暗渠ハンター 弁天池と白子川の初夏

早起きして朝の練馬区、白子川に行ってきました。

最初にご紹介するのはこの暗渠。

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白子川とM東大泉弁天池公園を結ぶ短いまっすぐな暗渠道です。
この先にあるのが、その名の通りの弁天池。
ちなみに写真の右手の方に白子川本流が並走していますが、
その間には大規模な都営住宅の敷地が広がっています。

暗渠を辿って公園に入ると見えてくるのがこれ。

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えー、弁天池ってこれかよ‼
と焦り嘆くことなかれ。
ちゃんと奥には池があります。
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周りが高台で、ここだけすぽっと丸くくり抜かれたような地形。
高さこそ全然違うんだけど、出井の泉公園を思い出してしまいました。

この公園については、
資料『みどりと水の練馬』練馬区土木部緑地公園課 1989年
からいくつか引用します。

・この弁天池、以前は当時の旧小字地名「久保」にちなんで久保の池と呼ばれていた。
・北西隅に木造の祠があって、中に石造りの蛇体弁天が祀られている。
・西の崖上は戦前に朝霞の被服廟などに関連した軍人の住む「将校住宅」として開発された。
・池は現在地下水を汲み上げて水位を保持。
・昔は自然の湧水で、今より規模も大きく、祠も池の縁にあって、その脇に杉の大木が池の上を覆うように枝を張っていたといわれている。
・一帯にアシが生え木が茂り、ヨシキリやカイツブリ、カモ、クイナなどの水鳥が群れていた。
・北側の低地は都営住宅。この一帯は以前水田で、池の北西から白子川の水を引き、その水路が池にも入っていた。
・その水の取り入れ口に堰があり、「御園の堰」と呼んでいた。
・池の水は東に向かい白子川に注いでいた。

とのこと。昔はもっと大きかったんですね。
それでも、今も写真のように近所の方々の憩いの場になっているのが素敵。みんな釣りしてるんですよね。

引用の冒頭にあった弁天様がこちら。

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なんだか隅っこに追いやれてる感じの・・・。
あるいは静かな所にそっと大事に置かれている感じの。
近所にこんな池があるってなんだかいいなあ。

さてついでに、
白子川のここから下流にあるいくつかの湧水も取り上げていきましょうかね。
っていうか、本当は「早朝に湧水を見ながらピクニックしよう!」
という目的でやってきたので、
実はこの弁天池こそが行程的にはオマケだったのです。
実際当日一番最後にやってきたのここですから。

早朝にバスを使ってやってきた第一目的地はここ。
清水山憩いの森。
入口にはじみーでしたが、敷地に入ると、急に切り立った斜面を降りることになります。
これは期待できるかんじ‼

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湧水口‼湧いてる!
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澄んだきれいな水。
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悔やまれるのは、愛用していた柴田化学の水質調査キット
が手元にないことです。
出かける前にちらと見たら、試薬の使用期限がずいぶん前に余裕で切れていたので持ってきませんでした。
買い直さなくっちゃなあ・・・。

まあともかくも。こんなきれいな湧水を眺めながら、
傍らにあったベンチで持ってきたピクニックセット
(っつってもパスタとサラダが詰まったジャー、フォーク、ブラ製ワイングラスだけですが)を広げて
あさめしをいただくわけです。
徒歩3分程度の、下車したバス停「土支田二丁目」そばには
コンビニもあるので
ドリンクは持ってこなくてもこちらで調達可能。

湧水はこんなふうに敷地内を下っていきます。
前出の資料では、湧水が白子川(公園のすぐ隣)に注ぐ間に
水車が設けられていた、
と書かれているので、よほど水量があったのでしょう。かつては。

