« 暗渠ハンター かかしのいる谷底で空川を見る。 | トップページ | 暗渠ハンター 大森川(仮)を下る②滝王子支流 »

暗渠ハンター 大森川(仮)を下る①原の支流

品川から川崎方面の京浜東北線に乗ると、
大抵は外の景色と手元の地図を眺めながら、
座りもせず窓にへばりついています。
「怪しいところ」があるかどうかと毎回きょろきょろしてるのですが、
前々から大森駅のちょっと北にある暗渠っぽい道が気になっていました。
今回はこれを「大森川(仮称)」と名づけてご紹介します。

この大森川(仮)、よくよく地図を見ると、
その西(つまり海側でなく山手側)には小さな谷が二本あり、
それに沿ってぐにゃっとした道があったり。

さらに地図を見ると、
ちょうど谷の始まりと思われる二つのポイントには湧水があります。
一つは、大井原の水神池(大井3-1)、
もう一つは滝王子稲荷(大井5-12-8)の池です。
この二つの湧水池を基点に、谷を下ってみました。
便宜上ここでは、前者を「原の支流」、
後者を「滝王子支流」と呼ぶことにします。

まずは「原の支流」。
アプローチは西大井駅から。
この付近の尾根筋を品川用水が何本かに枝分かれして通っています。
たいへんこれも興味深いのですが、
詳細は今回はスルーさせていただきます;;;。

品川用水のひとつが通っていた通りからこんな目立ちすぎる工場
Imgp5251
(金剛プレスという自動車修理工場のようです)の裏手に入ったところに、
ひっそりと「原の水神池」があります。
Imgp5253
昔の町名でいうところの原、出石(いずるいし)の境目に位置し、
「原の水神」の祠の前に湧き出ている池です。
右のちょっと高いところに祠、左の谷頭っぽいところに水面が見えます。
祠の脇には、「原の水神」「鯉塚」のふたつの石碑。
Imgp5257

池はコンクリで枠が整えられていて、
「水をたたえた池」と「水のない浅いプールみたいなからっぽ池」
の二つがあります。史料を見ると、以前から二つあったようです。
また、いまでこそ池の周りは金網が張られて入れませんが、
昭和のはじめ頃は野菜の洗い場があり子どもたちが遊び、と
コミュニティの中心として機能していたようです。
品川郷土資料館には、この原の水神池を懐かしむ人々が作った文集(平成元年発行・『原の水神~大井水神連合』)までありました。
この文集は、水神の池をまもろうという地域の有志の方々が作る連合会が発行しているようです。

さて、この水は「原の支流」を辿って大森川へ、
そして直接東京湾へと落ちていくことになります。

この先の流路を、
地形・道の形状・暗渠サイン・空気を頼りに探りながら歩きます。
たぶんここ。
ここを原の水神池を起点とする流れが存在していたはずです。
Imgp5258

Imgp5259
あからさま遺構は残ってはいませんが、
このまま下流まですんなり行きそうです。

途中はこんな道があったりして、
Imgp5262
いかにも「昔の都合で作られた道路」という感じです。

あまりに素直に下ってしまうので、
ちょっとした出来心でw これに並行する道も辿ってみました。
すると、思いも寄らぬ大発見(!)が。

数十m南側を探検してみると、これに並行する道があり、
この道は私をしてさらにあからさまに興奮を呼び起しむる
超強力暗渠でした。
Imgp5272
写真ではちょっとわかりづらいかもしれませんが、
右側がふつうの細い道路、左側が暗渠です。
右側道路と左側暗渠はおおむね1m~1.5mの段差があり、
すなわち両者の間は小さな崖、その崖下に暗渠が通っているわけです。

崖下暗渠のようす・その1
Imgp5273
ようす・その2
Imgp5270
ようす・その3
Imgp5277
ようす・その4
Imgp5278
ここで「崖下」暗渠は終り、左へかっくんと曲がって
崖下でない暗渠となって下流へと進んでいきます。

さらに嬉しいことに、
短い区間ですがこの崖下暗渠から横に蓋暗渠も確認できました。
Imgp5274

さて。この崖下暗渠。何者なのか?というギモンが当然湧き上がってきます・・・。
もともと辿ったのは大井原の水神池で湧いた水が流れる川。
そしてその近くにあったのがこの崖下暗渠。
水源は同じなのかそれとも・・・。

品川教育委員会による『品川用水』という史料によると、
こちらには「品川用水の落ち水」が流れていたようです。
この二つの流れは、
古い町名で庚塚と呼ばれるところにあった庚塚橋(大井7-6)で合流していたとのこと。
現地確認はしぞびれましたが、ここに残る親柱には「昭和25年8月」と年号が記されているそうです。

