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2011年6月

暗渠ハンター理論編Ⅰ ロータス式の「暗渠マトリクス」を作ってみた

…谷戸川シリーズの途中ですが、なんとなく6月中に一発目をアップしたかったので並走シリーズをスタートします。

0 はじめに

2年ほど暗渠や川跡のフィールドワークをしてきて
けっこうケースも溜まってきたことだし
日頃なんとなく考えていた
「フィールドワークを通して暗渠を捉える体系」みたいなことの試論を、
今回は書かせていただきます。
いろんな捉え方があると思いますが、
以下はもちろんその中の一つの案に過ぎない、
とあらかじめお断りさせていただきますね。
ですが本人的にはこれらの体系を使って東京の川跡・暗渠を分類考察し、
いつか研究成果をまとめあげたい、
と本気で考えていることもあらかじめお断りしておきますww
※ちなみに以下ここで使うマトリクスは
「ロータス式暗渠マトリクス」(略称LAM)と呼ぶことにしますw 
え?だから何だよって?ww

↑↑↑7/6付記:
「LAM」と当初は命名しましたが、
自分の名前を織込むという売名行為wの浅ましさにあとになって気がつき、改名することにしました。
「暗渠を見るときのひとつの見方」という意味で、
ANGLE(アングル)
と呼ぶことにします。
これは、ANkyo General Level Explorer
の略でもあります(ここに並んでる英単語は予告なく変える場合もありますww)。
『この川跡を暗渠ANGLEで見ると、こんなことが言えそうだな…』とか
より多くの方に使っていただけるようになると私は幸せです。

1 暗渠・川跡の分類

①横軸「加工度」による分類
まずは、対象の「加工度の大小」での分類を試みてみます。
結論から言えばこうです。
Photo

では以下ご説明します。
加工度の大小を、最もわかりやすく区切るとすれば
やはりまずは水面を隠そうとしているか・していないかでしょう。
それでまずは2分割したうえで(図の下のところ)、
さらに加工度に合わせてレベルを振り分けてみました。

レベル0 (ほぼ天然):ほとんど加工されていない天然の状態です。土手や川底なんかも土だったりして。都内では相当に貴重な状態です。
干上がってしまった水のない状態」も、本来の水面を隠そうとしていないという理由でここに入れましょう。

レベル1(加工開渠):護岸整備をしてるとか、「はしご式」加工をしているけど基本的に水面は露出させている、というのがこのレベル。暗渠を追っていて突然このような状態に出っくわすと、レベル0ほどではないけどけっこう感動しますよね。水面が見えるってやっぱうれしいです。

レベル2(蓋暗渠):さあここから右側は水面が見えない状態。ほんとうの「暗渠」となります。
ちなみに自分的にはそこに土管が埋まってなくても、川跡・水路跡であれば「形而上の暗渠」と捉えています。
さて、もっともお手軽な暗渠加工といえば、「とりあえず蓋する」ことでしょう。
だから「鉄板蓋暗渠」や「木材蓋暗渠」なんかがこのレベル。しかも不揃いの素材での蓋はレベル2でも左寄りで、素材の統一感があればあるほどレベル2の中でも右に触れてきます。つまり「コンクリ蓋暗渠」はかなり右寄りで、杉並によく見られる「美しいカーブを描くコンクリ蓋暗渠」などはレベル2の最右翼といえるでしょう。
このレベルの状態は、時にトリッキーだったり7変化したり芸術的だったりして、
非常に暗渠そのものの「鑑賞性」が高い物件が多いことが特徴です。

レベル3(埋設暗渠):さらに加工度が上がると、本格的に流水を地下に埋蔵工事する、ということになります。すなわちヒューム管等が埋められ自然流下式の下水幹線となっている状態。
車止めに囲われた舗装暗渠道」などはこのレベルの最も左側に位置づけできるでしょう。あとは「未舗装暗渠」なんかもそうですね。
で、だんだん右に行くに従って「不自然に広い歩道」とか「ほとんど一般道と見分けがつかない暗渠」が当てはまるようになります。
レベル2ほど「写真映え」はしませんが、
私的にはこの状態がいちばん「心象風景としての暗渠」「心のメタファーとしての暗渠」を感じます。見た目が派手(?)じゃない分、心で感じることが多いです。それと、暗渠の持つ「もはやだれからも有難がられない存在」としての哀しさが最も顕れる状態がこのレベルなのではないでしょうか。
きわめて内面的な衝動をくすぐる暗渠の状態であるといえます。

レベル4(過整備暗渠):これはもう加工の極み、ですね。本来の川跡を隠す・埋めるだけでなく、新たな存在感を作り上げている状態。すなわち「緑道」です。
北沢川緑道など、世田谷区によく見られる「暗渠の上の再生せせらぎ」等は、このレベルの最右翼でしょう。ここは好き嫌いの分かれるところかもしれません。
ですが、暗渠ファンでない一般の方々には「きれいな景色ね♪」としきりに有難がられる存在でもあるでしょう。あるいは、このような状態に出会うことがきっかけになって「なんでここにこんな道やせせらぎがあるんだろう?」と暗渠道に入り込む勧誘装置としての機能も期待できそうです。

また、暗渠につきものの

橋跡などの遺構
湧水
車止め
銭湯、クリーニング店、染物店、豆腐店
バスターミナル
・学校や団地

などなど数々の「暗渠サイン」は、
それぞれのレベルの川跡に付帯する「アプリケーション」
として捉え、後々「どのレベルにどのアプリケーションが頻出するか」
などの考察を行っていきたいと思います。

さあ、あなたが今日訪れた川跡は、
この横軸のどこに位置づけられるでしょう?そしてそのとき、どんなことを感じましたでしょう?
長くなってしまったので以下はやむなく連載にしますね。
以下は、こんな展開になります。

1 暗渠・川跡の分類
 ①横軸「加工度」…
これが今回。次回からは、
 ②縦軸「もともとの状態」…もともとの水路の状態を「静脈系」「動脈系」として縦軸にとる手法を提示します。
 ③縦横マトリクスによる物件の分類…①の横軸と②の縦軸を組み合わせ、暗渠や川跡を分類してみることを提案します。

2 暗渠・川跡の全体把握
 …
①の横軸に、こんどは「上流」「下流」の縦軸、つまりいわば「タイムライン」的な軸を足すことで、「その川跡が上流から下流までどんな変化を辿っているか」を表すことができます。その手法と今後の「川跡の類型化」の可能性をご紹介します。
またあくまで構想ですが、この横軸・縦軸にもう一本奥行の軸を加えて3次元マトリクスにすることにより、過去と今の時間軸で川跡の状態を把握できるモデルもお話してみたいと思っております。




ということで、とびとびになると思いますが、
何度かこのシリーズ続けますね!

