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暗渠ハンター 三田用水の果て・猿町川(仮)③川のはじまりと三田用水

シリーズ最後の回は、
追いかけてきた猿町川(仮)を外れて
島津山の反対側にある池跡をさがしに行き、
そんで「三田用水のヘアピンカーブ」の南側にある
猿町川の谷頭付近に戻る、という行程となります。

前回は、島津山の台地に登りつつ
そこから猿町川の谷を眺めましたが、
いったん猿町川から離れて島津山の反対側をうろつくことにします。
もうこの谷に沿った道がないのと、
じつはその島津山の反対側(西側)には、
明治期の地図を見ると小さな池が描かれていたから。
もちろん現代の地図からは消えています。

前回の最後の写真の地点から、
寿昌寺というお寺さんの裏道を抜けて
山の反対側に抜けることができます。

こんな細い道をくねくね行くんですが、
ここって結構味のある道です。
Imgp9163

…ん?確証はないですが、
このガードレールに守られた向こう側には
水路っぽい跡がありますね…。

突き当りの角を曲がるとこんな。
Imgp9164

うん、そもそもここ車も通れないくらいに狭いのに、
このガードレールはあり得ないでしょうw
ということで、元水路ってことで。

その先は一旦水路跡が途切れますが、
島津山の「分水嶺」を越えたあたりで
こんな路地が続きます。
Imgp9167

すごい美しいカーブ!
下水道台帳を見てもこのあたりは
地下合流管が配されていないので、
近くの大きな道の下の下水道管までの
「つなぎ」としてこれらが機能しているのかもしれません。
とすれば、これってもともとU字溝かなんかの上を
コンクリで塗り固めたり蓋をしただけの
簡易合流管暗渠、なんでしょうね。
Imgp9168

この寿昌寺、そしてこの南の突端に広がる
清泉女子大は、ほぼ島津山のてっぺんにあります。
清泉女子大の裏にある長い階段を下りて
山の中腹に向かいます。
Imgp9172

すごい落差の大きい、長い階段でした。
池跡は、どちらかというとこの山の中腹に
位置していたようです。
しかしなかなか池跡がわからずに、
結局一番下の窪地にまで来てしまいました。
Imgp9176

でもここはここで、川跡のようです。
そう、以前レポしたこれの
上から2番目の大きな写真。このトンネルの先が
この道です。
確かに古い地図を見ると、流れが描かれてあります。
おおー、一年越しで脳内地図がつながったっす。
ちょっと気持ちいいw

中腹まで戻ってもう一度池跡を探します。

持っている資料からは、
どうもこのあたり。
Imgp9182

ですが痕跡はもはや全くありません。
この、道路縁石の苔だけが
「いまだ地下から萌え上がってくる湿気」を
暗示しています。

遠くから池跡っぽいあたりを見ると、
たしかに凹んでるんだよなー。
それにしても、山の裾野に池、なら話はわかりやすいですが
どうしてここは山の「中腹」にあるのでしょうね。
中腹から湧いた水を湛えていたのか、
島津屋敷の庭の池として造られたのか…
まあいずれにしても今回は、時間と能力の関係で
突き詰めることはしませんがw

どうも期待よかはるかに低いレベルの探索に終わってしまいました。
気を取り直して、
本筋である猿町川の谷頭付近を見に行きましょう。

猿町川の谷は、あとはここから見下ろすことができます。
Imgp9187

かなりわかりづらい写真ですが、
この左から右に猿町川の谷が形成されています。
ここは実は本立寺というお寺さんの
墓地からの眺め。
写真にはほんとは卒塔婆が写りこんでいたのですが、
無断で掲載は失礼かと思いトリミングしたら、
上のようなちょっとヘンな縦横比になってしまいました。

あちこちから谷をのぞいてみましたが、
なかなか写真ではうまく伝えられないけど
相当な深い谷が刻まれています。
Imgp9190

ここから、谷頭を越えて高台ととなる
国道一号線まではもう100mあるかないかです。
そう、もう一号線からすぐにずどんと谷になる感じ。

その谷頭にあたるのが、
この袖ヶ崎神社近辺。裏は見えませんが
断崖みたいになっているはず。
Imgp9194

こじんまりとした境内に手水がありましたが、
まさかこれ湧水ではないよね…w?
Imgp9195

でも地形的にはこの辺から水が湧いていたんでしょうなあ。

では一方で、三田用水との関係はどうか。

明治初期の古地図で見ると
この猿町川の谷頭と三田用水のヘアピン突端部分との間には
三角形の池が見えます。便宜上「三角池」と呼びましょう。
とても人工的な形でもあり、
おそらくこれは三田用水の落ち水を溜めておくための池だったのではないでしょうか。
そして、この池のさらに先で猿町川と合流していたと思います。