二つ目の水源である滝王子稲荷からの流れは次回で。
全体の行程はこちらをご覧ください。

より大きな地図で 大森川 を表示

と、今回は「おお!かつて誰かが取り上げたことのない暗渠をご紹介できる!!!」
と鼻息荒く書き進めてきたのですが、
数行上の「庚塚橋」を改めて確認しようとググってみたら、
暗渠先輩のHONDAさんが既にしっかり記事にされていました
さすがHONDAさん。
いやはや、まいりましたーww

|

« 暗渠ハンター かかしのいる谷底で空川を見る。 | トップページ | 暗渠ハンター 大森川(仮)を下る②滝王子支流 »

2070 ・・・その他水系」カテゴリの記事

コメント

lotus62さん、
忘れてちゃだめじゃないですか(笑)。
また突っ込み入れちゃってすみません。
つい。

そして、追い打ちをかけるようで申し訳ありませんが、私も行ったことがありますよ。
この谷筋が気になっていましたので。
lotus62さんと同じく、エンジ色の工場が面白くて写真を撮っていました。

しかし、レポートをよく拝見すると、lotus62さんが最も注目された南のルートを見逃して通っていなかったことに気がつきました。
自分が最もダメダメだったというオチがついてしまいましたw

投稿: 猫またぎ | 2010年10月 8日 (金) 12時51分

わはは!・・・いや、自分もよく忘れるので、
笑っても居られませんが・・・w
しかし、HONDAさんの記事もみてみたら、
写真も似ている感じで面白かったですw

そして猫またぎさんのフットワークにまた驚き!

投稿: nama | 2010年10月 8日 (金) 13時32分

なんか各所から期待通りのツッコミいただいて嬉しゅうございますw

■猫またぎさん
いえいえ、ダメダメだなんてそんなこと全然ないですよぅ。
とはいえw、この南側の暗渠はワリカシ新鮮な味わいのある造形でした。
ぜひ一度ご覧になってみてください。

■namaさん
私も当時のHONDAさんの記事しっかり読んでるはずなんですけどね・・・w
無意識にその印象が残っていて、似たような写真を撮ってしまったのでしょうか・・・。
いや、自分の能力からいって、無意識レベルでさえ記憶できていなかったのではないかと思うのですがw

でもほんと、猫またぎさんっていろんなとこに行かれてますよねえ・・・。
ドラえもんか、ってくらい次から次へと新ネタをポケットから出してこられるし。
あ、ドラえもんも「猫」ですねw

投稿: lotus62 | 2010年10月 8日 (金) 18時16分

これは大発見でしたね。この近辺は、上水用の水路から取水して悪水用の川に落とす、という生活の痕跡が残っているんですね。
ところで貼られているgoogle mapを拡大すると、この水源の近くに洋傘工場があるのが気になりますね。「テント工場=暗渠サイン」としてマークしている身としては、「洋傘=テントの親戚=暗渠サインか?」と勘ぐってしまいます。

投稿: 俊六 | 2010年10月10日 (日) 02時27分

ここの川跡、確かに鼻息荒くなりますよね!水源地が2つとも残っていたり、
おもわぬ蓋暗渠や親柱があったりと見所が多い上に、ネット上などでもとりあげ
ているところは見当たらず、ずいぶんとわくわくしながら記事を書いたのですが、
全然コメントがつかず、マイナーすぎたか・・・と意気消沈した記憶があります(笑)。
私の記事中にはあまり触れませんでしたが、品川用水との関係もいろいろと
歴史があるようで、調べてみると面白いです。

投稿: HONDA | 2010年10月10日 (日) 11時25分

■俊六さん
いえいえ、発見はHONDA さんのほうなんです;;;;
洋傘!なるほど。気が付きませんでした。
テント工場はいろんなところで気にして見てみたんですがどうもうまく見つからなかったのです。
しかし洋傘・・・
もしかして、昔の傘職人って、水をたくさん使ったりしていませんでしたかね?<まったくの妄想w
もしそうなら、江戸時代の傘職人または傘工場→洋傘やテント工場に扱い品目変更、なんてことになって
現在に至ったりして・・・。

■HONDAさん
大先輩のHONDAさんがそうお考えだったのを知ると、なんだか安心しますwwww
どうもありがとうございます。
このあたりは品川用水がいろんなところを潤していたようですね。
なかなか完璧な資料が見つからず、決定版!と思っていた品川区教育委員会の「品川用水」をやっとこの日入手したのですが、
全然食い足りませんね;;;;。どうも横須賀線より海側の網羅的な資料がなかなか見つけられずにおります。というか全然現地調査が足りていないのですがw
調べ甲斐があって面白いところ、でもあるんですけどねw