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私的には、「この水路を跨ぐ木の根っこ」がツボでした。
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で、ゆっくりあさめしを食べたあとは、
せっかくだからとわずかに下流のもうちひとつの湧水池
稲荷山憩いの森に。
こちらは、確かに湧水なんだけど、
うーん、そんなにきれいではなかったかなー。
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むしろこの付近の、花咲くあげ堀跡がきれいでした。
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このあと上流にさかのぼり、
冒頭の弁天池、
やはり湧水で有名な八の釜の森緑地へと向かったわけです。
途中の白子川もエキサイティングでした。
何羽もの子鴨を引き連れて泳ぐ鴨が見られたり、
水面を軽やかに泳ぐ長ーいヘビが見られたりと。
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しかし待っていたのは悲しいニュース。
なんと、八の釜の森緑地は外環道建設のため
ごっそりと潰されてしまっていました・・・。
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残念ですね。
物理的な喪失と
どのレベルの行政単位で決めたのかわからないけど
決定に至る思考プロセスが。
とても残念。

これも含めて、
貴重なものを見ることができた休日の午前中でした。

<参考文献>『みどりと水の練馬』練馬区土木部公園緑地課 1989年

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暗渠ハンター 三味線堀と「23区の区境と川 暗渠データ帖」ver.2

以前もご紹介した2015年4月3日発売の「東京人」にある
「23区の区境と川 暗渠データ帖」ですが、記事本文でも触れたとおり、まだまだ未完のデータです。

先日、FBを通じて、埼玉スリバチ学会の吉村忠さんという方から
東京都足立区と埼玉県草加市および川口市との間に横たわる川のことを教えていただきました。
つまり、先ほどの「暗渠データ帖」のモレが明らかになった、と。

これはさっそく現場を確かめに行かねば!
というわけで、そのご報告をまずここで。

ちなみに、このほかにも練馬区と板橋区の間に1本、
練馬区と西東京市の間に1本
練馬区と和光市の間に1本
の合計3本(全て暗渠)も「東京人」掲載後に明らかになったので、
それも更新してデータ自体は「ver.2」としたいと思っています。

で、このデータをどこで発表するんだって?
はい。6月下旬には、ある紙媒体で、しっかりとお知らせできるよう、
只今鋭意作業中でございます。
どうぞおたのしみに!!

さてではさっそく足立区のやつを。
地域の郷土情報誌などから、ここは三味線堀という名で呼ばれているようです。
三味線堀といえば台東区・忍川にあったやつのほうが、世間的な知名度は上かもしれませんね。

場所はここ。(赤いライン)

ちなみにこの一帯は「23区最北端」でもあるそうです。
写真は毛長川と見沼代用水が合流する地点。

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その見沼代用水のやや上流から発して、毛長川の下流へと繋げる堀が、この三味線堀だったのでした。

見沼代用水からの分岐から少しの区間は暗渠になっています。
(この他の多くの区間が開渠だったので、データ上では「開渠」と扱いました)

この写真の、正面の白壁の手前を左右に三味線堀は横切っています。

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すなわち、足立区と川口市の境界です。
左手のはしっこが見沼代用水ですね。

ではこの境界線を右に曲がって三味線堀を追いかけていきましょう。

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ハードにコンクリートで塗り固められています。

しかしすこし進めば、鉄板蓋をとなりその先すぐがはしご式開渠となります。

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その後金網に大切に囲われて進みます。

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よく見れば、「はしご」部分の梁は、
他の区でよく見るものよりも明らかに幅が広くて平べったい…。
初めて見るような仕様でした。

たまに、住宅の前ではマイ橋になったり一部暗渠になったり。

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やや進むと、足立区-川口市の境界から
足立区-草加市の境界へと変わります。
その変り目にあるのが島忠ホームズ。
足立区-草加市の境界となったあとでは、草加市方面から島忠の敷地を通って
一本の堀が合流し「三叉路」となります。

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奥から来るのが島忠まらの流れ。
この辺では、いつも見慣れた仕様の「はしご」の梁ですね。

幹線道路、尾久橋通りに出る直前に暗渠に。

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尾久橋通りを越えて、
もう一本草加市側からの水路を合流しながら暗渠で続きます。

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こりゃまた幅広のコンクリ蓋暗渠に、
幅狭の車止めですね。

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もう少し続いて、

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この水門で毛長川に合流、三味線堀もおしまいです。

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境界も毛長川上に移って、現調終了。

教えていただいた吉村忠さんに、改めて御礼申し上げます。

やがて世に出る「23区の区境と川 暗渠データ帖」ver.2、も、どうぞお楽しみに!