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暗渠ハンター 谷戸川のこと②2つの支流と保育園下暗渠

  谷戸川は環八を西に越え、千歳台1丁目を流れていきます。
環八からの流れ、メインとなるのはこの笠森公園。
Imgp0358

ですがこの公園の中を通っていく以外に
もう一本手前にも流れがあったのではないかと思っています。
笠森公園のすぐ北に、
こんな風に環八から別れる傍流のようなものが。
Imgp0357

ここもすぐに笠森公園に合流してしまうのですが、
こんなみちが続くとさすがに「これも立派な流路だったのでは!」と思いたくなるでしょ?
Imgp0359

笠森公園のすぐ横は水道道路。谷戸川はまたこの水道道路を
西に越えていきます。
写真奥にまっすぐ谷戸川が延び、
右から左に水道道路が交差しています。
Imgp0362

さあここを追っていきましょう。
ここからはきっぱりとした蓋暗渠となります。
Imgp0365

まっすぐの区間はそう長くはなく、少し行くとかくっと左に流路を変え
小田急線を越える準備に入ります。
Imgp0366

しかーし。
この曲がり角を注意深く見れば、
右側から合流してくる支流があるではないですか!
Imgp0367

谷戸川本流を下っていく前に、
この支流を遡っていくことにします。
谷戸川は短い川ですが、
この後も何本か支流の合流を見ることができます。

この支流もオーソドックスな蓋暗渠となって続きます。
Imgp0368

おお。支流は左奥に続くのですが、
ここの蓋暗渠の形状は珍しい…。
Imgp0370

世田谷区もなかなかユニークな蓋仕事をされてますな。

そしてこの蓋暗渠が途切れてしまうのがこの先…
Imgp0371

蓋暗渠の消滅地点には「湯パーク レビランド」という
銭湯が。
Imgp0372

なんかすっごく設備が充実してそうです。
あとで調べてみたら、屋上に露天風呂があるそうですよ!
入ってみたかった。
それにしても「エアバス」って何なんだろうw

もう痕跡は消えてしまっているんですが、
この銭湯の正面を通って奥のほうの道に
車止め発見。祖師谷1-26のあたりです。
Imgp0377

車止めの足元のタイヤがなんかアレですが、
支流はここにつながっているのではないでしょうか。

流路らしき道を追って、たどり着いたのは都営団地。
Imgp0379

うーん、都営団地の敷地の中には
こんな意味ありげな歩道ガードレールがあちこちにあります。
Imgp0380

こんな車止めも。
Imgp0383

しかしなあこのヒトたち…
「普通の団地としての装備」なんだか、
烏山川上流の「松葉通り団地」みたいに
元水田地帯であちこち用水路が走っていた痕跡なんだか…。

まあつまりこっちの支流の水源は途中でわからなくなってしまった、
というワケです。

しかたがないので団地の給水塔を含む長閑な風景で
誤魔化すことにします。
10秒間ほど眺めて心安らかになさってみてください。
Imgp0388

まあ仮にこの支流をここでは途中の銭湯名にちなんで
「谷戸川 レビランド支流」としておきます。

さてこの支流の分岐点、
つまり谷戸川本流まで戻って下流に進むことにします。

本流の蓋暗渠は小田急線・千歳船橋~祖師ヶ谷大蔵間の
高架に向かってまっすぐに進みます。
Imgp0390

高架手前までずっと蓋暗渠。
Imgp0391

さー高架を越えると変態しますよー。
小田急線の南側から開渠!はしご式開渠です。
Imgp0396

山野小学校の横を進み、奥には橋が架かってます。
これは谷川橋。
Imgp0402

谷川橋では、祖師ヶ谷大蔵駅方面からくる支流が合流しています。
これが合流口。
Imgp0410

もともとはしご式開渠だったのでしょうね、
蓋の下にそのトラスみたいな構造が見えています。

この支流は少しだけ蓋暗渠が続いて、その先の栗林に消えていきます。
Imgp0405_2

土かぶってるけど、なんか蓋暗渠を続いているみたいですね。
Imgp0406

コの字ウォークで追いかけてみましょう。
お、顕在化した。
奥が上流方向です。
Imgp0407

追えるのはここまで。
この先は方向的には祖師ヶ谷大蔵の駅前。
まあここではこの支流を、栗林にちなんで
「谷戸川 大蔵マロン支流」としておきます。

本流に戻って開渠を追っていくと、
次にあるのが五月橋。
Imgp0411

谷戸川に沿って、自転車が一台通れるくらいの
抜け道的な沿道が続いています。
Imgp0412

そしてこの五月橋の先に、一つの目玉地帯があります。
いえ眼球がたくさんあるとかじゃなくて、
エキサイティング・エリアという意味です。
またまた水道道路と交差する地点。
ここの暗渠構造が結構面白い。
namaさんの以前の水道道路レポートでも
ここの写真が取り上げられていました。

さ、ここで交差しますよ、
このワンポイントリリーフ的に出現した鉄板蓋の向こうが
水道道路です。
Imgp0413

そして水道道路上から進行方向を眺む。
Imgp0414

前方におびただしい数の車止め、
そしてその左、ガードレールの陰に見え隠れするのは…
Imgp0415

がじがじ蓋暗渠です。

さらに前方蓋暗渠上にに止められたクルマの向こうに塀があり、
暗渠はそっから隣の敷地に潜り込みます。
っつかここ車乗っかっちゃっていいんでしょうかw

塀の向こうは、区立大蔵保育園。
さらにっその向こうに公園があり、
谷戸川は暗渠としてこの敷地の下をくぐってゆくのでした。
Imgp0416

これはおもしろいですねー。
暗渠上の保育園。
どうせならこの保育園で保育されたかったものです。

この保育園と公園を抜けると、山野橋という橋が架かって
また谷戸川ははしご式開渠に姿を変えていきます。
Imgp0417

さてさて実はここでまた一本支流が合流しています。
これこれ、この先。
Imgp0419

で、次回はこの支流探索から始めることにしましょう。

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暗渠ハンター 谷戸川のこと①水の交差点から源流を探しに

谷戸川は、世田谷区を流れ、全長はわずか3.5kmのコンパクトな川である。
環八のすぐ西、世田谷区千歳台成城警察署付近に端を発し、環八を一旦東に越えた後
東京都水道局世田谷営業所南部第二支所の横を掠めて再び環八を西に越え、小田急線を潜って南下、かつて東山野と呼ばれていた区内最高地点(標高53.6m)の高台の下を抜けて砧を貫き、世田谷通りを越えて砧公園を横切っていく。そして終には
岡本静嘉堂の南端で、
仙川から分水される丸子川(六郷用水)と合流する河川
である。

谷戸川は短いながらなかなかに波乱万丈、その姿は一様ではなく変化に富み、上流は暗渠化されているが砧付近の中流でははしご式開渠となって水面を露わにし、丸子川と合流する下流付近でははしごすらない豪快な開渠となっている。

合流後の丸子川は、二子玉川の商業集積の北側を通過し、「河川の争奪戦  Vs九品仏川」で有名な、用賀から流れ等々力渓谷を通過してくる谷沢川と野毛で交差、その後一方は多摩川へ、そしてもう一方はポンプアップされて六郷用水としてさらに大きな水脈を作り大田区まで水を供給することになる。

