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暗渠ハンター 池尻堀の大仏支流

以前、大田区馬込付近の「池尻堀」のことを書きました

地形図を見ると、その付近にはいくつも谷があります。
(「こたたん山通信」のろっちさんはこの谷たちを<楓谷>と名づけられています。いい名前ですねw)

地図を見ていると只でさえうずうずしてくる萌え地形なのですが、
ある日あるとき思い立って、
この楓谷の上のほう、
馬込駅の北・国道1号線横からぱっくりと始まる谷を
訪ねてきました。

Photo

毎度google earthさん「東京地形地図」さん、どうもありがとうございます。

楕円の中にはいくつかの谷が見られますが、
この谷たちが新幹線高架下あたりで一つに合わさります。
そこには確かに一つ、ドブのような流れがありました。

経緯は後程お話ししますが、
ここではこの北の谷をらが合わさって流れる水路を
「池尻堀・大仏(おおほとけ)支流」と勝手に名づけ、
痕跡や流路の街並みを見ていきたいと思います。

谷の入口は都営浅草線の馬込駅の北。
今回は、五反田から国道一号線を南下するバスでアプローチ。
馬込の東急バス荏原営業所前で降りました。
ここは、
立会川と品川用水が交差する水の要所。
またそんなところにバスターミナルがあるという
私的にもわくわくするところです。

東急バス荏原営業所を少し南に下ると、
1号線の広い道路からいきなり東側の崖下に下る
狭い階段が現れます。
Imgp9490

おお、結構な勾配っすね。
Imgp9491

谷頭にあたるこのあたりは路地の多い、
情緒たっぷりなエリアです。
Imgp9495

ただ、「これは暗渠か」と問われると
正面切って「間違いない」と答える自信はこの時点ではまだありませんw
Imgp9498

さきの階段近辺谷頭から、数本谷底に降りていく細い道があります。
その中の一つには、
丸と四角の異なる形の「おしくらマンホール」もどきが
ありました。
Imgp9501

ちょっと珍しいかも。

あまりの珍しさに遠目に猫も近づいてきた模様。(うそ)
Imgp9506

ここからより低いところに向かって
比較的広い道が3本。
あっちへ行ったりこっちへ行ったりしながら、
たぶんこの3本ともが怪しいんじゃないかと思うように
なってきました。
(文末の地図参照)

本編と全く関係ないのですが、
谷の南の崖上を歩いていたら、
すりすり猫にもあうことができました。
Imgp9541

むー。かわいいにゃあ。

あ、なんかあんまり見たことがない
ハンキョ形態のマンホール蓋に谷底で遭遇。
Imgp9515

怪しい3本のうちの1本からは、暗渠度の高そうな小径もいくつか。

Imgp9531

実はあとで「答え合わせ」に『東京時層地図』をみてみたら、
明確な水路は見当たりませんでした。
しかし谷の中は高度成長期以前一面の水田。
時代によっては谷頭に溜池のようなものも見られます。
大きな川ではなかったにしろ、
用水が通っていたのは間違いないでしょう。

