある種のガサツさがね、重要になります。

事例Ⅹ:エクセルを使った記述
とはいえ、もちろん「一つの川・支流をとことん突き詰めたい」
という場合には、こと細かに状態遷移を書き込んで思う存分
くねくねさせることが必要になってきます。
ちなみにこういう場合は、エクセルを使ってこんな表を作成し、
Photo_14

表が出来上がったら「散布図」でグラフ化すると
一気に詳細なタイムラインが出来上がることになります。
Photo_15
この例では数地点しか書き込んでいませんが、
理論上このたくさん観察して地点のぶんだけ行を増やしていけば、
相当にこまかな状態遷移がタイムラインに現れることになります。
また無限にプロットしていけばそれだけ精緻な曲線が描ける、
ということでもあります。やらないけど。

そして
事例Y:複数の川の比較
記述の応用としてもう一つ。
このマトリクスを使うと、いくつかの川の遷移を比較することができます。
こんなふうに。

Photo_16

同じ川の支流どうしを比べたり、
同じ自治体の遷移の状態を比べたり、
あるいは「暗渠の状態遷移の基本パターン」を見つけたり
同一のマトリクスにのっけることでいろんな比較やパターン発見がしやすくなるはず。

というわけで、これまでシリーズで「暗渠を眺めるひとつの手法」を提案してきました。
ここまでが基本手法です。

いったんここで、「2 暗渠・川跡の全体把握」はじめ
分類に関する基本フォーマットのお話はおしまい。

次回は、これに「アプリケーション」を組み込んで記述する、
という方法論を検討してみようと思います。

ちなみに・・・・・
連載当初はこの一連のマトリクスを
「LAM=ロータス式暗渠マトリクス」と呼んでいましたが、

自分の名前を織込むという売名行為wの浅ましさにあとになって気がつき改名することにしました。
「暗渠を見るときのひとつの見方」という意味で、

ANGLE(アングル)
と呼ぶことにします。これは、
ANkyo General Level Explorer
の略でもあります(ここに並んでる英単語は予告なく変える場合もありますww)。
『この川跡を暗渠ANGLEで見ると、こんなことが言えそうだな…』
とかより多くの方に使っていただけるようになると私は幸せでございます。

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暗渠ハンター理論編Ⅲ 暗渠・川跡のスタティックな分類

今回は連載中の「谷戸川」の記事の予定でしたが、
やっぱしこの理論編を続けます。次回こそ「谷戸川」記事を挟むつもりです。

前々回は、「0 はじめに」で全体の意図を簡単にお話し、
「1 暗渠・川跡の分類 ①横軸「加工度」」
暗渠や川跡の手の加えられようによってそれを
レベル0~4に分類しました。
そして前回は
「1 暗渠・川跡の分類 ②縦軸「もともとの状態」」
として、もうひとつの軸として元来はその水路が自然にできたものなのか人工的なものなのか、
それを「静脈系」か「動脈系」かに大きく分けて、その中間的なものも含めての分類を試みました。
今回は、その2軸を縦横に組み合わせるとなにが見えてくるか、ということをお話します。
なお、②でセットした縦軸は、あくまで「地点地点の暗渠・川跡を切り取って眺める」
ことに対してしか機能しないので、
このあとは違った縦軸をもうひとつ提示することで「川の全体像を眺める」ことも試みてみます。
では、行ってみましょう。

1 暗渠・川跡の分類
③ 加工度×もともとの状態 で物件をとらえてみる

では、①の「加工度」と(下図に再掲)、

Photo

②「暗渠・川跡のもともとの状態」(下図に再掲)を、
Photo_3

二つを掛け合わせてみましょう。
そのマトリクスはまずはおおまかに、こんな絵柄になります。
Photo_4

この平面に、いろいろな事例をまずぶっこんでみます。
Photo_5

さあてではでは、左上の象限から事例をご説明して行きましょう。

事例1:空川(東大駒場キャンパスから流れる上流箇所)
Nec_0421_2

ここはもちろん自然にできた、湧水からの流れです。
だから縦軸ではかなり上のほう。
そして、ごらんのとおりほとんど護岸加工も控えめに
清らかな流れをあらわにしています。文句なしで横軸はレベル0ですね。

