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暗渠ハンター 目黒川・上大崎猫顔支流(仮)を探る⑧総括篇

これまでご紹介してきた「目黒川・上大崎猫顔支流(仮)」ですが、執筆中にいろいろ調べてわかってきたことがあるのでここで総括篇としてまとめてみます。

まずは、品川区教育委員会による「品川の地名」を参照しますと、今回の猫顔支流近辺はこのような地名が古くから付けられていたようです。(地図はGoogle Earthより転記)

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●笑う猫の顔の片方の口元は、「上之谷」と呼ばれていました。これは今回の記事の中の、池田山公園から回り込んだ道が谷上で、その下の第三日野小学校あたりを谷底としている部分です。

●そこから下流に行って猫顔の西支流と東支流が合流して流れ出すあたり、つまり現NTT東日本関東病院のあたりの幅広の谷が「篠之谷」。

また猫顔支流の西にも複雑な谷がありました。
●まずは「鳥久保」。この「鳥」とは、動詞「取る」を意味し侵食により崩れ取れたところ、またはトロの転用で湿地や緩い傾斜地の意味であるとこの参考文献には書いてあります。

●ここを谷頭として形成されている谷が「池之谷」。「池」とは、ここにあった溜池からとられたもの。谷の下に灌漑用の溜池があったが上流を掠める三田用水の通水によって溜池が不要になり、1700年初頭に埋め立てられて一帯は水田になったそうです。ちなみにその溜池は今の公共職業安定所付近と推察されています。
※なお、この池之谷もすでに現地調査は先行して行っておりますので次回シリーズでご紹介します!

●そしてこの池之谷とあわさる東側の谷が「清水久保」。その名の通り、湧水が見られたそうです。

●さらに西、今の山手線目黒~五反田の線路となっているのが「西之谷」です。

これらは何れも山手線を越えて目黒川に注ぐことになります。

また、今でも「花房山通り」という名を残す山手線内側の通りは、この西之谷と池之谷の間の台地が花房山と呼ばれていたことに由来します。

さて、こんなに谷や溜池や田圃があったのだから川筋が、そして暗渠がないわけがありません。いろいろな資料をあたるうちに、明治42年の地図、大正10年の地図両方に一つだけ川筋を見つけました!!!それがこれ!

より大きな地図で 猫顔支流上之谷 を表示

猫東支流から篠之谷に降りてくる流れ。ちょうどこのシリーズの①、⑤、⑥、⑦でご紹介したエリアです。
しかしどこにもこの川の名前が書かれていないので、名前はいままで通り「猫顔支流」「猫顔西・東支流」とさせていただくことにします!!

というわけでこれで猫顔支流についてはひと区切り。

次回はこの西にある「池之谷」を走る流れとエキサイティングな暗渠についてレポートします!お楽しみに!!!

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2021 ・・・目黒川水系」カテゴリの記事

コメント

あ、いいですね最初の画像!
3月末でわたしの使用している略地図がなくなっちゃうので、どうしようかなと思っていたとこでした・・・もしかしたら、真似しちゃうかもしれません。

しかしここらへん、いまの地名だとずいぶんつまらなくなっちゃうのですね。
むかしの地名、良いですね~。谷だらけ!

投稿: nama | 2010年3月23日 (火) 11時12分

ありがとうございます。
最初の画像は、Google earthで表示した画面をWinの「プリントスクリーン」で画像化してPPTに貼り付け、
その上からPPTで文字や図形を描き込み、これらをグループ化して画像として保存してみました。
結構楽しい作業でしたw
ね、昔の地名を調べるのも楽しいですね。それがどっかのアパートの名前やお店の名前なんかに残ってるのを見つけると、
また嬉しくなりますww

投稿: lotus62 | 2010年3月23日 (火) 11時37分

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