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2011年5月

暗渠ハンター 蛇崩川・下馬 ふたつの支流たち②

下馬を通って蛇崩川にそそぐ二つの支流、
下馬西支流と下馬東支流。
今回は下馬東支流を取り上げます。
地形図は前回のをご参照くださいね。

前回の西支流、蛇崩川の合流点まで辿りついてからは少し安心して少し気が緩み、
東支流までは地図を見ることなく適当に
「ほかにどっかないかなー」などとぶらぶらと向かいました。
でも意外とこの二つの支流はご近所にあるので、
ほかのどっかを探し当てる前に東支流についてしまいました。
あっさり暗渠みつけちゃったんですw

で、遡って谷頭までまずは向かいます。
こちらの谷、谷頭はだいたい
下馬5丁目15のあたり。
ちょっと開けた駐車場スペースがあります。
Imgp1052

…谷頭っていうか、谷頭のうえの台地って感じですねw
この奥のほうから向こうに谷が伸びていきます。

念のため、さらに奥まで行ってみることにします。
この駐車場の奥ってかすぐ南には明薬通りですね。
Imgp1054

あ、前回の階段暗渠に入る前のバス通りはこれだ!
そうかー明薬通りが東西二つの谷を結んでいたのかー。
(とこれは川筋とは関係ない「二つの場所が頭の中の地図上で
繋がった時にわきあがる悦び」です)

ちなみに明薬とは明治薬科大学のこと。
今はもう移転しまいましたけど、通りの名前だけが残っています。

うん、谷頭の背後になにもないことを確認し、
この下馬東支流にダイブ!

さっきの駐車場の北のブロック、下馬5-14から
唐突に暗渠スペースが始まります。
Imgp1050

さすがに入っていけないから、
コの字ウォークで下流を辿ります。

ブロックを貫通してでてくるところがこれ。
Imgp1057

振り向いて次の下流方面へのブロックは…。
Imgp1056

やっと辿れる暗渠となりました。
ではここを下ってゆくぞですよ。

Imgp1058

実はこれ以降は劇的な変化もなく、
ひたすらまっすぐにまっすぐに続いていきます。
宅地造成の段階で、まっすぐに付け替えられたのでしょうね。
いつごろでしょうね。
gooの昭和38年の航空写真ではすでに住宅がびっしり。
それ以前では昭和22年の航空写真があるのですが、
そこでは4:6から3:7くらいの割合で空き地や田畑があります。
この時点ですでに基本的な町のグリッドは出来上がっている感じでした。
もっと前かあ。

ってことで手元の東京時層地図を見ますと…。
大正末期から昭和の初めの間で
このあたりの町のグリッドが激変しているようです。
このまっすぐ暗渠も昭和と共に生まれ生きてきたのですね。

この先には、ちょっと珍しい
「暗渠途中の車止め」。
Imgp1059

多くの場合暗渠の入口や出口に車止めがあるもんなんですが、
ここはなぜか暗渠道の中間地点あたりにひょいっと立っています。
まあちょっと不親切ではありますなw

実はこの車止めのすぐ向こうは
段差30センチくらいの小さな坂になっています。
「小さな坂道あるからちょっと気を付けて通れよな」と
いうアラートの役割をしているのかもしれません。

いくつか車道を越えていきます。
Imgp1061

ここでこの東支流の谷っぷりを確認しておきましょう。
車道に出て見える左右はこんな感じです。
Imgp1062

Imgp1063

急坂ではありませんが、
緩やかな下りの谷底であることがわかります。

さらに進むとちょっとした護岸のようなものもあらわれて、
Imgp1065

三宿と五本木を結び学芸大学駅のほうに抜けていく
大通りにぶち当たって終わります。

この大通りは北に向かって緩やかに下って行くのですが
Imgp1066

その下った先が、蛇崩川。

蛇崩川をちょっと越えたところには、
お約束のバスターミナルもあらわれます。
東急バスの下馬営業所ですね。
Imgp1068

では、付近の地図をのっけてこの下馬東西の支流のお話はおしまい。

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暗渠ハンター 蛇崩川・下馬 ふたつの支流たち①

また蛇崩川の支流のお話を。
ほんとは、谷戸前川を調べてたんです。
もう2年くらい前に行ったのですが、
知識も経験も不十分だったので、
途中の谷に分かれる支流や
ほんとうに奥まで伸びている源流のことなんかを調べようと。

で、地形図見てたらそのちょっと北にある蛇崩川へと延びている
けっこうな谷の存在が気になりまして。しかも二つも。
それがこれ。場所は世田谷区下馬。

周辺地形図をどうぞ。
いつもながらgoogle earthさん、「東京地形図」さん、
どうもありがとうございます。
Photo

一つは、放送大学や学芸大附属の敷地があるすぐ横を抉る谷。
(ここを流れていた川を仮に「下馬西支流」と呼びます)
そして、そこからちょっと東に行った下馬5丁目を貫く谷。
(やはりここを流れていた川を仮に「下馬東支流」と呼びます)

こんな立派な谷があるなら、
しかも蛇崩川につながっている谷ならきっと流れがあったはず!?
と思って、さっそく現地に行ってみました。

まずは放送大学に近い、「下馬西支流」の探索から。
もう1本の下馬東支流は次回でご紹介します。

谷頭付近を品川用水が通っているので、
たぶんここから流れがあったはず、
とあたりをつけてまずは品川用水との交点の有無を探してみます。

果たして。
ありました。
Imgp1005

この右の道沿いに品川用水。
そして左に分かれていくのが今回の
「下馬西支流」です。
ちょうど「野沢の水車橋」のちょっと下流のあたりです。
ではさっそくこの谷にダイブしてみましょう。

