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2011年1月

暗渠ハンター 新春山手線内川跡ナナメ斬りの旅①笄川の工事と高陵支流

今年の元旦のことです。
もしかしたら都内の元旦って、
道路がっらがらで、あちこちで
非日常感あふれる気持ちいい風景が広がっているんじゃないかと
なんかものすごい期待感を勝手に膨らましてしまいまして、
天気も良かったので自転車で出かけてきたのです。
渋谷から東京湾まで往復。
その間、当然ですがいくつかの川を横切って参りました。
そんな「新春山手線内川跡ナナメ斬りの旅」を
数回に分けてご報告します。

さすが元旦。246もこのとおり、ガラガラです。
想像以上の気持ちよさ!
Imgp8608

さーて246を南青山で右に曲がって
まずは笄川の上流付近。
以前はこんな状況だったのですが、
リバーサイドさんHONDAさんも2010年の3月に記事にされています。
その後2010年5月のえいはちさんのレポ
大きな駐車場を突っ切る川跡でマンション工事が始まったと知りました。
それがどうなっているのが気になって・・・。

以前広々とした駐車場は、
もう白い工事フェンスに囲まれてしまっています。
Imgp8609

こりゃもう完全に変わってしまいました。
工事の全景が見ないものかと、
えいはちさんにならって真言を唱え空中浮遊してみると…。
Imgp8611
もはや地下の基礎工事も追え、
完全に川跡消失です。
ふー。諸行無常の響きあり…。

まあ、かつての笄川の水面から、
青山墓地にかかる陸橋の橋裏でも眺めましょう。
Imgp8612

思いのほかかわいらしいやわらかな橋裏。
癒されるわー。
パステル調の橋裏ってなかなか珍しい物件ですよね?
(って誰に訊いているんだろう私は)

ここから笄川を下っていきます。

以前HONDAさんも報告されていた、ポンプの外されてしまった井戸。
Imgp8613

左岸に広がる水路ジャングルは健在の模様。
Imgp8614

六本木通りを越えて広尾方面まで進んでみます。
広尾ガーデンヒルズの北側に、
笄川の小さな支流があったらしいので、
今回はそこを辿ってみたいのです。

事前のマッピングと地形からして、たぶんこのあたりか。
Imgp8620

笄川の右岸、この谷筋です。
いつもながらgoogle earthさん&「東京地形地図」さん、
どうもありがとうございます。
Photo

付近の道路のまんなかにはこんなもんも。
イマイチ用途がわかりませんが、見つけるとうれしくなりますね。
Imgp8619

しかしここ(地形図のひとつまえ)から上流は、
道がありません。
ただし上流方面に向かう道が、この場所のすぐ北に1本、
すぐ南に1本あります。
迷いますね・・・。
つまりこの支流は
①このまま道のないところをまっすぐ谷頭に向かう
②北側の道を通って谷頭へ
③南側を通って谷頭へ
の三つの可能性があるので、
とりあえず北と南の道を両方探ってみました。
北側もクリーニング屋さんがあったりして怪しいんですが、
Imgp8622

やっぱりどうも南側が怪しい。
だってこんなですもの。
Imgp8624

ただし、本当の谷底は南北の道の間に通っているっぽいので、
真ん中に水田を挟んだ複数本流れがあった、
という可能性も大アリだと思います。

この南側の道は住宅区画に沿って何度か小さく曲がりながら
谷頭に向かいます。
谷頭方向で道を阻むのは、区立高陵中学校。
の、しかもプールです。
それが下の写真の左手。
写真正面には小さな階段がありますが、
それがこの谷のくぼみを示しています。
Imgp8627

階段を登ったところから今の谷を見てみると、こう。
Imgp8628

高陵中学校の裏手、つまりさらなる谷頭方面に向かいます。
Imgp8630

うっすら低いところを辿って西に進むと、
日赤病院前の通り(尾根道ですね)にぶつかります。
ぶつかる地点に、クリーニング屋さん!
Imgp8631

さて、この支流をなんて呼びましょうか…。
谷頭のプールのあった中学校、高陵なんてちょっとカッコいい名前なので、
それでいっかw
笄川高陵支流(仮)と呼ぶことにしましょう。

さて「新春山手線内川跡ナナメ斬りの旅」はまだまだ続きます。
次回はたぶん、いもり川から海まで、
そして次々回はきっと赤羽橋付近の弁天池とかそのへんを
ご紹介することになると思います。

今後も含めた行程はこちら。

より大きな地図で 2011元旦川紀行 を表示

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暗渠ハンター 初台の泉から

もう結構有名どころでね、
いまさら感もないではないのですが、
やっぱりこれは扱っておかないと。
という気分で今日は宇田川の上流、初台川さんの近況をお知らせします。
もうすでに私の記憶にある範囲でも、

庵魚堂さん(世田谷の川探検隊)、
リバーサイドさん、
HONDAさん、
えいはちさん

といった方々が紹介してらっしゃいます。

暮れも押し詰まったある日、山手通りを自転車で北上しておりますと、
初台坂下交差点からこのような橋の遺構が目に入ってしまったんです。
おおこれはもしや初台川・・・
Imgp8420

と思ってこの後の予定もあったのですが、ちょっと寄り道して上流を追いかけていきました。

まずは地形図をどうぞ。
いつもながらgoogle earthさん&「東京地形地図」さん、
どうもありがとうございます。

Photo

山手通りから甲州街道、つまり玉川上水に向かって
斜めに切り込んでいくのが
この初台川の谷です。

上の写真に写っているお宅のご主人が
ちょうど外で洗濯をされていらしたので、
許可をいただいてこの橋を間近に写しながら
いくつか質問させていただきました。
Imgp8424

ご主人によると、この川(どぶ)が埋められたのは
約20年前、とのことです。
私はてっきりこの宇田川上流はすべて東京オリンピック前に
暗渠化されたものだと思い込んでいましたが、
ここでの証言は1990年ころ、ということになります。
・・・最近じゃんw
うーん、にわかには信じられませんでしたが、
ここにお住まいの方がそうおっしゃるんだから
間違いないでしょう・・・。

