暗渠ハンター 道場にみちくさ蓋暗渠

ある日思い立って都内から所沢周辺にある奇妙な市境に向かったことがありました。
こんなところなんですけどね。

こちらは狭山市とふじみ野市の市境。

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マピオンより転記。マピオンさんありがとうございました。

そしてこちら狭山市と所沢市の市境。

2

同じくマピオンより転記。マピオンさんありがとうございました。

なんでしょうこのにょろにょろ感は。

単純に割り切れない理由があったはずです。
いったいそれはどんな理由なのでしょう。
もしかしたら川のせいかもしれません。
湧水なんかもあるのかも。
せめて暗渠くらいあるかも。

朝。起き抜けに地図を見ていた私は、
ここに行きたくて堪らなくなって、
支度をすませて1時間後には自転車を漕ぎだしたのでした。

まあ都内環7近くからだとさすがに遠く、
道すがら何度も後悔しました。

2回ぐらい後悔の波が来た、行程の半分を過ぎた頃かな、
これが目に入ってきたのは。

関越自動車道のすぐ横です。

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何と見事な蓋暗渠。
しかも端っこが微妙に凸凹していい風情です。
まだ目的地までは遠いのですが、
これは寄りみちせねばならないでしょう。
ちょっとだけ先を追いかけてみます。

ちなみにここは住居表示では新座市「道場」。
「みちば」と読むのかとさっきまで思っていましたが、
調べてみたら「どうじょう」ですね。

語呂がいいと思ってこの記事のタイトルを
「道場(みちば)にみちくさ蓋暗渠」、と付けましたが
「道場(どうじょう)にみちくさ蓋暗渠」では
何ともさまになりませんですね…。
もう変えないけど。
由来を調べると、時宗の道場があったから、という説がありますね。

さて蓋暗渠に戻ります。
道をジャンプして奥に続いています。

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ぴょん。

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こんなふうに数ブロック続いて。

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サイドビューも見事です。

おお、なんか蓋が浮いてきました。

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そしてかくんと曲がりました。

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この曲がりのところの加工がすごいです。

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…「重ねて置いてあるだけ」。
潰れた春巻みたいな。

そして流路は駐車場の裏に。

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また直角カーブ。

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やっぱカーブのところの加工(ってか置き方)が適当。
ここを曲がるとふわっと消えてしまします…。

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反対側に回り込んでみましょう。

よくわからないけど、
ここしかありえないな…。
このマンホールのところに
ゆっくりと右にカーブを描いてやってくる感じの道。

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しかしこの先はさらにわからなくなります。

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完全に消失。
あきらめて元の道に戻り、
本来の目的地に向かおうとしたのですが…。

さらに道場の道にもう一本。道場1-2-5ですね。
しかも奥に見えるは風呂釜では…w

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ここは入れないかんじなので裏に回り込みます。
これなんと裏側は美しいS字を描くカーブ蓋。

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その先はまっすぐ伸びて…

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なんと住宅地のまんなかに調整池出現!その周りへ。

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この周辺で蓋暗渠も消滅してしまいます。

で、これらの道場の暗渠。
黒目川と関越自動車道が交わるすぐ近くの地点に残っているんですが、
流れの方向がよくわかりません。
昔関越自動車道がなかったころは、
黒目川の傍流またはあげ堀的に黒目川と同じ方向に
(今の関越自動車道を越えて)流れており、
その行く手を関越自動車道によって分断されてしまった今は
この道場エリアの排水路的な役割をもって
反対方向に流れているのでは?
とうっすら推測しています。

より大きな地図で 道場の川 を表示

さてこのみちくさを経て、奇妙な市境へと無事に到達はしたのですが、
残念ながらどちらにも川跡や暗渠といったものは全くありませんでしたw

ただし上から2枚目の画像・狭山と所沢との細長い市境の「下富」というところには、
なんと個人宅敷地内にまいまいず井戸が‼
たいへんプライベートな空間なので写真は控えますが。
まさかこんなところにあれがあるとは思わなかったので驚き。
近くにあった碑だけは載せときますね。

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ですがですが、家に帰って調べたら、まいまいず井戸で有名な
堀兼神社もすぐ近くにあったのでした。
そうだよ、すぐ隣の住所「堀兼」だし…。
なんで現場で気が付かなかったかな自分…。