ここを入っていくと、次の車道との交差の先には
こんな怪しい道が続きます。
いやもうこれは道ではないですね、突き当たっちゃうし。
Imgp1003

ここからさっきの支流を振り返ると、
Imgp1002

そう、この支流は砂利道から始まっているんです。

この先は丁目のブロックの真ん中を突っ切る格好で続くので
しばらくコの字ウォークで追跡します。

2つ前の写真の、ブロックの反対側はこれ。
なぜか象の像が金網を守っています。
Imgp1000

町会会館やマンションなど大きな建物で水路はいったん消えますが、
途中から、柵で囲まれた暗渠空間出現。
Imgp0993

いつみても、こんな柵とその向こうの閉ざされた細長い空間にドキドキします。
Imgp0994

これを反対側のブロックに回り込むとここ。
Imgp1007

お。左手のアパートに猫さんがいますね。
ども。初めまして。
Imgp1011

猫さんに警戒されつつも
この暗渠の奥を覗いてみます。
Imgp1009

うーん、このほったらかし感が
胸に刺さります。

ここまでほぼまっすぐに延びてきたこの川ですが、
この猫の前でかくんと左に曲がっていきます。
曲がった後はこんな。
Imgp1012

道路左側が水路跡です。

このまま行って、公園がみえてきたらその公園の向こう側を
今度は右に。
ジグザグ流下ですね。
Imgp1013

公園の向こう側の道はこれ。下馬6-39というあたり。
左側が水路ですね。
Imgp1016

ワンブロック行くともう一回、左に曲がります。
Imgp1017

この写真の道の奥、右側に注目。
小さく、緑色のごみネットがみえますね…。
それがこれ。
Imgp1019

そう、また右に曲がります。
しかもブロックの途中で。
その先は未舗装のいいかんじのほったらかし空間、
再び現る。
Imgp1020

さあまたコの字ウォークで反対側へ。
Imgp1021

この区間は、カギがかかってるけど金網にドアが付いていますね。
だれがどんなときに入るんだろう…。

また奥を覗きこんでみます。
Imgp1023

うーん、
草いきれ充満するサンクチュアリですね、さながら。
でももう蚊がたくさんいそうな気がする。
蜘蛛の巣なんかも張ってるかもしれない。

…入ってみたい、でも見るだけでもいいかも、
なんてちょっと心が揺れてしまいますw

さてこの位置はもう結構な車の通るバス通り。
川の行くえもちょっとわかりづらくなってきます。
ですがどうせまたジグザグだろ、と思って
低いほう目指してバス通りを西に向かいます。

おお、お米屋さん&洗濯屋さん、そして豆腐屋さんと
わかりやすい暗渠サインが固まっとるわい、
Imgp1027

と思って振り返ってみると…。
Imgp1024

おー!!!
階段を下りて続く暗渠!

ちょっとちょっと、この階段というギミックが、新たなアトラクション感を盛り上げますね。
こんななんですよ!!!
Imgp1025

さっそく階段を下りて振り返ってみます。
Imgp1028

んー、いいですね!

では先に進みましょう。
Imgp1029

護岸も味があります。
Imgp1030

この暗渠、上流から変化があっていいなあ。

正統派スタイルの車止めを越えて、
Imgp1031

「だれからも背を向けられてる感」の高い道を抜けていきます。
Imgp1032

かつて流路に降りていくのに使った?階段。
Imgp1033

こんな区間も、下馬5-25あたりでおしまい。
その後もういちどジグザグって、
太い道に出ます。
Imgp1037

ここを北に歩いたら、
すぐに蛇崩川に行きつきました。
Imgp1044

んー、谷地形だけを頼りにやってきましたが、
ちゃんと暗渠が見つけられてよかった…。
しかも予想外に変化のある流れで、
満足でしたー。

では次回はこの少し東の谷へ!

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暗渠ハンター 「失われた川の魂」としての暗渠

先日、田原光泰さん著の『「春の小川」はなぜ消えたか 渋谷川にみる都市河川の歴史』(之潮)
を読みました。
これは面白かった。

著者の方は白根記念渋谷区郷土博物館の学芸員さん。
さすが、深い見識と郷土愛にも満ちてます。

特に前半の、渋谷川上流の状況を江戸以降の
都市開発の歴史と重ねて説明してる章が読み応えがありました。
田原さんは、
川や水路が余儀なく変化させられるその要因を
農地から宅地への用途変更に伴う
・周辺の道路整備
・排水路整備
という観点から説明されています。

暗渠を歩いていてよく、
湧水ポイント(川の水源)よりさらに上に
(人工の用水や上水と接続するわけでもないのに)
水路跡が見られるところがありますが
これは公共下水道が未整備だったころの、
宅地開発に伴う排水路整備の仕業だったりするのよ、とか
なるほどーと思いました。

それと、明治以降の都市づくりでけっこう水路は付け替えられていて、
必ずしも昔の自然河川の跡がそのまま暗渠になっているわけではない、
ということを改めて認識させられました。

いや、うすうすわかってはいたのですが、
「暗渠ハンター(中級)」を自ら名乗る私としては、
ときどき水路を辿りながら
①「(暗渠になってなくても)水路跡を追うこと」
に萌えなのか、
②「(水路跡には関係なく)とにかく暗渠を追うこと」
に萌えなのか、よくわからなくなることが多いのです。
いや、基本的にはどっちも萌えなので、
あえて明解に区分する必要もなかったからそのままにして
放っておいたのですがw
しかしせっかくだから一旦自分の中で整理してみました。