この橋をちょっと上流に向かうと、
こんどはもっときれいに残っている橋登場。
初台橋。暗渠ファンにとっては結構有名な橋ですね。
Imgp8426

さらに先をたどってみます。
Imgp8427

車止めがあるたび車道にぶち当たりますが、
まだまだ伸びて緩やかに谷を上がっていきます。
Imgp8428

初台2丁目13あたりではかなり追うのも苦しくなり、
この先コの字ウォークを強いられることになります。
Imgp8432

横にはこんな階段も。
谷ぞこっぷりを物語りますね。
Imgp8436

さてもうすこし上がればさらに有名な名所が。
(といってもここは家に帰ってから「ああ!あれか!」と思い出す始末w)
Imgp8437

この先の階段の一番下に、
右からの湧水が集まってきています。
Imgp8438

これこれ。
水面アップでどうぞ。
Imgp8440

感動!!!!
まるで泉です。みつけたときはとても興奮して、
思わず息をのみました。
いや、声を上げてしまったんだっけな?
いやいや、たぶん両方しましたw

このほとりに住んでいるかたがうらやましいですほんとに。

湧き出し口は草の陰で見えませんが、
申し分のない谷頭地形ですね。
Imgp8439

さて実は冒頭ご紹介した「世田谷の川探検隊」でも触れられていますが、
この写真、
Imgp8441

この真ん中の階段となっている石は実は「田端橋」という橋の親柱で、
しっかりその名前が刻まれていたようです。

私は、例のボケボケ具合からこの「田端橋」のことをすっかり忘れていて、
全然この日気づきませんでした。
ってか、たぶんこの場所には少々長めに立っていたので、
牛のように鈍い(牛さんゴメン)私でも、
さすがにでかでかと橋の名前が彫ってあったら気が付いたろうと思うのです。
ってことは、結構もう彫り跡も薄れていたのでは・・・。
どなたかここを通りかかったらぜい確かめてみてください。
で、まだしっかり田端橋と刻まれていたなら、
どうぞ私を小馬鹿にしてくださいましw
(それにしてもこの石周辺の、
道路に描かれているいくつかの文字が記号が気になりますね。
近々道路掘り返してガス系の工事でもやりそうな勢いです・・・)
※2011年2月13日訂正:私はこの階段の下の石に「田端橋」表記があるのかと思っていましたが、HONDAさんからいただいたコメントで「一番下でなく一番上」にあることを教えていただきました。ごめんなさい、訂正するとともに、教えていただいたHONDAさんに心から感謝いたします。どうもありがとうございました。

今、この右わきからの湧水がありましたが、
谷というか川跡というか、本流はまだ先がありそうです。
今日はこの奥まで追跡したる! ってんで
階段を正面に登ってさらに谷底を進んでいきます。

もう入ってはいけないけど、こんなふうに続いてます。
Imgp8442

さらにコの字ウォークして。
Imgp8444

連続コの字!
Imgp8445

いきついたのは、
初台1丁目の27、28あたり。
このへんはもうすぐ北に甲州街道があり、
甲州街道から一気にがくんと下がるミニスリバチ地形となっています。

あちこちの上から見た図。
Imgp8446

Imgp8450

Imgp8452

そして下から見た図。
Imgp8449

Imgp8454

そして谷底。
Imgp8448

このスリバチの中でも、
甲州街道・玉川上水からこの谷に
落ち水があったとすれば、
地形からいってたぶんここ。
Imgp8455

この建物のすぐ裏が玉川上水になります。
その接点付近にあるのは「代右衛門橋」。

Imgp8457

さあ、ちょっと寄り道しちゃったけど、
今日は山手通りを通って
池袋の先の出井川に行く予定。
先を急がないとw

より大きな地図で 初台川 を表示

おまけ。
この先十二社付近で、
いい橋裏に出会いました。
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これなんか爬虫類のお腹を見上げたみたいでしょう。
Imgp8460

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暗渠ハンター 歌舞伎町の<地形>と街中の弁天様

2011年の1月12日~16日まで、
「歌舞伎町博物館2011」というイベントが文字通り歌舞伎町で
催されていました。

リンク先のHPから趣旨を転載させていただくと、
「本プログラムは、歌舞伎町の新しいまちのイメージを、
地域の事業者・住民・行政の協働により、
形成し発信するコミュニティアート・プロジェクト
「歌舞伎町2020」の一環として、
歌舞伎町における空き店舗活用の最新型として
実施するものです。
歌舞伎町2丁目の空きスペースを、
期間限定のコミュニティの博物館と見立て、
歌舞伎町の江戸から現在に至る生活の様子を収めた、
写真・地図・出版物・映像・音声を展示するとともに、
現在の歌舞伎町のマスメディアに流通していない姿を、
写真・映像・朗読等のさまざまな形態で提示します。
このコンパクトな博物館で共に学ぶことで、
新しい歌舞伎町の姿を発信していきます。
会期中は、
セミナー・ワークショップ・まち歩きツアーなどを実施し、
本スペースを、
市民主導の新しいまちのイメージを醸成し
発信することができる
コミュニケーション空間として活用します。」

というもの。

事前にこの情報をスリバチ学会仲間の山崎さんから
お教えいただき、
1月16日に行われたセミナー、
「歌舞伎町の<地形>」「暗渠さんぽ」のnamaさんと行ってまいりました。
セミナー講師は、
日本学術振興会 特別研究員<東京大学 工学系研究科>の
松田法子先生。

今回は、まだまだ溜まっているフィールドワークシリーズを
ちょっと休憩してこの内容や
帰り道に歌舞伎町で出会った物件について
レポートします。

さて会場ですが、「セミナー」ということなので
スクール形式に机と椅子が並べられて、みたいなイメージで行ったのですが、
これはいい意味で見事に裏切られましたw

8畳くらいの展示スペースに先生の机が置いてあって、
先生はその上のPCモニタを図示しながら
椅子に座ってお話をする、
我々は先生のすぐ目の前にVの字に並べられた長椅子に腰かけて、
まるで先生の研究室にお邪魔している、
みたいな親密な空気の中でお話を聞くことができました。
タイトルにのカッコつき<地形>でもあらわされている通り、
単純に地形を論ずるのでなくて
歴史、人の記憶、集合的意識、街に顕れるダイナミズム・・・等々
物理的な高低差の地形だけでない<地形読み>がなされているのがミソです。

さてその内容を、ランダムに自分的ポイントだけご紹介します。
(この講演自体が先生の「作品」でしょうから、
著作権配慮の関係上ほんとにポイントだけ)

●歌舞伎町は元沼地。大村家の所有。(淀橋浄水場建設の時に出た)土を盛って学校などが建てられた。
●戦後焼野原になったこの土地を、初代町会長となる鈴木喜兵衛が構想を練って歌舞伎
町として再生した。
●再生にあたっては、滞留と回遊を実現させるためわざとT字路を多用した。
●また将来の大手資本による再開発を防ぐため、わざと土地割をこまかーくした。
●横道に逸れるが、ジョアン・グラックという人は「ひとつの町のかたち」という本で
、「町を見るときは、構成要素を捉えて静的に見るのではなく、生成変転を肯定し過去からの力のダイナミズムとして見るべき」と述べている。(これは結構共感しました)
●いまでも歌舞伎町に池だったころに祀られた弁天様がある。
などなど・・・。

特にさいごの「今でも弁天様がある」というのは全然知らなかったので、
終了後「どこにあるのでしょう?」と質問させていただきました。
それがね、コマ劇場のすぐそば、なんですって。
おおまかに場所を伺って、
さっそく帰りに山崎さん・namaさんと一緒に寄ってみることにしました。

歌舞伎町どまんなかの弁天様の場所はここ!