事例2:目黒川
Nec_0433

写真は北沢川と烏山川が合流した後の、246を少々過ぎたあたりの目黒川。
基本的には自然河川です。
が、合流式下水道との接続により大雨時は「自然流下式排水路」ともなるので、
事例1の空川よりちょっと下に。
また、見た目はドボク度たっぷりのしっかりした護岸にかこまれた開渠となっています。
なのでこれは横軸レベル1。
(実際にこの表面的な流れとは別に下水道幹線が地下に通されていますが、
その解釈については後ほど触れさせていただきます)

続いて右上の象限。
事例3:広尾商店街北の水路
Photo

前回述べたとおり、おそらくここは純粋な意味での自然河川ではなく、
また明らかな灌漑用の導水でもなく、
生活排水を起点とした「自然に排水をするための」水路。
従って縦位置は上半分ではあるが真ん中寄り。
そして現状を見れば、蓋かけではなく
地中に管が埋められてしまっているため横軸はレベル3なのでこの位置に。

事例4:桃園川
Photo_2

写真は中野区近辺の、ご存知桃園川緑道です。
杉並区天沼近辺からの水を水源に
いくつかの支流を集めて神田川に流れる自然河川。
また杉並区を流れるあたりではさかんに田んぼへの水の供給のための
用水路が作られていましたが、
本線がはっきりしていることと、
あくまでこの写真の地点ではそれらも含めて集めた谷底の流れである、
ととらえて、縦軸の上半分に位置づけます。
そして横軸ですが、
途中上流や支流では蓋暗渠がたくさん見れれるものの、
この地点でいえば派手に作りこんでいる緑道である、
ということからこの位置・レベル4でいってみましょう。

左下の象限に移ります。

事例5:玉川上水の上流
Photo_4

これは羽村取水口からすこし下ったあたり。
加工度は非常に低く、
ちょっと見ればまるで自然河川ですね。
(まあちょっと上流では実際に多摩川という大河川から導水してるわけですから…)
でも明らかな意図を以って人工で作られているから、
縦位置では一番下に位置づけます。

事例6:玉川上水 四谷大木戸からの余水吐
Photo_5

新宿御苑の東にある、昔玉川上水の余水を渋谷川に流した水路跡です。
縦軸の下のほうに位置づけられることは間違いなさそうですが、
用水本流から分かれて「自然流下が始まっている」という理由で
事例5よりは気持ち上にプロットしましょう。
実際この先渋谷川の源流を補っていくことにもなるし…。
また、今は干上がってしまった(そしてたぶん土を被せて谷を埋めている?)とはいえ
川面をなにかで覆い隠そう、という意図は比較的弱そうなので
横軸ではレベル0とレベル1の中間ぐらいにしておきましょう。

そして最後は右下の象限。
事例7:杉並の天保新堀用水
Photo_6

これは善福寺川と桃園川との間に掘られた、田を潤すための用水路です。
当然縦軸では下半分の位置となりますが、
自然河川同志を結んで掘られた、という事情で真ん中に近い位置にしました。
(まあこの事例に限らず、かなり主観も入る分類ですからwww)
そして横軸。蓋暗渠の中でも、その軌跡とカーブ仕上げは
「いい仕事してる」ことで暗渠界では有名なエリアです。
なので、レベル2の中でもぐっと右寄りに位置づけたいものです。

事例8:品川用水
Photo_7

玉川用水と並んで江戸自体からの主要用水の一つですから
文句なく縦位置は一番下。
この地点は目黒区林試の森あたりですが、
品川用水はそのほとんどが道路と同化してしまっています。
だから、横位置はレベル3となります。

というわけで、
いくつか事例を取り上げてマトリクス上にプロットしてみました。
私自身は、
暗渠を観察した時、
その地点地点で記録を取る際に今後使っていきたいと思っています。