もちろん堀兼神社のまいまいず井戸は見逃しましたよ、
至近距離まで行ったのに、
ってかたぶん横の道通ってるし…。

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暗渠ハンター 浜田山で見つけた木とミゾの話・神田川 浜田山支流(仮)

もうずいぶん前のことです。
神田川のむつみ橋(杉並区浜田山1-1)あたりを通った時に、
あ!と思ったことがありました。



こんなモノがあったので。



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ダークダックスみたいにハスに立ってる車止め。

私の背中方面がむつみ橋です。



ダークの向こう側からもう一枚。



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暗渠は撮影地点の足元を通っています。



この日、上流はどこだろうとうろうろしてみましたが、
どうも見失ってしまいました。
うーん、あげ堀かなんかかな、と
困った時の『あげ堀』扱い」で自分をごまかし、他の目的地へと急ぎました。



そのうろうろしたときにやたら印象に残ったのがこの木でした。
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道の真ん中にでん、と生えている木。
何か特別な歴史を語っているような、いないような。
あるいは何か昔の秘密を知っているような。いないような。





そして約2年の時が流れるわけです。
浜田山付近を、なんも考えずに歩いていた時、
(いや実際は何か考えていましたよ)
家と家の間に川跡らしきものがあることに突然気づきました。



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なんだこれ!
(いやそう思った時にはもう川跡だろうとは思いましたよ)



浜田山1-28-21です。
さっそく東京時層地図を立ち上げてチェックしてみましたが
川の記載はナシ。
ただし地形図をチェックするとうっすら浅い谷があるこがわかりました。



よっしゃ、上流下流を探してみよう!
果たして、延長線上にはこんな川跡を見つけることができました。
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こんなところに流れがあったのかあ…。



ちなみに後日詳細な地形を調べてみるとこんな。



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GoogleEarth様&東京地形地図様のお力をお借りしています。
楕円の中の浅い谷がここでした。



しかしまさかこうして川(ミゾ??w)がしっかり残っているなんて!
さてこいつはどこに流れていくんだろうと
辿って行くと…。
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数年前に出会ったあの木に出くわしました。
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そういうことか。やっとつながった。



便宜上「神田川 浜田山支流(仮)」と名付けておくことにします。







より大きな地図で 神田川西永福付近の短い暗渠 を表示





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暗渠ハンター 「水のない水辺から」第2回アップのおしらせ

おしらせです。

一部で熱狂的なご指示を頂いております「MIZBERING」での連載記事
「水のない水辺から」。

みなさまのおかげで第2回がさきほど公開されました。
初回「暗渠ってなんだ」に続く今回は
「実際に身近な暗渠を見つけてみよう」という主旨で、
「暗渠サイン」について解説していきます。

これまではこんな風に「暗渠サイン」(暗渠アプリケーション)を整理していましたが、
今回は一部のサインを見直して新しい位置に換えたりしてみました。
具体的には「遊郭・花街」についてなど。

よろしければご一読のほど、
そして今後の継続のためにもぜひ「いいね」のほど、
お願い申し上げます。

先月公開の『水のない水辺から…「暗渠」の愉しみ方』こちら
10/3公開の『水のない水辺から…「暗渠」の見つけ方』こちら

今回の「表紙」は、田柄用水(田柄川の上流のほう)の蓋暗渠とキバナコスモスで。 

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そうそう、公開されてすぐには猫綱(@nekotuna)さんから
「橋の銘板埋め込み」というのはどうなんだとツイッター上でご意見をいただきました。
猫綱さんありがとうございます。

このご意見に対しては<銘板も「親柱」の一部として含める>と考えました、
とお返事を差し上げました。

確かに、こんな例があるんですよねー。

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(柴又付近の用水路の暗渠)

しかし親柱は暗渠以外のところにもしれっと保存される例があるので
ご注意ください。

そうそう、暗渠沿いだけどぜんぜん違うところから持ってこられた、
という例もありますよね。
初台川の「田端橋」銘板や、烏山川の「みなみはし」とか。

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さて!いよいよ来月からは

「東京『暗渠』散歩」の本田創さん、
デイリーポータルZの「面白いもの発掘名人」三土たつおさん
先日のスリバチナイトで会場を興奮のるつぼとせしめた「暗渠さんぽ」の吉村生さん
とのリレー執筆が始まります。