より大きな地図で 歌舞伎町のまんなかの弁天様 を表示

※記事を書きあげてよしあとは予約投稿にして公開を待つだけ・・・・。
のはずでしたが、その公開直前になって「アースダイバー」(中沢新一)を
久々にペラペラっとめくってみたら・・・。
「第2章湿った土地と乾いた土地」のところに新宿歌舞伎町の話があって、
この弁天様のことも触れられていました。
「淀橋浄水場の建設で出てきた土を運びこんで、のちの歌舞伎町もともとの湿地や池を埋めた」
「その、最後まで残った池の後にこの弁天様が建てられた」
云々・・・。そっかー全然忘れてた;;;;。
なお、ここでの中沢さんの書き方はこのセミナーで紹介されていた
「街を静的に捉えずにダイナミズムの現れとして捉える」を地で行ってます。
「乾いた土地」(縄文)と「湿った土地」(その後)とのぶつかりあいや変化、
それに加えてエロス(非日常)と日常、などなど力が複雑にからみあうさまを
通してこの章では新宿・四谷を述べています。
改めて読むとおもしろいなあ・・・。

さっそく行ってみると・・・。
あった。ここだ!!
日曜の真昼間から妖しくもきらびやかな店に囲まれ、
ここだけしーんとした風情です。
Imgp8739

右隣りと後ろを中層ビルが固め、
「ビルの谷間の谷頭」といった感じのところにある弁天様の社。
社の後ろはもう別のビルなのですが、そのビルの上の方には・・・
Imgp8740

なんと鬼瓦。
隣同士でコラボってるんでしょうかw
そして右隣りは「王城ビル」。
Imgp8741

またこの王城ビルが古めかしいレンガっぽい作りで、
狙ったのかどうかわかりませんが「史跡感」を醸します。

とは言ってもなー、この社があるビル自体、
横に回るとこんななんですよねー。
Imgp8742

さらにその後、鬼瓦があるビルは、
実はこんなところ。
Imgp8744

カオス。歌舞伎町らしい光景であるといえばそうなんだろうなあ。
さて敷地に入ってみましょう。

ここが社の正面のようです。
Imgp8738

手前にあるのはお賽銭箱?
しかしその付近にはこんな注意書きが。
Imgp8737

なになに、お賽銭入れるときはこの上の、
柵の向こうの賽銭箱に投げ入れろと・・・。
どうも手前にあるのは賽銭箱ではなかったようですがw
いったいなんだったのかよくわかりませんw

そして、正面横に弁天様がいらっしゃいます。
Imgp8735

鬼瓦といい賽銭箱といい弁天様といい、
どうもいろんな要素がばらばらに配置されていて、
ここはいわゆる「脱・構築型」の非常に現代的な寺社仏閣スタイル
体現してる、読むこともできます。
・・・深読みかw

敷地内には、フェイクの池。
Imgp8734

弁天様像とこの池だけが、
「昔ここは池だったんだぜ」と小さな声で主張しています。
それでも、こんなところに痕跡が残っていること自体に
少しだけ感動。

同行の山崎さんはこの後も「歌舞伎町博物館2011」の
「歌舞伎町街歩きツアー」に参加されるとのことで
そそくさと集合場所に向かわれました。
今日は昼からのツアーですが、
先日は「夜の歌舞伎町街歩きツアー」にも参加されて来たそうです。
歌舞伎町の夜と昼を見比べる、というのもなかなか面白そうですねw

ここを後にする直前に気が付きましたが、
おお!池の裏側には、井戸の跡。
Imgp8743

きっと池よりも深く掘られ、
そこから地下水を汲み上げては
共同井戸として付近のみなさんのお役に立っていたんだろうなあ。

講義を聴いてきた直後だけに、
変わりゆくコマ劇場↓
Imgp8745

の前を通りつつ
昔の歌舞伎町(と名のつく前の角筈の一角)に思いをはせ、
新宿駅へと向かうのでした。

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暗渠ハンター 見過ごしそうな小さな谷 呑川・平支流

一連の呑川シリーズの最後の回です。
まずは地形図をどうぞ。
いつもながらgoogle earthさん&「東京地形地図」さん、
どうもありがとうございます。

Photo

呑川を上っていくと、
大井町線・緑が丘駅の手前で暗渠となり、
その北東横線・都立大学駅を越えて
柿の木坂支流と駒沢支流&深沢支流とに分岐するまで、
まっすぐな緑道となって続きます。
その間にある小さな谷に短い暗渠が残っています。
これを「平支流」と名付けましょう。

いえ、ちいさな谷で比較的たいらだから、
という理由ではなくって、
このあたりの住所が「平町」というところなんですよ。

ではさっそく。
平支流に行く前に、まずは
「呑川 開渠・暗渠のさかいめ」のところを。
Imgp8380

奥が上流です。
正面にゴムのだらんとながーいカーテンに覆われた向こうから
暗渠が始まります。
でかい。
すごくでかい。
なんだか入ってみたいようなみたくないような、
不思議な気持ちになります。

そして東京工業大学の敷地の間を通って
東横線とぶつかるまで緑道、というか遊歩道というか、
北上していくのですが・・・。
Imgp8381

中根小学校を過ぎたあたりで、
上流に向かって右手に車止め出現。
Imgp8382

車止めの向こうは暗渠道でなくて開けた駐車場なので、
よほど注意していないと見過ごしてしまうのでご注意を。

ここから平支流を辿っていきましょう。

駐車場の向こう側に行ってみます。
ほうほう、平町2-21にある、これが流路かいな?
Imgp8384

「ほうほう」で思い出した必然性のない豆知識ですが、
「ほうほうのていで逃げ出した」みたいな言葉がありますが、
このときの「ほうほう」ってなんのことだかご存じですか?