「暗渠ハンター」という肩書きwからすると
②が主ミッションのようですが、
仮に①のような状況であっても(つまり地下に実際の暗渠がなかったとしても)
そこには「土地の履歴としての川」があるはずだし、
それは「形而上の暗渠」なのだと思うんです。
違う言葉でいえば、川跡にいつまでも残っている川の魂、みたいな。

がらんとした真っ暗な地下の管をごうごうと、
あるいは静かに流れていく暗渠にもなぜか惹かれますし、
実際にそんな管なんかなくても、
どの川跡にもたぶん「流れの記憶」(=形而上の暗渠)
のようなものがあると思うんです。それにも強く惹かれます。

だから「暗渠ハンター」は①だって追うのだ。
っていうか①のほうがより基本的なミッションなんだろうな。

その他にも興味深いこと満載の、とてもいい本でした。

Book 春の小川はなぜ消えたか 渋谷川にみる都市河川の歴史 (フィールド・スタディ文庫6)

著者:田原光泰
販売元:之潮
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暗渠ハンター 馬込山王・楓谷を歩く

前回は大田区馬込付近の、池尻堀につながると思われる
「大仏支流」を追いました。
さて、せっかくここまで来たので、
大田区名物(?)の「馬込山王・楓谷」(ろっちさん命名)
北のほうの谷を横切って帰ろうと思います。
ほんとこの楓谷は見どころがいっぱいで、
足腰も鍛えられますw

立ち寄ったのは、この地形図の
「この谷A」「この谷B」。

2

まずは「この谷A」に環七からつまり下流からアプローチ。

実はここは、この記事を書いた時に猫またぎさんから
「その裏にすごいとこあるよ」と教えていただいて、
立ちよらなかったことを激しく後悔したスポットでもありました。

「不自然に広い歩道」くらいしか暗渠サインは見当たりませんが、
この道は十分谷底感が味わえます。
Imgp9584

まっすぐ登っていくと、萬福寺というお寺が小高い丘に建てられています。
Imgp9587

入り口には「するすみ」の像が。
え?するすみって何だって?
Imgp9589

漢字では「磨墨」。

平家物語の「宇治川の先陣」に出てくる名馬の名前です。
いやー、高校の教科書で出会って以来このストーリーは
全く忘れてしまっていたのですが、この馬の名前「するすみ」ばかりが
妙に頭に残っていて、たまに思い出して「するすみ」と口に出したりしていましたw
なんか口に出してみたい日本語、じゃありません?「するすみ」。
ちなみに以前インターンではるばる会社に来たドイツ人は、
「デンシレンジ(電子レンジ)」という言葉が面白いといって、
自分で口に出しては笑っていましたっけ…。
確かに韻を踏んでて面白いような気もする。

あ、でその「宇治川の先陣」ってのは、
鎌倉幕府ができるちょっと前のお話で、源義経側にいる二人のオトコ、
するすみに乗った梶山某といけづきという馬に乗った佐々木某が、
合戦の途中で
「どっちが先に宇治川を渡って『やあやあわれこそは…』って
名乗りを上げるか」と張り合う短いエピソードです。
見事「馬に乗っての一番乗り」はするすみでなくいけづきになるのですが、
そのあと徒歩(かち)で渡ったのが大串某。
この大串某があまりにもちゃっかりしてたため敵味方ともにウケた、
というお話。

横道にそれましたが、
そのするすみの持ち主である梶山某縁のお寺だそうです。するすみ。

さてこのお寺の丘を挟んだ反対・北側にももう一つの谷筋があります。
もうこの辺は先のろっちさんの記事に詳しいので要点だけ。
これが北側の崖。
Imgp9596

この奥には、「飛び出しすぎるマンホール」(ろっちさん命名)。
トンデモない物件ですw
ロールケーキを思い出して、
食べたくなりました。
Imgp9597

この先は鉄板暗渠や開渠やコンクリ暗渠と目まぐるしく変態して
流路が続きます。

Imgp9598

Imgp9606

Imgp9611

Imgp9617

そしてさらに北にはこれに並行する開渠(南馬込1-41)や、
Imgp9602

その下流で垂直に交わる暗渠が二つ。
Imgp9612

Imgp9616

(このタイプの蓋、実物は初めて見ました!珍種ですね)

これらの暗渠は、環七手前で暗渠らしさが消えてしまいますが、
おそらく冒頭のするすみのお寺前の流れと
お寺の丘の突端で合流して
前回の大仏支流同様、池尻堀と合流していくものと思います。

まあ便宜上これらを「するすみ支流群」とでもここでは呼んでおきます。
あくまでもするすみw

んで次は「この谷B」へ。
ここは、もともと六郷用水関連の地図で知りました。
短く小さく、暗渠の記号が書かれていたのです。
どこから出てどこへ行く流れかもわからずに、
それだけを手掛かりに訪れてみました。
しかし家に帰って細かな地形図に照らし合わせてみると、
この楓谷につながる小さな谷頭だったことがわかりました。
(現地にいるときは、「きっとすぐそばだから内川に注ぐのかなあ」
なんて考えていました)