事例を集めることで、
前々回に俊六さんがコメントしてくださったように、
どうも●●区はレベル2処理が多いな、とか
用水・上水は場所によらずレベル3が多いぞとか、
なにがしかの傾向が明らかになってくるのかなと思います。
周辺の都市化や自治体の関与と何か関係が現れてくるかもしれません。
また、車止めや銭湯、バスターミナルなど各種アプリケーション
についても特徴的な傾向が出てくるかもしれません。

まだ自分のこれまでのすべての事例のプロットを行っていないので、
残念ながら現時点ではそこまでは言及できません。
今後の私の課題とさせていただきますが、
プロットするまえにいろんな仮説を考えてみるのも楽しいですね。
あとで一度仮説特集もやってみようかな。
関心をお持ちの方で仮説を持ち寄って、
いっしょに討議なんかもしてみたいものですね。
また、それぞれが「私の萌えポイント」エリアをプロットしてみるのも面白いかと。

また、この先このマトリクスへプロットすることを考えていくと、
もうひとつのアイデアが浮かびあがってきます。
「いろんな暗渠・川跡をプロットするのもいいけど、
一つの川跡をいろんな地点でプロットしてみたらどうなるだろう…」

面白そうではありませんか!?
言い換えると、
川跡をスタティックにでなく、ダイナミックな連続体として捉える
ということになるのかもしれません。

というワケで、次回は
一つの川だけ選んで、その川のいろんな地点を
このマトリクスにプロットしていくいと…おお、こんなことが!
っていうお話を、新たな軸の設定とともにご紹介していきます。

ちなみに・・・・・
連載当初はこの一連のマトリクスを
「LAM=ロータス式暗渠マトリクス」と呼んでいましたが、

自分の名前を織込むという売名行為wの浅ましさにあとになって気がつき改名することにしました。
「暗渠を見るときのひとつの見方」という意味で、
ANGLE(アングル)
と呼ぶことにします。これは、
ANkyo General Level Explorer
の略でもあります(ここに並んでる英単語は予告なく変える場合もありますww)。
『この川跡を暗渠ANGLEで見ると、こんなことが言えそうだな…』
とかより多くの方に使っていただけるようになると私は幸せです。

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暗渠ハンター理論編Ⅱ その流れ、「動脈」?「静脈」?

前回は、「0 はじめに」で全体の意図を簡単にお話し、
「1 暗渠・川跡の分類 ①横軸「加工度」」
暗渠や川跡の手の加えられようによってそれを
レベル0~4に分類し、
それぞれのレベルについての定義の説明や考察を加えました。

今回はその続きをお話していきます。

1 暗渠・川跡の分類
 ②縦軸「もともとの状態」

横軸の加工度に対して、
縦軸として「もともとの状態」をプロットできるようにしてみます。

それがこちら。

Photo_2

ではご説明していきます。
当たり前ですが、川(水路)はそれぞれの距離を流れています。
ですので、同じ川であっても場所場所によって状態は違いますよね。
上流では開渠だったけど、途中で蓋暗渠になってるよ、とか。
まずこの縦軸で提案する分類は、あくまで「流れの中の、ある一つの地点」
でどういう状態なってるか、ということを捉えるのが目的です。
いわば「ある地点でのスタティックな状態」を切り取って眺めてみる、
ということです。
(上流から下流までの状態を眺めるためのマトリクスは、
新たな縦軸を使って後の章でご紹介します)

ここでは、軸の両極に
「静脈系」「動脈系」というワードを設定しました。

尾根を流して水を引く上水・用水を「動脈」に、
尾根や谷戸から高低差を自然流下で水を行き渡らせる自然河川を「静脈」に
例えるという比喩は、
「東京の水2009」のHONDAさんも使われていますし
また都市計画にも詳しい建築史家の陣内秀信氏も
著作(たしか『東京の空間人類学』(筑摩書房, 1985年/ちくま学芸文庫, 1992年)で使われているのでおなじみでしょう。
特に東京では江戸時代以降、
「遠くから高いところに人工的に水を通してきて、
要所要所で低いところに流し込むことで利水エリアを最大化」