おたのしみに。

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暗渠ハンター 八重山諸島の暗渠とオニササのこと

今回も夏休みローカルシリーズ、ということになるのでしょうね。
社会人人生最長となる休暇を取って(取らされて)、
長い間ずっと行きたかった憧れの地・八重山諸島に行ってきました。
石垣島をベースに竹富島、西表島などに上陸。

今回はそこで見た暗渠をちらっとご紹介し、
後半は石垣で毎朝通った「オニササ」のことに触れたいと思います。

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石垣の繁華街で初めに見た暗渠。

道路がミンサー柄なのが泣かせます。

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ミンサー柄はベージュ地のものと紺地のものと2種類あるところもかわゆい!

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この柄の道路に暗渠が絡んでいるさまはほんと絵になります。

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ここを遡っていくと暗渠沿いで出会うのは、泡盛「白百合」を作っている池原酒造所。

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特定の時期時間帯では、暗渠から泡盛のいい香りが漂ってくる、のでしょうか。

このときは無臭。残念ながら。

さらに上流まで辿ると、「道の真ん中井戸」なども見られます。

Img_4388昔はこんなだったのかな。

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※「八重山写真帖ー20世紀のわだちー 下巻」石垣市総務部市史編集室 H13年 より

この暗渠に並行するように石垣の繁華街には何本かの暗渠が走ります。

地元飲み屋のおかみさんにちょっとだけお話を伺うと、
これらは「川でなく排水路」であったとのこと。

暗渠化の時代等詳細は寡聞にしてわからず。

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お次は市内からずずっと離れて島の反対側の米原ビーチあたり。
砂浜に流れ込む川の最下流がかっこよかった…。

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わかります?

流れてきた川が河口近くで砂浜に吸い込まれ伏流となるのがまさにこの地点。

この先の砂浜にはもう川の跡さえありません。

そしてこれは石垣島から船で10分程度の竹富島。

この島、ほぼ一周したのですが川にはお目にかかりませんでした。

そんな島で目を見張ったのがこれ。市街地(?)にあった水路。

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まあいちおう暗渠と言ってよかろうw

オマケ的な写真ですが、竹富にあった給水塔。

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廃墟みたいにも見えるし、バリバリ現役のようにも見えます。

さて暗渠話はここまでで以下は毎朝買いに行って食べた朝ごはん、オニササについてのお話。

以前FBにもちょっと違った切り口でのっけました。

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石垣市の繁華街からちょっと外れたところにある知念商会。

町のよろず屋さんみたいな店。

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入口近くの店のイチオシスペースがオニササ売場。

のりたまやゆかり等がまぶされたおにぎりが4種類くらい(160円)、そしてササミフライやコロッケやとんかつ、ハンバーグなどの「具」が20種類ほど(1100円前後)。

これらが横幅15尺ほどのショーケースにずらりと並んでいるのです。

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客は銘々にまずビニール袋を手にし、好みのおにぎりと具を選んでそこにin

ショーケース脇にはソース、しょうゆ、ケチャップ、マヨ等どこの家にでもあるような調味料が置かれているのでそれを好きなだけ袋にじょばじょばと注入してレジでお会計。

もともとは具がササミだけだったので「おにぎり+ササミ」で「オニササ」といいます。

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毎朝ホテルで自転車を借り5分ほど漕いでここに通い、いろんなところに持ち出して食べました。

これを袋の上からぐしゃぐしゃに揉んで握っていじくり倒し、袋に顔を突っ込んで直に食らいます。

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朝の抜けるような空の下で頬張るオニササは、声を上げるほど格別に美味いのです。