するすみ支流群から蛇坂という坂を横切ってて、
南馬込1-32にたどり着きます。
そこかた唐突に始まる暗渠がこれ。
Imgp9623

もうすこし中をのぞいてみましょう。
Imgp9624

がっちり閉ざされた空間。
もはや誰からもありがたがられていない場所。
それどころか誰も見向きもしない場所。

1-32のブロックの反対側に出て覗いてみます。
Imgp9626

この暗渠はさらに北側の1-31に続くのですが、
そこからは傾斜ががくんと急になり
谷底に落ちていくような感じになります。
Imgp9627

そして谷底はマンションややや古めの住宅になっています。
Imgp9628

なんでこんな急な傾斜になるんだろう…。
水があったとしたらそれこそ滝のように流れ落ちていたはずです。
これもあとで調べてみたいですね。

追えるのはここまで。
その先は新幹線&横須賀線の線路にぶち当たります。
地形からするとこの線路を越えて環七の通る谷筋に合流、
結局は谷頭から見て環七沿いにぐるっと
時計回りの半円を描いて池尻堀へと合流する、
そんな推測ができそうです。

今回の「ミッシングリンク」は、
いつかまた現地で検証してみたいと思います!

より大きな地図で 池尻掘・六郷用水北堀・内川 を表示

※2011.7.18追記:大田区の小学校史の記事に、「環7内側・山王近辺の谷からの流れも内川の源流のひとつ」である旨の記述を見つけ、池尻堀も内川水系として扱うことにいたしました。

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暗渠ハンター 蛇崩川・風薫る弦巻付近の二つの支流

いま、記事にするネタがたくさん溜まっていて、
古いものからせっせと書いていくと
どうももう季節感もなにもあったもんじゃないんで、
古いネタの合間合間に「最近行ってきたところ」を織り交ぜつつ
せめて5回に一回くらいは
季節を感じるような写真を並べていきたいなと。

いえね、5月の初夏から梅雨に入る前の季節が一番すきなんです。
梅雨ほどじゃないけど湿り気があって、
新緑があちこちで芽吹いて。
その緑の香りが湿気に交じって
ふわんと漂ってくるこの気候が、
もう子供のころから好きなんです。
(だからいままで5月病にかかったことない)
この季節は昼間に歩いてももちろん素敵だけど、
夜だって同じように緑が薫るから夜も好き。

まあ今回は昼に回った暗渠のご紹介ですが、
少しでも緑の薫りなど
お届けできたらうれしゅうございます。

っつわけで、
蛇崩川の2本の支流を見てきました。
一つは、流路上にある小泉公園に注ぐ支流。

先端は、世田谷通りのすぐ南、
上馬5-19あたりから辿っていけます。
このあたり、北に烏山川、
南に蛇崩川のちょうど分水嶺になっている模様。
その山の上(いえ、山ってほど山じゃないんですが)には
小ぶりのマンションが建っていますが、
おそらくこの辺が水源だったのだと思います。
このマンションの南側には変則的な歩道があり、
おそらくここが元水路。(下写真の右半分に写ってる、かくっと曲がった歩道)

Imgp0796

その向かい、5-18のブロックでは一旦隠れてしまいますが、
さらに南の5-17のブロックでは
きちんとした(?)暗渠を見ることができます。
Imgp0793

もうちょい近寄りましょう。
Imgp0795

この暗渠、ここからずばっと小泉公園、
すなわち蛇崩川までたどることができます。
Imgp0797

Imgp0798

おお、なかなかワイルドでいい感じになってきた。
Imgp0799

完全に金網でふさがれたブロックもあるし、
抜け道みたいになってるブロックもあって
なかなか一筋縄では行きません。
そこがいいところですね、この暗渠は。
Imgp0801

お、次は入り口がふさがれているけど…。
Imgp0802

横の駐車場からすいっと入れちゃうもんねー。
Imgp0803

しかし真ん中すげえ草だなw

Imgp0805
いいですね、入り口はもう
新緑でいっぱいですよ。
緑の甘い薫りがいっぱいです。
そんな入り口から、ひっそりと暗く住宅の背中を抜けていく暗渠。
なんだか絵になります。

つぎに貫通するブロックはここ。小泉公園はもうすぐです。
Imgp0806

ここも入ってみましょう。
(やっぱり横の敷地から入れる)
Imgp0807

基本的に、未舗装です。まんなかは
忘れ去られたように砂利と土が残されています。

この季節の私の好きな草花、
アカバナユウゲショウが咲いていました。
Imgp0808

あちこちに桐の花の落ち葉が落ちています。
見上げると、小ぶりの桐の木が。
Imgp0809

よく「匂いと記憶は直結してる」といいますが、
私はいつも桐の花の匂いを嗅ぐと、
まだ小学校に入る前にうちにあった桐の木と
その周りの庭の風景を思い出します。
稼業の関係でその桐の木のそばには
オイルや重油が置かれていたのですが、
その油の匂いも連鎖的にありありと蘇ってきます。
私にとっては桐の花の匂いは油臭いのとセットなんですw

この暗渠を出ると、ゴールの小泉公園。
Imgp0811

※2011.5.23 追記:「世田谷の川探検隊」さんのページでもこの支流を取り上げてらっしゃいますが、こちらではこの支流、一部開渠だったらしいです。それももう埋まっちゃったんですね…。

さて次は、もう少しだけ上流の
やはり北から蛇崩川の左岸に注ぎこんでいただろう支流を見に行きます。

蛇崩川に北接している巻中学校の、
その北から始まります。

これ。
Imgp0813

さっきの暗渠と違って、
広くて明るい印象です。
しっかりと舗装されていて、
さっきのが
「古い昭和家屋の日の当たらない台所」だとすれば
こちらは
「メゾネットの家の白くて明るいオープンキッチン」
みたいな感じ。