ちょうどこの3本が一点に交わるあたりには、
大井の大仏(おおほとけ)」で有名な
養玉院如来寺があります。

Imgp9547

ここが舌状に小高い丘になっていて、
この丘の下、まさに舌先の下先あたりで
一つの流れになるようでした。

なので、今回のこの流路は「大仏支流(仮称)」
と名付けることにします。

大仏支流の一番北の流れは、
区立伊藤小学校の間を抜けて、その上の
区立富士見台中学校あたりまで追うことができます。
Imgp9550

しかしほんとこの辺は谷底の町。
Imgp9554

宅地化される前の田園風景は
どんなだっただろうとしばし想像…。

3本が合わさるところあたりには、
JR横須賀線・東海道新幹線の高架が横切っています。
大仏支流の川面から見上げる橋裏の図。
Imgp9558

高架を越えると、高架沿いに蓋暗渠が出現。
蓋暗渠というよりも蓋のある側溝、
といったほうがいいかもしれませんが…。
Imgp9560

ここはちょっとした猫だまりになっていました。

Imgp9561

みゃあみゃあ言いながら近づいたのですが、
すぐに逃げられましたw

しゃあない、奥に踏み込んでみるか。
Imgp9562

一部蓋がハヌケになっていたので中をのぞいて見ると、
結構な水量が流れています。

ああーもうここから先はいけない…。
Imgp9564

もしかするとここも、
大仏支流の経路の一つだったのかもしれません。
いま入ってみた側溝(でなくあえて蓋暗渠と呼びたいw)を
ちょっと引いてみてみるとこんな感じ。
Imgp9565

この先は一本道の商店街が続きます。
その名も「山王ロマンチック通り」。
どんな由来なんでしょう…。
Imgp9573

ほんとに川があったのか確かめたかったので、
一軒のパン屋さんにお話を伺ってみました。
商店街として整備される前は、
果たして一本のどぶ川が流れていたそうです!

はあー、ちょっと安心しましたw
いっそのこと川の仮称をロマンチック川にしようかしらん。
…いややっぱしやめときます。

商店街に向かって、
やはり数本の支流暗渠がつながっていたようです。
Imgp9576

どれも奥までは辿れませんが、
何か所かこんな路地が見られます。
Imgp9580

環七・馬込銀座商店街の近くでこの商店街も
大仏支流も終わり。

このすぐ南に、初めのほうで触れた池尻堀が流れています。
接続ポイントはまだわからないのですが、
地形からいってこの大仏支流はどこかで池尻堀と合流し、
六郷用水北堀や、不入斗新井宿村用水へと
繋がっていくのではないかと思うのです。

地形図を見ていて、ずっと
「いつかここ行ってみてぇ」と思い続けた場所でしたが、
意外と地味だったかもしれませんw、大仏支流。

より大きな地図で 池尻掘・六郷用水北堀・内川 を表示

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2031 ・・・立会川・内川水系」カテゴリの記事

コメント

おひさしぶりでーす。

2月くらいに歩いた気がするので書きますが、
その谷筋は古い商店があって、生活感ありますよね。(GoogleMapの東馬込と文字のあるあたりとか。)
ボンカドーという古風なパン屋さんで買い物もしました。
歩行時は水路跡そのものの有無は気にしていませんでしたが、
やはり水路・谷の平地と生活って、しっかり結びついているんだなーと今回感じた次第です。

投稿: しかすけ | 2011年5月17日 (火) 23時16分

しかすけさん
どもでーす。いろいろ新しい試みをされてらっしゃるようですね!
さてさてボンカドー。思わず写真を撮りたくなる店構えでしたねー。
猫さんアップの2枚下の写真は、ボンカドー近くでした。
八百屋さんと隣り合う屋号が一緒の果物屋さんとか、確かに味のある商店街でしたね。
谷筋の商店街って味のあるところが多いですよね。
そういえば、中目黒「川の資料館」でいただいた暗渠の見つけ方という資料には、
「何軒も家が背を向けてたっているみち」とかといっしょに
「古い商店街のみち」という項目もありましたー。

投稿: lotus62 | 2011年5月18日 (水) 09時48分

おおっ!ここに行かれましたか!
商店街の辺りは、不自然な場所に電柱が立っていたり歩道が妙に広かったりで暗渠臭い感じがしませんでしたか?(gooの昭和22年航空写真を見ると水路があるような感じがします)
この辺りは第二京浜から降りる階段も味があるし、富士見台中横から眺めるV字谷も圧巻だし、猫はいっぱい居るしで何度歩いても飽きが来ません。
なんども歩いているなら早く記事を書きなさいと言われそうですが…すみません。

地図の目印を見ると…次回辺りあのマンホールですか?
楽しみにしています!