<参考文献>
「歩こうあだち」 舎人から竹ノ塚編」足立区観光交流協会 H26

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暗渠ハンター 谷沢川上流の暗渠めしや

ずっと以前、暗渠に覚醒してすぐのころに

宇山(世田谷区桜丘)あたりから用賀までの間の谷沢川のことを書きました。
最近ふらっとそのあたりを通ってきたので、特に宇山付近のことについて
ちょっと覚書代わりに記録しておこうかと。
一番最初に書いたこの辺りの記事は、あんまりにも稚拙なので恥ずかしいのですが、
あえて晒します
その数年後、HONDAさんのレポートで「暗渠蓋の工事中‼」
と聞きつけて現場に急行した時の記事はこちら
今から5年前ですね。
さて、これが今どうなっているかというと・・・。
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はい、しっかりと蓋がされたまま変わりません。(なんだよ!っていわないでくださいねw)目地に小さな雑草が育っているくらいでしょうか、ちがいと言えば。
それにしてもこの蓋の下であの美しい流れと玉石積みの護岸がひっそりと隠されていると思うと、
それはそれでとても満足な気持ちになります。
あとはここですね。
前回記事2008年ではこうなっていた開渠の柵が
Uyama
こう修復されています。他人事ですがちょっと安心。
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こう修復されています。他人事ですがちょっと安心。
さて今回私の最も大きな発見は、
というか前回気づかず見逃していた点はここなのです。
これ‼
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ここ、道路の外側、お店の前を蓋暗渠が通っているんです。
2015.5.11補記:
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2014年末に2回この場所に通った、とおっしゃる谷戸ラブさんから、
当時の写真をお借りしました。並べて掲載してみますね。
寿司やさんの横が工事中。鉄板のところが一時開いたりもしていて、
「はしご式」のはしごなんかもチラ見できたとのことです!
宇山は蓋の下が熱い…のか?
谷戸ラブさん、ご快諾ありがとうございました!!
Yatolove

*******************************
地図でいうとこう。
(以下2枚の地図は「mapion」より転記して加筆)
1 
川は左下(下流)から右上に遡上し、
左上から右下に横切る道でいったんクランクになりますが、
そのクランクのところ。
これまではテキトーに、「この道路に埋められちゃってるんだろ」としか思っていなかったのですが、
よくよく見ればこんな。
2 
きれいなクランクを描いてしかも対岸に流路を残していたんです。
しかもしかも蓋暗渠で。
地元の暗渠ファンにとては当然のことかもしれませんが、
私のフシアナ観察眼は見事に見逃していました・・・。
更地になっている土地の横には、寿司屋さん、?屋さん、イタメシ屋さんと並んでいますが、それらの間にもプリミティブな蓋が掛かってるではありませんか!
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ほら!
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その日の気分に合わせて日伊どちらの暗渠めしも選べるという
贅沢地帯であったのか…。
駅から若干遠いけど、帰りは暗渠に沿って歩けばいいもんね。
いつか行きますこのどちらかに。
最初に記事を書いたときの地図に、上書きしたものを貼っておきますね。
(しかし相変わらず扱いづらいな…)

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暗渠ハンター なんで護岸は大谷石なんだろう。

暗渠に残る護岸の跡。コンクリート構造物も多いですが、
大谷石の護岸もよく見ますね。
私は栃木の出身なので、特産品である大谷石の味方です。
はい、大谷石の採石場にも何度も行っております。

でも、なんで護岸に大谷石なのでしょう。
軽くて加工しやすいのがメリットである大谷石は、
違う見方をすれば「穴だらけですっかすかの脆い石」ということでしょう。
それをなんでまた護岸になど使っていたのでしょうか。
こんなサイトもあります。
水に触れ続けることで大谷石はこんなに劣化するよ、って。

いっぽう採石場のある宇都宮のサイトにはこんな風にも書いてある。
「用途」欄に堂々と護岸と書いてあり、また
このその下のほうには、水処理、公害物質処理の役割もあるよ、と。