今回は、そんな世田谷から大田に続く水のネットワークの一端である谷戸川を取り上げる。
「谷戸川」は、有名な「谷沢川」や目黒区の谷戸前川と一字違いだったり、「川の地図辞典」(之潮)でも丸子川と表記されていたり(しかも解説から漏れていたり)で、あまり脚光を浴びているとは言い難い(?)谷戸川のアイデンティティ強化のための一助となれば、という筆者の願いを込めつつ書き進めていくこととする。

と、いつもと違って固い出だしではじめてみたが、書いてる方もなんだかシゴトみたいな気になってくるので(それも決して悪くないがw)、
だんだんにいつもの文体に戻すことになるわけだ。いや、わけです。

まあいくつかのシリーズにして展開せざるを得なくなっちゃうんですが、
まずは上流を巡ったお話からいきましょうかねー。
(もう完全に戻った)

実際に私が辿った順、
源流に近い水道道路との交差のあたりからご紹介します。
まずはこのあたりの地形図からどうぞ。

Photo

地形図の上の方は、
環八と水道道路とこの谷戸川と、やたら絡んでるところがあるでしょう、
このあたりです。
それにしてもこの絡みはすごいですね、この交点のあたりには実は
北西からきて千歳船橋の横を通って南東に流れていく品川上水も
被さっているのです。
もう世田谷区における大・水路交錯エリアなわけです。
そこに東京都水道局世田谷営業所が建っている、
ってのも決して偶然ではないのでしょうね。

ここが、その交点から千歳船橋方面に向かう品川用水跡です。
Imgp0258

そしてこちらが、交点から環八(砧)方面に向かう水道道路。
Imgp0269

肝心の谷戸川の川跡は、この交点付近でも見ることができます。
これこれ。
Imgp0263

でも、ここを遡るのはちょっと待ってね。

その至近距離にある東京都水道局世田谷営業所の駐車場。
Imgp0268

(前後の関係からいって、
この駐車場の写真の右から奥につながるラインが谷戸川の流路のようです)

この奥、駐車場の裏側に回って谷戸川が環八に近づく流路をまず追ってみましょう。
裏側には工務店の資材置き場があります。
Imgp0272

この奥はこうなっていて、
Imgp0270

あたかも水路跡のようですね。
この先は新しめのマンションの敷地となり、
どうもこの植え込みのあたりを通って環八を越えるようです。
Imgp0271

ここを越えてからの川跡・暗渠はまた次回。
今回はこれらの上流を辿って行きます。

前の方に書いた水道道路の交点付近に戻りましょう。
これは先ほどの地点。
Imgp0264

こっから上流を目指します。
川跡は結構明確に残っているのでさほど苦労はしません。
先に回り込むとこうなっております
Imgp0262

そして回れ右。こんな具合に続きます。
Imgp0260

その先は一部真新しい暗渠道となり…
Imgp0280

こんなふうに家のすぐ横をスリリングにすり抜けたりしながら
Imgp0285

その先に続いていきます。
Imgp0286

その反対側がこれ。
Imgp0253

ここはもう環八のすぐ横で、
ここで環八を西に渡ることになります。

ちなみにこの付近には、
もうどこだか正確にプロットできなくなっちゃったけど
こんな暗渠道もご用意されています。
Imgp0287

Imgp0288

そうそう、このへんもう結構怪しいところがたくさんあって、
水源からどんどん離れていくなあと思いながらも
さまよってみたら、
この烏山川清川虹子支流の谷頭に辿りついてしまった
というワケだったんです。
さて、環八を西に渡って、この道の奥にあるのが
成城警察署です。上は希望ヶ丘歩道橋。
Imgp0341

いくつかの文献で谷戸川の水源はこの成城警察署のあたりだ、
と書かれているのを見たことがありますし、
たぶん地形的にもそうなんではないかと思います。
世田谷の川探検隊さんのwebにも
ふるい地図では成城警察署の敷地の真ん中に川が、
と記されています。

しかし世田谷の川探検隊さんの写真では
結構見事にあちこち川跡が残っていますね!

ですが、付近をうろついてみて、
本流の水源とは別にもうひとつ水源があったのではないか?
と仮説の仮説程度の確証しかないのですが
もう一本別な流れを文末の地図に記してみました。

ほんとに微地形的なものなんですが、
警察署の西の方の講演から続く流れがあったように思っています。

Imgp0342

まずは、この公園の周囲が大変怪しい…。
大きな倉庫や工場など、
広い敷地を持った住宅でない建物が林立しているんです。
Imgp0354

これはあんまり関係ないけど、
公園横の駐車場には意外な位置に井戸。
Imgp0343

保護色みたいになってるw

公園から千歳台3-8に向かってこんな
暗渠道的なものも用意されています。
Imgp0349

そしてその先で、谷戸川が環八を渡って
成城警察署に向かうところにあった
希望ヶ丘歩道橋に達するのです。
Imgp0351

おそらく成城警察署付近の水源とは別に、
こちらにも流れの源があったんじゃあないかなあ。

さて今回はここまで。
次回からは、もう一度環八を越えて下流に流れていく
谷戸川を追っていきます。

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暗渠ハンター 新金線暗渠めぐりのエピローグ⑤本田~立石さんぽ

というわけで新金貨物線シリーズ記事の本体は
前回で無事終了、となったわけですが、
せっかくだってんで新小岩からバスでちょこっと北上し、
立石方面に寄り道してまいりました。

今回は新金線のオマケ記事としてそれをレポート。

平和橋通りと奥戸通りが交差する、渋江公園というあたりで
バスを降ります。
ここいらへんが、「本田」地帯。
本田とは本田消防署や本田小学校がある旧大字名。
葛飾を含む近隣区では、その開墾の歴史に合わせて大字で
「本田」「新田」と分けていたそうです。
したがってこれら「本田」も ほんだ でなく ほんでん、と読むそうです。

この本田の近くに橋跡がある、
過去のこのブログ猫またぎさんがコメントを寄せてくださっていました。

それを見るのがこのエピローグのひとつの目的です。

あった。
Imgp9949

東井堀にかかる「大道橋」という橋の立派な親柱が残っていました。
きっと大きな橋だったんだろうな。

(ところで、「本田さん」にとっては自分の名前と同じ地名のところにこんなモニュメントが残ってる、ってきっと相当嬉しいことなのではないだろうか…と想像w)

そしてその橋の下を流れていた東井堀がこれ。
Imgp9952

ここから京成立石駅方面に歩くと、
やはり用水路、横に水を伝える「支流」の堀も合わさっています。
Imgp9953

Imgp9954

次の目的地は、倉井ストアーです。
京成立石駅からはちょっと離れていますが、
その世界ではちょっとした名所。
初めてなので、住所を頼りにお店を探し、やっと見つけました!
Imgp9957