ちなみに三田用水のヘアピン部分が高輪台の交差点です。
三田用水は北の白金台方面からここへきて、
東のパシフィックホテル方面に大きく流れを変えていきますが、
北→南へと流れてもいたであろう痕跡はわずかに残っています。
これは、その高輪台交差点の写真。

Imgp8055

背が北。北から流れくる三田用水流路上で
南に向かって撮った景色です。

三田用水は真ん中の高層ビルの左をすり抜けて
品川方面へ続いていきますが、
この高層ビルの右側は…
こうなっています。
Imgp8048

おお、これぞ間違いなく水路跡!?
10数mでこの水路は民家に突き当たってしましますが、
その近辺を探ると、この急階段があって、
Imgp8053

その先すぐが件の三角池となります。
それがこのあたりです。
Imgp9196

凹んでます。とても。

実はこのあたり、会社の顧客の事務所があるので
6年前はずいーぶん通ったのですが、
まさかこんな楽しい場所だったとはつゆしらず…。

そうそう、楽しい場所といえば、
流路とは若干離れてしまいますが付近には
物流博物館」というとても楽しい場所もあります。
特に地下のジオラマと資料映像はすごい!
鉄の方だけでなく、港湾萌えの方!!
一日楽しめると思いますよーw

より大きな地図で 猿町川と三田用水後半 を表示

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2021 ・・・目黒川水系」カテゴリの記事

コメント

ああ、これですね。
この抜け道。
これ、ほんとに雰囲気いいですよね。

あと、「以前レポしたこれの」とあるところのリンクがうまく貼られていないみたいですけど。

この辺りの起伏の激しさ(=楽しさ)が伝わってきて、楽しいレポでしたね。

投稿: 猫またぎ | 2011年4月18日 (月) 12時48分

猫またぎさん
ありがとうございます。この抜け道、「ほんとに抜けられるのか」と不安になるような路地でしたね。その意味でも楽しめましたw
リンクのご指摘、ありがとうございます。
ははは…不注意でした;;;; さっそく修正させていただきました!
このエリア、隣り合う東西南北の地域はそれなりに行ったことがあるのではっきりしていたのですが、それらが自分の頭の中でもうまくつながっていないもやもやした場所でした。今回あるって見てとてもすっきりしましたー。

投稿: lotus62 | 2011年4月18日 (月) 14時02分

こんにちはベタ地元のものです
ご指摘にもあるのですが袖が崎神社の裏手にある本立寺の国道側墓地は不自然な窪地になっています
ご検討されたでしょうか?
ふた昔ほど前、子どもが墓地に入り込んでカブトムシを採ったりさせてもらえた頃の記憶ですが、周囲より
2メートルくらい低いところに墓地が広がっていて階段を降りてお墓にアクセスするようになっていました

余談ですが
上の写真4枚が撮影された路地は7、8年前まで土の地面に細いコンクリート舗装が乗ったような奇妙な
路面で、そのころは雨の日には大量のヒキガエルが路上に現れました
アスファルトを打って土の部分がほぼなくなった現在でも少数が生息しています
ヒキガエルは生んだ卵が成体になるまで枯れない水場がなければ繁殖は不可能なはずなので、
なんでこんなにいるのかむかしから不思議に思っています

投稿: | 2015年6月27日 (土) 12時34分

ベタ地元のかた(でよろしいでしょうか)、貴重な情報をありがとうございます。
はい、本立寺裏は地形的にかなり怪しいと思っておりました。別な水源でもあったのではないかと…。
入られた当時、水は湧いてはいませんでしたでしょうか?
またヒキガエルの件も大変興味深いですね。
そうですよね、オタマジャクシ時代は絶対水が必要ですものね。
私も以前とうに暗渠化された北沢川の支流で冬眠明けのヒキガエルをよく見かけましたが、幼少時代はどこで育ったのだろうと疑問でした。
どうぞ今後ともよろしくお願いいたします!

投稿: lotus62 | 2015年6月28日 (日) 20時20分

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