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暗渠ハンター 呑川3つの上流②駒沢川

昨日から始まりました連載(<自分で失笑)、呑川の3つの上流を辿る旅の2日目は、3本のうち真ん中の駒沢川です。

今回は東横線・都立大駅前から遡ってみます。

まずはこれ。都立大駅南から続く緑道は駅北を走る目黒通りを横切るのですが、そこに掛かっていた橋の残滓を見ることができます。「中根橋」。

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ここからこんなふうに緑道が続いて・・・。

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やがて昨日ご紹介した深沢川と分岐し北上。

途中はこんなとぼけたトーテムポールもw。

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駒沢公園の南東に近づくあたりで大きな通り(自由通り・八雲5丁目14)にぶつかって緑道はおしまい。

しかし普通の道路になって向こうに続いています。

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あらら、何回もツギハギしましたね。暗渠らしい出で立ちで素敵ですw。

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手元の資料では、この先は駒沢公園の中、しかも競技施設の真下を流れているように記されています。ホントかなー。という疑いの目で公園をうろついてみると・・・。

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周りよりずどんと低いところをサイクリング&ジョギングコースが走っています。

見ようによってはこれ川筋にも見えなくないし・・・これが流路だったのではないかと私は思いました。

しばし北上したところでこのコースを外れ、水源に向かっていくと、こんな道に出ます。うん、暗渠の匂いがしますね♪

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やがて再び自由通りに出る手前から、太い歩道付きとなりま す。この歩道も匂いますね♪♪

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ところが自由通りに出てまもなく、この太い歩道はぷっつりと姿を消します。

自由通りのもう数百m先は品川用水・・・。

さて水源は???

実は歩道が消えるポイントで、同じようなレンガを使った私道(?)が左に伸びていました。奥の大規模マンション入口に続くアプローチのようです。

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これがまた緩い勾配を登るような感じで続いています。

雰囲気からして(<根拠になってないw)この上が水源だったのではないかと思いました。

もちろん距離から言っても品川用水からの落ち水、という可能性もあるかと思います。

さて、これから資料をあたってみることにします。

などと疑問や課題が出ましたがそれはほったらかしにして帰三軒茶屋の立ち飲み屋さんに寄って帰りましたw

お店を出てから「なんて名前の店なんだろ?」と看板を見たら、そのまんま「たちのみや」w。

Photo

さて今回の振り返りです。


より大きな地図で 呑川 駒沢支流を遡る を表示

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2041 ・・・呑川水系(上流3支流)」カテゴリの記事

コメント

吞川の駒沢支流ですが、実は元の流れはそのまま目黒区と世田谷区の区境です。

八雲三丁目と五丁目の接してる、角にセブンイレブンのある八雲の交差点がありますが、現在あの交差点を避けてカーブしてるよりもきつい曲率で自由通りを渡り、区境に達する流れが旧流です。

実際にこの部分の区境は、元東大・現巨大マンションの所と、駒沢支流側との間が崖になっていまして、そのまま駒沢公園を貫通するように区境どおりに駒沢支流は流れていました。

ただ、目黒世田谷というのは基本的には大半が農地で、わき水も豊富なため、用水路や細かい支流が多かったので、例えば駒沢支流であれば、自由通りのすぐ西側、現駒沢公園マラソンコースの東側にも細い流れがあったようで、これは痕跡がありますし、やはり駒沢オリンピック公園を作るときに大規模な造成がされているので、今の川筋や土地の高低だけで読み切れない部分も多いです^^;

投稿: hoboking | 2014年10月 1日 (水) 13時38分

hobokingさま
(カケダシの頃の記事でなんだかお恥ずかしい限りですが)コメントをどうもありがとうございます。
なるほど、区界は巨大マンションの敷地の中をおかしな風に走っていますのもね、そういう訳だったのですね。
それと、小さな(でも私にとっては大きな)ニュース、
「現駒沢公園マラソンコースの東側にも細い流れがあったようで、これは痕跡がありますし」
そうなんですか!? これはいつか確認に行ってみますね!どうもありがとうございます!!