倉井ストアーの写真が暗いのはシャレとか狙ってやってるわけじゃありません;;;。
ほんとに住宅地の真ん中にあって、暗いんですw

何しろ肉屋でスーパーで惣菜やさんでしかも飲み屋、
という全く想像を超えた夢のような業態なのです。
普通に肉や惣菜や飲み物が買える店なんですが、
店の半分はイートインスペースになっているという…。
つまりお店で買ったビールとフライとかハンバーグとか
マカロニサラダとかの惣菜を、
その店内で椅子に座って食えちゃうんですね。
ミニミニフードコートです。
もちろんちゃんとアルコールの品揃えも強いです。
もちろん昼間から、ってか朝の9時からやってます。
ここはほんとうにすごい、
なんて楽しいんでしょう、なんておいしいんでしょう;;;;

店内の写真は撮りませんでしたが、
ありそうであり得ない、
これまで見たこともないような類のお店でした。
小一時間休憩。
疲れた体にビールがうまいっす。

さていよいよ京成立石駅周辺のディープなエリアに向かいます。

途中には何か所もスクエアな流路を示す、
用水路暗渠道がありました。
Imgp9958

途中、レトロなせんべい屋さんがあったので立ち寄ってみます。
ふく井せんべい屋さん。

ちょっと話が逸れますが、
私の実家の隣家は、小さな煎餅工場だったんです。
今はどうかわかんないけど、上野動物園で売ってるパンダ煎餅
(直径30cmくらいあるまんまるなでっかい煎餅)とかも作って卸してたところ。

そこに一つ下の友達が住んでいたので、
幼いころはよく煎餅工場内で遊んだものでした。
(今考えるとけっこう危険だったかも)
まだ家内制手工業の色合いが強かったので、
・粉を練る機械(練った後小さいプールみたいとこでその機械洗ってたなあ)
・それを平たくして畳みたいな網に型に抜いて乗っける機械
・その網を入れて焼くでっかい炉
・それにお醤油を塗るベルトコンベヤ
・それを天日で乾かす黒いトタン屋根

それぞれの間を何人かのおばちゃんおじちゃんで
てきぱきと動いて作っていました。
いつも香ばしいお醤油の匂いと、
あちこちでどうどうと回っている滑車のモーター音が今でも懐かしく蘇ってきます。
そうそう、いつもおやつに割れてしまって商品にならないお煎餅のカケラを
山ほどいただいていましたっけ。
今となっては
「設備投資大変だったろうなあ、それから燃料代も」
「どうやって販路開拓の営業したんだろうなあ」
「利益はどんくらい出てたんだろうなあ」
なんてことばかり考えてしまいますが…。

こちらのふく井さんは、
どちらかというと一枚一枚網の上でひっくり返してそうな、
もうちょっとハイタッチなお煎餅やさんです。

かなり昔から営業されていそうだったので、
お煎餅購入がてらちょっとお話を伺ってみました。

やはりこのお店の横(西側)の道路には
水路が通っていたそうです。
(もっともお店の方は「ドブ」とおっしゃっていましたが)
Imgp9961

昔ご近所で、
寒い雪の日に二階からこのドブに落っこちた人がいて、
やかんでお湯をかけて温めたこともあったそうですw
昭和40年代の後半にはもうドブは使われなくなって、
やがて埋められ道になった、とのことでした。

東京都下水道局の資料によると、
昭和46年に閣議決定された「第3次下水道整備五箇年計画」によって
葛飾区でも昭和48年に支線管きょ建設工事が進められた
という内容の記述があるので、
この一環で暗渠化されたのかもしれません。

さてこっからはもう日もとっぷり暮れているので
専らくいもんの話題となりますw

いくつかの暗渠路地(こんな↓)
Imgp9966

Imgp9959

を通って向かったのは、
鳥房
以前から機会を伺っていたのです。
ここで名物の鶏を食うぞと。
ところがもうすごい行列。
ちょっとどこか違う店に入って空くのを待つかと作戦変更。
当然宇ち多はもう閉店、あろうことか
私的立石一番店のミツワまで「今日はもう出すもんがなくなっちゃったから」閉店…。

線路の反対側に行った江戸っ子は満員、
やむなくその近所の寿司屋さんで日本酒を飲んで待機。

しかし1時間後に来てもほとんど変わらず…。
これまた作戦変更。持ち帰りでいこう!テイクアウトで。

ですが持ち帰りが出来上がるにも小一時間の待ち時間とのこと。
しかたない、もう一軒行って待ってるかw

ということで、さして期待もせずに入ったのが
駅の反対側にあったえびす屋食堂です。
Imgp9972

「立石といえば宇ち田ミツワ、江戸っ子だぜ」と思っていた私がバカでした。
実際さっきの倉井ストアーとかものすごい破壊力だし。

なにしろここえびす屋食堂、今まで存在は知ってはいましたが、
ふん、と素通りしてしまっていました。
なんと浅はかだったのでしょう。私は自分を恥じねばならない。
そしてなんと立石は奥が深いのでしょう。とにかく安くて美味くて雰囲気よし。
煮込みもウマイ。
Imgp9970

その他興味を激しくそそられるメニュー満載。
Imgp9969

ですがもう数件目なのでトライアルできません…。
絶対リピートします。

そして無事に鳥房で名物「鳥の丸揚げ」を受け取って、
やっと家路へと着くのでした。
いやー、たくさん食べてしあわせ。

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暗渠ハンター 新金線暗渠めぐり④未来の複線と「踏破号」

小岩と京成立石を結んでいる奥戸街道を横切る地点まで来ました。
金町から南下を続けていた新金線も、
このあたりから緩く南西にカーブし
JR新小岩駅めがけて斜めに滑り込んでいくことになります。

その奥戸街道にかかる新金線の高架がこれ。

Imgp9925

あれ?

あれあれ???

という感じですよね。

線路は単線なんですが、
この高架を見ていると単線どころか3本並行できるぶんだけ
スペースがあります。

昔は複線だったりしたのかな?とこの現場では思いましたが、
帰ってから調べてみるとどうも
用地やこのような高架設備をあらかじめ用意し、
将来の複線化にも対応できるようにしている、
ということらしいです。

そうか!!
これまでアップした写真を見てみても、
高架や鉄橋はすべて複線用の「余分」がありますし、
※別の新金線高架の例
Imgp9932

②でご紹介した
「近所の人に農耕地にされちゃうほど広い金網フェンスの向こうのスペース」
も「来るべき複線化のため」の期待が込められた場所だった、
というワケです。
※「余分」のある線路周辺の土地の例
Imgp9933_2

敷設された1926年(大正15年)当時に思いをはせると
「もっと貨物が増えるかも」という想定の複線化なのでしょうが、
今であれば複線化が実現するなら
湘南新宿ライナーやりんかい線などのように、
旅客車乗り入れ、があり得るかもしれませんね。
(それ、なんかいいなあw)

そんなことを調べていたら、過去に「びゅう」で企画された
こんな旅行商品を見つけました!
「新金線 踏破号」っていう特別列車をこの新金線が走ることもあったんですと!
これは鉄でなくても胸躍る企画ですねー!
行きたい!乗りたい!!!