投稿: lotus62 | 2010年10月11日 (月) 00時59分

品川の水神を調べていてたどりつきまhした。
上の画像で「「昔の都合で…」の道はそのカーブミラーのある緑地を含めた左側にもう一軒の家がありました。
老夫婦が住んでいたのですがお亡くなりになったので、その顎にあのようになりました。
ですのでむしろ「今の都合で作られた道」になります。

投稿: may | 2016年11月29日 (火) 00時51分

mayさま 
おいでくださって、またコメントくださってどうもありがとうございます。
なるほど、そんな事情があったのですね。
もともと個人宅の敷地の一部が道路になった、と・・・。
とても貴重なご教示、心から感謝いたします!
どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。

投稿: lotus62 | 2016年12月 1日 (木) 19時21分

大井大仏支流のページでお世話になりましたカラスです。

本日放送していた、テレビ東京系列「日曜ビッグバラエティ・池の水全部ぬく」という番組で、原の池水神の池の前、ずっとロンブーの田村淳さんとココリコの田中さんがメイントークをしていました笑。今年1月の放送では滝王子稲荷の池の水を全部抜いて、強大なすっぽんを捕まえたり、道路の下が暗渠になってるらしき映像もちらりと見えてました。その回は未見ですが、テンションあがって書き込ませていただきました。
今回は横浜の谷矢部池?なども水抜きしており、lotus62様ごのみの番組かと。シリーズ化しそうなので、機会ありましたらご覧になってください。ご存知だったらすみません。
原の池水神は地元でも、知る人ぞ知る、地味な水源なのであんな場所でゴールデンの番組進行をしていたのは驚きましたし、すぐ気づいた自分にも驚きました。笑

投稿: カラス | 2017年4月23日 (日) 23時05分

連投すみません!

番組を最後まで見ていたら、原の池水神でも最後に水抜きしていました。以前は周りが畑で、野菜の洗い場だったみたいですね。
この池は、50年ほど前に半分を蓋(歩けます)していますが、その下も未だ暗渠の池として水をたたえているみたいです。
その暗渠の中まで人が入ってカメラをいれてて、なかなか貴重な映像でした。
準絶滅危惧種のアズマヒキガエルのオタマが見つかってました。
そこの石が見えるほどヘドロを取り除き(10トン)、細々と湧き水でてるとは思うのですが、今回はカルキを抜いた水道水を戻していました。
よーく見ると、壁際の植物の隙間から、微妙に水滴が滴る水源らしきものも見切れてました。
できたら水源や湧き水にも触れてほしかったですが、地味な水場にスポットがあたって楽しい番組でした。

投稿: カラス | 2017年4月24日 (月) 00時15分

カラスさま、こちらにもコメント、ありがとうございます。
ね、やっぱりそうですよね、あのパイプ椅子置いて中継していたのは出石ですよね!途中まで見ていました(ご想像の通り、好みの番組でしたw)が、
「小さな巨人」が始まる時間になってしまったので、長谷川博己と市川実日子を見にTBSに行っちゃったんです。
あそこもやはり抜いたのですかー・・・。見たかったです…。貴重な番組でしたねー。タイムシフトで見られないか、ちょっと調べてみます!

投稿: lotus62 | 2017年4月24日 (月) 12時21分

さすが、ご覧になってましたね!
そうです、水抜き時は前もってちがう人が行い、司会の二人は、後日綺麗になったのが実はここなんです!という感じで紹介してました。

ちなみに余談ですが、市川実日子さんは内川水源近くの貝塚中学校出身で、シンゴジラで海老取川や呑川に触れてるのもなんだか繋がっている気がします。
つい先日のドキュメント72(NHK)で、大田区の七つ角として知られる「七辻」交差点をやっていたのですが(この辺も暗渠だらけです)、そのナレーターも市川さんでした笑。

投稿: カラス | 2017年4月24日 (月) 15時32分

カラスさん
ますます市川さん素敵に見えてきましたw

投稿: lotus62 | 2017年4月28日 (金) 09時33分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/156279/37090144

この記事へのトラックバック一覧です: 暗渠ハンター 大森川(仮)を下る①原の支流:

« 暗渠ハンター かかしのいる谷底で空川を見る。 | トップページ | 暗渠ハンター 大森川(仮)を下る②滝王子支流 »