オリオンビールがあったのもおいしい感じに勢いをつけています。

島での朝飯全てをこれに捧げいろんな組み合わせで試してみました。

シソ巻ササミカツにのりたまおにぎり、マヨネーズ入りハンバーグにおかかおにぎり、

白身フライにジューシイという混ぜご飯、などなど。

共通する「コツ」として「多種の調味料を躊躇せずにどばどばぶっこみ、具が千切れ米が潰れるほどに袋を揉んだほうが美味い」ということがわかりました。

もちろんその行為も見てくれも、決して「上品」と言えた代物ではありません。

むしろその食べ方まで含めて「どうしようもなく下衆」です。

ふりかけ、ソース、しょうゆ等々複数の調味料をごちゃまぜにするという禁断の味。

徹底的にぐにゅぐにゅされ色も形もよくわからなくなったものを袋から直食いするという快感。

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…実は小学校低学年のころに歳の離れた従兄から

「お前はぶっ散らかす食い方だな」

と叱咤にも近い口調で言われたことがあって、それからというもの、
たとえ家族の前であっても「美しく食べる」ことに腐心してきました。

お皿の上のものをどんな順番で食べたら美しいか。
どうしたらごはんを白く輝かせたまま凛々しく食べ終えるか。
どれだけ魚の身を極限まで摂り骨だけを美しく残せるか。
残った骨や皮やレモンをどうやってきれいに皿上に寄せて箸を置くか等々、
独自に努力してきたつもりだし、
もちろん食事全体のマナーにも結構気を使ってきました。
いつも他者の目を意識し「何を食べても常に上品たらん」と
鎧のようなものを着けながらモノを食べてきたような気がします。

そんな私が石垣島で出会った「オニササ」は、
重い鎧を脱ぎ捨てて
本能のまま・触覚と視覚と味覚の求めるままに食べ物と戯れるひと時を作ってくれたのです。

大袈裟ですがw

なんかこれってちょっと私が暗渠と対峙するときの気持ちを
少しだけ重なる部分があるような気がします。
またあまりないような気もします。
もう少し考えてみます。

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暗渠ハンター 神戸の鯉川こんな川 3

「夏休みローカル特集」、
神戸は鯉川の3回目です。
前回は鯉川の上流の一つ、追谷川をさかのぼりましたが、
今回はもう一方の上流、これは城ノ口川と記載されていますね。(こちら資料の3ページ目、資料の表記ではP8)
手元の地図を見て、それらしい開渠が描かれているあたり、
追谷川の300mほど西に向かって探索です。
見ることができた最上流がここ。
Imgp0310
なんかこう、護岸や川底が洒落てますよね。
観光地仕様というか。
しかしここは神戸のいわゆる観光エリアでは全然なくって
むしろ住宅地。
なんか神戸のおしゃれ底力を見たような気がします。
ここから下流を振り返り、底力を確認。
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道がない渓谷に入っていきます。
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反対側は資材置き場。この塀の左側が暗渠部分。
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その証拠に…
こちら上の写真の撮影ポイントで回れ右して撮った写真。
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ほら、足元(左下にあるのは)
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「河川」マンホールです。
穴からフラッシュをたいて内部を撮影してみました。
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少しだけ白汚さんに近づけた気がする…
ここから大きな道を越えて正面金網に。
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金網の先から開渠です。
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この先は谷地を使ったグラウンドとなっており、
そのはしっこを開渠&暗渠で流れています。
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城ノ口川とちょっと離れた坂道を通って大きなコの字を書くコの字ウォーク。
こちらにも支流的なものがありました。
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なかなかの味わい。住所は山本通4-12。
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さてもう城ノ口川との合流地点だけど…。
えっっ‼
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これが城ノ口川です…。
いちいちかっこよくない?
流路こんなですよ。
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恐るべし神戸の造形センス。
中を覗き込むとこんな。
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しばし鑑賞してしまいました。
こっから先はこんな。
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手前の四角いマンホールの表記は「雨水」。
ここで先ほどの支流と合流するようです。
このあと私はこの道を選んで下りましたが、
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坂の勾配にしたがって流れは数本あったと見受けました。
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ここも流れがあったんではないかな。
この先の大きな道を越えてさらに下流で鯉川に合流するのか、
あるいはこの通りを左(写真の奥)まで行って
合流するか、それは現場で確認はできませんでした。
宿題としますかね。
Imgp0343
以上、3回にわたって神戸の鯉川の上っ面だけを
ざくざくっとご紹介いたしました。
やはり造形がちがうものです。
特に開渠では東京では全く見られない意匠
(意図してるかどうかわからないのでそれを意匠と呼んでいいかどうかもわかりませんが)
の開渠ばかりでした。

より大きな地図で 神戸の地下河川 を表示

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