ちなみにこれも新たな発見でしたが、新金線に限らず
こういう「踏破号」企画は鉄さんの間では結構メジャーみたいです;;;
知らなかった。世界はSpacyです。

現地ではそんなこともつゆ知らず、
「いつの間にか葛飾区から江戸川区に入っちゃったんだなあ」
ということを、こんな掲示物からのんきに教えてもらったりしていました。
Imgp9927

新中川を渡るときに一瞬新金線と離れますが、
Imgp9928

(遠くに見えるのが新金線の鉄橋)
渡った後はまた線路脇を行きます。

その線路脇にはなぜか水道管関連用品の
資材置き場になっていました。
Imgp9931

たぶんここも、将来複線化した時のための用地なんでしょうね。
それにしてもスーパーで山積みにされている季節の野菜みたいに
なかなかいい景色です。

ここを過ぎると新金線は、
たくさんの総武本線の線路に紛れてしまって
もう素人目にはどれがそうなんだか全く分からなくなります。
私のような非鉄にとってはもうここが事実上の「新金線終了」地帯かと。

しかしそれに反して暗渠的には大変面白い場所になってきました。

新小岩駅の北東部には、
縦横に走るたくさんの用水路暗渠があるからです!

これは線路の北側を、線路と平行して東西に走る暗渠。
Imgp9935

これに南北に走る暗渠がせーつーぞーくー。
Imgp9937

自然河川の暗渠でないまっすぐ水路というのは
ちょっと色気がないところがありますが、
それでも十分に暗渠というだけでうれしくなります。

ここもそうですね。
Imgp9939

古地図でも確認できる用水路。
前からの歩道との対比がいかにも!な
面白い構造をしています。
Imgp9940

こんなところも。
右奥にあるのはバスターミナルです
Imgp9942

用水路の「十字路」なんかもありました。
Imgp9943

ここから回れーみぎ!でこんなかんじ。
Imgp9944

ということで、ようやく新金線・新小岩駅にたどり着きました。
途中ヒルメシ点心&あたみ湯休憩をとったとはいえ、
もう体力的には限界。
しかしせっかくいい感じの夕方時刻に立石の近くにいるんだから…
と新小岩から立石に移動を決意!(ただしバスでw)

立石で出会った暗渠と飲み屋は…
ってとこまで今回書こうとしていたんですが、
どうやらすでに結構なスペースになってしまったので
立石遠征は新金線シリーズのオマケとして次回書かせていただきます!

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暗渠ハンター 新金線暗渠めぐり③干上がる用水路跡たちと孫悟空とあたみ湯

怪無池を抜けてその裏側・中川の堤防を少しの間歩くことにしました。
堤防に登って池を振り返ります。
Imgp9890

子どものころにこんな池が近くにあったら、
楽しかったろうなあ。

そして中川を北に振り返ったところ。
Imgp9889

広いなあ。
普段細い細い川跡や暗渠を歩いているだけに、
この広さには圧倒されます。
これを暗渠にするとしたら、
どれほど太い管が要るんだろう…。
なんて意味のない空想をしてると
頭の芯がしびれてくるような感じ。
少し水に対する畏れのような気持ちがわいてきます。

幹線道路が通る、高砂橋です。
Imgp9892

この橋を横切ると、
高い位置から新金線を見下ろすことができます。
Imgp9893

そこにも、干上がった用水路跡が見えてきました。
Imgp9894

線路の向こうに延びる水路跡は
道路として使われているようですが、
線路からこの土手の短い「はめ殺し」区間は、
もはや何のためにもなっていない、
そんな空間になっています。

この用水路の合流口が中川に向かって開いていないかと
土手の反対側を見てみますが、何もありませんでした。
お、ここは中川がちょうど新中川と二手に分岐する「Y字路」でしたね。
Imgp9896

さて土手を下りて、新金線の踏切を越えて
また線路の東側を通ってみましょう。
「耕道踏切」。
Imgp9898

昔の田園風景が偲ばれる名前です。

ここを抜けて、線路に並行して通っている「西井堀」を歩こうかと。
ちなみにそのすぐ東にはさらに「東井堀」が走っています。

西井堀に出る手前で見た電柱。
Imgp9899

こんなにも歩み寄ったアピールなのに
それでも電柱根本部分はこれを無視する行為の跡…。
やっぱアナーキーやねw

西井堀はすっかり道路になっちゃってます。
Imgp9900

ですが、これが斜めに新金線と交差するあたりでは…。
Imgp9903

おおー、正体現してくれたな、西井堀くん!
またも干からびた用水路に会うことができました。

ここは東京街道踏切、というところ。
Imgp9904

鉄橋、見事。

Imgp9905

結構な川幅だった模様ですね。

踏切を渡るとまた新金線から遠のいちゃうから、
コの字ウォークで次の踏切まで迂回。
そのの踏切では線路沿いの暗渠道への入り口がありました。
当然ここを歩いていきます。
Imgp9906

うん、細くってまっすぐで。
何よりも貨物線のすぐわきの暗渠を歩けるのがうれしす。

Imgp9908

まあこの辺ではもう結構くたびれてて
おなかも相当に減っておりまして。
しかし、今後ここを散歩される方に申し上げておきますが、
この沿線は食いもの屋はおろかコンビニさえもほとんどないです。
実はもう一時間くらい前から「なんか食うとこ見つかんなかいかな」と
すがるような気持ちできょろきょろしていたのですが、なんもありません。

これまで見てきた干上がってからからの用水路よろしく、
私のカラダも干上がりそうです。
水分とか気力とか…。

そんなとき、立石大通り踏切から中華屋さんが見えました!
その名も「孫悟空」。
Imgp9913

ファミレスっぽい作りだし、
ふだんならここはきっと入らない類のお店だけど
まあもう選択肢もないので正直仕方なく入ったわけです。

ところが!
この点心結構うまかった!
Imgp9912

お店では食べ放題っつのもやってるそうですが、
店内数か所に張ってあるこの注意書きが可笑しい。
Imgp9911

ぶわーっと注文だけして残しちゃうお客様がやたら多いのか、
それともこのお店が注意深すぎるのか…w
いずれにしても前回からの「葛飾アナーキズム」と
どこか繋がる感じがして素敵。

休憩しながら近所の検索などしていたら、
ちょっといい感じの銭湯がすでに開いていることを発見!
休憩ついでに寄ってみちゃおうかな、
ということで「あたみ湯」へ。
なんかね、浴槽が真ん中にあって丸いんですよ、
そんで外観もこんなで、その丸い浴槽の上に搭屋が建っているような。
素晴らしいレトロ銭湯でした。
Imgp9916

さらにこのあたみ湯は東井堀の緑道沿いにあり、
なんだか得したような気にもなります。
Imgp9915

干上がらなくてすんだ、とすっきりリフレッシュして、続きを歩きます。

そうだそうだ、新小岩についたら
輝く墨東一のセンベロ天国・立石まで移動して
一杯やって帰ろう!という野望が自然と湧き上がってきます。

新金線に戻る途中も、
いくつかの用水路暗渠が見られます。
Imgp9919

そして奥中区道踏切でまた新金線に合流。
Imgp9922

新小岩まではもう少し。

前回でもご紹介した、
(たぶん)イリーガルに耕されている線路沿いを歩いていたら、
また金網の向こうにこんなアナーキーな光景が。

Imgp9924
風呂だぜ。

では次回はたぶんシリーズ最終回。
新小岩駅付近の暗渠と、
オマケでその後の夜の立石の暗渠(とお店)を。

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暗渠ハンター 新金線暗渠めぐり②新金アナーキズムと怪無池