「這う這う」なんですって。
ていは「体」とか「態」とか。
なるほどねー這う這うとはねー。

すみません、本文とは一切関係ありませんでした。
この後の伏線ですらありません。

さて。迷いながらもその反対側・上流を見ると。
Imgp8385

いえーい。これで間違いなさそうです。
入っていけないので、コの字ウォークでこの先を見に行きます。

見事にスリムな暗渠となって、続いていますね。
Imgp8387

これは下流方向を見ていますが、
この奥には入っていけそうなのでもう少し下流側に近寄ってみます。
おおーぅ。
奥にはこれまたスリムなはしご式開渠が続いていました。
Imgp8388

さてこの反対、上流側はどうなっているか。
振り向いてみます。
Imgp8389

ちょっと太い道になり、その端っこを細々と登っていく暗渠。

これを奥に進んでいくと、
右側はちょっとした崖。
そしてその崖面があたかも護岸のようです。
Imgp8390

さらにその奥はこんなふうに、再び手の届かないところへと
・・・ああ。どこに行くんですかー。
廃材利用みたいな格子(しかも倒れないように
古タイヤで支えられてるw)の向こうには、
一段高い水路が構えてありました。
Imgp8391

ここから上流はもうほとんどマボロシみたいなものなんですが、
消えていった暗渠は奥の方でかくっと右の方に曲がり、
谷頭を目指していくようです。
平町2-17-25あたりで、
その「曲がったあと」の流路らしきものが確認できます。
奥が下流方向です。
Imgp8395

そしてこのさらに上流方向は・・・。
Imgp8394

こうして住宅のなかに消えていくのでした。

距離は短いのですが、
小さいながらもしっかりした谷を下っていくさまが
どことなくかわいらしい暗渠です。
前回・前々回の奥沢支流や東玉川支流が
サカナでいえば「鮭」とか「鱒」だとすると、
ここは「タナゴ」みたいな。
って全然わかりづらいたとえですねw
いや、さっき突発的に鮎の塩焼きが食べたくなっていただけなんです・・・。

より大きな地図で 呑川平支流 を表示

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暗渠ハンター 開渠は続くよどこまでも!! 呑川・奥沢支流

前回、この地形図の下の「呑川 東玉川支流」をご紹介しましたが、
今回はこの上の「奥沢支流の谷」を。
いつもながらgoogle earthさん&「東京地形地図」さん、
どうもありがとうございます。

Photo

さて、東玉川支流を登り切ってまた呑川に戻り上流を行くと、
またまた大きめの合流口が見えました。
Imgp8340

やはりここから西の方面に行く支流の谷の始まりです。
前後してしまいまいたが、
この谷を縫う川、ここから奥沢付近まで遡ることになるので、
この支流を「呑川 奥沢支流」と呼ぶことにします。

合流口を素直にトレースして遡っていこうとすると、
こんな道になります。
Imgp8342

うーん、これでいいのか若干の不安が残りますね・・・。

でも大丈夫。
ほら、歩道が暗渠っぽくなってきました。
Imgp8344

ちょっと行くと奥沢公園。
Imgp8346

まっすぐの暗渠っぽい部分がここで消えますが、
たぶんここは右折でしょう。もうカンだけどw

たぶんこの道でよさげです。
あ、足元には「おしくらマンホール」が!

Imgp8348
なんか保護色みたいに道路に馴染んでいますが、
これは互いの外郭が交わっている「真性」ではないですか!!!
奥沢1-19-15にありました。

こんな暗渠道が続き、奥沢中学校の横を通り
突き当りをかくんと左に曲がります。
Imgp8350

ずんずん進んでいくと、奥沢1-30の角から左前に見えてくるのは・・・
Imgp8354

じゃーん!!!!
金網フェンスに囲まれた、蓋暗渠!!!!!
これまでの道から90度左にひん曲がります。
Imgp8355

これだけでもびっくりしたのですが、
この先10数m先でまた90度、こんどは右に曲がるのです。
それがなんと…開渠だー!!!
Imgp8356

このまっすぐっぷり!見事すぎます。
どこまでも永遠に続いていくかのようです。
マジしばらく見とれました・・・。
こんなところにこんな立派な開渠があったなんて!!!
ああーありがたいありがたい。自由が丘なんてもうすぐそこですよ、
そんなところによく残っていたもんだ;;;。

さきの蓋暗渠はこの写真の右のやつ。
Imgp8357

これが私の足元でかくんと曲がって見事な
直線はしご式開渠となっているわけです。
このまっすぐっぷりもすごいなあ。
住民のみなさん毎日こんなの見てるんだなあ。
かなーりうらやましいです。

このはしご式開渠は、奥沢3-22までまっすぐ続きます。
ここが開渠終点。
Imgp8363

この先は、微妙に蓋がされているんだか
あいてるんだかというマージナルな感じになります。
でもやっぱりまっすぐな「開渠感」は続きます。
なんか、川跡感が露わではないですか。
Imgp8365

その先、3-20と24の間で残念ながらこの「まっすぐ感」は終わります。
さっきの続きの3-20の方面はこれ。
Imgp8367

そしてその反対側3-24は、こう。
Imgp8368

これをまたまっすぐ追いかけていきますと。
Imgp8370

自由が丘~奥沢~雪が谷大塚を結ぶ自由通りにぶち当たります。
正面は行き止まり。城南信用金庫の敷地に入ってしまいます。
その入り口はこんなふうになっています。
Imgp8372

集金から帰ったと思しき銀行員さんがいらしたので、
「ここ、入ってもいいですか?」と尋ねてみましたが、
「いや、私にはなんとも・・・」というお答えだったので
すっぱりあきらめました。
数時間前に雷王さん(数回前の「立会川プリンセス支流」参照)から頂いた金言を胸に、節度を持って・・・w
(いえいえ、普段でもちゃんと節度は持ってますからねww)

と、ここで今来た道を振り返ると、
なんと対面には「テント工場」が!!!
Imgp8371

俊六さんがおっしゃっていた、
「暗渠沿いにはテント工場が多い」説を裏付けるものなのか!!??
さてさて、城南信用金庫の裏手にまわって見ましたが、
あいにく流路は見当たりません。
(この日は流路上にクルマが停まっていたのでわかりませんでしたが、
後日Google ストリートビューでみたら延長線上に流路跡あり)