投稿: lotus62 | 2014年10月 1日 (水) 17時09分

いえいえ^^;

実は超地元民でして、幼稚園へは暗渠化される前、タダのコンクリ打ちの状態の柿の木坂支流脇を通園してましたし、碑文谷公園から立会川が始まる部分は東横線の高架下だけ開渠だった期間がありまして、そこに降りて遊んでたりとか(笑)

目黒区でいえば、目黒村は目黒・蛇崩川、碑文谷村は立会川、 衾村は吞川を水源として成り立っていて、やはり微妙に文化が違うんですね(笑)
目黒川は水運に使えたので商工業であるとか、立会川は流れが優しいので農耕文化(秋の祭礼が大規模)であるとか、吞川は激しめなので農耕だけども平地が少なく土地改良で苦労した痕跡があるとか^^;

個人的な興味で調べてはいても、何かの権威ではないのでまとめるほどの話でも無いのですが、こちらのようなサイトで形にしてられるのを見ると、羨ましくも、心強く拝見させている次第です。

地元民としましては、子供の頃目黒区というのはステータスでも何でもなく、世田谷・練馬よりは良いのかな?というイメージでしたが、気がつけば「ハイソな街・区」となってしまい、そういう取り扱いに何とはなく居心地の悪さを感じています。

でも「川」を見れば、目黒が農業や工業で地道に頑張ってきた痕跡が判るのですよね^^;
「目黒のさんま」も、海のない目黒のさんまが〜と良く勘違いされますが、目黒川は中目黒手前まで運河でしたから、芝浜・八ツ山沖の新鮮な魚が、朝の内に目黒まで届いていたそうで、帰りにはタケノコその他の目黒の産物を積んで、江戸市中に運んでいただとか・・・

「川は文化の源=利権のカタマリ」としてみると、細い流れにも、かつては様々な曲折があったのだろうとしみじみするんです。

投稿: hoboking | 2014年10月 3日 (金) 11時49分

hobokingさま
とってもいいお話ですー…。
同じ目黒区でも川によって微妙に文化が違う、とのお話。
説得力ありますね。たいへん面白いです。
目黒川でも空川あたりまで遡ってしまうと、
まるで秘境で暮らす仙人の村みたいだったのかな、とか(これ誉め言葉です、空川の特に上流は大好きですので)。
そしてまさに利権の塊、でもあったのでしょうね。
暗渠を回り始めた当初は全く気づきもしませんでしたが、
古い資料をあたったり変遷を調べていくと、
単に「水が流れている」だけでない様々なファクターが川に含まれていたんだな、と思えるようになってきました。

投稿: lotus62 | 2014年10月 3日 (金) 13時00分

利権という意味では、他の方の考察を否定するわけではないですが、品川用水ほど利権に揉まれた流れは無いですね^^;

品川用水は江戸時代1667-1669年に千川用水の分水として開削されています。

本来「品川」というのは目黒川河口のことですから、品川という川は存在しません。
つまりこの用水は、品川地区の潅漑用水として開削されたので「品川用水」なわけで、完全に人工水路です。

品川地区には目黒川も立会川もあるのに、なぜ千川からわざわざ水を引かなくてはいけなかったのかというと、千川用水は玉川上水の分水で、玉川上水の水は幕府の水だったからです。

つまり、目黒川や、立会川は、すでに水の権利が地域地主に押さえられていて、品川の水の足りない地区には分けてもらえなかったという・・・^^;

ですから、品川用水は、この地区の河川の母ではなく、苦肉の策で開削された完全に別の(別でなくてはならなかった)流れです。
それが証拠に、品川用水に関しては、上流での違法分水や盗水、違法での水車利用その他の争いの記録が細かく記録されており、どれだけ下流の開削した品川地区の人達が目を光らせていたかが判ります。

品川用水自体は戦中までには役目を終えてしまうので、戦後は豪雨時の氾濫対策から、各河川の源流に分水処理したりしてるので、一見、品川用水があり、他の河川もそれに従いあるように見えてしまうのですけれども、そういう経緯から別物だったりとか・・・^^;

空川あたりの雰囲気は、渋谷川支流域(代々木上原〜代々木八幡付近)は概ねあの雰囲気だったとのことです。

目黒川も昔は蛇行の凄い暴れ川だったので、今の山手通り(旧山手通りと重複部)はまんま目黒川の蛇行域で、殆ど地面じゃなかったりとか(笑)
蛇崩川との合流地点は氾濫多発地域で、僕が子供の頃ですら大雨だと溢れてました。旧山手通りの高台への迂回は、それ故にそこを通るざるを得なかったわけですね^^;

投稿: hoboking | 2014年10月 5日 (日) 02時18分

hobokingさま
そうですね、
>品川用水に関しては、上流での違法分水や盗水、違法での水車利用その他の争いの記録が細かく記録されており、どれだけ下流の開削した品川地区の人達が目を光らせていたかが判ります。

こんな事情を頭において「世田谷の河川と用水」(三田義春)なんかを改めて読むと、ますます面白いですね。
品川用水は決しての長閑なんかではなく、全編にわたって非常に緊張感の高い水路だったのですねー。

投稿: lotus62 | 2014年10月 5日 (日) 14時39分

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