新金貨物線、続きいきまっせい!
新金線に沿って南下していきます。

ここは新堀踏切というところ。
なんか黒と黄色じゃなくって赤と白、
という配色が目新しいなあ。
Imgp9862

暗渠臭を嗅ぎわける方ならもうおわかりのとおり、
この「新堀」…。
そう、ここ。
この踏切と垂直に交わるこの道は、元水路です。
これまでの線路を横断する水路と違って
もうここは痕跡がほとんどありませんが、
この道を水路が走っていたようです。
Imgp9864

ところでここまで新金線沿いに歩いてきて
嫌でも目につくのがこんな風景。
Imgp9866

いやね、線路はこのグレーの金網フェンスで
一般道と隔てられているんですが、
その金網の内側、線路脇の狭いところ至る所が
家庭菜園っぽくなってるんですよ。
どうも近所の方が思い思いに何らかの方法で
このフェンスを越えて、耕しまくってるみたいですw
たぶん不法なんだろうなあ…。
(ご近所の方、合法的だったらごめんなさい;;;;)

ある種の逞しさやら、
環境への強い適応力やら、
アナーキーなパンク精神を感じざるを得ませんww

そんなふうに感心しながらもてくてくと歩いていくのです。
今まで新金線の西側を歩いてきましたが、
踏切を越え線路の東側にルートを移します。

その踏切が「高砂踏切」。
この踏切横にも大いなる見どころがあります。

踏切手前で、道から逸れていく一筋の細長エリア。
Imgp9869

その奥には
Imgp9871

川跡!
ずいぶん埋まってるけど。
Imgp9872

奥には新金線の鉄橋が見えます。
いままでの中で最も太い川跡ですね。

そしてその鉄橋を踏切から見たところ。
Imgp9874

んー、いいですねえ。
反対側からまたこの鉄橋を鑑賞してみましょう。
Imgp9875

この水路に水があったころから、
新金貨物線は一日に何本か
この鉄橋を越えてたくさんのコンテナを
ことんことんと運んでいたんですね…。

護岸の遺構も廃墟色。
この貨物線はまだ現役なのに。
Imgp9876

踏切を越えて線路沿いに続く道も、
またしても用水路でした。
道路をすぱっとセパレートして水路跡が続きます。
Imgp9881

もういちど踏切を西に渡ると…。
青龍神社という敷地の中に
Imgp9883

池があるんですよ!
Imgp9884

怪無(けなし)池という名前の池。(または怪無沼)
名前もいいですねぇ!

地元の方の丁寧なご説明がありましたのでご参考に。

もうすぐ裏手が中川です。
昔蛇行した名残の池、といったところなのでしょうね。

池の周りにはたくさんの釣り人がいました。
なんかもう「わしら毎日通ってるぞぇ」的な風情の方ばっかです。
Imgp9885

フェンスで囲ってあるけど。
しかも「危険だから入るな」的な看板があちこち掲げられているけどw

さっきの線路際農園といいここといい、
このあたりって
柵は越えるためにある」みたいなアナーキズムにあふれる土地なのかなw

そう思うと、
この池のほとりの↓光景も、なんか反骨精神やらなんやらにあふれた
現役のバスクリン入りの風呂に見えてきますw
Imgp9887

ってんで、
ひっそりと寡黙なイメージを勝手に抱いていた新金線ですが、
なんだかここへきて
とてもロックでやんちゃな鉄道に思えてきました。

以下続く、です!

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暗渠ハンター 新金線暗渠めぐり①暗渠と貨物線の共通点

春先に、新金貨物線を辿ってきたんです。
新小岩と金町を結ぶ貨物線で、もちろん旅客車両が通らない、
せっせと貨物だけを運ぶ線路。
一日数回しか列車が通らないけど、しっかりと川崎方面と千葉方面の
貨物の受け渡しに機能している新金線。

私は鉄ではないので、
あまり貨物線のことを考えたことがありませんでした。
しかし暗渠を辿るようになって、
なんだか貨物線のこともすごく気になってきています。
そんなんで以前も隅田川貨物ターミナル駅
梶ヶ谷貨物ターミナル駅を記事にさせていただいたことがありました。

私の感じる、暗渠と貨物線の共通点は…
・普段意識しないので見えないけど、しっかりと土地に刻み込んだネットワーク(どこかとどこかを結ぶ線)が存在してること。
・そのネットワークを知ることで、自分の脳内地図に新しいレイヤーが掛かってうれしいこと。
・周りの人々はあまり直接日常的にその恩恵に預かっていないので、概ね有難がられてはいないこと。
・それだけに、存在自体が至って純粋なような気がすること。

などなど、なんですよね。

それに今回の新金線は、かつての農耕地帯を走っており
すなわち古の用水路があちこちにみられるという
暗渠と貨物線の複雑なハーモニーが楽しめる場所。

だから、出かけてまいりました。

結構長いんですよ(いや、貨物線としては短いのかしら?)、
全長が8.9Km。
そんなんで数回にわたってご報告をしていきます。
あ、もうちょっと新金貨物線について
詳しくお知りになりたい方はぜひWikiを…。

スタートは金町から。
はじめは新金線にきっちり沿うのではなく。
多少内側を歩きます。
それは、このへんに行きたかったから。
上下之割用水、という用水の跡がこの道路。
Imgp9827

ここに原田橋という橋が架かっています。
Imgp9828

そしてこの道を南下していくと、
暗渠界では墨東名所の誉れ高い「大堰枠」にたどり着きます。
ここは以前猫またぎさんも記事にしておられたし
マナイタ学会主催のF澤さんも
「大堰枠ってのがあってね!」と興奮して話しておられたところ。
昔の水路の交差点なんです。
それも七叉路。

猫またぎさんがかなり詳しくレポートされているので
ここではあまり触れませんが、
この交差点からは今でも数本の暗渠を確認することができます。
ここや、
Imgp9832

ここや、
Imgp9833

こことか、
Imgp9834

あっちとか。
Imgp9836

さて、ここから西に向かって、
新金線にアプローチしていきます。
せっかくですから、
新金線まで行くのにも暗渠を通って。
大堰枠から延びる用水の暗渠。
Imgp9838

いったいこのバイクが纏うカバー的なものは
どうしてしまったんでしょうw
Imgp9839

イメージとしては、
縄文時代の何か雨乞いっぽい祀り事において
ボロ布を着て踊る骨ばった村の若人、みたいな。

行く手が行き止まりになります。
Imgp9840

そう、それは新金線にぶつかるから!