さらに道の反対側にもそれと思しきものが見当たらなかったので、
付近探索。
一つとなりのブロックにあったのは、
松の湯という銭湯。
Imgp8374

うん、この前の道が流路だったのかもしれないなあ・・・。
じつはこの日辿れたのはこのあたりまででした。
まあ地形図であとから見ても、このへんが限界でしょう・・・。

ちなみにこの付近にあった、道端の堂々とした井戸。
Imgp8376

井戸に手を振られながら(というふうに見えたw)、
もと来た道を戻ってはしご式開渠を再び鑑賞し、
呑川に戻ります。

さて、後日手元の資料をあたってみました。
「関東中世水田の研究」(高島緑雄)という冊子によると、
・1877年の地図ではこのあたりに「下沼部村溜井」というのがあって、
それが奥沢を経由して呑川に向かっている。
・この溜井は目蒲線田園調布駅の
北150mあたりの線路敷き下に埋没している

としています。谷の存在と経路からいって、
ここで言っている呑川に向かう水路は、おそらく今日のこれ、
だと思われます。
しかしこの溜井の存在がどうにも????ですね・・・。
確かに田園調布の北に窪みはあるんですが、
これ呑川につながるにはひとつ尾根を越えなきゃなりませんよねえ・・・。
この資料、すっごく読み応えあっていい資料なんですが、
ということでちょっとここだけは私が読み違えかもしれませんが
腑に落ちずにおります・・・。

また、この支流の関連webをググってみたら、
やっぱり庵魚堂さんが世田谷の川探検隊にて、
詳しく触れられておりました。
私が追った上流に加えて実はもう一本、
この支流の上流の流れがあったそうです…。
わかんなかった…w。

より大きな地図で 呑川奥沢支流 を表示

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暗渠ハンター 石川台から環8に向かう呑川・東玉川支流

呑川をさかのぼって中原街道を越えるあたり。
池上線の石川台駅あたり。
このへんは予定ではスルーのつもりでしたが、
おやおや。連続麻雀牌マンホール。
Imgp8307

そしてぱっくりとした大きめの合流口。
Imgp8308

これは、寄り道せずにはいられません。
合流口から西、つまり自由通りや環8の方面に向かって
ゆるい斜面になっている模様。
家に帰ってみてみたら、こんなふうにこの谷と、
もうひとつ北の谷と二つの谷が。
今日はこの下側の、「東玉川支流」をご紹介。
次回はこの上の「奥沢支流」、いきますからね。
いつもながらgoogle earthさん&「東京地形地図」さん、
どうもありがとうございます。

Photo_3

さっそく川の西側に暗渠発見です。
Imgp8309

入っていきましょう。
Imgp8311_3

フェンスが白くて新しくて見通しがいいから、
なんかさわやかな暗渠ですな。
これぞ自由が丘!
(ってまだそんなに自由が丘まで近くないんですけどなんとなく・・・)

石川台から自由が丘に通じる幹線に出る手前。
怪しい三角地と、手前にまたまた連続麻雀牌マンホール。
水コン協の方の話では、
この連続麻雀牌マンホールがああるところは
サイフォン式に川が交差するところ、
とのこと。
ざくっと下水道台帳を見ると、
まあ自由が丘方面から来る合流管と呑川が交差する・
ってことなのかな・・・。
Imgp8312

さて、今回の暗渠は、ここから東玉川を抜けて自由通りを越えて、
環8の手前、東玉川2丁目27まで確認できるので、
これを「呑川 東玉川支流」と呼ぶことにします。

それをこっから追いかけて行きましょうか。
幹線道を渡ってからは、ちょっと住宅の敷地の間に隠れていきます。
Imgp8313

じつはこの石川町2丁目と東玉川1丁目の境目は、
大田区と世田谷区の境目でもあり、
また呑川に向かって平坦になっているよころなので
数本このへんにはあやしいところもあるのはあるのですが・・・
こんなところとか。
Imgp8315

しかし今回はたぶん本流(<根拠なしw)である、
石川町2-26の間を抜けるルートを採用。文末地図のとおりです。
住宅の間をこんなふうに上流に抜けていきます。
Imgp8317

金網の向こうをもうちょっとよく写してみましょうか。
Imgp8318

この反対側が、こう。
Imgp8319

この片側の歩道が暗渠になっているようです。

おおー味がある階段。
Imgp8320

あ、足元には「おしくらマンホールもどき」が。
Imgp8321

この先は、こんな暗渠道が続きます。
Imgp8323

そして間もなく自由通りとの交差。
あ、行く手になんか変化がありますね。
Imgp8324

近づくと・・・。
あ、階段と暗渠ですね。
Imgp8326

あーその先は入れないや。
世田谷で、こういう出口も入口もない、
どこにも行けない暗渠を見ると、
「ねじまき鳥クロニクル」を思い出すようになってしましました。
こういうところで猫を探していたんでしょうか。
Imgp8327_3

あ。「真性おしくら」ではないけど、
こういう大小のコンビネーションのおしくらはなんかかわいいなあ。
Imgp8328

で、さっきの暗渠の続きです。
Imgp8329

そしてこういって、
Imgp8330

最上流部ではこれまでの西への進路を
かくっと北に変え、
Imgp8331

Imgp8332
よくみりゃこれ、蓋暗渠ですねえ。そうとう年季入ってます。

環8の手前のあたりで終了。

実は地形図をよーく見ると、
この北西のブロック東玉川2-31あたりに妙なくぼみが見えるのですが・・・。
グーグルマップで見てもちょっとここに何があるかはわからず・・・。

今回の行程はこちら。

あ、地図にもう一本、北にある石川台中のとこにも一本暗渠歩道があったのですが、
今回はしょうりゃくー。

より大きな地図で 呑川東玉川支流 を表示

●公開後の猫またぎさんのコメントの通り、
庵魚堂さんの「世田谷の川 探検隊」でもとうの昔に取り上げている川跡です。
こちらでは、私が気づかなかった面白い「ベニヤ雨水ます蓋」もご覧いただけます。

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暗渠ハンター 呑川・久が原支流は図書館敷地を駆け抜ける

呑川を挟んで反対側、
久が原の谷を流れてくる支流をご紹介します。
まずは地形図をどうぞ。
いつもながらgoogle earthさん&「東京地形地図」さん、
どうもありがとうございます。