投稿: ろっち | 2011年5月18日 (水) 10時43分

ろっちさん
はい、ほうぼうで暗渠テイストは感じるのですが、上流付近では今一つ
「決定打」は見つけられませんでした。
しかし状況証拠からいって流れがあったのは間違いないと思っています。
地図でバレちゃいましたねw、ろっちさんご紹介の「飛び出しすぎる…」も
この帰りに見てきましたー。
次回はちょっと違う場所を取り上げて、
次々回であのあたりをアップする予定です(すでに予約投稿済ゞ!)。
「くわしくはろっちさんのブログで」的なトーンですけどw

投稿: lotus62 | 2011年5月18日 (水) 12時21分

この辺りは地形の殿堂みたいな感じがして、自分もいつも地図を眺めています。
伊藤博文公墓所の裏辺りから西へつながる辺りのラインも気になってます~

商店街や猫、歯抜けの蓋等、すぐにでも訪れたい!
本当「ロマンティックが止まらない」雰囲気ですね。

谷底が人を惹きつけるのが凄く共感できるお写真ばかりでした(*^-^)

投稿: 谷戸ラブ | 2011年9月21日 (水) 12時12分

地元民です。突然の書き込み失礼します。
たまたま貴サイトを発見し、暗渠好き(初心者)もあって知ってる限りのこの辺の情報を書かせていただきます。

⚫︎「怪しい3本のうちの1本からは、暗渠度の高そうな小径もいくつか。」と書かれた写真。
40年前に水路があった記憶はないですが、左側のマンションは30数年くらい前までは大黒湯という銭湯でした。ボンカドーの斜め前あたりです。ちなみのボンカドーの子供と同じ幼稚園に通ってました笑

⚫︎「高架を越えると、高架沿いに蓋暗渠が出現。
蓋暗渠というよりも蓋のある側溝、
といったほうがいいかもしれませんが…。」と書かれた写真の場所。
40年前に蓋がされた気がします。
正面奥のアコーディオン式の柵?の所には30年前くらいまで、駄菓子屋があって、その名も「ドブ屋」
この辺の当時の子供たちは皆知ってるはずです。短パンの坊主あたまのおじさん(おそらく20台)とそのお母さんで切り盛りしてました。当時から猫が多く、店でも店内で野良猫?を飼ってました。写真はその子孫の可能性ありです笑

この線路を挟んで反対側にも、線路にそって短いドブがありました。(他のページで書かれてましたね?)
クリーニング屋(まだあるかな?)の奥にもありそうです。あの奥は忍び込みにくくて子供の頃もあまり行ったことがないんですが、裏側がずっといくと崖になってて、それにそって細い流れがあった気もします。


⚫︎「この先は一本道の商店街が続きます。
その名も「山王ロマンチック通り」。
どんな由来なんでしょう…。」と書かれた写真。
もともとは「山王銀座」「馬込銀座」と呼ばれる商店街で35年くらいまでは夕方には自転車がこげないほど混んでいました。
ツタヤ酒店よりもっと手前側。ドブ屋との中間あたり、今のファミリーマート(田中というパン屋でした)の斜め向かい、つまり魚屋の向かいには、馬込温泉という宴会場を備えたそれなりに名の通った銭湯がありました。一階が川島湯、2階が馬込温泉と、2階建で、三階に宴会場がありました。今はマンションになってます。毎日大量のお湯が脇のドブから湯気をたたえて流れていました。
その脇の道を登っていくと踏切が今でもあるのですが、その左側のがけ下にも暗渠があるはずです。線路の下を横断しています。30年くらいまえはそこをくぐって通過したりしてました。もちろん大人に内緒で。今でも入れなくされてるけどたぶん残ってるはずです。