しかしそれでも家々は背中を向け、
通る人もなく、
やはり「いまは誰もありがたがってくれない場所」的な風情は
同じです。
広くて明るいぶん、別なかんじの寂寥感が
高まっている気さえします。
Imgp0815

特に最近は、こういう場所にとても胸が震えるような
共感を覚えるようになってきました。
よくわからないもやもやしていた感覚を、
ちょっとだけうまいこと自分のなかで
「言語化」できてきたからかな。そうかもしれません。

同じような風情で、どんどん北に続きます。
Imgp0816

こんな調子で3ブロックほど北上し、
とうとうもう追えないところまでつきました。

Imgp0820

おそらく正面の歩道を右にちょっとだけ回り込んで、
Imgp0821

もういっかい北上し、
Imgp0822

このあたりでおしまい。
Imgp0823

弦巻1-37のブロックでした。

次回(いや、たぶん次回は大田区の「楓谷」で、
その次くらいになるかと思います。)は、
ついでに再訪してみた蛇崩川の水源(奥に2本あるうちの南のほう)のあたりを
ちょっとだけご紹介します。

より大きな地図で 蛇崩川を遡る を表示

全然本文と関係ないおまけ。

この日は一日晴れだったのですが、
夕方突然大粒の雨が降り出し、
小一時間もたたぬうちにまた晴れ間が出てきました。
その西の空には、虹色の雲が出現。
鮑の貝殻の裏側みたいな。
「彩雲」といって、吉兆らしいです。
写真がうまく撮れなかったので載せませんけど…。

みなさんに、いいことありますようにとお祈りいたします。

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暗渠ハンター 池尻堀の大仏支流

以前、大田区馬込付近の「池尻堀」のことを書きました

地形図を見ると、その付近にはいくつも谷があります。
(「こたたん山通信」のろっちさんはこの谷たちを<楓谷>と名づけられています。いい名前ですねw)

地図を見ていると只でさえうずうずしてくる萌え地形なのですが、
ある日あるとき思い立って、
この楓谷の上のほう、
馬込駅の北・国道1号線横からぱっくりと始まる谷を
訪ねてきました。

Photo

毎度google earthさん「東京地形地図」さん、どうもありがとうございます。

楕円の中にはいくつかの谷が見られますが、
この谷たちが新幹線高架下あたりで一つに合わさります。
そこには確かに一つ、ドブのような流れがありました。

経緯は後程お話ししますが、
ここではこの北の谷をらが合わさって流れる水路を
「池尻堀・大仏(おおほとけ)支流」と勝手に名づけ、
痕跡や流路の街並みを見ていきたいと思います。

谷の入口は都営浅草線の馬込駅の北。
今回は、五反田から国道一号線を南下するバスでアプローチ。
馬込の東急バス荏原営業所前で降りました。
ここは、
立会川と品川用水が交差する水の要所。
またそんなところにバスターミナルがあるという
私的にもわくわくするところです。

東急バス荏原営業所を少し南に下ると、
1号線の広い道路からいきなり東側の崖下に下る
狭い階段が現れます。
Imgp9490

おお、結構な勾配っすね。
Imgp9491

谷頭にあたるこのあたりは路地の多い、
情緒たっぷりなエリアです。
Imgp9495

ただ、「これは暗渠か」と問われると
正面切って「間違いない」と答える自信はこの時点ではまだありませんw
Imgp9498

さきの階段近辺谷頭から、数本谷底に降りていく細い道があります。
その中の一つには、
丸と四角の異なる形の「おしくらマンホール」もどきが
ありました。
Imgp9501

ちょっと珍しいかも。

あまりの珍しさに遠目に猫も近づいてきた模様。(うそ)
Imgp9506

ここからより低いところに向かって
比較的広い道が3本。
あっちへ行ったりこっちへ行ったりしながら、
たぶんこの3本ともが怪しいんじゃないかと思うように
なってきました。
(文末の地図参照)

本編と全く関係ないのですが、
谷の南の崖上を歩いていたら、
すりすり猫にもあうことができました。
Imgp9541

むー。かわいいにゃあ。

あ、なんかあんまり見たことがない
ハンキョ形態のマンホール蓋に谷底で遭遇。
Imgp9515

怪しい3本のうちの1本からは、暗渠度の高そうな小径もいくつか。

Imgp9531

実はあとで「答え合わせ」に『東京時層地図』をみてみたら、
明確な水路は見当たりませんでした。
しかし谷の中は高度成長期以前一面の水田。
時代によっては谷頭に溜池のようなものも見られます。
大きな川ではなかったにしろ、
用水が通っていたのは間違いないでしょう。

ちょうどこの3本が一点に交わるあたりには、
大井の大仏(おおほとけ)」で有名な
養玉院如来寺があります。

Imgp9547

ここが舌状に小高い丘になっていて、
この丘の下、まさに舌先の下先あたりで
一つの流れになるようでした。

なので、今回のこの流路は「大仏支流(仮称)」
と名付けることにします。

大仏支流の一番北の流れは、
区立伊藤小学校の間を抜けて、その上の
区立富士見台中学校あたりまで追うことができます。
Imgp9550

しかしほんとこの辺は谷底の町。
Imgp9554

宅地化される前の田園風景は
どんなだっただろうとしばし想像…。

3本が合わさるところあたりには、
JR横須賀線・東海道新幹線の高架が横切っています。
大仏支流の川面から見上げる橋裏の図。
Imgp9558

高架を越えると、高架沿いに蓋暗渠が出現。
蓋暗渠というよりも蓋のある側溝、
といったほうがいいかもしれませんが…。
Imgp9560

ここはちょっとした猫だまりになっていました。

Imgp9561

みゃあみゃあ言いながら近づいたのですが、
すぐに逃げられましたw

しゃあない、奥に踏み込んでみるか。
Imgp9562

一部蓋がハヌケになっていたので中をのぞいて見ると、
結構な水量が流れています。

ああーもうここから先はいけない…。
Imgp9564

もしかするとここも、
大仏支流の経路の一つだったのかもしれません。
いま入ってみた側溝(でなくあえて蓋暗渠と呼びたいw)を
ちょっと引いてみてみるとこんな感じ。
Imgp9565