2011.8.2追記:猫またぎさんのご指摘で、以下の地図に間違いがありましたことをお詫び申し上げます。図中の「久が原支流」は猫またぎさんがおっしゃるところの「呑川蟹久保支流」であり、ほんとうの「久が原支流」は図中の下のまんなかへんに刻まれる谷を流れます。申し訳ありませんでした。猫またぎさん、ご指摘ありがとうございます。心から感謝いたします。

Photo_3

ご承知の方も多いかもしれませんが、
呑川の新幹線と国道1号線に挟まれる区間は
合流口の豊作地帯。
呑川のまわりには碁盤の目状に道路が整備されていますが、
そこに両脇の尾根から下ってくる自然流下式の
「合流管」が通されているのでしょう。
Imgp8258

その中でも今回は、
右岸方面にもっとも奥行深く辿れそうな川をご紹介します。

国道1号線との交差から2本目の橋、「北の橋」から
久が原方面への流れをここでは勝手に
「呑川 久が原支流」と呼ぶことにして、
その「北の橋」から上流を遡ってみましょう。

橋からはしばらくまっすぐ暗渠が続きますが、
久が原5丁目の交差点をすぎて少し行くと、
いよいよ横道に逸れていきます。
ほらきた、車止め。
Imgp8279_2 

なんかパチンコの釘みたいに
複雑にクルマ止めてますね。
Imgp8280

さあこっから本格的な暗渠のはじまり。

横切る道を越えて続きます。
Imgp8281

しばらくまっすぐ行くのですが、
途中でかくんと曲がるので、ゆくえがわかりづらくなります。
Imgp8282

私も「突きあたったら曲がるもの」と考えていたので
いったん間違えちまいましたが、
よくよく付近を観察すると、
ここは突きあたりの公共施設(図書館)の敷地を突っ切って
その反対側に続くようです。

・・・後日、たまたま会社の同僚Tくんの実家がこのそばだとわかり、
彼に尋ねてみたところ
「そうすね、このへんは子どものころよく遊んだところです。
この道はまだどぶ川が流れていました。
んで、この図書館の向こう側に続いていたと思います」

との証言。
そっかー。そのころ見てみたかったなあ。

んで、これがその突きあたりの図書館の裏口。
Imgp8287_2

この敷地の中を通って
Imgp8288_2

この図書館の表側の道に続くようです。
Imgp8289

そして図書館を回り込んで、
Imgp8290

この祠の前をかすめて、
Imgp8284

キター、ここにつながるわけですね。
Imgp8291_2

この先は不自然に広い歩道になって
Imgp8292

道はT字路になって突きあたるので、
ちょっとまた迷います。
Imgp8294

うーん、地形の傾斜からいってまっすぐなんだが、
ここは通れないな。
突きあたりを右に行って、すぐにまた奥の左に入る道があるので
これを進んでみましょう。
この古いおうちの右の道。
Imgp8295

ほんとにここに続かなあと多少不安になりつつも・・・
でも、これは間違いないでしょう。
ようやくこの水路あとを見て確信しました。
久が原4-14-2のあたり。
Imgp8297

よこに何本かこんな水路跡を見ることができます。
Imgp8300

こんな道を通りますが、
Imgp8303

もう一回だけクランク状にまがって
ライラック通りという大きめの通りに向かいます。
その手前の道沿いのお宅の庭で、ご主人とおぼしき方が
犬のお世話をされていたので思い切って
お声がけしました。
「もしかして、ここは昔川でしたか?」
「そうそう、川というよりどぶね。
もともと私道だったんだけど、15年くらい前に
クルマが通れるようにって、区が買い上げて
そんでどぶがなくなってこんな舗装道になったんだよ」

そか、やっぱりここが。
Imgp8304

まもなく、ライラック通り。
ここが尾根道のようです。
左に行って、すぐ右に曲がると
池上線の久が原駅。
今日の行程は、こんなかんじ。

より大きな地図で 呑川上池台支流と久が原支流 を表示

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暗渠ハンター 呑川・上池台支流と馬込給水塔

前々回、模型店「雷王」のご主人に
プリンセス支流をご案内いただいたあとは、
環7を下ってこの日のメイン目的地の一つ、
上池台から呑川に向かって流れる川
(勝手に命名・呑川上池台支流)を
取り上げていきます。

まずは地形図を。
いつもながらgoogle earthさん&「東京地形地図」さん、
どうもありがとうございます。

Photo
あらっぽく言うと、
環7付近を谷頭として、
環7と新幹線に挟まれたところにばくっと開いているのが
この谷。
この谷の兄弟谷として、
すぐ北西の小さな谷、呑川小池支流と、
それが合流する力強い谷、洗足流れ(池上用水)がありますね。

さあ、この上池台支流を谷頭から下っていきましょう。
環7から外側の路地を歩いて谷頭を探します。
お、この駐車場が怪しいですね。
突き当りに小さな崖が見えますが、
その向こうは殆ど環7です。
Imgp8199

こっから下るど!
と思った矢先、足元に
「おしくらマンホールもどき」がありました。
ここは上池台4-18-5。
Imgp8200

さあ、もうすでに道が
「わし暗渠だかんね」と主張しています。
Imgp8202

どうですかこれ。
わくわくしますねー。
こんなわかりやすいとは!
Imgp8203

脇道も奥にミニ階段があったりして風情たっぷりです。
Imgp8204

あ、集合住宅だけど、猫またぎさんが喜びそうな造りの階段。
Imgp8205

さきほどの暗渠本流はこんなふうに続きます。
Imgp8206

あ、一度細い路地に隠れてしましますね。
Imgp8207

追っていきます。
Imgp8208

んほー。これは鼻息が荒くなりますが、
先ほどのプリンセス支流のい雷王さんの金言を思い出し、
つとめて平静を装います。
深呼吸深呼吸。
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今の路地を出口から振り返るとこんなふうになってます。
Imgp8211

この路地は庄屋坂につながるところで
かくんと左に折れて、このガードレールに守られながら・・・
Imgp8212

さらに右に折れてこの坂を下っていきます。
Imgp8213

あ、道端にクリーニング工場。
Imgp8214

しばらくいくとまた曲がって、
ここを通っていくようです。
Imgp8216

そしてこんな風景になりながら
Imgp8218

車止めがやっと出てきましたね。
Imgp8219

幾つか道を横切って、
Imgp8224

なんと公園の中に突入です。
Imgp8225

そのあとはまた暗渠然とした姿に戻って、
Imgp8227

大きめの道に出たところで左折。
Imgp8230

さらに曲がって学研通りに沿って直進します。
Imgp8231

おお、廃業してしまったんですね・・・。
Imgp8233

なぜかこの通りは、洗濯屋さんもそうだけど
鮮魚屋さんや鰻蒲焼など、
魚系の食べ物屋さんが多い気がします。
Imgp8235

学研通りを下っていくと、
長慶寺前の大きな交差点に出ます。
Imgp8236

ここが右からやってくる洗足流れと出会うポイント。
ですが上池台支流はここから左に急折し、
こんな暗渠になって新幹線の高架下を目指すことになります。
Imgp8237