⚫︎大仏(大佛)支流その3はこの辺で一番低く、道の南側半分に石の蓋をしたままの状態が45年前〜33年前くらいまで続いており(それ以前はわかりませんが)、
45年前くらいまでは大雨になるたびにその辺の家は床下浸水することもしょっちゅうでした。
蓋してあるところはご多聞にもれず歩道だったので、車が双方向から来るとよく立ち往生してました。そのため、大佛の寺の前の道を車は多く使ってました。ここのも流れがあったようですが45年前にはまったくただの道だったはずです。
40年くらい前に何度か蓋をはずいて工事してるのを見ましたが、真っ黒のヘドロ状のドブ川でした。蓋をされる前は当然魚がいたとも聞いて子供ながらに妄想してました。
蓋をしている側でない方にもいわゆる細い「ドブ」が流れてて、脇にはよくスイセンの花が咲いてました。
この辺は当時町工場だらけで、油が浮いたり、道に鉄をくり抜いた螺旋状の破片が落ちていました。
たしか35年くらい前に蓋を外し、完全にパイプを埋め込んで、それと同時かちょっとあとに細いドブもパイプにして埋めて、平坦なアスファルトにしてしまった気がします。

⚫︎今は埋め立てられてますが、大佛の寺の、大仏が収められてる本殿のすぐ右脇に3畳ないほどの小さな池があって、よくザリガニをとりました。ただ、湧き水ではないし、流れ出しもなかったので、ただ形だけ作っただけの池の可能性が大きいです。
ちなみにこの辺の人は大佛の寺の名前をあまり知らずただ「オオボトケ」と呼んでました。節分にはなえか石原軍団が豆まきに来ることが多く、今はやってないはずですが、35年くらい前は「太陽にほえろ」のメンバーが結構きたりして賑わってました。


⚫︎「大仏支流の一番北の流れは、
区立伊藤小学校の間を抜けて、その上の
区立富士見台中学校あたりまで追うことができます。」と書かれた写真
ここを下ってすぐ右側の路地(小学校の体育館に沿って大佛の寺方面にはいれる、おそらく私有地)を入って大佛の寺の敷地の脇まで行くとその敷地の塀?にそってほそいドブがありました。水量も少ないですが、よく塀を登って寺に忍び込んでるとき、カエルの卵を見つけたりしてました。
そのドブは寺の入り口脇まで流れてて、その付近だけ少し幅も大きく水路と呼べるくらいの開渠でした。もう枯れてしまったか蓋で埋めてしまったかもです。寺の入り口から右に5メートルくらいの位置です。佐々木さんという方が住んでいた記憶があります。

長々失礼しました。
つい嬉しくて書き込んでしまいました。
大田区、品川区の記事を中心に楽しく読ませていただいてます。これからも楽しみにしています。

投稿: カラス | 2017年4月 5日 (水) 01時13分

カラスさま
たくさんの貴重な情報、どうもありがとうございます。ほんっとに嬉しいです!
このあたりにはもう何年も行っていない(たしかこの記事を書いてからあとには行ってない、くらいなかんじで)ので、また確かめに行きたくなりました。
なかでも「ドブ屋」は、とてつもない衝撃力です!子どもたちの社交の場だったんでしょうねえ。
カラスさまの子どものころの街の様子が、ありありと浮かぶようで、楽しく読ませて頂きました。
こんな拙い記事に、豊かな命を吹き込んでくださったような思いです。
感謝申し上げます。

そして馬込温泉の奥の踏切崖下暗渠。ここは未踏でしたので、ぜひともチェックしに行きたいところです。
…湯気や人ごみ、子どもたちの歓声などなど、当時の様子を思い浮かべながら、ぜひこんど行ってみますね。

どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。

投稿: lotus62 | 2017年4月 5日 (水) 12時50分

lotus62様。
駄文にご丁寧にご返信いただきましてありがとうございます。
懐かしくてつい長々語ってしまいました。僻地まで足をお運びいただきこちらこそ嬉しいです。
調子にのって思い出したことを書かせていただきます。すみません。

⚫︎ドブ屋は名前のキャッチーさもあり大人気の駄菓子屋で、ある日突然閉店してしまい悲しかったです。当時は暗渠も路地のほぼ中央にもっと太く横たわっており、雑に蓋をしただけで隙間も多く、食べた酢イカや串カステラの串や、あんず棒のビニール袋などを隙間から捨てていました。もちろん店の人も何にもいわない時代でした。左側の線路石積みの壁はまったく当時とかわらず、そこによじ登った時だけよく20代と思われる『おじさん』に注意されました。子供が怪我して店が怒られたらしいです笑。