この先は一本道の商店街が続きます。
その名も「山王ロマンチック通り」。
どんな由来なんでしょう…。
Imgp9573

ほんとに川があったのか確かめたかったので、
一軒のパン屋さんにお話を伺ってみました。
商店街として整備される前は、
果たして一本のどぶ川が流れていたそうです!

はあー、ちょっと安心しましたw
いっそのこと川の仮称をロマンチック川にしようかしらん。
…いややっぱしやめときます。

商店街に向かって、
やはり数本の支流暗渠がつながっていたようです。
Imgp9576

どれも奥までは辿れませんが、
何か所かこんな路地が見られます。
Imgp9580

環七・馬込銀座商店街の近くでこの商店街も
大仏支流も終わり。

このすぐ南に、初めのほうで触れた池尻堀が流れています。
接続ポイントはまだわからないのですが、
地形からいってこの大仏支流はどこかで池尻堀と合流し、
六郷用水北堀や、不入斗新井宿村用水へと
繋がっていくのではないかと思うのです。

地形図を見ていて、ずっと
「いつかここ行ってみてぇ」と思い続けた場所でしたが、
意外と地味だったかもしれませんw、大仏支流。

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暗渠ハンター ぶらり品川用水のたび③大崎川と目黒川合流地点

品川用水の本流にもどります。

旧中原街道に出てから
すぐに右に曲がり、桐ケ谷交差点を越えて進みます。
そのまがりっぱな。
不自然に階段がついてますね。
Imgp7987

これも元の水路と関係があるのでしょうか。

ここにある床屋さんの前には、
おしくらマンホール もどき」が!
Imgp7988

西五反田6丁目23-9ですね。

ここから先が百反通り、
ってことになるのでしょうか。
首都高目黒線の高架をくぐります。
つまり、品川用水の流れから見上げる首都高の高架橋裏。
ご堪能ください。
Imgp7991

裏側はロボットっぽいテクスチャですねえ。

そして今度は東急池上線を高架で越えます。
人の手による業でしょうが、複雑な地形を作ってますね。

Imgp7993

お、その高架横の看板。
「この生活道路には土管が埋められてて、
破損の恐れもあるからバカデカい車は通らんでね」とのこと。
おおなんかこうして表明されるとちょっとドキドキするなあ。
いわば言葉による「車止め」か。
Imgp7994

それにしても文の前半で力込めすぎたか、
後半はなんか適当な言い回しになってるw

さて百反通りを行く。
もう綺麗すぎてほとんど水路のにおいは感じられません。
しかし支流と思しき脇道が一本奥に入ると並走していたりします。
Imgp7998

Imgp8000

これは戸越1丁目3あたり。

もうちょっと先の大崎2丁目7の角から、
大崎駅方面の斜面を下って行く流れがあったそうです。
それがここ。
正面の百反通りから、左に入ります。
Imgp8008

まあこれをここでは仮に大崎川、と名付けて話を進めていきます。
正確には自然河川ではなく、
現大崎駅付近の田んぼを潤すための
単なる分水路だったのかも知れません。
いやむしろそっちのほうが可能性が高いでしょう。

これは前回同様の地形図。

Photo

地形図でもお分かりのとおり、
かなり急峻な下り坂を経て低地にたどり着き、
すぐに目黒川へと合流します。
Imgp8010

急峻すぎて、あっという間に谷底に降りてきてしまいましたw
Imgp8011

ここから目黒川がすぐそこなのですが、
川跡は再開発ビルの大きな敷地に入ってしまい
追跡はできません。
古地図によると、このあたりにはたくさんの溜池が存在していました。

百反通りを流れていた品川用水はそのまま通り沿いに進んで
目黒川に合流、
こちら大崎川は一足先に山手線を越え
ゲートシティ大崎の中に一旦入って
Imgp8017

(ゲートシティ、イメージカット)

また出てきて、
目黒川手前で品川用水と再合流して
Imgp8018

(まさに再合流せんとする地点)

目黒川にそそいでいます。
この二本の流れに囲まれた大崎駅の南のあたりが
その溜池地帯です。

合流した二本の注ぎ口がこれ。
Imgp8020

水門のような設備が見えますね。
満潮時の逆流防止?なのかもしれませんがわかりません。

さてここからはおまけ。
大崎駅南側一帯は、
山手線やりんかい線、総合車両センターなどが集まり
大変複雑な線路環境で、
送電線や鉄橋が複雑に絡まりあって
ある種工場風景と共通する萌えポイント満載、
つい目を奪われました。

これは、「大井工場線乗越こ線々道橋」という
よくわからない名前の付いた鉄橋。
東海道新幹線と横須賀線が通っています。

Imgp0553

なんだかかっこいいなあと
しばらくぼんやり見上げてしまいました。

ここで今回品川用水のシリーズはおしまい。

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暗渠ハンター 内川の南馬込支流群

(品川用水シリーズの途中ですが、違うトピックを挟みます。これも速報系ですねw)