もういっちょ。
Imgp8238

この突き当りが新幹線の高架です。
ちらっと写真奥に見えますね。
Imgp8239

しかしまだまだ終わらないw
この高架を抜けて、
子安神社の崖下を通って、
国道1号線にぶつかるまで幾つかの支流に別れながら
呑川に注いでいきます。
Imgp8246

その子安神社の崖上の台地に堂々とそびえるのが、
この馬込給水塔
Imgp8250

呑川の谷からこの崖上まで登るのはちょっとキツかったですが、
なかなかよい眺めでした!

次回は、呑川を挟んで反対側、
久が原の谷を流れてくる支流をご紹介します。

より大きな地図で 呑川上池台支流と久が原支流 を表示

※2012.9.19追記:庵魚堂さんがご自身のブログ「庵魚堂日乗」にて「ここは『鴻巣流れ』と呼ばれていた」旨の記述をされていました。どこか風情のあるいい呼び名ですね。隣にある「鸛の巣(こうのす)山」からとられた名前のようです。

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暗渠ハンター 山手線内の未舗装暗渠 渋谷川金王支流

前回の記事に続いて呑川の支流を書きまくろうと思っていたんですが、
そのまえにちょっとこれだけ書いておこうと思った記事を。

三田用水鉢山分水が渋谷川に流れ込む手前(並木橋あたり)に、
都心では珍しい未舗装の暗渠があります。
先日渋谷・恵比寿近辺をぶらついていた時にツイッターでつぶやいたら、
暗渠先輩のHONDAさんから
「その近くに未舗装暗渠がありますよ」と教わり、
しっかり目撃することができました。
(HONDAさんどうもありがとうございました)
なるほどなあ、都心では確かに珍しいよなあこのタイプは・・・
と痛く感心していたのですが、
つい先日、付近の山手線内で同じような未舗装暗渠を見てきましたので、
今回は新春特別撮って出し企画!としてそのレポートを。

並木橋よりもっと北側、
渋谷駅南で開渠になったばかりの渋谷川に注ぐのが
今回取り上げる支流。

金王八幡神社の前を通って青学の横まで遡れるのですが、
これをここでは仮に「金王支流」と名付けます。
後日このあたり(渋谷区東や恵比寿近辺)
の支流状況については詳しくレポする用意があるのですが、
これまた後日。
今日はてっとり早くこの金王八幡あたりから遡りましょう。

金王神社の参道入り口と社の間を通って上流は続くのですが、
ここには川跡はもうありません。
写真奥の駐車場あたりが、
若干凹んでるかなーくらいの感じ。
Imgp8677

この上に登っていくと、六本木通りに出ます。
それがここ。
Imgp8678 

信号を渡って北側に。
このビルのあたりが怪しいかなー。
Imgp8679 

でもまだ決定打がありません。

しかしビルの裏の道を入ったところには、
Imgp8681_2 

ありました。
右、つまり北に延びる川跡発見。
Imgp8682

これが見事に「未舗装物件」です。
住所でいうと渋谷2丁目3-19。

さあ、こいつを遡っていきましょう。
土が露わになって敷地の合間に続いています。
Imgp8684

だんだん砂利気味になってきます。
Imgp8685

そして突き当りの個人宅の庭のようなところに消えていきます。
Imgp8686

ちょうどこのお宅に人がいたので、
勇気を出してお話を伺いました。
「私は詳しくないので、ここに住んで長い姉を呼んできますよ」
とわざわざお姉さまをお呼びいただき、
短いインタビューをさせていただくことができました。
それによると、
・子供の頃(筆者の推定では30~40年前?)は川というよりドブ、でした。
・そのころこのあたりは田畑ばかり。この先の水源はわからないけど、
たぶん青山学院あたりでは?

とのことです。
貴重なお話を、どうもありがとうございました。

このお宅の裏の道に回ってみると、
もう川の痕跡はありません。
Imgp8689

もう一本裏にまわると、そこはもう246です。
つまり尾根道。
(ちなみにこの尾根の向こうは元青山病院の池
そしてその向こうは渋谷川の本流です)

そして246に沿ってすぐ東には青山学院。
(青山学院の中には、この金王支流の東隣りを流れる
笄川の水源もあるとされています)

先ほどの方がおっしゃったとおり、
水源は246に出る前にくいっと曲がってこの青学の敷地内に、
というのも確かにありえますね・・・。
(横断歩道の向こうが青学)
Imgp8690

また宿題が増えましたw

【2013.1.8追記】
「歩く渋谷川入門」を書かれた梶山さん主催のツアーに参加してまいりました。
こちらは梶山さんが書かれた報告サイトです。
(楽しかったです。梶山さん、どうもありがとうございました)

この支流の源流についての興味深いご考察が満載。
ここではいくつかの証言や地図から、
・源流は246を越えた湿地。
・さらに元青山病院の池に繋がっていたのではないか

という説も提示してらっしゃいます。
246が分水嶺であろうという固定観念に縛られていた私には斬新でした。
なにも直接繋がっていなくても、
向こう側の湿地からの水がこちらがわにじくじくと滲み出していた、
ということも十分考えられますよね…。
以上、当記事の補記として引用させていただきました。

より大きな地図で 渋谷付近の渋谷川支流 を表示

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暗渠ハンター 立会川プリンセス支流

環7を自転車で走っていたら、気になる谷を見つけました。
目黒線洗足駅のちょっと北から東に延びる谷です。

1

環7をちょっと入った谷頭付近でうろうろしていると、
ご近所の方に声を掛けられました。
(怪しかったかな、私・・・)

模型店の雷王というお店のご主人で、
このあたりの町内会の役員もされているという方でした。
(模型は鉄道やガンダム系強し。外観はふつうのおうちっぽいですが、
中はものずごい品ぞろえのようです!!! Nゲージもあるでよ)

たまたまそこにいたこれまたご近所の旦那さんと一緒に、
「ここにどぶが流れていたよ」
「その続きはあっちで、小学生のころ冒険に行ったよ」
などなどいろいろお話をうかがえました。