むーん。昔からこんな研究結果があったのかははなはだ疑問ですが、
経験値的にその効果をしていたのかもしれない…。
多少脆くても安いしなんだか水質にはいいかも、なんて。

結局答えは見つけられないのですが、
最近見た素敵な「大谷石の護岸」遺構を二つほどご紹介しましょう。

ひとつはこちら。
藍染川古河庭園支流(仮)。namaさん記事はこちら
この春、桜の散る頃に見に行ってきました。

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敷地の間にかろうじて残った片側の護岸。

もうひとつはこちら。
蛇崩川弦巻住宅支流(仮)。
こちらは、谷戸ラブさんのブログで「傍流支流」と書かれているところ。
ここは行ったことがなかったので、先日行ってきました。
(けっこう蛇崩川には行ったのだけど、こんな支流があったとはなー…)
こちらも敷地の間にかろうじて片側の護岸が残ってる。

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なんだか、両者どこか似ているような気がしますね。

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暗渠ハンター 暗渠の見方の多様性

まずは告知です。
日本地図学会が発行する
「地図 空間表現の科学 VOL.53  特集 地学教育における地図の活用」の
おしまいの方に、拙稿を1ページ掲載いただきました。
タイトルは「私を暗渠に連れてって」です。
昨年G空間EXPOでお話させていただいた内容をコンパクトに書き下ろしたもので、
この時同席のみなさんも寄稿されています。

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お手に取る機会があれば、ぜひご覧ください。

上の冊子には、日頃から私が感じている
「暗渠の愉しみ3大要素」的なものを書かせていただいています。

いっぽう先日お台場で開催された
地図ナイト「地図と暗渠のムフフな関係」でご一緒させていただいた本田さん
本田さんは、ここで暗渠を楽しむ「3つのエレメンツ」として、
このようなお話をされていました。
(下は本田さんのスライドを元に改めてlotus62が作図したもの)

Photo

なるほどなあ、まとめ方が洗練されているなあと横で伺っていて感心したものです。

同じフォーマットで私の「暗渠の愉しみ3大要素」を述べると、こう。
Photo_2

本田さんの分類と私の分類をちゃんと比べてみると、
括りの名前が違うだけで、括られたナカミはだいたい一緒でした。↓
Photo_3

でも括りの名前は本田さんのほうがやっぱかっこいいなあw

そうそう、当日の檀上での本田さんの口ぶりでも、
本田さんが1番に挙げた「ミクロなスケール」は、関心が薄いご様子。
たぶん本田さんのブログや著作を拝見しても、
3つめに挙げた「タイムラインのスケール」に一番興味がおありだし、
だから造詣も深いのだろうなあ…。内容も格調高いし。

対する私は、本田さんのいう「ミクロなスケール」が一番好きなんですよね。
私の括りでは「景色」。
だからきっと、「暗渠サイン」一覧を作ったり
暗渠ANGLE」とか作ったりしてるし、
また過去のトークでは「暗渠を何かに見立てて遊ぶ」ことをしてみたり、
そんなこといをしてるんでしょうね。

2番目に好きなのは「ネットワーク」で、
本田さん仰るところの「マクロなスケール」ですね。
そんで一番興味レベルの低いのが「歴史」、「タイムラインのスケール」となります。

お話を伺いながら、自分と似ているところ・違うところがよくわかって
とても面白かったです。
そうそう、本田さんのお話はその後
「そんな暗渠に、自ら身を置いて感じてみよう」
「自分が水となり川となって、かつてそこに流れていた川を辿ってみよう」
と続きます。
ここ、かなりぐっときました。
檀上にいながらもメモ取ったくらいに。

いつも読んでくださる方々も、
みなさまなりの捉え方、萌えポイントをお持ちだと思います。
なんか、そんなふうにたくさんの人がいろんな見方をしていくことが、
そしてそれを出し合って話し合ってみることが、
暗渠界の発展に繋がっていくんだろうなと思うのです。
そのうち「暗渠2.0」とか「次世代型暗渠観」とかすごいニューウェイブが起きるかも知れないし。

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