金網フェンスに道は遮られますが、
用水だけはその先まで続き、
今となっては枯れて埋められてしまった
みずみちが見えます。
しかもその上を新金線が通っているミニ鉄橋です!
Imgp9841

いよいよ新金線。
ここからちょっと南下したところに踏切があるので、
そこまで行ってみましょう。

踏切に立ちます。
Imgp9844

金町から数えるとここが2番目の踏切。

そしてこの踏切も、また別な川跡が交差しているのでした。

Imgp9846

この川跡は、もう何にも利用されず単なる
「よくわからない空き地」になっていますね…。
ここも、
「誰にもありがたがられない」
「みんなに放っておかれている」場所。

その一本南の線路と交差する道路も用水路が通ります。
Imgp9848

車道から階段を降りて暗渠道に降りることができます。
できすぎ、くらいの舞台装置ですねw

実はここは、今年の冬に「マナイタ学会FW」で
日もとっぷり暮れたころに通ったところ

無事昼間に再訪できました。

さて、先は長いので
新金線に沿ってどんどん南下しましょう。

国道6号線を越えると、
すぐにある建物が「紋どころ」「助さん格さん」…。
Imgp9859

むむむなんだこれはと思いましたが、
民間がやっているグループホームのようです。
一度みたら忘れられませんな…。

そこを過ぎるとまた新金線を横切る水路跡が
姿を現します。
Imgp9860

すっかり埋められ水もない川(用水)。
こんな光景を見てよく思い出すのが
高橋幸宏さんの「left bank」という歌です。
リンクはアコースティックバージョン。

オリジナルバージョンは「EGO」という90年代に発売されたアルバムに収録。
当初は私の方の具合wもあって、
なんだか重い曲だなーと思ってましたが
聴けば聞くほどカラダに馴染んでくる佳曲です。
「この川はいつからか 水が流れてない…」
という歌い出しで始まる、暗渠好き必聴のナンバーだYO!

あーそういえば松久淳って作家のwebに載ってた
高橋幸宏論が超おもしろかったんだけどなー。
もう公開してないみたいですね、残念。

えーと、ちょっとここいらで休憩させていただいて、
続きは次回にいたしますね。

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暗渠ハンター 烏山川 清川虹子支流②「ねじまき鳥・・・」の暗渠?

清川虹子支流の続き、いきます。

前回の、今はなき川の魂が語りかけるような未舗装の
野趣あふれる谷頭を過ぎると、
支流暗渠は住宅の中を通っていきます。

文末の地図でも流路を示す通り、
なかなかon the 暗渠で追えない区間が続きます。

まあこういう一般道との交差地点で見られる程度。
Imgp0313

しかしこのときはまだ初夏にもなっていない春、
だというに草が「萌えハミ」状態ですね。
Imgp0312

この先、ちょっとした駐車場スペースがあって
少し流路に近づけました。
でもこれじゃわかんないかw
Imgp0314

やっと「道」になります。
車止めも登場。
Imgp0315

斜に構えた車止めだなあ。

これを入ってワンブロック進むと、
Imgp0320

出口。
Imgp0322

区立船橋地区会館という公共施設の脇に出ます。

で、こっから様相がいっぺんに変わります。
ここで突き当たるのですが、
右、左とクランク上に続き、
その先にはこんな「小径」が続いているのです。

Imgp0323

都立千歳丘高校の敷地に沿ってぐるっと半周ほど
もともとの開渠を自然を大切にしながら暗渠化したもの。
Imgp0324

道沿いにこんな掲示物がありました。
Imgp0329

Imgp0328 

すごくおもしろそうなことかいてあるー!

実はこちらでしっかり読めます。
この流路の昔のことも、しっかり書いてある立派な資料!!!
そう、ここに「清川虹子さんの家」のことが書かれていたんですよ。
ほかにも地元の、昔のこの川のことを知る方のコメントが
たくさん載っててとても面白い!
・春光幼稚園そばのケヤキの近くにあった湧水が源流だった。
・戦時中は観音堂の下の流れでウナギが獲れた。
・池田児童公園は昔蓮田だった。
・この小径の流路は、もともと千歳台高校を横切ってた。

とかとか…。
この道の水路時代の写真もあったりして。
(上のリンクの「小径」から引用)

地元の「船橋小径の会」という団体が、
ここの整備やこのような情報発信をされているようです。

この中には、
「ねじまき鳥クロニクル」に出てくる、
主人公が猫を探しに行く暗渠とは、ここがモデルである
的なことも書いてありましたが
果たして真偽のほどは…w。

暗渠好きになって改めて「ねじまき…」を読み返したら、
確かに「暗渠」ってことばも出てくるし、
そこに猫を探しに行く描写もあるんですよね。
でも確か私の記憶では(<間違ってるかもしんないw)
・低い塀のようなもので閉ざされているので入るときはそれを乗り越えねばならない
・普段誰も通らない・入らない
・いちおう舗装されている
・暗渠沿いの家々から背を向けられている

というイメージなので、私的な「ねじまき…」の暗渠はどこかなあ、と考えてみると、
なかなかドンズバのところがないんですが、強いて言えば
井の頭線東松原駅近くの閉ざされた暗渠区間が近いかなあ…
ここがもっと、周りに家が建ってて暗くて、だったらかなり近いです。

それと、なんとなく場所的には「代沢」あたりのようなイメージがあります。
なんか週刊誌記事の引用部分で「代沢」という表記が出てきたような気も…。
わかりました、あやふやな記憶に頼らずに再読しますw

というわけで、もう少しだけ続いて小径が終わります。
Imgp0330_2

小径の終わりはもう本流、烏山川緑道でした。
Imgp0332

いやいや、
意外なところで烏山川支流にであったのでした。

そんで次回は、もともとの目的地谷沢川に!
(6/10追記: というつもりでしたがすっかり忘れて、もう違うヤツ書いて予約投稿しちゃったよ;;;)

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暗渠ハンター 烏山川 清川虹子支流①谷頭からの川跡

清川虹子さんという女優さんがいました。
2002年に89歳で亡くなった方。
私が知ったのは1983年に「楢山節考」という
シリアスな映画に出ていた頃。
いえ、この映画を見たわけではないのですが、
当時は「70歳でヌードに!」と結構ニュースやワイドショーで話題になっていた
気がする。

なんで見てもいないこの「楢山節考」が印象に残っているかというと、同じ年の
カンヌ映画祭に「戦場のメリークリスマス」と共に出品されていたから。

日本の前評判では「戦メリが入賞するだろ」的な空気があったのですが、
予想を裏切って(失礼)こちらが入賞を果たしたのです。
当時からYMOファンだった私は、
なんとなく「負けた…楢山に…」みたいな気持ちになって
罪もない「楢山」に対し
理不尽な敵意を抱いたりしていたわけです。
(要するにコドモだったわけですね、私がw)