特にこの雷王のご主人には
「こっちから流れが始まってるから」
と、谷頭であるお庭の奥までいてていただいただけでなく、
「この流れは良く知ってるから、自転車で案内しますよ」
とおっしゃっていただき、この谷の途中までご案内いただきました。
雷王さん、ほんとうにどうもありがとうございました。

ってことで、まずは洗足2-15近辺。
この奥が谷頭らしいです。

Imgp8148

そしてこの奥が模型屋さん「雷王」。
ご近所のお二人のお話では、
この真ん中の白いところが生活排水だったようです。

雷王ご主人のご厚意で、
この奥のお宅の横に流れるこの上流を
撮影させていただきました。

まずは雷王さんの入り口。
ちょと意外な店構えですが、
ご主人も気さくな方。遠慮なく門をたたいてみましょう!
Imgp8150

この雷王さんの敷地の環7側に、
流路の上流が延びています。
Imgp8152

ささ、奥に。

Imgp8154

狭いけど、さらに奥に進みます。ご主人様、ありがとうございましたw

Imgp8156

ここは実は品川区と大田区の区境。となりのマンションは、
区境の共有部分に強引に塀を掛け、
つまりこの流路のまんなかに塀を作ってそのためにこの流路が
暗渠化された模様。ふむふむ・・・。

はしっこまで来ると、すぐそこに環7が見えました。
ここが始まり、なんですね。

Imgp8158

環7をはさんで西側には、洗足池に流れる支流のひとつ、
清水窪の湧水があります。

さてこっから、下流を辿れるところまで行ってみましょう。
雷王さんも案内してくださる、とのことなので心強いです。

・・・しかし雷王さんからご注意を受けました。
特に年末年始は(この日は12月30日)、空き巣ねらいと間違われるので
注意したほうがいい。
できれば、事前に交番に「こういう趣味の者です」と
あいさつするとベスト。
そうすれば住民から通報されても対処がスムーズでしょう、と。
暗渠者への金言です。
おかげでこの年末年始の暗渠ハンティングは、
じゅうぶんに節度を持って遂行することができましたw

この川は、洗足2-15から、区画内住宅の合間を縫って
下っていきます。
まずはここから。

Imgp8161

(左に映りこんでいる手は、ご近所の「冒険おじさま」の手です。
どうもありがとうございました。)

この裏側を、雷王さんとコの字ウォークで進みます。

すると反対側はこれ!

Imgp8143_2

おおー!!!
これぞカルバート!
こんな立体的な暗渠を住宅街でみることはそうそうありませんね。

そしてこの反対側がこれ。

Imgp8144

奥を覗くとこんな感じです。

Imgp8145_2

すごいですね、予定外の行動だったのでなおさら感激です。

さ、コの字ウォークを雷王さんと続けます。
こういう具合にこの暗渠は続きます。

Imgp8165_2

Imgp8166

ここで雷王さんから
「ここで交差する道はプリンセス通りっていってね、
小和田さんちの前の通りなんですよ」

近所の名所らしいです。
小和田邸を警備してらっしゃる警官の方に、
写真を撮ってもいいかと尋ねたところ、
「個人宅なので遠慮して」と言われてしまいました。
まあそりゃそうだ、個人が特定できちゃいますものね。
ということで道だけ、その「プリンセス通り」を一枚。

Imgp8167

このまま、支流は立会川の上流に流れ込むようです。
せっかくですので、この川を「立会川プリンセス支流」と名付けましょう。

そのあとも暗渠はエキサイティングに続きます。

Imgp8169

Imgp8170

これは目黒区の暗渠地図(文化財マップ)にも載っていない貴重盤!
と思って家に帰って確認してみたら、
しっかり載っていたので多少凹みますw

さ、コの字ウォークを続けます。

Imgp8172

Imgp8173

つぎっ!

Imgp8174

Imgp8175

しかし、原町2-22あたりでこの暗渠はみえなくなってしまいます。
ちょうどこのコンビニへの緑の道から、

Imgp8180

みちの反対側はこれ・・・消失・・・。

Imgp8181

数ブロック先に原町小があり、その向こうが立会川の上流の緑道、
というロケーション。

ちなみに、このすぐ近所には、
私が初めて「真性おしくらマンホール」に出会ったところがあります
いちおう再訪し、撮影w

Imgp8187

健在健在w

雷王さま、それとそのご近所の旦那様、
年末のお忙しい折、ご親切にお相手をしていただいて、
まことにありがとうございました!

皆様どうぞ模型の雷王さんも、ごひいきに!

より大きな地図で 洗足プリンセス支流 を表示

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暗渠ハンター 渋谷町水道と傍らの暗渠

さて昨年暮れのことですが、
三茶から環7を通って大田区に抜けようと自転車を走らせていました。

なんだ、この道のまっすぐさは?

Imgp8135

この光景に気づいて、すぐに思い出したのが
庵魚堂さんのこの記事

そうかもしやと思ってすぐさま振り返ってみます。

Imgp8134_3

真後ろには、案の定キャロットタワー。

渋谷町水道がこれだったんですね。
渋谷町水道に関してはこのサイトがとてもクールに解説されています)

ここはなぜか今まで横切る機会がはあったけど、
こんなふうにまっすぐ通ることがなかった道。新鮮。

斜めに見ただけでわかった気になっている、
そんなことがたくさんあった昨年。いや、昨年に限らず
これまでずっとそうだったかもしれません。

ぜんぶは無理だけど、なるべくまっすぐ通って、
そっから廻りを見上げてみたら新しいものが見えるかも。
当たり前すぎるけど。

気持ちよくまっすぐ走っていましたが、
ふと視界に入ってくるクルマ止め。
三軒茶屋2丁目42、小学校のわきの道でした。

Imgp8136

ほっとけない、入ってみましょう。

Imgp8138

トラディショナルな暗渠。

Imgp8139

このりんごの大きさって、誰を想定したえさ?
カラス?人?

ここで終わってしまう短い暗渠。

Imgp8140

水道道路際ですが、蛇崩川もすぐそば。

さて、もうすこし行くと246と環7の交差点。

Imgp8141

橋の下には246、それに右から左に環7。

ちょうどここは品川用水が東から南に方角を変えて流れるところ。

そして、正面奥には呑川柿の木坂支流の水源地、芳窪が控えている
世田谷の水事情的にも重要な交差点です。

さて、これからここを南に向かっていくことにします。

2011年、今年もどうぞよろしくお願いいたします。

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