内川については、当ブログでも何回か触れてきました。
初めて行ったときは主に上流の流路の確認だったり。
次に行ったのは開渠から暗渠になる付近だったり。

この二つの記事の間の流路は、
桜並木としてよく整備された道となっているのですが、
今回はその本流でなくその付近の支流、
特に内川の谷と、その南西に位置する本門寺の山の間にある
いくつかの暗渠をご紹介していきます。
ここではこれらまとめて、内川の南馬込支流群、と呼ぶことにします。
一度にたくさんご紹介させていただきますので、
ぜひ今回はじっくりとご覧いただければ、と思います。
どうぞよろしくお願いいたします。

ひとつめはこちら。
地図中の南馬込支流①です。
南馬込6-24のブロックから、
隣のブロック6-19に延びる暗渠。
目視できるのは、6-24と20の間のところと、
Imgp0651

隣の6-19と16の間でだけ。
Imgp0653

ここ、ちょっと奥を覗きこんでみましょう。
Imgp0654

そしてその西。地図中の南馬込支流②です。
6-14と15の間にも短い暗渠が隠れています。
Imgp0655

この左手の崖下の歩道から奥に。
歩道が尽きると金網に囲まれてしまいます。
Imgp0656

その金網のさらに奥に蓋が続いていました。
Imgp0657

残念ながら終点は未確認です。

地形からしてこれと繋がっているのかもしれないもう一つの暗渠。
地図中の南馬込支流③は、さらに一つ西のブロックです。

道を隔てた6-9の空き地に現れる水路。
Imgp0658

その行く先は、ブロックの反対側の、
高台の公園の崖下を縫って続きます。
Imgp0659

しかし残念ながらこちらもこの先行方不明…。

圧巻は次。地図中の南馬込支流④です。
北西に2ブロック辿ると、
梅田小学校がありますが、
なんとその校庭の端っこには細く深く抉られた小さな谷があり、
その奥は「はしご式開渠」になっていまいた。
これはびっくり。思わず声を上げてしまったくらいです。
(左側が小学校校庭です)
Imgp0662

ちょっとアップで。
Imgp0660

この開渠、校庭に沿ってまっすぐ北(内川方向)に行くのですが、
ぎっしり民家があってその後の流路は
ブロック反対側でしか確認できません。
逆に上流方向は、暗渠はつながっているようなのですが
今回確認はできませんでした。

で、ブロック反対側で確認できるポイントがこれ。
Imgp0669

Imgp0670

多少油の浮いた、赤茶けた少量の水が流れていました。
っていうか、淀んでいました。
これを見た途端、
「この水、誰にもありがたがられていないんだろうなあ」
なんだかそんなことを唐突に考えてしまいました。

暗渠の風景でよくあるじゃないですか、
並ぶ家々が背中を向けて立っているやつ。
(もともとその暗渠は道ではないので当然なんですが)
そんな暗渠を一人で歩いているときに、
たまにこれと同じ気持ちになります。
「この川、だれにもありがたがられてこなかったんだろうなあ」

なんていうんでしょうね、さびしいとかかわいそうとか、
そういうのではなくもうちょっと複雑な感じ。

以前ツイッターで「暗渠を好きになったきっかけは?」と問われたことがあって、
私の主な返事としては

・かつての川筋を見つけて歩くのって、
暗渠サインを見つけては組み上げていくパズルみたいな感じがして楽しいと
気が付いたから。
しかもそれを東京というでかいフィールド上でカラダを使ってやっているところがいい。
みたいなことと、

・あるとき、自分の心の中の暗渠に気が付いたから。

といったお返事をさせていただきました。
その、「心の中の暗渠」みたいなものと激しく共鳴していくような感じ。

…いやこれ、私が今「誰にも有難がられていない」って感じてるわけじゃないんですよw
言っときますけどww

今回取り上げる南馬込支流群の最後は、地図中の南馬込支流⑤。
この梅田小のすぐ南の斜面を下りてくるやつ。

梅田小学校の南門の前の道は、
行き止まりになります。
その行き止まりまで行ってみたら、
気になる場所がありました。
Imgp0663

この行き止まりから、
左ののぼり斜面に一本小さな水路が確認できます。
そしてその奥、金網の向こうにも…
Imgp0664

崖下を回ってくる二つの流れの合流点なのですね。

この左の、崖上からの流れが追跡できないかと、
ちょっと離れたところにある上り坂の道を辿ってみると…。
お!
Imgp0666

ありました。この上り坂からさっきの水路方面に分岐する
ワイルドな道。南馬込6-28。
っていうかこれはもう水路跡のようです。
行けるところまで行ってみました。
Imgp0668
おお、やっぱり!さっきの行き止まりの水路につながっているようです。

むーん。断片的だけど、すごく満足です。
実はこの日の前半は、
平和島から大田区中央あたりの
不入斗(いりやまず)新井宿村用水を辿ってきたのですが、
まあ基本的に低地の用水ですから、
暗渠はたっくさんあるけどほとんどが一直線。
もうちょっと曲がったやつがいいなー
と思っていた矢先だったので喜びもひとしおです。

帰りは、内川沿いのかつての湧水ポイントの一つと言われる
南馬込4-11の公園に行ってみました。
公園横にこの日見慣れすぎた一直線暗渠は伸びていましたが、
地図中の南馬込支流⑥
どうも湧水の名残も見当たらなかったので
今回は割愛w