水路的には余談ですが、御「「池尻掘・六郷用水北堀・内川」マップの「湧水(弁天池)からの流れ」の大田区山王2−42−13の三角地にも駄菓子屋があり、そこの名前は「三角屋」でした。笑 (有)ヨシムラとかかれた場所の北東です。もちろんここが水路だった時代にはまだ生まれていませんが。

⚫︎元・馬込温泉(現在「クレストコート馬込」というマンション)の横の坂道を登った踏切脇の暗渠関連ですが、この踏切を越えてまっすぐ行くと谷間に小さな交差点に到達するのですが、踏切からこの交差点までの道の左側(南側)がずっと道からすぐ崖のようにくだっていて、その最下部に太めのドブがあり、30年くらい前までは開渠でした。東馬込1−39−7のアパート(谷間の交差点の場所)ができる前はガードレールに登って壁から下を覗き込むとかなり深くて、下に水の流れがあって、ドブにしては深く、よく子供のころ、35年くらい前は眺めてました。この流れが、以前お伝えした線路地下を横断する暗渠に繋がってたはずです。
ここらは一方通行だらけでわりと古くからある道なのですが、谷間の交差点の壁から下を覗き込まないと、下に開渠があることはわからず、私有地の底部を流れていたのでほとんど知られていないはずです。僕は壁の脇に桑の木がなってって、その実や葉にいるカミキリ虫をさがしたり、水路を見るのが子供のころから好きで幼いころから失着してましたが、どう世代でもよほどの「探検」好きでないと知らないはずです。どこから来てどこへ流れていたのか調べなかったのが未だにこころ残りです。

踏切を渡ってすぐ谷間の交差点までの道から、左(南)に線路伝いに下るように路地が伸びており、公園を経由してまたもとの道に戻るのですが、この線路伝いに暗渠が伸びており線路伝いから右折する付近に「線路を横断する暗渠」がありました。ここから潜り込んで、反対側に抜けたという場所です。


⚫︎「池尻掘・六郷用水北堀・内川」マップの「暗渠風情の道」が2本記されてありますが、その本の中間からやや東のエリア(御マップを拡大していただき「つるみ音楽院」の付近・坂と細い上り階段の小路地)にかなり最近まで手動の組み上げ式の井戸が路地の真ん中にあり、だれでも触れることが出来ました。保健所の基準的に15年以上前から飲料にはできなくなっていましたが、30年くらい前までは普通に僕は通り掛ると飲んでました。ここ数年確認してませんが形跡(うまくいけば実物)はあるかもです。この辺では最後まで生きていた井戸です。

⚫︎井戸だと大仏支流2と3の間の東馬込1−47の中央に向かって両支流(道)から伸びる極小の路地(私有地のはず)の真ん中にも昔は井戸があって、さすがにもうないはずですが、形跡は残っているかもです。私有地ですので声をかけるのをお勧めします。

また自己満足な書き込み失礼しました。住所などまずそうでしたら非表示にしていただけたら幸いです。連日の書き込み失礼しました。

投稿: カラス | 2017年4月 7日 (金) 02時01分

カラスさま、思い出し話大歓迎です!
備忘録代わりにどんどん書いちゃってくださいw
再訪する理由がたくさん積みあがってきて嬉しいですー。

特に踏切超えたところの現状確認は時間をかけてみたいです!
…赤い星印で教えていただいたところプロットしちゃいました…

投稿: lotus62 | 2017年4月 7日 (金) 12時27分

ご丁寧のプロットまでありがとうございます。
近いうちに行けたら近辺、行ってみます。

本日テレビでみかけたので、大森川1のところにも書かせていただきます。

投稿: カラス | 2017年4月23日 (日) 22時54分

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