してきました。
また元来谷頭などで湧く水からなる自然の河川も、
用水からの落ち水を人為的に流し込むことで
「広範囲の利水システム」の一部となっており、
まさに動脈と静脈がしっかり絡み合って広大な水系を形成していました。

この利水システムの中のどの場にあたるかによって
暗渠・川跡の現れ方も違ってくる、
という仮説を持ち、この軸を採用したわけです。

さてまず「静脈」なのか「動脈」なのかでこの縦軸を
大きく二分します。
すなわち「自然にできた流れ」なのか「人工的に作った流れか」
で分けます。(図の左端)
その上で、それぞれ反対方向にグラデーションが掛かるものを想定し、
図のように大きく4つに分類しています。

まずは最も「静脈」寄りである「自然河川」の状態からご説明します。
目黒川、神田川、桃園川など「谷の底を這うように流れる水路」がこれです。
いわば大静脈ですね。
高いところからの水が集まった(自然流下式の)結果として
流れを作っている水路です。
もちろん、その水の一部に「動脈」、
つまり用水からの落ち水が含まれていても問題ありません。
ただし、その場合は思いっきり軸の上端にプロットする、
というよりは気持ち動脈寄りに位置付けたいところです。
その意味では、大きな流れにはまだならないでしょうが
湧水から流れ出たばかりの水路、すなわち
空川上流の東大駒場キャンパスを流れる川などは
もう超静脈系といっていいでしょう。

次は、上とは逆に最も「動脈」寄りに位置付けられるのが「用水・上水」。
これはもうそのまんま、品川用水玉川上水などの
「尾根を流れる水路」であり、低いところに分岐する前の、
「大動脈」と言えるところです。
この大動脈から別れてすぐの、四谷大木戸・玉川上水余水吐などは
ここに分類しても差し支えないと思います。
ただし思いっきり軸の下端、というよりは
気持ち軸の上に振れるくらいの位置として考えます。

さてこれを両極とした、つまり「大静脈」と「大動脈」の間の
グラデーションエリアについては以下のように分類してみます。

「静脈系でも、ちょっと動脈寄り」には、
「自然流下式を用いる排水路」を位置付けました。
湧水を集めて自然発生的できる流れではなく、
下水道が未整備だったころから
あちこちの生活排水を低いほうに向かって流した結果の
「すこしだけ人工的」な流れをさします。
しかしこれは決して人工的な尾根水路から始まっているわけではありません。
かと言って、谷底まですでに落ちているわけでもない。
例えて言うなら、
広尾商店街の北側にある路地の水路跡(おそらくその後笄川に合流)や、
港区三田3丁目裏路地の水路跡(たぶんその後古川に合流?)などです。
これらは明治以降の古地図を当たっても田畑ではなく
もとから集落やその他の用地であり、
灌漑のために積極的に水路引っ張ってきて辺りを巡らすというよりは
「出てしまう排水をどうにかして流す」ことで出来上がった水路だと
考えられます

最後の「動脈系だけどちょっと静脈寄り」には
「田畑を巡るこまかな農業用水」を位置付けます。
尾根を走る大動脈から分岐し、農地を隈なく潤すために
人工的・計画的につくられた流れです。
しばしば自然河川と並行して何本もの流れをつくったり、
その流れ同士を横につなぐあみだくじのような流れも見られます。
なので、水源は決して尾根からの用水だけでなく、
自然河川や湧水などともところどころで合わさって流れています。
この例としては、杉並の天保新堀用水付近、
品川区の大森川原の支流(仮称)などが挙げられます。

これらの例をさきの縦軸に加えたものがこれ。

2_3 

さて、このあとはこの縦軸を、前回①でみた横軸と組み合わせ
いよいよマトリクス化をしてみましょう。

ただし、次回はシリーズの途中だった「谷戸川」の3回目を
一度だけ挟ませていただく、かもしれません。

7/5付記:いや、やっぱり次回はこの続きを、7/5の22時にアップさせていただくことにします!

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