では、以上の南馬込支流群を地図でどうぞ。

より大きな地図で 内川東海道本線より上流 を表示

ちなみに、内川そのものについては
『馬込と大田区の歴史を保存する会』さまのホームページ
でいろいろ勉強をさせていただきました。
こちらには内川の源流の話も載っています。
(ご連絡が取れていないので、今回はトップページのみのリンクとさせていただきます)
http://www.photo-make.jp/hm_2/oota.html

私なりに源流案も持ちつつありますので、
後日また内川源流について記事にさせていただきます。

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暗渠ハンター ぶらり品川用水のたび②西五反田川(仮)と溜池

品川用水の荏原・小山付近の2回目です。
古地図を見ているときに、
荏原1丁目11あたりの谷頭から品川用水を北に外れて
流れる川を見つけました。
まず今回はここをたどってみましょう。

便宜上川に名前を付けますが、
なんてしようかな。
西五反田6丁目を流れて目黒川にそそぐので、
まあ凝らずに、「西五反田川」(仮称)としましょう。
地形図はこちら。

真ん中が今回の西五反田川(仮称)、
その左は以前取り上げた桐ケ谷川(仮称)、
そして右端のはシリーズ後半で紹介する大崎川(これまた仮称)です。

googleさま、「東京地形図」さま、いつもどうもありがとうございます。

Photo

品川用水が中原街道に出る手前から
谷頭に入ります。
谷に降りていく道がこれ。
Imgp7961

向こうがすとんと低くなっていますね。

手元の古地図を見てもなかなかここに水路は見つからないのですが、
たぶん排水程度の水路はあったのだと思います。

前回もご紹介した「関東中世水田の研究」(高島緑雄著)によれば、
品川用水の落ち水がこのあたりを流れており、
その水を足した複数の溜池があり、
このあたりは「桐ケ谷村溜池新田」と呼ばれていたと記述されています。
溜池があったというのは、
①日野中学校付近
②松の湯付近

そしてこの谷からちょっと外れたところにある
③五反田氷川神社の下
とのこと。

うん、落ち水の水路があったんだな。

たぶんその水路跡がこれ。
さっきの道をさらに奥に下ったところです。
Imgp7962

この歩道のほうね。

谷を下っていくと、切り立った大谷石の断崖も見ることができます。
Imgp7964

おお、あったぜ松の湯!
まだ立派に営業している模様。
Imgp7965

この付近に②の溜池があったというわけです。
残念ながら痕跡は全く見つけられませんが…。

その先の想定流路上にはこれまた暗渠サインの
クリーニング屋さん。
Imgp7966

そして新しそうな学校が見えてきます。
区立第一日野中学校。
!①の溜池か?
いやいや、ここに最近移転したようで、
もうちょっと下流に旧日野中学校跡地があるので
おそらくそっちのほうでしょう。
Imgp7967

ちなみに、なんとここも品川名物の「学校跨線橋」がありますなあ。
(同じように、道路で分断された学校の敷地を歩道橋で跨いでつないでいる例は
後地小学校や御殿山小学校などがありますね。なぜか私は品川区でしかみたことない)

先に進んでいきます。
たぶんやっぱし、この右側の歩道が流路跡なんでしょうね。
Imgp7969

この道はすぐにクランクになるのですが、
そのクランクの突き当りにあるのが旧日野中学校。
ここが①の溜池ですね。
Imgp7971

もう表札も剥がされて、すっかり廃校然としてますね。

この学校の裏を200mも行けば目黒川。
おそらく流路はまっすぐ
この学校の敷地を突っ切っていたのかもしれませんね。

少し道なりに迂回して、
首都高速目黒線の下に出ます。
Imgp7973

おそらくこれ沿いに下って、
五反田駅の西側で目黒川に合流していたのでしょう。
ちなみにその合流点と推測するあたりは、
三島下、という地名で、
上大崎村溜池新田とも呼ばれていたそうでやはり
溜池が存在していたそうです。
現在は地下に荏原調整池が存在していますが、
さしずめ「地下の溜池」、暗池(あんち)ですかね。

そうなれば上の写真は、
「西五反田川から見上げた橋裏の風景」ということになりますね。

さて西五反田川はここまでですが、ちょっと北に足を延ばせば
先に触れた③の溜池跡まですぐ!
ってことで行ってみることにしましょう。

まずは、溜池の水源の一つともなっていた湧水ポイントである
五反田氷川神社。
Imgp7975

ここは以前カケダシの頃(っていまでもカケダシなんだけど、
ここは比較の問題として)、半端な記事にしたことがありました

高台にある神社の、その参道の一つが崖・谷頭になっていて、
Imgp7974

その下から水が湧き出ています。
このへんね。
Imgp7976

参道入り口から見たところ。
この奥のどんつきに社に登る階段があり、
その横に湧水の池があります。
Imgp7979

品川用水の落ち水と、この湧水を合わせた③の溜池
このあたりにあったことになります。
住所でいうと、西五反田5丁目の2と9の間ですって。
それはここ。
Imgp7981

なるほど、確かに窪んでる。

ここからどうやって目黒川に流れるのかと
素直に低地を探してみましたがちょっとよくわからない…。
数十㎝高いけどすぐ横には、
水路跡っぽい歩道がありました。
Imgp7982

しかも団地(西五反田郵政宿舎)沿いw
ここかも。

さて、西五反田川はここまで。
次回はもういちど品川用水に戻って
百反道路のほうに行ってみましょう!

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