さらに脱線すると、「戦メリが賞獲るだろ」的前評判、のことですが、
当時を回想すると、坂本さんのサウンドストリート、
ビートたけしのオールナイトニッポン、
高橋幸宏さんの同オールナイトニッポン、
YMOファンのための伝説の月刊誌サウンドール
こんな限られたメディアの中だけでの「身内の盛り上がり」だったのかもしれません。
私も当時相当偏ったメディア接触してましたからね、
もう「受賞間違いなし!!!」なんて希望的観測を強く持ってましたし、
ましてや「楢山」みたいなライバルがいることさえ知りませんでした。
でね、
こういう状況って、今のtwitterにちょっと似てる場合があるな、
とも思います。
何千人とフォローしてる方は別でしょうが、
twitterはしょせん「自分で選んだ人だけの閉じた世界」。
原則「閉じている」から、ライブハウスやホールみたいに
心地よい反響もたくさん返ってきます。
しかしここでいくら反響がものすごくても、
ここでいくら「世論」を作っても、
世の中から「閉じている」という感覚を忘れると
あとで大局を見失うことにもなりかねないなあと思う次第です。
4月の地方統一選挙のときも、そう感じました。

まあ、そんな「楢山」イメージだったのであえて当時観ようと思わなかったし、
清川さんのこともそれくらいしか知識を持ち合わせていなかったので
ついさっきまで「社会派作品に出演する正統派演劇人」
みたいにイメージしていました。
でも、今改めて調べてみるとなんともともとは
喜劇役者だったりしたんですね。伴淳三郎ともいちど結婚してるわ。
へえー。
なんてのっけからとりとめのないことを書きましたが、
今回はその清川虹子さんが住んでいらしたおうちの
近くを流れていたという、烏山川の支流をご紹介します。

ってことでかなり強引ですが、今回の支流は
「清川虹子支流」または虹子支流と仮に呼ばせて頂きます。
清川支流でもいいんですが、どっかにほんとにありそうだしw
と、ここまでが長い長いマクラでしたw

実はこの日は、谷沢川の上流端を探そうと思って
小田急線 千歳船橋駅の北西の、
環八と水道道路が交わるあたりをうろうろしてました。
(谷沢川については後日の記事で扱います)

谷沢川についてはだいたい見当はついたのですが、
「もしかしたらあっちも支流が?」「こっちにも?」
なんて強欲に、じゃない意欲的に周辺をめぐっていたら、
こんな場所にたどり着いたのです。

Imgp0293

マンションの共同ごみ小屋。
…ん。なんか裏がありそうだなと思って回り込んでみると、
ヘンに長細く囲われた駐輪スペース。
Imgp0294

奥に見えるブロックを積み上げた四角いのが、
二つ前の写真のごみ小屋です。

そしてこの駐輪スペースの反対側は…。
Imgp0295

なんとゆるい谷の始まりで、
しかも未舗装の川跡のようなものが始まっているのでした!

それがこの谷の谷頭です(矢印のとこ)。
google Earthさん「東京地形図」さん、いつもありがとうございます。

1_2 

マンホールも点在し、これは間違いないですね。
私には「春の小川」のように見えます!!!
Imgp0299

ほらほら。
だんだん両脇の塀に挟まれて
狭くなってきました。
Imgp0301

その「春の小川」を振り返ると、こんな景色です。
Imgp0307

右側のマンションの駐車場が大きく傾き、
この道が谷底にあるのがわかります。

もうどうにも疑いようのない暗渠道です。
Imgp0302

このくらいの草に埋もれる未舗装の暗渠道、
というのもまた趣のあるものです。
あ、塀の上の猫さんと目があいました。
Imgp0306

あちらもびっくりしてるようです。

この道の終わりが見えてきました。
Imgp0304

いったん舗装道路と交差します。

まだ先はあるのですが、
ここはちょっと入れません。
隙間もないんだもの。
Imgp0305

さて、今回は前置きが長すぎたので、
ここで前半終了、
このあとは次回でご紹介いたします!

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暗渠ハンター 権之助坂下のちいさな暗渠

目黒駅から権之助坂を下り、行人坂と一緒になって、
目黒通りとして目黒川を横切るところにかかるのが新橋(目黒新橋)。
その新橋のすぐ横にある小さな暗渠を今回はさらりとご紹介します。

権之助坂、って一度聴いたら結構忘れられない
インパクトのある名前ですよね。
その坂の名は、ちょっと悲しい由来があるようです。
目黒区のHPをどうぞ

目黒通りの、目黒川と交差して山手通りまで行く箇所は、
盛り土をしたのかちょっと両脇から少し小高いところを通っています。
その目黒通りの南側の窪地にその暗渠はあります。

目黒通りから目黒川沿いに南に道路が伸びているのですが
その道路の入り口あたりから脇に
ひょろっと下り階段が見えます。

Imgp0538

目立たないけど、結構急な階段です。
30段くらいの階段を下りていくと、
こんな道が続きます。
Imgp0539

もう間違いなく暗渠でしょう。

川面に降りていくような短い階段。
Imgp0540

すこし奥に入れば、
マンホールもたくさん現れます。
Imgp0541

横に延びる支流。
Imgp0542

これは、並行する目黒通りにつながる道。
奥に進み、突き当りの階段を上ると「丘の上」の目黒通りに出られます。
Imgp0543

暗渠はまだ続きます。
やはりこの道も、近隣から「そっぽを向かれている感」を
丸出しにしてます。
Imgp0544

暗渠脇には、
もはや「守るもの」を見失いかけたガードレール。
開渠時代の名残でしょうか。
Imgp0545

家に帰ったあとで答え合わせに「東京時層地図」を見ると
このあたりは明治までは田んぼ。
ですが関東大震災前の地図ではすでに
宅地に転用されています。
ということは、
元は用水路だったけど
その後長く、宅地の生活排水を流す
開渠のどぶ川だったのかもしれません。

お、少し雰囲気が明るくなってきた。
Imgp0546

暗渠の終わりは、やはり公園でした。
Imgp0547

地図上ではこの公園に
四角い人工的な池があるようです。
水はなかったけど浅くて四角いスペースがあったような。

その先に何かないかとぐるっと回ってみましたが…
Imgp0548

住宅の間に小さな、
だけどたくさん鳥居の連なるお稲荷さんがあるくらい。
Imgp0549

樹の感じから言うと、
結構古いみたいですね。

どこが水源かわかりませんでしたが、
このお稲荷さんやさっきの公園あたりが怪しいです。
あるいは特定の水源をもたない、
はじめから生活排水のための水路だった、のかもしれません。

もういちど目黒川に戻って、
新橋の上からこの暗渠の方向を眺めると、
小さな合流口が見えました。

Imgp0550

正確には今日、ではないんですが、
私が暗渠に目覚めて今月で丸二年ほどになります。
振り返ってみると、
読んでいただいているみなさまや、
たくさんアドバイスを下さる先輩、仲間のみなさんのおかげで
ほんの少しですが経験値を上げさせていただくことができたなぁ、なんて思います。

しかし知れば知るほど、暗渠の道の奥深さを感じます。
暗渠とはこれから一生つきあっていくんだろうなあ。
そんな確信も。

みなさま、日頃のご愛顧、本当にありがとうございます。
どうぞこれからも、拙ブログをよろしくお願いい申し上げます。

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